魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第二十四章 大神の集落にて悪魔の子を救出せよ

月の魔力

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結果としてフェルは元気だし、友人のような存在の十六夜をそう簡単に殺せる訳もなく、僕はぼうっと彼女の瞳を見つめていた。潤んでいて、震えていて、どことなく愛らしく、切りつけてしまいたくなる。

「ヘルさんっ……!」

僕にも兄と同じ衝動がある。そう、加虐の衝動。涙を溢れさせて、それでも希望を失っていない媚びた笑顔を見ればその衝動は昂ってしまう。

「…………そんな顔しないでよ、虐めたくなっちゃう」

「……っ、ごめんなさいっ!  ごめんなさい……だって、私……」

「分かってる、仕事だもんね、仕方ないよ。殺したりなんてしないから安心して」

いくらフェルが無事だといっても、せっかく出来た弟の姿を壊されて怒りがない訳もなく、だからといって殺す気もなく、僕は悩んだ末に相応の罰を思いつく。
フェルを撃ったのは銃、銃を撃つのは手、ならば罪はその手にある。

「……約束してね。二度と僕の家族を傷つけないって」

「します!  約束します!」

「ありがとう。でもね、僕……人を信用出来ないんだ。念のために銃を持てないようにしておくね」

兄に貰ったナイフを地面に縫い付けられた十六夜の手に突き刺す。耳元で響く絶叫に眉を顰めながら、手の神経が全て切れるようにナイフを回した。

『ヘル!  頭下げて!』

フェルの声に従い、地面に這いつくばる。頭上を光り輝く剣が通り抜けていった。

「オファニエル!?  どうして、力を封じられたんじゃ……」

オファニエルは肩で息をしている。確かに弱ってはいるのに、何故か剣と鎧は輝いたままだ。兄の魔法に腕を撃ち抜かれ、オファニエルは標的を兄に変える。

『……月の天使とか言ってたね。なるほど、君は神に与えられる力とは別に、月の魔力を扱うわけだ』

『月……!?  よし、ヘル!  こっちに来て!』

兄とオファニエルの足元をすり抜け、フェルの隣に立つ。地面はまだ黒く粘着質な液体で濡れていた。

『僕の後ろに隠れててね、お兄ちゃん…………月に吼ゆるは我等が神、月に愛され月夜に堕ちよ。月は満ちた!  我等が満願成就の時!』

フェルが持った杖が光り輝き、反対にオファニエルの剣と鎧が光を失っていく。

『……月の魔力をこっちに移してる。逃がすとこがないからちょっとまずいけど…………にいさまならその前に決着を付けてくれるよ』

「…………そうだね」

オファニエルの鎧と剣が錆びた鉄のような色になり、十六夜の前に倒れ込む。兄はそんな彼女の頭を踏みつけて、彼女の剣で近くに蹲っていた住民を殴りつけた。

『やっぱり、魔力がなかったらただの石か。ね、天使様、気分はどう?』

パァン!  という破裂音が何度も響いて、兄の足の周りに防護結界が展開される。

『ウサギ……しまった、忘れてた!』

フェルは杖を振り、先程と同じ詠唱を始める。
オファニエルはぐったりとしたまま、それでも上体を起こし銃を構えた。銃はフェルの杖よりも強い光を宿している。

「フェル!  あっちも!」

『──成就の時!  って、あれは無理だよ!  降ってくる力の方向は変えられても、既に貯められてる力は僕には吸い取れない!』

「そんなっ……ぁ、アル!  カヤ!  にいさまを 助 け  て !」

物陰から飛び出したアルが兄を突き飛ばし、カヤが銃身を噛んで弾道を逸らす。銃弾は兄の頭の横を通り、髪を僅かに消滅させた。

『結界を抜けた…………流石月の魔力……アレは、当たってたらまずかったかも』

『……ヘルに感謝するんだな。あの妙な結界のせいで鼻が効かん、ヘルが力を使わねば私は動かなかったぞ』

兄はアルの下から這い出て、上体を起こしてはいるが満身創痍のオファニエルを睨む。銃は彼女の手を離れて地面に落ちていた。

『……へぇー、月永石が入ってるんだ。あの威力も納得かな』

『やるなら早くやれ』

『分かってるよ、可愛くないペットだね』

