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第二十四章 大神の集落にて悪魔の子を救出せよ

壊れた像と罪人達

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川のせせらぎは心を落ち着かせる。この清らかな場所なら僕も落ち着いて話すことが出来そうだ。

「えっとですね……その、お姉さん…………悪魔の子って知ってます?」

傷が治ってからは石を投げられる前と同じ微笑みをたたえていたのに、悪魔の子という言葉を聞いた途端にその笑みが消える。

「……どうして知ってるの?」

けれどその消失は一瞬で、女はまた聖母のような笑みを浮かべた。
一瞬だった。けれど、その瞬間にどんな感情が隠されていたのか気になって、僕は言葉を紡げなくなる。

『……さっき、そんな噂してるおばさん達がいたんですよ。ここ、魔獣のペット化とかもしてないみたいですし、そんな中で悪魔の子って……なんて言うか、珍しい?  いえ、ちょっと気になっちゃって』

僕の状態を察したフェルが代わりに嘘を答える。

「そう……噂で」

『何か知ってます?』

「…………ただの噂よ?  根も葉もない、冗談。そんなに気になること?」

『僕達、にいさまと一緒に便利屋みたいなことをしてまして、職業病ですかね。そういう厄介な問題がありそうな話は気になっちゃうんですよ』

フェルの嘘の組み立ての上手さには寒気がする。僕も同じ脳を持っているのだと思うと、その寒気は自己嫌悪を孕む。

『根も葉もない噂、ですか。火のない所に煙は立たない、とも言いますよね。悪魔の子は居なくても、その噂の元になるものはあったんじゃないですか?』

「かもしれない……でも、もう、解決したことよ。きっと、私も知らないくらい前にね」

彼女から情報を引き出すことは出来なさそうだ。だが、フェルは諦め悪く言葉を続ける。

『じゃあ、さっきあなたが魔女って呼ばれてたのはなんなんです?』

「…………それは」

『言ってくれたら、解決出来るかもしれませんよ』

「特に……理由は無いわ。ただの蔑称よ。私は……あまり、人付き合いが得意じゃないから。原因はそれかしら」

人付き合いが得意じゃない、か。見知らぬ余所者に優しく声をかけて、石を投げてきた子供も「いたずら好き」と赦して。そんな彼女が人付き合いが上手くないだとか、石を投げられるほど虐げられるとは考えにくい。
怪しいと感じつつもフェルにはもう問いただす材料が無いようで、僕も考え込んでしまっていて、しばらくは川や鳥の声だけが聞こえていた。

「さ、そろそろ行きましょう。お兄さんを探さなくちゃね」

無言を嫌ったのか、女は僕達の手を引いて大通りに戻ろうとする。

「あ、あの、僕達迷子って訳じゃ……」

「違うの?  でもダメよ、坊や達みたいな歳の子が二人だけで出歩くなんて危ないわ」

『僕達十五ですよ?』

「え……?  十二か三だと…………ごめんなさいね。でも、それでもダメよ。あまり……治安は良くないの、特に余所から来た人にはね」

旅行者を狙った犯罪というのはどこにでもある。逃走を考えた時に土地勘のない者を狙うのは当然だし、大金を持ち歩いている可能性も高い。
けれどそういったものはもう少し大きな街だと思うのだが、この規模の集落でも同じなのだろうか、それとも別の危険があるのだろうか。

「お兄さん、どのあたりに居そうだとか分かるかしら」

『あー……あの、石像のあたり』

「石像?  あぁ、大神様のことね」

「狼……?」

あの石像の形はよく見ていなかった、狼ならもっとよく見ておけばよかったな。

「…………昔この地にいた神様なの。本当は創造主様以外は神様って呼んじゃいけないのよ?」

『どんな神様だったんですか?』

「私も生まれていない時のことだから、詳しくはないの。でも、神様を飢えさせないように、この地をずっと守ってもらえるように、時々人を捧げていたらしいの」

『……生贄要求するようなのなんですか』

「分からないのよ。どうしてこの地にいたのか、どこから来たのか、どこに行ったのか、どうして行ってしまったのか、何も分からないの。でも外敵から町を守ってくれる神様だったらしいわ」

