上 下
282 / 909
第十九章 植物の国と奴隷商

愉しいクイズ

しおりを挟む
時刻は少し遡り、アルが別の倉庫に向かった直後。
ヘルの身に何が起こったのか。



何かを探す、なんて馬鹿なことを言ったものだ。
探してどうなる、見つけたとしてどうなる。今やるべき事はナハトファルター族の救出だ。
アルを追おうか、いや中途半端に追いかけては危険か。僕はまた立ち往生した。

「……アルは裏手って言ってたな」

棚の一段目に足をかけ、少し高い位置にある窓をから外を覗く。裏手の倉庫とやらが見えるだけだ。特に変わったところはない。
やはり追いかけようと足を下ろすと棚に並んでいた缶を蹴ってしまい、高い音が鳴る。

「わっ……もう、なんなんだよ……」

一応位置を戻しておこうと、円錐形のそれに手を伸ばす。棚に並んだ缶は皆同じ形をしている、金属製なのか全て銀色だ。そして僕は娯楽の国でマンモンに聞いた話を思い出した。

──脳だけを出されて、こう……円い、容器…………えっと、そう!  缶詰にされてるのよ!──

僕はその後吐いたっけ。あの話が嘘だとは思えないが、目の前のこれがそうだという証拠はない。確かに大きさは一致しているように思えるが……

「……いやいや、違うって」

自分に言い聞かせるために声を出し、頭を振って立ち上がる。中身がなんであろうと僕には関係ない、早くアルと合流しよう。そう言い聞かせて──、ちょうど目の位置に缶切りを見つけた。

「これは、もう……開けろって言ってるよね」

『誰が?』

「うわぁっ!?」

いつの間にか背後に立っていた男に驚き、振り返った拍子に棚に腕と頭を打ち付ける。

『あーぁ、大丈夫?』

くすくすと楽しそうに笑う男。浅黒い肌の彼は裾に黒っぽい汚れのついた白衣を着ており、僕は彼が研究者だと判断した。

『あんまり弄ると怒られちゃうよ、お気に入りもあるから』

「……お気に入りって?」

『とっても気に入った人か、とっても嫌いな人がこうなるんだ』

くるくると巻いた黒髪を指先で弄び、深淵のように黒い瞳で僕を見る。男は缶をつつき、そのうちの一つを缶切りと共に僕に渡す。

『開けてごらん?』

「い、嫌ですよ。何が入っているかも分からないのに……」

いや、もう分かっていた。男は今「人」と言った、この缶の中身は人なのだ。そう察するだけで叫んでしまいそうだったが、事前に聞いていたからか想像力が足りないからか、僕は冷静だった。

『ふ、ふふふ、はは、あは……嘘吐き。分かってるんだろ?』

「……なっ、何を」

『中身。あはははっ、はは、ふふふ……』

マンモンは事件の犯人は「イカれた人間」だと言っていた、あくまでも予想だが。それなら、この男がその犯人であるという判断も自然と下る。
無邪気でどことなく気味の悪い笑い方。感情が読み取れない僕を移すだけの黒い瞳。犯人でなくとも「イカれている」ことは確かだろう。

「……あなたが、犯人ですか?  あなたがやったんですか?」

『ふふ……何を?  もししてたら、どうするの?』

「ベルゼブブ……最強の悪魔を、ここに呼びます」

髪をかき上げ、右眼をさらす。男の瞳孔が微かに揺らぎ、また笑い出す。

『ベルゼブブか!  いいねぇ、確か……喰われたね。あれは今からだとどれくらい前なのかな?  まぁ喰われたのはボクだけどボクじゃないんだけど』

ベルゼブブを知っている?  それに、喰われただって?
全く意味が分からないが、危険だということは分かった。だから僕はベルゼブブの名を叫んで、この男を蹴散らしてもらおうとした。

「ベルゼっ……んっ……ぅ、ぐ……」

『しーっ、ちょっと話したいだけなんだから、乱暴なことしないでよ。ボクと仲良くして欲しいな、新たなる支配者様』

男は僕の口を塞ぎ、右手を棚に押し付け、動きを封じる。手慣れているようにも感じた。
押さえつけておいて仲良くしてだなんて、意味の分からない事を言って、何をしたいのか予想もつかない。

『ね、ゲームしない?  キミが勝ったらあの子達を助ける手助けしたげるよ』

負けたらどうなるのか、何故僕の目的を知っているのか、それを聞きたかったが口は塞がれている。

『ゲームはね、クイズだよ。ボクが今から出すクイズに半分以上答えられたらキミの勝ち、一問につき質問は三回まで、答えを直接聞くのはナシだよ』

手助けなんてしてもらわなくてもアルとベルゼブブがいれば助けられる。だが、断りの言葉を発することも首を横に振ることも出来ない。

『じゃあ出すね、まず第一問』

口を塞ぐ手が離れる、だがこの口は答えを言う以外に使ってはいけない。そんな気がした、いいや、それ以外に使ったら死よりも恐ろしい目に遭うと察してしまった。

『この中には何が入ってるでしょう』

缶を僕の目の前に差し出し、男は人懐っこい笑みを浮かべた。

「質問……」

『うん、三つまでね、なに?』

「それ、は……あなたが入れたんですか?」

『違うよ?  ボクじゃない……って、その質問じゃ中身推理できないよ?  いいの?』

中身はもう察しがついている。僕はこの質問を使って男の正体を暴くことにした。

「……もう一つ、あなたはそれを入れた人と関わりがありますか?」

『どうだろうねぇ、ボクは……うぅん、研究者としては関わってる気もするし、大まかにすれば信仰もされてる。だけどボクからは関わってないよ?』

しんこう……親交だろうか。いや、親交があるなら関わっていないというのもおかしい。「されている」という言い方も不自然だ。
なら侵攻か?  国王でもないのにそれはおかしい、研究室を奪われたとか?  イマイチしっくりこない。
信仰……いや、これはおかしいな、人に使う言葉ではないと思う。
まぁとにかく、研究者としては関わっているという言い方から、彼は事件には無関係と考えていいだろう。これが異常な殺人事件ではなく、異常な研究だとしたらその限りではないが。

「最後、あなたはその缶をどう思いますか?」

『……よく出来てるなぁ、かな?  うん、持ち運び便利だし。でもちょっとつまんないかな?』

よく出来ている、持ち運びが便利、普通の缶だと認識していればなんらおかしなことはない、だがこれの中身は……

「中身は、人」

『人?  入るかなぁ、それが答えでいいの?』

「…………人の、脳」

『脳かぁ、それなら入りそうだね』

白々しい、知っているくせに。そう心の中で悪態をついていると、男は僕に缶切りを手渡す。

『じゃあ答え合わせ。ほら、開けて?』

「…………え?  開けてって、答え知ってるんでしょ?  どうして僕が開けないといけないんですか」

『分からないよ?  キミの答えはボクの認識とは合ってるけど、もしかしたらこの缶は食べ物が入っているのかもしれない。可能性は捨てきれないよ、他の缶は脳みそでも、この缶だけは果物かも』

「……出題者の考えていることを当てるのがクイズでしょ?」

『真実を突き止めるのがボクのゲームだよ』

男はきっと缶を開けるまで次の問題には移らない。僕を逃がす気もない。ニコニコと無邪気な笑顔で僕を見つめたまま、動かないだろう。
仕方なく、そう仕方なく、僕は缶切りを缶に当てがった。それはきっと好奇心ではなかったはずだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

処理中です...