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第二十章 偽の理想郷にて嘘を兄に

簡単なアンケート

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辺りがすっかり暗くなった頃、カフェは閉店を迎えた。
精算を終え明日の仕込みを終え、僕はアルを外で待たせて更衣室で着替えていた。

「……ヘールー君」

「わっ……ぁ、ああ、ライアーさん。驚かさないでくださいよ」

両肩に筋張った手が置かれ、異常なまでに整った顔が視界に割り込む。ライアーはいつもの笑顔を消して、真剣な眼差しで僕を見つめている。

「キミさ、いつまでここに居るの?」

「え……?  えっと、あんまりちゃんと考えてないんですけど。一、二週間くらいで出ようかなって思ってます」

「…………ふーん、一、二週間ね」

分かった、と言いライアーは制服のまま更衣室を出ていった。まだ仕事があるなら手伝った方がいいのかと追いかける。
ライアーは何か歌を歌っているようだった。あのレコードの曲とよく似ている。
単調な音程にコロコロと変わるリズム、どこか不気味なその歌はライアーが奥の部屋に引っ込むまで聞こえていた。
僕はその部屋の扉を叩く。

「…………どーぞー」

扉を開けると、薄いターコイズブルーの光が目に届く。

「な、なに……これ」

ライアーは僕に見向きもせず、巨大な金属の塊を操作している。

「あ、あの、ライアーさん?  なんですか、これ」

「……ちょっとした機械」

振り返らずに、ボソッと答えを呟く。

「カフェなのに?」

「店は関係ないよ、趣味みたいなもの」

「はぁ……そうなんですか。楽しいんですか?」

「いや?  全然」

ルシフェルの力を吸い取っていた機械とはまた違う形状、ゴウンゴウンと厳かに音を立てるそれは僕には恐ろしく見える。

「不思議な形してますね、僕科学の国にも言ったことあるんですけど、こんなの見たことないですよ」

「……またバグ……あぁここか」

「…………こ、これ、何に使うんですか?」

「あれ……まだ動かない」

「あ、あの!  ライアー……さん?」

「…………あぁ、何?」

一心不乱にパネルを叩くライアーの顔は鬼気迫るもので、僕は何故か「止めなければ」という焦燥に駆られた。

「お仕事……手伝えることあったりしますか?」

「……いいや、まだ」

「まだ?」

「これのテストプレイを君に頼みたいんだ。明日……明後日あたりかな」

「それは構いませんけど。これ何の機械なんですか?」

ターコイズブルーの光に照らされたライアーの顔はやつれて見えた。カフェの照明で彼の顔を見ていた時は元気そうだと思っていたのに。

「…………ゲーム機」

「ゲーム?  へぇ……」

科学の国で見たような、見ていないような。ショーウィンドウだかテレビCMだか、それは分からないけれど「ゲーム」という言葉には覚えがある。
確か……絵本の中のような楽しい世界の主人公になる仮想体験が出来る、だったかな。

「フルダイブタイプを目指したいみたいでね、調整がめんど……いや、難しいんだよ」

「僕、魔法の国の出身なので……機械には詳しくないんです。今は何も出来ないみたいですけど、何かやることあったら言ってくださいね。あまり無理しないでくださいよ」

「…………ふふっ、ありがとうヘル君。キミがそう言ってくれるとやる気が出るよ」

疲れていそうだから止めたかったのだが、まぁ、仕方ない。本人がああ言っているのなら、僕に止める権利はない。
僕は更衣室に戻り、着替えを終え、アルと一緒に宿に戻った。


そして翌々日、正午を過ぎたあたり、僕は奥の部屋に招かれた。

「システムが完成してきたから、試してほしいんだ」

淡いターコイズブルーの光を背に、ライアーの顔はさらにやつれて見えた。ついさっき店で見た顔とは全く違う。

「分かりました……けど、僕ゲームなんてやったことないですよ」

「グラフィックがまだ出来てないからこれはアンケートみたいな感じなんだ、まだ頭が悪いし。適当に思った事を話してくれればいいよ、そうすれば勝手に学習する。生身の人間相手じゃなければ本音も出しやすいよね?」

