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第十九章 植物の国と奴隷商
天使と悪魔の酒盛り
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棒立ちするゼルクに腕を掴まれたままの青年が部屋に入る。
「何突っ立ってんの……わ、いっぱいいる」
「…………先輩!」
翡翠のような瞳、美しいグラデーションになった蒼い髪。僕が覚えているままの姿で先輩は現れた。違うのは服装だけだ、店の制服らしいそれは僕が働いていたカジノのものではない。
「え? ぁ、あー……えっと、ヘル君だっけ?」
『マジ? 魔物使い? うわー、久しぶり……だっけ? 覚えてねーわ』
「いい加減離せよ! 仕事中だったのに無理矢理連れてきて!」
『別にいいじゃん、暇だろ?』
「先輩! こっち座ってください、せんぱーい!」
「ほら、呼ばれてるだろ……離せよ! 待ってね、今行く」
先輩はゼルクの肩を蹴りつけ、引き剥がし、僕の隣に座る。マンモンはゼルクに酒を渡し、ベルゼブブは冷蔵庫の隣の棚を開け中の焼き菓子を貪っていた
『人ンちのモン勝手に漁んなってんだろ便所蝿!』
『うるはいでふ』
『喰ってんじゃねぇ! 吐け! 今すぐ出せ!』
ベルゼブブの胸倉を掴んで振り回すマンモン。止めた方がいいのか、微笑ましいと認識するべきなのか。
『……あいつ誰?』
『ベルゼブブ様だ』
『マジかよ……やっべぇ、最強クラスじゃん』
ゼルクは机の下のアルに話しかけ、答えを聞いて顔を青くする。
「君いい加減堕ちるんじゃない?」
悪魔と仲良く昼間から酒盛りなんて、とても天使のやることとは思えない……っと、そうだ。先輩に神具について話しておかなければ。
「先輩、その……弓なんですけど、今はお姉さんが持ってます」
「あ、そうなの? ふぅん……取り返しに来た? キツい人だからね、怖かったんじゃない?」
「僕そんなに怖がりじゃないですよ。ところで……その、先輩も神具使いなんですか?」
先輩の表情が硬直する、冷えた瞳が明瞭に僕を反射する。
聞いてはいけない事だったのかと謝ろうとすると、先輩は自嘲の笑みを浮かべた。
「…………ま、そうだよ。神具使いだ。正式とは言いにくいけどね」
「正式じゃないって……その、聞いても?」
「いいよ、話したいし、酒の肴には少し暗いかもだけど」
先輩は果実酒を手に取り、グラスに注いだ。
「神具使いには条件があってね。まず才能だろ? 次に人格、そして血統。才能はまぁ分かるよね? 神力を体内に留められるかどうかだ。それで人格……一言で言えば正義の味方みたいなのが理想」
「正義の味方……ですか」
「そう。助けられるのに困っている人を助けない、魔物の手引きをする、必要外で人に危害を加える。これを行うと神具所持権を剥奪される、神様にね」
「……あ、先輩、僕のこと助けてくれましたよね、大怪我までして……」
並の人間は他者の為に自分を犠牲にする事は出来ない。あの時の行動は正義の味方らしいと言えるだろう。
「決まりだからやったってわけじゃないけどね。それで……血統、これは神降の国の王族、ハイリッヒ家の血を引いているかどうかだ」
ハイリッヒ……確か、弓の神具を操る女の名は、アルテミス・ハイリッヒだった。王族だったとは驚きだ、あんなに口が悪い王族がいるなんて。
「俺の登録名はヘルメス・ビズバルドだ」
「……え? でも、神具……」
「そう、扱える。不思議なことにね」
「分家、とか?」
「違うと思うよ。親の顔も名前も知らないし……路地裏育ちだからさ。あぁそうそう、本名って言ったけど、ヘルメスってのはハイリッヒ家で付けられた名前で、幼い頃はメルクって呼ばれてた」
彼に対して何を言えば正解なのか、何を言えば間違いなのか、分からない。だから僕は黙ることにした。
「俺が使える神具はコレ、ヘルメスの羽根飾り。身体能力補助系の神具だ。ハイリッヒ家では余ってたらしい。たくさんあるからね、いくら王族っても才能がある奴はそう居ないんだろう。国の土台の十二神具だけで妥協しようとしても十二人だからね。
