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第二十四章 大神の集落にて悪魔の子を救出せよ

殺戮衝動

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僕に十六夜が殺せないなんて、そんなはずはない。カヤが言うことを聞いてくれないだけだ、そうでなければならない。
僕の思考が止まってしまうとカヤの動きも止まる。
十六夜はカヤへの攻撃は無駄だと悟り銃を構え直す。アルかフェルを撃とうとしていたのだろうが、時間をかけ過ぎた。アルは既にカヤの下の抉れた地面に身を潜ませていた。狙いを定めるその瞬間、銃を握る手の力が緩む。アルはその隙を狙い銃を奪い取った。

「アルさん!  やめてください、私はあなた達と戦いたくはありません!」

『此方の台詞だ、十六夜。堕天使は私達がしっかりと管理する、手を引け』

「アルさん……私、私は……」

銃を奪われ攻撃手段を失った十六夜はその場に座り込み、自分を抱き締めるようにして泣き始めた。戦意を喪失したと見ていいのだろうか……
アルは銃をフェルに渡し、鳥籠のような結界に体を擦り寄せた。

『……ヘル、怪我は無いな?』

「アル、ごめんなさい……僕、何も出来なかった。カヤに、命令出来なかった」

僕には十六夜は殺せない。きっと、この結界がなくて僕も武器を持っていたとしても、制圧は出来てもトドメは刺せない。

「……情けない、よね」

『いいや、ヘル。私は貴方のそんな所が好きだ。誇りに思うよ……』

アルの向こうで兄が起き上がるのが見えた。フェルに手助けされながら再生は滞りなく進んでいる。
……殺せなくて、正解だったのかもしれない。

「何してんだ王様!  あの女まだ武器持ってるぞ!」

そんなアザゼルの声は発砲音と同時だった。
目の前が赤く染まって何も見えない。何が起こったのか理解出来ない。

「……アル?  アル!  居るよね、アル……?」

結界の外側は血と肉片に覆われてしまっている。僕の後ろ側は綺麗なままだけれど、そちらからは状況が分からない。
アルの返事がなく焦っていると下の方に血が付着していない部分を見つけた。狭い結界の中身を捩らせてそこから外を覗くも、血溜まりしか見えない。