飛行機のシートのような椅子に座らされ、しっかりとベルトで固定される。
ベルトは首、腰、胸、太股、足首に付けられる。何故こんなに固定しなければならないのか、なんて疑問が浮かぶ。

「ゴーグルもまだだから、ハードはパソコンで代用ね。あぁ、これヘッドホン」

「あ、はい……わ、なんかすごい」

膝の上に薄っぺらい本のような機械が置かれる。これは科学の国で見覚えがある、リンが使っていた物と似ている。
耳当てに似たヘッドホンと呼ばれるらしい機械からは、穏やかな草原を思わせる音楽が流れている。

「操作できる?」

「多分……大丈夫です、文字が書いてるってのは分かりますから。これで文章を作ればいいんですよね?」

「そ、そ。これが電源ね。終わったらコレ押して。ボクはカフェの方やってるからさ」

ベルトは電源を落とせば外れるのだろうか?  もしそうでなかったら僕は終業時間まで椅子に拘束されるのか。
いや、ゲームが終わらない限り解放されないというのなら、もっと身近な心配がある。

「…………トイレ、どうしよう」

僕は早めに終わらせた方が良さそうだと当初の期待を心配で塗りつぶし、ゲームを起動する。

黒い画面に白い文字が表示される。
『Guten tag』
アンケートのようなものと言っていた。これにはとりあえず同じ言葉を返そう。

「g……u……うわ、難しいなこれ。どこにどの文字あるのか全然分かんない」

リンもライアーもキーボードを見ずに操作していた。簡単そうに見えたが、僕にとってはそうでもないらしい。

「g……っと、できたできた」

数分かかって一語を入力する。
画面にはまた新しい文字が浮かび、僕はそれに回答する。

「操作はどうかって……難しいよ」

この街は気に入ったか、この仕事はどうか、好きな食べ物は何か、そんなありきたりな質問が次から次へと現れる。

「ちょっと慣れてきたかも。意外と楽しい……って、うわ、好きな人のタイプって……これライアーさんが作った質問なんだよね?  後から見られるよね……うわ、どうしよ」

好きな人のタイプ、か。
前世では婚約者が居たらしいが、残念ながら今世の僕は恋愛とは無縁だ。魔物には好かれるのだが。
優しい人がいいかなー、なんて打っておこうか。

「…………媚び売っとこっかな、給料上がるかも。えっと……優しい年上の人、ライアーさんみたいな性格の綺麗なセミロングのお姉さん……うわ、気持ち悪っ。流石にこれは……やりすぎたかな。修正……あれ、どうやったら消せるのこれ……」

媚びだと見抜かれても、本心だと勘違いされても、良い印象は与えないだろう。

「……まぁ、ライアーさんは嫌いじゃないし。ちょっと怪しいし恋愛対象って訳じゃないけどさ……適度に甘やかしてくれる人、欲しいなぁ……」

好きな気候だとか国だとかの答えやすい質問から、嫌いな人のタイプなんて答えにくい質問まで揃っている。
アンケートとしては優秀なのではないだろうか、ゲームとしてどうかは知らないけれど。
少なくとも僕は今、楽しい。時間を忘れる程に。

「目、疲れてきたなぁ……あ、最後だ。えっと……え?」

最後の質問は画面が白く塗りつぶされる程の長い文字列だった。その文字も全てが正しいものではなく、意味の無い記号まで混じっている。
文章として成り立っている部分だけを読み取って、さらにそれを噛み砕くと……『ボクと一緒に居られたら嬉しい?』かな。
何だこの質問。

「……やっぱり変な人だなぁ。うぅん……あ、これでいいかな」

答えを入力し、終わりだという表示を確認して電源ボタンを押す。
ベルトは勝手に外れて椅子の内部に巻き込まれていく。よく出来ているな、と感心した。
ライアーはカフェに居るはずだ、完了報告と感想と、それから本来の仕事をしよう。
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