魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第二十四章 大神の集落にて悪魔の子を救出せよ

小さな子

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「いらっしゃいま……じゃなかった。お帰りなさいませ、ご主人様!」
「んっ? ……はっ? ええっ、生徒会長!?」

 たどたどしい接客の声が響き、次いで入店した客が困惑の声を上げた。無理もない。
 学園最強と名高いノエルがまさかのメイドとして、しかも学年の違う出し物で出てくるなど誰が予想できようか。特に模擬戦での姿を知っているなら混乱しても仕方ない。
 それでもきちんと席まで案内されているようだ……盗み聞きすると、ちゃっかり一番高い組み合わせのメニューを頼んでいる。
 恐らくノエルがオススメとして誘導したのだろう。中々のやり手である……というか容赦ないな、アイツ。

 実際、彼女がメイド喫茶で働き始めて一時間ほど経ったが、明らかに昨日より客足が増えている。
 物々しい二つ名のせいで余計な先入観が働き、誤解や勘違いを受けているノエルだが、元々は人当たりの良い性格に加えてボクっ子の白髪赤目美少女である。属性過多かよ。
 他の七組メイドに見劣りしない人形の如き麗しい容姿の女子が、メイクによって宝塚系パッションメイドとなったのだ。
 見る者を魅了し、朗らかに迎え入れてくれる姿は老若男女問わず好評で、口コミの影響もあってか客足が絶えず流れてきている。激痛を耐えてメイクした甲斐があったぜ。

 おまけに接客の応対に多少粗さが滲み出ても“味が出ていてとても良い”“新しい一面が見れて満足”“う、美しい……”と受け入れられているので、メイド喫茶としてのレベルが下がることもない。
 納涼祭のお祭り感にベストマッチした最高の人材、それがノエルだ。
 実行委員のデールを筆頭に七組のみんなも事情を話せば納得してくれたし、売り上げへの貢献度が高く非常に助かる。

「特製パンケーキを二つ! クロトくん、コーヒー二つ!」
「はいよ」

 調理場に顔を出してきたノエルに応えて、ティーカップを用意しコーヒーを注ぐ。芳醇な香りが湯気と共に立ち込め鼻腔をくすぐる。
 砂糖とミルク、ティースプーンを揃えると、作り置きしていた生地を用いて、手早くパンケーキを作りあげた調理班がトレイに乗せて持っていった。

 体の具合を見て調理の方に回ろうと思ったが、執事服では隠せない所まで包帯が巻かれているので人前には出せない、無理をしてほしくない、お願いだから七組総出で見張っててほしい、と。
 シルフィ先生の切実な要望によって、本当にコーヒーを淹れるだけの置き物と化している。いや、うん……楽ではあるし体も癒せて一石二鳥なのだが、なんだか不甲斐ない……。
 試しにそのむねをデールに伝えたところ、


「望んだ訳でもねぇのに生徒会長と戦わされた挙句、反動で血まみれになったヤツを酷使するほど畜生じゃねぇよ。いいから大人しくしてろ」


 若干キレ気味に反論され、調理班の“なに言ってんだコイツ”みたいな視線に刺され、肩を縮めて豆を挽く機械として作業に徹している。
 なぜそこまで気が立っているのか不思議だったが、どうやら七組全員、模擬戦が組まれた理由をエリックから知らされたらしい。

 特待生の意義を問うにしても行動が遅い、今更過ぎる、不当な判断、頭悪いんか? など。
 来賓に対する不平不満、胸の内にいきどおりは中々抑えられるものではないようだ。
 ノエルは模擬戦に関して割とノリノリだったけど、俺と同じく巻き込まれた側で、公開処刑の如き見せしめに関与された被害者とも言える。

 だからあっさりと七組の皆に受け入れられた。彼女もまた学生であり、楽しみ方に差異はあれど納涼祭を堪能する権利がある。
 そもそも普段から激務で学園を空けがちな彼女が、学園行事を満足に楽しめた機会があったのだろうか? 
 恐らく自らの所属するクラスの出し物にすら関われず、出店を見て回ること体験することも出来ず……文字通り、後の祭りを眺めるくらいしかできなかったのでは、と。

 直接口に出して聞いたわけでもないが、保健室でのチグハグな感情の出し方が増々そう思わせた。
 そんな寂しい青春を送り続けたであろう彼女が、今はすっかり笑みを浮かべて接客している。楽しませる側として納涼祭を満喫できてる現状を嬉しく感じているのかもしれない。
 ……最終日も手伝ってくれないかな? メイドとして働くのに納得してるんだし、更なる売り上げに貢献してもらったりとか……ダメかな?

『──!?』
「ん?」

 邪悪な感情の芽生えを刈り取るように、突如としてざわついた室内に思考が奪われた。気になったので片手間に挽いていたコーヒー豆を一旦いったん火から離して放置し、調理場の外へ顔を出す。
 うーん? もしかしてクレーマーが来たのかと思ったが違うっぽいな。出入り口に人だかりが出来てるけど荒々しい声は響いてこないし。

 珍しいお客さんでも来たのか? だとしても、なぜお客とメイドがどちらも顔を赤らめているんだ。お客はともかくメイドは仕事してよ。
 機能不全に陥った人だかりの壁に痛みをこらえながら近づくと、その向こうから白い手が伸びる。それはどうも俺に向けられているようだった。
 気づいた何人かが体をどけることで、手を伸ばした誰かの全容が……あぇ?



「──来たわよ、坊や」



 それは、溶けるようでしっかりと芯のあるあでやかな声音。
 情熱的なまでに赤く、綺麗に整えられた長髪。
 夏場に対応した薄着から晒された白い肌、目に毒と言い切れるくらいには溢れんばかりの豊満な胸。
 物憂げな顔も華やかな表情も映える、すれ違えば男女問わず誰もが振り向く美貌。

 銀細工の耳飾りを揺らして、手を振りこちらに向かってくるのは──“麗しの花園”のオーナー、シュメルさん。
 歓楽街トップ店の責任者でありながら滅多におおやけの場には出たがらない彼女が、今まさに、目の前にいる。
 まるで悪戯いたずらが成功したことを喜ぶ子供のような、無邪気な笑みを浮かべて。

「…………スゥーッ」

 長く息を吸って、平常心を保ちつつも思考する。
 めちゃんこ美人な女性に声を掛けられる──既知の人物であり、言動からそれなりに親交があると知られた。
 お互いにバレたらマズい商いをしている──特に彼女の職業柄、学生である俺が知り合いなのはよくない。
 下手な対応で身元が判明するのはダメだ──周知された瞬間、学生生活も歓楽街の立ち位置も危うくなる。

 明確にこちらを認識している以上、今さら人違いでした、なんて良い訳が通るとは思えない。
 そもそもメイド喫茶を成立させる為に“麗しの花園”へどれだけの苦労を掛けた……? 衣装やメイク道具も融通してもらってるんだぞ……俺だけが知っている取引相手とはいえ、無下に扱うなんて論外だ。
 せめて、せめて花園のスタッフ総出で来られなかっただけマシと考えよう。その上で、シュメルさんをどうするかが重要だ。

 コンマ数秒単位で広がる思考の海。グルグルと渦巻く選択肢。
 必死にかき集めたピースで形作る最良の答え。
 カチ割れそうな頭痛を噛み殺し、いざ口を開いて──

「あの、こちらの、席へ……どうぞ」

 ごく平凡。苦肉の末に出た言葉があまりに情けなかった。
 笑えよ、ちくしょう。
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