兄は興味深そうに観察していた銃を蹴り飛ばし、空中に魔法陣を描いた。

『お兄ちゃん……お兄ちゃん、やばい、やばいよ……』

フェルが持っている杖が異常な振動を見せ、直視できないほどに輝いていた。

『もう、貯めてられない……っ!』

「ぁ……にいさま!  早くオファニエルを……」

倒せ?  殺せ?  何を言うか迷って、兄は僕の方を向いて動きを止める。パキンという音が背後から聞こえて、杖の欠片が足元に転がってくる。

『ヘル、目を閉じて!』

言うが早いか、フェルは僕の頭を抱き締め目を塞いだ。誰のものかも分からない叫び声が幾つも聞こえて、恐ろしくなった僕はフェルの腕を掴んだ。

『まずい、やばい、やばい……あんなに魔力吸い取ったら、ほとんど無敵みたいなもんだよ……』

フェルの腕が目から首元に移動し、僕は恐る恐る目を開いた。眩い光を見たものは総じて崩れ落ち、呻いている。トール以外は。

『形勢逆転だ。消え去れ、堕天使!』

オファニエルは魔力を取り戻し、目が痛くなるほどに輝いていた。

「フェル!  グロルちゃん守って!」

『ごめん見えない!』

剣がグロルを狙う。だが、ランシアが手探りでグロルを探し当て、庇った。噴き出した鮮血が剣の光を受け、てらてらと地面を彩る。

「ランシアさん……!  フェル、にいさま、どっちでもいいから何とかして!」

『見えないんだって!  杖折れちゃったし、今の閃光で身体がちょっと崩れた、もう僕には期待しないで!』

僕はフェルの腕を振りほどき、事切れたランシアの下敷きになっていたグロルを引っ張り出す。オファニエルは剣を振って血を払う。僕は剣をじっと見つめて、振り下ろされる直前にグロルを突き飛ばした。

『……君の行動は理解出来ないな』

僕の右腕は肘から下が切り飛ばされていた。

『ヘル!  何があった、何も見えん!  何処に居る、今どういう状況だ!』

僕は腕の断面を押さえ、蹲る。叫び声どころか呻き声すらも上げられない。

『君を殺すという命令は現在は無い。だが、殺せるなら殺した方がいいのは変わらないし、君は十六夜を傷付けた。それに何より……たぁちゃんの想い人だ、許せないね』

オファニエルの爪先が僕の肩を蹴り、剣が太腿に突き刺される。膝を折って座り込んでいたから、大腿骨を貫通した剣は脛も割って地面にまで到達した。
オファニエルは剣を引き抜かず、手前に引いた。僕の足は真っ二つに裂かれ、その過程でようやく僕は苦痛に声を上げた。

『……トォォールッ!  何してるっ!  僕の弟を助けろ!』

見上げていたオファニエルの身体に槌がめり込み、吹っ飛んだ彼女は住民達の上に転がった。槌は僕の目の前に落ち、それを拾う為に歩いたトールの足はどこか覚束無い。

『エア、もう無理だ。俺の力も封印されてる。アレには勝てない』

『……は?  ふざけるな、何の為に君と行動してたと思ってんの!?  こういう時の為でしょ!?』

『ならこの結界を解け』

『無理、神封結界は時間でしか解けない。破壊や解除は不可能だよ、でなきゃ神性なんか封印できない』

乾留液のような粘着質な液体が地面に広がり、僕の身体に触れて収束する。液体は触手のようなものを広げて僕を絡め取り、兄の元に運んだ。

『ヘル……あぁ、ヘル。ごめんね、お兄ちゃんは月の魔力に曝されて、今は魔法が使えないんだ。すぐに戻るから、すぐに治してあげるから…………待ってね』

腕の断面を触手が呑み込む。裂けた足に大量の触手が絡みつく。

『止血はするから……死ななないで、お願い……』

手に柔らかい毛が触れる、どうやらアルが傍に来たらしい。

『ほら、ヘルの好きなの持ってきたよ?  目を開けて、返事して……お願い、ヘル……お兄ちゃんをひとりにしないで』

身体は全く動かせないが、不思議と意識は明瞭だ。目は開けられないが五感もまだ生きている。

『ヘル、頼む、私も貴方が居なければ……』

兄に抱き締められ、アルに擦り寄られ、血を失って冷えていた僕の身体が温められていく。そのせいなのか、それとも出血が多過ぎたのか、僕は異常な眠気に襲われていた。
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