「……アル、アルじゃないよね……返事してよアル……」

必死に目を凝らすと血溜まりの中にキラキラと光る宝石のようなものを見つけた。血よりも赤く、美しく輝く石の欠片──賢者の石、アルの心臓。

「ぁ……あ、ぁ、あぁ、ぁああぁあああっ!」

アルが、また死んだ。
僕が油断していたから。僕が十六夜を殺さなかったから。いつまでも僕が無能なままだから。
僕のせいで。

『……っ!?  な……何これ、ヘル!?  何してるのヘル!』

「王様の兄貴!  お前魔法使いなんだろ!?  なら早く狼に蘇生魔法使いやがれ!  石を修復するんだよ!」

『使えない!  急に魔力の制御が出来なくなって……』

「まさか、魔力支配……?  嘘だろ、まだ魔性にしか使えないはずじゃ……」

立ち上がろうとすると同時に結界が消える。目の前にはアルが倒れていた。胴体のほとんどを吹き飛ばされて、ピクリとも動かずそこに居た。

「ヘ、ヘルさん!?  と、止まってください!  撃ちますよ!  両手を挙げて止まりなさい!」

十六夜が僕に銃口を向ける。アルが奪ったものよりも小さなものだ、予備と言ったところだろう。それでもアルの身体を吹き飛ばすだけの威力があるのだ。

「……っ!  ぁ、あれ?  うそ、なんで……」

引き金を引いて、十六夜は目を見開く。何度も何度も同じ動作をして、意味もなく銃身を叩く。

『あれ魔道具だろ?  弾詰まりなんか起こるわけない……ねぇ堕天使、君何か知ってるみたいだね』

「魔力支配だよ、知らねぇのか。魔物使いの力は魔性を統べるなんてもんじゃない、この世に存在する全ての魔力を支配する力だ」

アルを殺した銃なんて壊れてしまえばいい。
そう願うと僕の願いに応えたかのように腔発が起こった。

「魔性だろうが人間だろうが、月の魔力だろうが地脈だろうが、生命エネルギーだとしても……とにかく、全部、支配される」

アルの胴を消してしまうような威力があるのだから、当然、腔発すれば十六夜の腕も吹き飛ぶ。勿論、その程度の傷で彼女を許すことはないけれど。

「……早いとこ王様を正気に戻さねぇと、循環不全起こして全員死ぬぞ。魔性にとって魔力は血よりも大事なもんなんだからな……」

どう殺そう。僕は今何も持っていない。素手で人を殺すのは難しいし、どうせならアルと同じように内臓をぶちまけて死なせてやりたい。

「カヤー……居るー……?」

「ヘ、ヘっ……ヘルさん、落ち着いてください、その、謝ります!  謝りますから……や、やめて」

カヤは姿を現してすぐ十六夜の懐に飛び込んだ。腹を食い破り、臓物を引き摺りだした。

「……そう、そうだよカヤ……そのまま、全部出して…………えらいね、ちゃんと出来てる」

絹を裂くような十六夜の悲鳴が集落中に響き渡る。耳を塞いでもなお聞こえる、アルは何も言えずに死んでしまったのに。
凄惨な死に様をぼうっと眺めていると、視界に僕の顔が割り込んだ。

『お兄ちゃん!  お兄ちゃん、聞こえてる?  落ち着いて、正気に戻って!  お兄ちゃんが僕やにいさまの魔力抑えちゃってるから、狼さんの治療もできないんだよ!  ねぇ、お兄ちゃん……聞こえてるでしょ!?』

どうして僕が────あぁ、そういえば、弟が出来たんだったか。フェル……だったかな。
おかしなことを言う子だ、アルの治療なんて。アルはもう死んでしまった、賢者の石が砕けたのだ、身体を治しても意味がない。

「……王様コピー!  伏せろ!」

フェルに押し倒される──目の前を大鎌が通り過ぎて行った。

「サリエルの鎌に触れるな!  魂ごと切られちまうぞ!」

鎌を持っているのは白い髪の天使だ、その眼は真っ黒で穴のように思えた。そしてその足元に分断されたカヤを見つけた。

「……カヤ?  カヤ!  なんで、カヤ!」

カヤは霊体なのに。傷付けられるはずがないのに。

『堕天使!  知ってること全部吐け!』

「いだだっ!  痛い痛い!  髪引っ張んな!  んな事しなくても言うって!  あのな、サリエルは死を司る天使で、あの鎌は魂を刈取るもの!」

『……肉体じゃなくて霊体に当たるってこと?』

「おう、あんちゃん物分りいいな。あと魔眼持ちだから目ぇ合わせたら死ぬぜ」

『…………それを先に言えよ!  ヘル!  目を閉じて!』

目玉を抉り取られた後のような、眼孔がこちらを向いているだけのような、そんな真っ黒い瞳。
真っ直ぐに見つめ合う……そして察する、この眼は僕の眼と似たような力を持っていると。

『魔物使い。殺害許可は下りている──魔眼、発動します』

魔力を押し付けられる、全身を圧迫されているような錯覚が起こる。心臓が動きを止め、血が回らなくなって──そんな感覚に襲われる。
しかし、この錯覚を起こしている魔力は……あの銃と同じ、月の魔力だ。

『……っ!?  弾かれた!』

サリエルは手で両目を多い、よろめいた身体を大鎌で支えた。
死を思わせる錯覚が消えると同時に「ぱん」という軽い音が耳の近くで響いた。
顔が濡れた気がして手をやると、どろりとしたものが手に付着する。何故か右眼が見えなくて左眼の方に見せてやると、白い皮のようなものと血管らしきものがあった。

『お疲れ様、サリエル。眼は無事ですか?  よくやりましたね、魔物使いの魔眼は壊れました』

『ラファエル様……はい、死与の魔眼は無事です』

『オファニエルの加護受者を連れて天界に帰りなさい。後は私が』

『承知しました』

僕がカヤに付けさせたはずの十六夜の傷は何故か完治しており、サリエルが十六夜を抱えて飛んでいってしまった。
また、殺せなかった。

『さて、魔物使い。そしてその仲間達、少しお話を……』

「カヤっ!」

カヤは僕の魔力で動いている。今の僕なら分断された身体を一時的に繋げる程度は可能だ。
僅かにズレて繋がった身体を起こし、カヤはラファエルに飛びかかる。

『……犬神、修理したと言うのですか。こんな……可哀想なものを、自分勝手に……』

他の天使とは違う、大きな翼。彼には見覚えがあった。僕が魔物使いの力を失っていた時、傷を癒してくれた天使──ラファエルだ。羽根も貰って、彼は味方だろうと盲目的に信頼していた唯一の天使だった。

『……霊体捕縛は私の十八番です。魔物使い、私は君を殺す気はありません。どうぞ投降してください』

だが、彼も所詮は天使だった。僕の敵だ。敵なら滅さねば。
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