それで……確か、そう、所有者のいない神具を紛失しないように、使用人が郊外の金庫に隠しに行った時。盗んだんだ。神具だって知ってたわけじゃなくて、金目のものだと思っだけ。アクセサリーとして売ればそれなりになるんじゃないかってな」
青いブーツに取り付けられた羽根飾りは一切の汚れがなく美しい。確かに、アクセサリーとしての価値は高そうに見える。
「んで、逃げる途中に気がついた。妙に体が軽い、足が早くなった、周りが遅くなった……魔道具か何かだろうと思って、盗みに便利そうだったから売り払うのはやめた。その後、ハイリッヒ家の使いが俺の隠れ家までやってきた、盗み仲間に金でも掴ませたんだろうな。で、言われたんだよ、養子になれって」
「養子……ってことは、王族になったんですか?」
「すぐに追い出された上に苗字も変えさせられたけどね。親無しが名前なんかあるわけない。ビズバルドは正式に登録された偽名なんだよ、でも結構気に入ってる」
「追い出された理由って……まさか、ぬいぐるみ?」
娯楽の国を出る前、喫茶店で聞いた話。大して可愛くもないぬいぐるみを盗んで兄に嫌われて追い出されたという、ふざけているのかと言ってしまいたくなるような話。
「よく覚えてるね、正解だよ。それだけじゃなくて、それがきっかけってだけ。他にも色々盗んだり悪戯したり嘘吐いたりしてたから」
「どうしてそんなことしたんですか?」
「さぁ? ただ、やりたかったんじゃないかな。本能みたいなものだよ」
「……本能、ですか」
「君にはない? どうしてもしたいこと、しなくちゃ気が済まないこと、やり始めると止まらなくなること」
魔物使いの力を使っている時の奇妙な快感、僕にとってはアレがそうなのだろうか。
僕の為なら命すらも喜んで捧げる魔物達の様を見ている時の、操っている時の、軽蔑するべき悦び。あんなものが僕の本能だったとしたら、きっと僕の夢は叶えられない。
「……ってか俺仕事中だったんだよ、もう帰るね。暇なら店寄ってってよ」
「あ……はい、さよなら」
僕は彼に小さく手を振って見送る。ゼルクが何やら悪態をついてはいたが、先輩はそれを無視して去っていった。
『帰りやがった、ったく付き合いワリーの』
「……元気でしたか?」
社交辞令としての会話くらいはしておこうと、僕はゼルクに向き直った。
『まぁまぁ。あ、そういやちょっと前に地下送りにされたぜ。ま、俺にかかりゃ十年以上前の工期も秒で終わるってもんよ』
「へぇー……」
『お前、信用してねぇな? いや、興味ねぇのか?』
「どっちもです」
『自分から聞いておいて……ま、秒で終わるは嘘だぜ、三日でバックれたし』
空の酒瓶を作っていくゼルクにアルは軽蔑の目を向けている。
『貴様は一体何時になったら堕ちるんだ?』
『堕ちねぇっての! 俺は超優秀な天使だからな!』
ドンっと胸に手を当て、叫ぶ。酔いが回ってきたのか呂律が怪しくなってきた。
「仕事勝手にやめて、悪魔と仲良くして、昼間から酒飲んでるのに?」
『堕ちねぇんだよな、これが』
「……忘れ物届けた人間を襲うのに?」
『根に持ってんなぁ、めんどくせぇ奴』
ゼルクに聞こえるようにわざとらしくため息を大きく吐いて、隣に戻ってきたベルゼブブに話しかける。
「ねぇ、意志ありそうだよ」
『……そういうことではありませんよ。確かに、この天使は欲望に忠実なようですが、神には絶対服従でしょう?』
『たりめーだろ、天使だぞ』
『悪魔と酒を飲んでいても、神に背いたわけではありませんから』
「……書物の国は、少し神様を批判する本を書いただけで襲われたのに?」
『そうなんですか? じゃあアレですね、身内には甘いっていう』
『ちげーよ、天使と人間じゃ基準がちげーんだよ。それに、こうやって仲良くして情報収集ってのもあるしな』
『……へぇ、なら早めに潰しておかなければ』
『冗談だって、怒んなよ』
天使と悪魔、本来交わるはずのないモノ同士が仲良く酒を酌み交わしている。
