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第二十章 偽の理想郷にて嘘を兄に

気になる人物

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感動と恐怖を丁度半分ずつ味わう、それが海の中。
美しい街並みと色とりどりの魚、暗く歪な半人半魚の者共、正反対なそれらは奇妙な調和を成していた。

「あぁそうだ、バイトしなきゃ」

『またか』

「もうずっとやってなかったよ、このままじゃご飯も食べれない」

『私が近くに居られるものにしろよ』

「分かってるよ」

さて、仕事を探すと言うのは簡単だが行うのは難しい。
まずどこで探せばいいのかも分からないし、旅行者を雇ってくれる所も少ないだろうし、そもそも異種族の街で人間に出来る仕事があるかどうか──ダメだ、考えれば考えるほど行き詰まる。

『ヘル、ヘル、ヘールー』

「あ、何?  アル」

『これはどうだ?』

アルの尾の先が壁に貼られたポスターを指す、それはアルバイト募集のものだった。

「未経験、短期、未成年……よし、完璧」

『大丈夫そうか?  危ない仕事ではないだろうな』

「読めないの?」

『…………文字の色と背景の色が同じに見えてな、薄らと読めないこともないが……うぅん、見えにくい』

「え?  全然色違うけど……えっと、大丈夫そうだよ。接客業で……接客、接客!?  ダメだ、僕に接客なんて……」

『接客なのか、ならやれ。いい経験になる。貴方は少し愛想笑いを練習した方がいい』

「い、いや、ほら、このポスター……その、アットホームとか……書いて、無いや。あ、あのさアル、苦手なことを克服しようと仕事に就くのは店に迷惑じゃないかな。あと僕愛想笑いは結構得意だよ?  多分……」

『早く行こう、ほら、大丈夫』

表情を作るのが下手なのは考えようによっては美徳ではないか、なんて反論も一蹴される。
半ば強制的に募集先の店へと足を運んだ。店主が気味の悪い見た目でありませんように、なんてここで叶うはずのないことを願いながら。

「最近ほんっと忙しくてさー、来てくれて助かったよー。観光客なんだね、キミいつまでここに居るの?」

願いは叶った。店主は人間だ、それもかなりの美形。髪も肌も瞳も黒い、異常なまでに美しい人だった。

「…………会ったことあります?」

「へ?  何?  初対面だと思うけど」

「…………すいません、お名前伺っても?」

「ボクの?  んー、ちょっと長くて面倒だからライアーでいいよ。皆そう呼ぶ」

「…………ナイ君だよね?」

今まで会ってきた数人の彼、その全てに似た顔立ち、疑いようもなくナイだ。だが、店主は認めようとしない。だから僕はしつこく尋ねることにした。

「誰それ、キミの知り合い?」

「……違うんですか」

「ボクに似てるとは、その人かなりのイケメンさんだね?」

「…………違うんですか?」

キリッと顔を作り、顎に手を添え絶妙な角度で僕を見つめる。思わず誰もが見蕩れてしまうような、いわゆるキメ顔。

「疑い深いねキミ、ボクはライアーさんだって。ここの店長」

「…………ライアーさん」

「うん」
 
「…………ナイ君だよね?」

「しつこいよキミ。ライアーさんはライアーさんだよ、この店の店主、それ以外の何者でもないの……あ、まさかトムに会ったことある感じ?  顔は知らないけど、多分身内だから似てるかも」

「……どうなんでしょう」

もう訳が分からない、もうこのまま失礼な態度をとって不採用にされてしまおうか。そんな考えを見抜いたのか、隣に座ったアルが僕を睨んだ気がした。

「んー、まぁ、とりあえず、今日はかるーく仕事のメモ渡すから明日から来てもらえる?」

「あ……はい、採用ですか?」

「指が五本ある腕が二本ある人材を逃すなんてもったいない、水掻きが無いとかカフェ的には最高だよ」

「……ありがとうございます」

採用基準は思っていたものと違った。確かにこの街には腕と言うよりもヒレ、といったものをぶら下げている人が多いけれど。
ナイ──じゃなかったライアーに渡されたメモを持って、店を出る。アルはあまりナイがどんな者か知らない、ベルゼブブに相談しよう、そう思いついて僕は海を出た。

首飾りを外して指に引っかけ、ふらふらと街を歩いていると見覚えのある人を見つける。零と同じ神父の祭礼服を着たその人は魚市場の魚をじっと見つめていた。

「……ツヅラさん?」

『うわっ!  あ、あぁ……ヘルシャフト君、やったっけ。どないしたんなこんなとこで』

「色々片付いたので観光です」

半人半魚の者達が住む街で魚市場なんてやっていけるのだろうか。僕はツヅラと話しながらもその事が気になって仕方ない。

『観光?  さよか……』

「ツヅラさんは?」

『俺はここに住んどるんよ、休暇中やから里帰り』

「へぇ……」

零の話は伝えた方がいいのだろうか、いや、疑いが晴れた上で天使に連れていかれたのなら、何も心配することはないか。
ならツヅラの正体を零に聞いたことは話すべきか?  ここに住んでいるのならずっと変身している訳でもないだろう、負担を減らす意味でも伝えた方がいいだろうか。

「今日のご飯はお魚ですか?」 

『せやねぇ……やっぱり白身魚が好きやね』

「人魚なのに魚食べるんですか?」

魚を見ていたツヅラはバッっと顔を上げ、目を見開いた。まずい、ツヅラが人魚だという話は零に聞いたのだった、本人からは聞いていない。

「ぁ……その、神父様、零さんに聞いて……」

『はぁ!?  零に聞いたん!?  嘘やろ、マジか……言いよったんかあのボケ』

ツヅラは頭を抱えて零を罵倒する。やはり言うべきではなかったのか、これで彼らの友情が壊れるようなことがあっては僕はもう自分を許せない。

『言うな言うとったんに……まぁええわ、零が言うたんなら信用おけるっちゅーこっちゃろ』

「え……い、良いんですか?  その、僕……勝手に聞いてしまって……」

『あーええよええよ、気にしいな』

友情が壊れる、なんてことは無いようで安心した。
彼らの信頼関係は思っていたよりもずっと強固なものらしい、羨ましい事だ。

「……あの、魚食べるんですか?」

共喰いにはならないのだろうか、と聞くのは失礼なのか?  獣人だって獣を狩って暮らしている、人間が人間を喰うのと彼等が魚や獣を喰うのは違うのだろうか。

『大っきい魚は小っさい魚喰いよるやろ?』

「あ、そっち……なんですね」

『そっちって?』

「いえ……すいません、変なこと聞いて」

ツヅラの認識では自分は魚なのだろうか、そんな疑問が生まれたが、流石にそれは失礼だろうと口には出さなかった。
勝手に一人気まずくなって俯くと、元気な声が聞こえてきた。

『ヘルシャフト様ー!  宿取れましたよー!』

遠くから僕を呼んで手を振りながら走ってくる翠の髪の少女──ベルゼブブだ。この状況は危険かもしれない、ベルゼブブはツヅラをよく思っていない。
僕はベルゼブブの視線からツヅラを隠す為に、アルの翼を引っ張ってツヅラを覆った。
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