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第十九章 植物の国と奴隷商

救出作戦

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いっそのこと枝や石でも投げながら飛び出してやろうか。少しでも注意を引くことが出来れば、後はベルゼブブに任せられる。だが、飛び出して少女達に危害が加えられる可能性は高すぎる。
僕の考えは堂々巡りで、全く活路が見い出せない。やはり、僕は──

「……何してんの、お前ら」

「わっ……ツァールロスさん!?」

「静かにして」

背後に突然現れたツァールロスに驚き、大声を上げて姫子に口を押さえられる。

「ご、ごめん」

「様子を伺ってる、人質取られて動けない」

「説明どうも……うわ、これは長くなるな」

木の影から状況を覗き見し、ツァールロスは他人事のように呟く。そんなツァールロスを見て、僕の頭に一つの方法が浮かぶ。

「……ツァールロスさんって足速いよね」

「まぁ、人間よりは」

「キュッヒェンシュナーベ族は地上最速」

「あぁもう、変なこと言うなよ、私なんかがそんなに速いわけないだろ」

卑屈を言い始めたツァールロスを無視し、僕は思いついた案を彼女達に話した。

「……理解した。やろう」

「え、本当に?  かなり抜けてると思うけど」

「そうだ、私がそんな……出来るわけ……」

躊躇う僕達をよそに、姫子は作戦とも呼べないような策を再確認する。

「まず私がはぐれていたシュメッターリング族のフリをして出ていく。それに反応して三人のうち一人は釣れる。次に枝を髪に挿したあなたが一瞬顔を出して、逃げる。それに反応して一人は釣れる」

「で、私が残った二人のナイフを奪う……無理だ、無理だよ、私には……」

「人質取ってる方優先でね」

「無理だって……絶対、私に、出来るわけ、無いって……」

姫子はツァールロスを無視し、わざとらしく音を立てながら歩いた。僕達が隠れている木から少し離れた木の影から男達の前に現れる。

「おい、まだいたぞ」
「おっ、白い……なかなかいいかもな」

ナイフを取り出し、二人の男が姫子に向かう。
僕は触角に見立てて枝を髪に挿し、顔だけを覗かせる。

「あ、あっちにも!」
「逃げるぞ!  早く捕まえてこい!」

人質を取った男が怒号を飛ばす。もう一人の男は僕に向かってくる。
横を見ても、隣にいたはずのツァールロスはいない。ツァールロスは木陰を飛び出し、人質に向かって走っていた。

「もう……もう、どうにでもなれぇ!」

男は向かってくる黒い塊に一瞬戸惑い、ツァールロスはその隙をついてナイフを叩き落とした。

「なっ!  こ、この……」

「う、動くなぁ!  動くな、動いてみろ、動いたら……動いたら、えっと、さ、刺す!」

地に落ちたナイフを拾い上げ、ツァールロスは震えながらナイフを男に突きつける。僕にも分かるほどの素人の構えだ。男はナイフを奪い返せると思ったのだろう、ニヤニヤと笑って拳を振り上げた。
だが、その腕は肘の下──関節がないはずの部分が外側に曲げられ、ツァールロスに届くことはなかった。

「よくやった、ツァールロス。助かったよ」

ウェナトリアは両腕でツァールロスを抱き締め、背の八本の足で四人の男を締め上げた。
上手くいったと安堵する僕の眼前に迫ったナイフは、それを持つ腕ごと噛み潰される。

『……あぁ、最悪の気分だ。分厚い皮膚の固く荒れた手で撫で回され、それを口に入れるなど』

「アル!  やったよ、何とか……僕!  出来た!」

『ああ、本当に素晴らしい。貴方も成長していたんだな』

「うん!」

返り血なんて気にせずにアルを抱き締めた。あの男達に撫でられた場所を重点的に、清めるように、撫でた。

『……気ぃ抜かないでくださいよね』

視線を上げれば姫子を横抱きにしたベルゼブブと目が合う。口元の赤い汚れを拭い、姫子を降ろす。

『ちゃんと生かしてますよ、全部食べたらヘルシャフト様怒るでしょう?』

腕をなくして呻く男達を指差し、ベルゼブブは無邪気に笑う。アレでは出血死してしまう。

『言われなくてもご主人様の願いを叶える、出来た使い魔でしょう?  褒めてくださいよ』

けれど、得意気な顔が珍しく可愛らしく思えて、抱き寄せて頭を撫でた。

『あ、ちょ……褒めるっていうのはそうじゃなくて、報酬を……髪、あの…………ま、今回はこれでよしとします』

『……おお、素晴らしいな。ヘル。ベルゼブブ様をも絆すとは』

『誰がいつ絆されました!?  私はただ、契約者の報酬を受け入れただけで……!』

「あ……嫌だった?  頭、撫でられるの。ごめんね、アルは喜ぶし……僕もこういうの好きだから、つい」

『嫌なんて一言も言ってませんよ!  あっ、べ、別に良いという意味でもありませんよ!  ま、私を撫でられる機会なんてそうありませんから?  せいぜい堪能すると良いでしょう』

その後、ベルゼブブは黙って撫でられ続けた。
呆れたようなその表情に少しでも照れが入っていればいいな、なんて考えながら僕は撫で続けた。

「……もういいかな?  侵略者はとりあえず捕獲した。いい具合に奴らが持ってきた縄もあったし、それで縛っておいたぞ」

「あ、ウェナトリアさん……その、大丈夫ですか?  刺されたりとか」

「平気だ。ただ……布に土汚れがついてしまってな、これを目に巻くのは少し、な」

ウェナトリアの八つの目はぎょろぎょろと四方の安全を確認している。多いだけならまだしも別々の動きをされては、気味悪さが増してしまって目を合わせられなくなる。

「な、なら……そのままで?」

「…………そうしたいんだが、構わないか?」

「僕は大丈夫ですよ」

目に直接触れる部分まで汚れていては、今まで通りに隠すなんて出来ない。眼球は繊細なのだ、砂一粒で一大事になる。僕のいつまで経っても無礼なままの感覚だけで「隠せ」なんて、言えやしない。

「そうか?  なら……まぁ、このままにするが、うぅん、落ち着かない」

「いつもちゃんと前見えてるんですか?」

「布は薄手だからな。君が思うよりずっと見えているよ」

落ち着かないとの言葉通り、ウェナトリアはしきりに目元に手をやっている。そんな彼の腕の中にはバタバタと暴れるツァールロスがいた。

「今日は活躍した!  離せ!」

「ああ、活躍した。だから離せないよ。私の感謝と愛を伝えなければ」

「要らない!」

「よくやった」と褒められた時は彼女もウェナトリアの背に腕を寄せていたように見えたのだが……今は気分ではないようだ。

「……ねぇ、ベルゼブブ?  君さ、嫌な感じって言ってたよね?」

素直になれないツァールロスにも、素直過ぎるウェナトリアにも構っている暇はない。僕はまだ脅威が去ったとは思えない。

『え?  ええ、確かに。言いましたよ、それが何か?』

「…………それ、この人達じゃないよね?」

ただの人間にベルゼブブが嫌悪感を覚えるとは思えない。

『違います。あの感じは天使でした』

「攻めてきたのかな。この人達と関係あると思う?」

『さぁ、どうでしょう。滅ぼしに来るなら分かりますが、奴隷商と天使が関わっているとは思いたくないです』

出てこないというのも分からない。男達を倒している間、もしくはそれが終わってひと段落ついた頃に隙を見て襲ってくるだろうと思っていたのだが、未だに天使の姿は見えない。
奇妙に思いながらも、僕は捕えられていた者達の介抱を手伝った。
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