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第十九章 植物の国と奴隷商

惰眠を貪る悪魔

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男達を大木の幹に縛り付けた後、無言のまま歩き続けてシュピネ族の集落に到着した。
そこら中から視線を感じる、だが、姿は見えない。ウェナトリアと同じような八つの瞳て見られているのかと思うと背筋が寒くなった。

「……あ、帰ってきた」

「姫子!  無事だったか……よかった」

姫子が木の影から顔を出した。安心して力が抜けたのだろう、ウェナトリアはその場に膝を折る。

「何かあったの?」

「侵略者が上陸している、まだ数も分かっていない……かなりまずい状況だ」

「そう」

姫子はウェナトリアの様子も気にせず、淡々と会話を続ける。

「ああ、そうだ。ツァールロスを見なかったか?」

「知らない」

「そうか……」

肩を落として分かりやすく落ち込むウェナトリアの元に、黒い鎧を身にまとった少女達がやって来た。

「ウェナトリア国王」
「ご報告が」

「ん……ああ、アルメーのお嬢さん方、どうされました」

「ツァールロス・キュッヒェンシュナーベ」
「南倉庫にて発見」

「……家に居たのか?  何だ……はぁ、よかった」

「現在逃走中」
「シュメッターリング集落方面」

「また逃げたのか!?  まぁ……内陸の方なら大丈夫か、そのうち帰ってくるだろう」

少女達は深々と礼をし、森の奥へと消えていった。

「次、どうします?  一旦帰りましょうか」

「いや、悪魔に交渉に行く。もう一度『堕落の呪』を発動させて欲しいとね」

ツァールロスが心配だろうに、ウェナトリアは国王の立場と生来の優しさから彼女よりも全体を優先する。素晴らしい人格者だとは思うが、損な性格だとも思った。

『材料あるんですかぁ?』

「……君に頼めないか?  悪魔なんだろう?」

『ベルフェゴールは上司の命令聞くタイプじゃないんですけどね』

次の目的地は島の中心。そう、あの大穴だ。
またあの巨大な悪魔と相対することになるのかと思うと気が滅入る。ウェナトリアは魔力での交渉も視野に入れているらしく、姫子も連れていくことにした。

『貴女は歩かないんですね』

「姫子は体が弱くてな、いつも私がおぶっている」

『だから弱くなるんじゃないですか?』

姫子はウェナトリアと背を合わせ、八本の足でしっかりと固定され、優雅に椅子に座っているような体勢で触角を手入れしている。
ベルゼブブはそんな姫子が気に入らないようで、相手にされないと分かっていながら睨みつけ嫌味を言う。

『……呑気にグルーミングですか、いいご身分で』

「やめなよベルゼブブ、どうしたの。羨ましいならおぶってあげようか?  君くらいなら僕でも背負えるよ」

『お構いなく、退屈なだけです。退屈だと腹が減る、腹が減ると腹が立つ、腹が立つと嫌味を言いたくなる』

「お腹空いたなら髪食べていいから」

『働いてないのに食べられませんよ』

「十分働いてるよ、僕に比べれば」

尊大な態度の割に報酬に関しては細かい、悪魔らしいということなのだろうか。
ベルゼブブの嫌味を聞き流し、ツァールロスについての愚痴に苦笑いを返し、アルに癒されながら島の中心の大穴に到着する。
底の見えない大穴をを覗くと目眩がした。