その光景は僕が望んでいたはずのもので、素晴らしいはずのものだ。だからこの場にいられる事自体が、何にも勝る幸運のはずだ。だが、何故かあまり楽しくない。
その奇妙な飲み会は夜を過ぎ朝方まで続いた。
ラビがゼルクを迎えに来るまで、僕が眠っても続いていたらしい。
「何突っ立ってんの……わ、いっぱいいる」
「…………先輩!」
翡翠のような瞳、美しいグラデーションになった蒼い髪。僕が覚えているままの姿で先輩は現れた。違うのは服装だけだ、店の制服らしいそれは僕が働いていたカジノのものではない。
「え? ぁ、あー……えっと、ヘル君だっけ?」
『マジ? 魔物使い? うわー、久しぶり……だっけ? 覚えてねーわ』
「いい加減離せよ! 仕事中だったのに無理矢理連れてきて!」
『別にいいじゃん、暇だろ?』
「先輩! こっち座ってください、せんぱーい!」
「ほら、呼ばれてるだろ……離せよ! 待ってね、今行く」
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『……あいつ誰?』
『ベルゼブブ様だ』
『マジかよ……やっべぇ、最強クラスじゃん』
ゼルクは机の下のアルに話しかけ、答えを聞いて顔を青くする。
「君いい加減堕ちるんじゃない?」
悪魔と仲良く昼間から酒盛りなんて、とても天使のやることとは思えない……っと、そうだ。先輩に神具について話しておかなければ。
「先輩、その……弓なんですけど、今はお姉さんが持ってます」
「あ、そうなの? ふぅん……取り返しに来た? キツい人だからね、怖かったんじゃない?」
「僕そんなに怖がりじゃないですよ。ところで……その、先輩も神具使いなんですか?」
先輩の表情が硬直する、冷えた瞳が明瞭に僕を反射する。
聞いてはいけない事だったのかと謝ろうとすると、先輩は自嘲の笑みを浮かべた。
「…………ま、そうだよ。神具使いだ。正式とは言いにくいけどね」
「正式じゃないって……その、聞いても?」
「いいよ、話したいし、酒の肴には少し暗いかもだけど」
先輩は果実酒を手に取り、グラスに注いだ。
「神具使いには条件があってね。まず才能だろ? 次に人格、そして血統。才能はまぁ分かるよね? 神力を体内に留められるかどうかだ。それで人格……一言で言えば正義の味方みたいなのが理想」
「正義の味方……ですか」
「そう。助けられるのに困っている人を助けない、魔物の手引きをする、必要外で人に危害を加える。これを行うと神具所持権を剥奪される、神様にね」
「……あ、先輩、僕のこと助けてくれましたよね、大怪我までして……」
並の人間は他者の為に自分を犠牲にする事は出来ない。あの時の行動は正義の味方らしいと言えるだろう。
「決まりだからやったってわけじゃないけどね。それで……血統、これは神降の国の王族、ハイリッヒ家の血を引いているかどうかだ」
ハイリッヒ……確か、弓の神具を操る女の名は、アルテミス・ハイリッヒだった。王族だったとは驚きだ、あんなに口が悪い王族がいるなんて。
「俺の登録名はヘルメス・ビズバルドだ」
「……え? でも、神具……」
「そう、扱える。不思議なことにね」
「分家、とか?」
「違うと思うよ。親の顔も名前も知らないし……路地裏育ちだからさ。あぁそうそう、本名って言ったけど、ヘルメスってのはハイリッヒ家で付けられた名前で、幼い頃はメルクって呼ばれてた」
彼に対して何を言えば正解なのか、何を言えば間違いなのか、分からない。だから僕は黙ることにした。
「俺が使える神具はコレ、ヘルメスの羽根飾り。身体能力補助系の神具だ。ハイリッヒ家では余ってたらしい。たくさんあるからね、いくら王族っても才能がある奴はそう居ないんだろう。国の土台の十二神具だけで妥協しようとしても十二人だからね。
それで……確か、そう、所有者のいない神具を紛失しないように、使用人が郊外の金庫に隠しに行った時。盗んだんだ。神具だって知ってたわけじゃなくて、金目のものだと思っだけ。アクセサリーとして売ればそれなりになるんじゃないかってな」
