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第十九章 植物の国と奴隷商

いい子だから

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魚の聞き込みを待っている間、近くのレストランで早めの夕食をとることにした。零が店内に入っては他の客が迷惑だろうとテラス席を選んだ。零は不満そうだが、彼は街に出るだけでも大迷惑なのだ。それが彼の責任でないにしても。

「……今日は調子がいいから大丈夫だって言ってるのにぃ」

『いや、寒い』

『私はこのくらいがいいです。涼しくて……いい空調ですねぇ』

『引っ付かれてみろ、寒いのなんのって』

先程軽食をとったばかりだ、小さめのパスタでも頼んで……いや、大きめのデザートにしようか。

『……俺が頼んだの、ホットコーヒーやったよな?』

『知りませんよ。あ、オレンジジュース私ですー。はい、ありがとうございますー』

ツヅラをあしらい、ベルゼブブは運ばれてきたジュースを受け取る。

『冷コーなんだけど』

『……は?  れいこ?  誰です?  あ、いえ、誰よその女!  私というものがありながらっ……この浮気者!』

ベルゼブブはヒステリックな声を出して茶番を演じる。

「え?  れい?  零のこと?」

『アンタはオムライス食っとき。コーヒー冷めた言うてんの。ほら、冷たい』

『あらほんと。別にいいじゃないですか、私アイスコーヒー好きです』

食べたい物がようやく決まった。ベルを鳴らし店員を待つ。何度も往復させるのは申し訳ない、一回で全て頼んでしまおう。

「……あ、すいません。このパフェ一つ。あと、お肉って生で出せますか?  アル用なので……あ、この狼の事です。はい、生食用でなくても大丈夫です」

「では私はこのサンドイッチを」

目隠しをしているというのに、ウェナトリアは正確にサンドイッチの写真を指差す。

「サンドイッチもお願いします、ベルゼブブは……もういいよね」

『よくないです!  ハンバーグ!  ハンバーグもう二つ……いえ三つ頼んでください!』

「そんなにお金ないよ」

『ハーンーバーぁーグぅー!』

「零が払うから好きなだけ食べなよ」

「え……そんな、悪いですよ」

『これがデキる男ってやつですよヘルシャフト様、見習いなさい』

ベルゼブブを無視し、騒いだ謝罪とともに注文を済ませる。膝に乗ったアルの頭を撫で、パフェを待つ。

『 ……零、アンタ大丈夫なんか?』

「大丈夫?  何が?」

『……亜種人類助けんのに手ぇ貸すやとか、悪魔とその契約者やらとつるむとか』

ツヅラの言葉にアルを撫でていた手が止まる。
分かっていたのか、いつから気がついていたのだろう、どうして今言ったのだろう。様々な考えが交錯して、渋滞を起こす。

『……魔獣はええよ、刻印もあるしな。悪魔は流石にあかんやろ。破門……いや、処刑されてまう。アンタは加護も受けてて神学校の成績も頭一つ抜けてたエリートやからな、処罰は普通より大っきいで』

「りょーちゃんだって楽しそうに話してたじゃないかぁ」

『俺はいい。アンタとはちゃう』

「同じだよ、りょーちゃんも神学校を出た国連お墨付きの神父様だよ」

『……たまにアンタが怖いわ、ほわほわしたド天然の阿呆や思わせといて、腹ん中で何考えとんのか分からへん』

「何言ってるの、零は悪いことなんて考えてないよ?」

零のどこまでも純粋に澄んだ瞳に見つめられると自己嫌悪が増してしまう、この人に比べて自分は……となるのだ。ツヅラも僕と同じ気持ちになったのだろう、その青黒く濁った目を逸らし、コーヒーを戯れにかき混ぜた。

「零はね、みんなに幸せになって欲しくて神父様になったんだ。加護の力であまり人には関われないのに、こんなこと言うなんておかしいって思うかもしれないけど」

「……いえ、素晴らしいです。その考え、世界中の人があなたのようだったらいいのに」

「うぇにゃ……トリア君、ありがとう。君も…………きっと、綺麗な目をしてるんだろうね。そんな目隠しなしで街を歩けたら、それはとっても嬉しいことだよ、零はそれも叶えたいな」

「……気がついていましたか」

ウェナトリアの目隠しの下を透視した、なんて訳ではないだろう。亜種人類だと気がついていたのか、火傷というのも嘘だと分かっていたのか、何故その時には何も言わなかったのだろう。

『大層な夢やな』

「りょーちゃんほどじゃないよ」

『……どーゆー意味や』

「そのままの意味。りょーちゃんの夢はもっと大きいよねぇ」

ツヅラは瞳孔を狭めて零を睨む。常に見開かれているようなその瞳は今にも飛び出してしまいそうだ。

「りょーちゃん、夢はまだ見る?  暗くて寒い寂しい悪夢……ううん、もう悪夢じゃないのかな。理想郷を見ているのかな?」

『零っ……!』

「怒らないでよ、りょーちゃん。零はりょーちゃんのこと心配なだけ」

『…………心配してもらわんで結構や』

「ねぇりょーちゃん。零はりょーちゃんの親友だよね?  親友置いて、遠くに行っちゃったりしないでね」

零はオムライスの最後の一口を飲み込むと、優しく笑った。その表情には悪意など存在しない、虚偽など存在しない。彼はどこまでも純粋だった。

『……俺は、まだ主の元に下れない。主はまだ、死んだままだ』

「ならよかったぁ、りょーちゃんは寒いの得意だから、みんなみたいに凍っちゃわないから、特に大事な親友なんだよぉ」

『人が悲観してるってんに、酷い奴。処刑されてまえ』

冗談交じりの軽口を幼げな笑い声で返し、神父達は楽しそうに笑っていた。薄い布切れ一枚下に暗く冷たい感情を隠して。

『……仲良いですねぇ、イイですねぇ』

「ねぇベルゼブブ、そのハンバーグ何個目?」

『五つ目ですけど?』

「少しは遠慮しなよ」

このままでは本当に零に支払わせることになってしまう。それはいけない、自分の分は自分で支払わなければ──待て、それならベルゼブブは自分で支払うべきではないか?

『……はっ!  いや、話すり替えんな。悪魔とつるんどったらほんまに処刑されんで?  亜種人類の救出に手を貸すなんて天使に知れたら……!』

「大丈夫だよぉ、ヘルシャフト君はいい子だから」

『理由になってへん、ほんまに……アホなんやから』

いい子、か。どういう意味だろう。
いい子の条件は従順なこと、何を言われても何をされても反抗せず、子供らしく笑うこと。年上を愉しませるのがだ。少なくとも僕はそう教わったし、それ以外の意味はよく分からない。
零の言ういがどんな子供のことなのか、僕には分からない。理解したくない、それはきっと僕の人生を否定することになるから。
あぁ、でも、きっと、僕の人生は──否定されるような、いや、否定されなければならないものなのだろう。
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