『……一応生きてますね、虫の息ですが』

「連れてきてもらえないか?」

『…………タダで?』

「じゃあ僕の髪あげるよ」

『三本!』

「何本でもいいよ」

ベルゼブブは一対の翅を広げ、大穴に飛び込む。その間に髪を準備しておこうかと手櫛で髪を梳くと、いい具合に抜けた髪が指に絡まった。

「……ねぇ、アルは僕の髪食べたいとか思う?」

僕の髪もこうして見ると全く不思議な色をしている。根元は黒く、先は白く、その境目は作り物と言っても怪しいほどにハッキリとしている。

『いや、私は肉派だ。貴方を喰おうとは思わんがな』

「…………そう。まぁ、普通そうだよね」

『流石はベルゼブブ様、美食家だ』

「美食……?  あれちょっと気持ち悪いんだよね……いや、いちいち血を飲まれるのも困るし怖いけど」

マルコシアスのことを思い出し、手のひらが疼く。
血を飲むのも肉を喰うのも僕の──人のものを求めていると思うと気味が悪い。なんの痛みもない髪なら問題はないはずなのだが、前者にはない奇妙な現実味があって気持ちが悪い。

『持ってきましたよー』

ベルゼブブの声が穴の中から聞こえた、と同時に紫色の塊が降ってくる。
それは人……いや、悪魔だ。
長い紫の巻き髪をかき分けて生えた羊のような角を見てそう確信する。服は紫の寝間着のようなもので、そのうえ裸足。

「寝ているのか?」

「みたいですよ、起こします?」

ウェナトリアが頷いたのを確認して、髪をかき分けて肩を掴み、揺さぶる。

『そんなんじゃ起きませんよ、ほら、髪の毛ください』

「あ……うん」

髪が絡まった手を差し出すと、棘の生えた細長い舌が髪を絡めとる。

『んー!  美味しい!  最高ですよヘルシャフト様ぁ!』

「…………どうも」

揺さぶっても起きない、か。それなら──

「起きて、ね。起きてよ、おーきーてー」

声もかけるとしよう。

『……先輩先輩、ヘルシャフト様ってもしかしなくても馬鹿ですよね』

『馬鹿な子ほど可愛い、と言うでしょう?』

『それはそうかもしれませんが、馬鹿過ぎたら鬱陶しいというか面倒臭いというか、いえもうそれ通り越して呆れますね』

背後で失礼な会話が聞こえたような、いや、気のせいだ。自分にそう思い込ませ、肩を揺さぶり声をかけ続ける。

『しょうがないですねぇ、どいてください』

ベルゼブブに押しのけられる。ベルゼブブは紫の髪を掴み上げ、穴とは反対側の大木に投げつけた。

「え……ちょ、ちょっと!」

『まだまだ!』

投げられた悪魔はまだ眠っている。ベルゼブブは悪魔が地面に落ちる前に、その腹に拳を抉り込む。素晴らしい速さだ、思わず手を叩いてしまう程に。

『ベルフェゴール、起きてください。このまま裂きますよ?』

みぞおちに埋まった小さな拳。ベルフェゴールと呼ばれた悪魔はその腕を掴み、ふにゃんと笑った。

『おふぁよーごじゃいまぁす……ふわぁ、ねむ。何かありましたぁ?』

『用があります。呪いをもう一度かけろ、とのご希望ですよ』

『のろいぃ?  しりゃなぁい、他当たってくだしゃーい……ふわわ……ぁー』

『食べますよ?』

『寝る……す……』

ベルフェゴールは頭を垂らし、木に押さえつけられたまま寝息を立てる。ベルゼブブは宣言通りに首筋に歯を突き立てた。

「べ、ベルゼブブ?  その、やりすぎじゃない?」

『コイツはちょっとやそっとじゃ起きないんですよ』

「弱ってるとか言ってたじゃないか、なら、まず何か食べさせないと」

『……何食べさせるんですか?  そこの白いのですか?』

ベルゼブブの視線の先は姫子だ、悪い冗談はやめろと視線を遮る。ベルゼブブが呆れたように両の手のひらを天に向けると、ベルフェゴールはずるずると地に落ちた。
体を捻ったその体勢は息をするのも苦しいと思うのだが、ベルフェゴールは安らかな寝息を立てている。
悪魔というのは、どいつもこいつも強烈な個性を持っている。全く扱いにくい。
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