青いブーツに取り付けられた羽根飾りは一切の汚れがなく美しい。確かに、アクセサリーとしての価値は高そうに見える。
「んで、逃げる途中に気がついた。妙に体が軽い、足が早くなった、周りが遅くなった……魔道具か何かだろうと思って、盗みに便利そうだったから売り払うのはやめた。その後、ハイリッヒ家の使いが俺の隠れ家までやってきた、盗み仲間に金でも掴ませたんだろうな。で、言われたんだよ、養子になれって」
「養子……ってことは、王族になったんですか?」
「すぐに追い出された上に苗字も変えさせられたけどね。親無しが名前なんかあるわけない。ビズバルドは正式に登録された偽名なんだよ、でも結構気に入ってる」
「追い出された理由って……まさか、ぬいぐるみ?」
娯楽の国を出る前、喫茶店で聞いた話。大して可愛くもないぬいぐるみを盗んで兄に嫌われて追い出されたという、ふざけているのかと言ってしまいたくなるような話。
「よく覚えてるね、正解だよ。それだけじゃなくて、それがきっかけってだけ。他にも色々盗んだり悪戯したり嘘吐いたりしてたから」
「どうしてそんなことしたんですか?」
「さぁ? ただ、やりたかったんじゃないかな。本能みたいなものだよ」
「……本能、ですか」
「君にはない? どうしてもしたいこと、しなくちゃ気が済まないこと、やり始めると止まらなくなること」
魔物使いの力を使っている時の奇妙な快感、僕にとってはアレがそうなのだろうか。
僕の為なら命すらも喜んで捧げる魔物達の様を見ている時の、操っている時の、軽蔑するべき悦び。あんなものが僕の本能だったとしたら、きっと僕の夢は叶えられない。
「……ってか俺仕事中だったんだよ、もう帰るね。暇なら店寄ってってよ」
「あ……はい、さよなら」
僕は彼に小さく手を振って見送る。ゼルクが何やら悪態をついてはいたが、先輩はそれを無視して去っていった。
『帰りやがった、ったく付き合いワリーの』
「……元気でしたか?」
社交辞令としての会話くらいはしておこうと、僕はゼルクに向き直った。
『まぁまぁ。あ、そういやちょっと前に地下送りにされたぜ。ま、俺にかかりゃ十年以上前の工期も秒で終わるってもんよ』
「へぇー……」
『お前、信用してねぇな? いや、興味ねぇのか?』
「どっちもです」
『自分から聞いておいて……ま、秒で終わるは嘘だぜ、三日でバックれたし』
空の酒瓶を作っていくゼルクにアルは軽蔑の目を向けている。
『貴様は一体何時になったら堕ちるんだ?』
『堕ちねぇっての! 俺は超優秀な天使だからな!』
ドンっと胸に手を当て、叫ぶ。酔いが回ってきたのか呂律が怪しくなってきた。
「仕事勝手にやめて、悪魔と仲良くして、昼間から酒飲んでるのに?」
『堕ちねぇんだよな、これが』
「……忘れ物届けた人間を襲うのに?」
『根に持ってんなぁ、めんどくせぇ奴』
ゼルクに聞こえるようにわざとらしくため息を大きく吐いて、隣に戻ってきたベルゼブブに話しかける。
「ねぇ、意志ありそうだよ」
『……そういうことではありませんよ。確かに、この天使は欲望に忠実なようですが、神には絶対服従でしょう?』
『たりめーだろ、天使だぞ』
『悪魔と酒を飲んでいても、神に背いたわけではありませんから』
「……書物の国は、少し神様を批判する本を書いただけで襲われたのに?」
『そうなんですか? じゃあアレですね、身内には甘いっていう』
『ちげーよ、天使と人間じゃ基準がちげーんだよ。それに、こうやって仲良くして情報収集ってのもあるしな』
『……へぇ、なら早めに潰しておかなければ』
『冗談だって、怒んなよ』
天使と悪魔、本来交わるはずのないモノ同士が仲良く酒を酌み交わしている。
その光景は僕が望んでいたはずのもので、素晴らしいはずのものだ。だからこの場にいられる事自体が、何にも勝る幸運のはずだ。だが、何故かあまり楽しくない。
その奇妙な飲み会は夜を過ぎ朝方まで続いた。
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