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第十九章 植物の国と奴隷商

倉庫にて

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華やかな舞台の裏手、同族が競売にかけられている音──誇張した紹介や下卑た歓声だとかを聞きつつ、大きな蛾の翅を持つ女は静かに瞳を閉じていた。

「しっかしよぉ、本当にこいつがトリでいいのか?  こんな気持ち悪い模様で……」
「知らねぇのか?  こいつはとんでもないレア物なんだぞ。研究対象にしろ性処理玩具にしろ、高値間違いなしだ」

彼女の翅には目玉のような模様があった。それは不気味と言うに相応しい。

「……他の奴より翅デカイな」
「亜種は個体差が大きいからな」

彼女は姫子の義理の姉、影美えみ
ナハトファルター族の族長である彼女はシュメッターリング族の族長である瑠璃と親交があった。友人とも呼べる瑠璃に裏切られたことで、影美は傷ついて──いなかった。

「にしても大人しいな、枷要らないんじゃね?」
「バカ言うなよ」
「だってよ……おい虫、お前随分とお高く止まってんじゃねぇか、あぁ?  何考えてんだ?  同族に売られてよぉ……ま、アイツも別の奴らが回収してるだろうけどな。いやぁ天使様々だな!」

いかにも下っ端という風貌の男に詰め寄られ、影美はその重い口を開いた。

「何も考えてないわ」

「はぁ?  んだよ、売られてカナシー、とか。逃げてやるー、とか。ねぇのかよつまんねぇ」

「ないわ。瑠璃はそういう子。この状況はそういうこと、それだけ」

「そういうって、なんだよ。意味分かんねぇこと言ってんじゃねぇぞゴラァ!」

「……理解出来ないなら、あなたはそういう人。それだけ」

「こいつっ……!」

拳を振り上げた男は別の男に抑えられる、商品に傷をつけるな、と。

「仕方ないの。なってしまったのだから」

「……はっ、中身も気持ち悪い奴」

「好きに言えばいい。あなたがそういう人だってもう分かったから、どうでもいい」

男は苛立ち紛れに倉庫の壁を叩き、競売の進捗を見てくると口実をつけて影美から離れた。

「あなたはまだ話が出来そうね、少しいい?」

「……逃がせってのぁ聞けねぇぞ」

「違うわ、聞きたいだけ。あなた達が売る子の中に、白い子はいる?  髪も肌も翅も真っ白な子」

「いや、いねぇな」

「…………そう、そういうことなら、いいわ」

影美は満足そうに笑みを浮かべ、再び瞳を閉じた。
男は奇妙な振る舞いに疑問を抱いたが、即座にそれを振り払って見張りの任務に専念した。



ヘル達が入った倉庫の右手、カルコスが選んだ倉庫。
カルコスは体当たりで扉を破壊し、倉庫の中に一筋の光を作る。
その途端、倉庫に置かれていた檻の中に閉じ込められていた魔獣達が一斉に鳴き喚き出す。

『……合成ではない純粋な魔獣、科学の国では珍しいのか』

鳥や蛇の魔獣が多い、大きなものは捕まえることが出来ないのだろう。
自分のような上級魔獣が捕まえられないなんて!  と、カルコスは人間の貧弱さを嘲笑いながら、檻を噛み切る。同族とも言える魔獣が捕まっているというのは気分が悪いのだ。

「これで……何個目だ?  全く、よくもまぁこれだけ集めたな」

カルコスはまだ八割方残った壊していない檻を眺め、ため息をつく。貧弱は貧弱だが、その執着や欲望には頭が下がる。なんてジョークを思いつき、後で兄弟に話そうかと口の端を歪めた。



ヘル達が入った倉庫の左手、ウェナトリアが選んだ倉庫。
ここは本当に倉庫として扱っているらしい、科学の国の領地で採れる鉱石が詰められた箱が山のように積まれている。

「……鉄だな」

ウェナトリアは零れた石の欠片を拾い上げ、光に透かす。
彼にはそれが世界的には一般的な鉄、磁鉄鉱だと分かった。植物の国ではあまり採れない、いずれ輸入できるようになりたいものだ。なんて夢を見る。
ここは倉庫で人はいないようだから、早く別の倉庫に──扉に向かうウェナトリアの足を止めたのは、ほんの小さな物音だった。ぷち、と何かをちぎるような音。

「……誰かいるのか?」

ウェナトリアは箱の影に隠れ、顔だけを出して音の方向の様子を伺った。そこに居たのは、せっせと働く──異形のモノ。
ウェナトリアには分からなかったが、そのモノは腕に機械を取り付けており、それを使って鉱物を運んでいたのだった。

「…………亜種人類、でもない。いや、そうなのか?  知らない種……うぅん」

ウェナトリアは働き者を何と見るか迷っていた。国民を攫った不届き者共の一味か、または同じように攫われた哀れな同族なのか。破れた羽は後者を示しているようにも思える。蟹……いや、海老を思わせる姿も、亜種人類のようと思えばそう見えてくる。

「……話しかけるか」

ウェナトリアは影から飛び出し、目隠しを外し上着を脱いだ。あちらもウェナトリアに気がついたらしく、作業の手を止めた。
複数の触角が生えた頭が揺れ、三対の手足は箱をゆっくりと床に置いた。

「やぁ初めまして、一人かな?  君は……えぇと、何の種族かな?  いや、その前にどうしてここにいるのか聞いてもいいかな?  もし自らの意志でないのなら私が連れ出してあげよう」

国王たるもの人当たりはよくなければ。ウェナトリアはそんな考えの元、爽やかな笑顔と優しい声で話しかけた。あちらはというと、頭部の色を奇妙に変化させながら、ジリジリと後ろに下がっていく。

「……教えてくれないか、君が敵なのか、違うのか」

ウェナトリアが距離を詰める。とうとう背を見せて逃げ出したモノは壁に立てかけていた銃を拾い、構えた。見張り番が持っていた物とはかなり形状が違う。

「ま、待て!」

制止もむなしく引き金は引かれる、ウェナトリアは持ち前の身体能力で銃から放たれた光線を交わし、背の八本の脚で壁に張り付いた。

「なんて威力だ……」

光線はウェナトリアが立っていた位置に深く広い穴を開け、その奥はまだ燃え盛っていた。地獄と繋がっていると言われても信じるだろう。
銃の照準が再び自分に向いたのを認識し、ウェナトリアは天井に飛ぶ。壁に大穴が開き、視界が光で満たされる。
銃を構え直そうとしたモノは日光に怯む。ウェナトリアはその隙を逃さず、真っ白に眩む世界の中で完璧に銃を捉えた。

「取った!  さぁ、聞かせてもらおうか!」

銃を奪い、反対側に放り投げ、蹴り倒して腕らしき部位を踏みつける。対応は完璧だった、相手が人間だったのなら。ウェナトリアはぶちゅという感覚に飛び退った、靴底には体液らしいものが付着している。

「……な、え?  おい、待て。嘘だろ……」

蹴りか踏みつけか、何が原因かははっきりしない。
だがそのモノは確実に事切れていた、脈を取る必要もなく分かる。ウェナトリアの足が触れた部分は吹き飛び、残りの部分──頭と足はバラバラに散らばっていた。
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