対価として人を喰らっていたとなると、まともな精霊や神性ではない。崩れたそれら、あるいは魔性だ。昔ならルシフェルが投獄されていただろうし、天使は近付く事も出来ない。安全に人を喰らうには良い場所だろう。

「……ここね。これが大神様の像よ」

女が指を差した先に視線をやる。石像はすっかり風化して、ところどころ欠けていた。大事にされていた訳ではないのだろう。

『…………ねぇ、お兄ちゃん。なんか……』

「うん……ちょっとね」

犬なのか狼なのかは判別出来ないが、長い尾が一般的な犬や狼とは違うと分かる。おそらく体長の半分以上を尾が占めている。
折れて、その断面も風化しているが、背に翼があったとも分かる。

「ちょっと、アルに似てるよね」

『そうだね、可愛い』

どうせなら完全な姿で見たかった。アルは見ているだろうか。いや、生贄を要求するようなものと似ているなど、知らない方が良いかもしれない。

「……大神様、気に入った?  でも、創造主様以外の神様を大声で呼んじゃいけないの、気をつけてね」

牢獄の国は一応ではあるが国連加盟国だ。前に来た時大臣は冷遇されているような事を言っていたが、そろそろ名誉は回復出来ただろうか。

「それにしても……お兄さん、どこなのかしら。こんな所でこんな小さな子達を放って……」

『ぁー……えっと、と、ところでお姉さん、お姉さんお名前は?』

兄に出会った時、説教でも始められたら彼女の命が危ない。僕とフェルはそう思い、フェルは行動に移した。

「あら、そういえば言うのを忘れていたわね、ごめんなさい。私はランシア、ランシア・ヘルモンよ」

『ランシアさん、改めてよろしくお願いします』

ここを合流点として決めた訳でもないし、兄も聞き込みをしているだろう。ここで待っていても兄が来るとは思えない。

「ふふ、よろしくね。坊や達は?」

『フェルシュングです、フェルでお願いします』
「ヘルシャフトです、僕はヘルで」

「フェル君に、ヘル君ね。覚えたわ」

『見分けつきます?』

「杖を持っている弟くんがフェル君、おどおどしているお兄ちゃんがヘル君、よね?」

「おどおどしてます……?」

会話をフェルに任せっきりにしていて、突然情けなさを指摘されて体が跳ねる。

『……どうするの、お兄ちゃん。話は結構聞けたけど、肝心な悪魔の子の居場所は分かんないし、にいさまにサボってたって思われるかもだよ』

「うーん……でもランシアさん僕達が動き回るの許してくれなさそうだよ」

ランシアに聞こえないように小さな声で話す。走って逃げてしまおうか、なんて考えにも至った時、ランシアが突然走り出した。

『さ、先にやられた……じゃなくて、何?  えっと……チャンス?』

「いや、何かあったのかも……行こ!」

『せっかく離れられそうなのに……』

ランシアの後を追ってたどり着いたのは、子供達の集団の前だった。子供達は輪になって、一際小さな黒髪の女の子に石を投げていた。

「やめて!  グロル、グロル!  大丈夫?  グロル……」

ランシアは集団の中に割って入り、その女の子を抱き締めて庇う。子供達はそれに一瞬怯んだが、また「魔女」だとか何だとか言って、石を投げ始める。

「フェル、何か脅しになるような……威力の低い魔法を……」

『分かった。生ける炎よその力の片鱗を我が手に、紅き雷が汝の元に……』

フェルが魔法陣を描き、詠唱を始める。集団の数人がその奇怪な行動に気が付き、こちらを向いて口を醜く歪ませる。彼らの手の中の石を見て、僕は咄嗟にフェルの背後に隠れた。だが、その石が投げられることはなかった。
何処からか投げられた柄の短い槌が子供達の足元に落ち、地面を深く穿ったからだ。

『散れ、小人共。潰すぞ』

槌はひとりでに浮き上がり、投げた人物の手に──トールの手に戻る。まさに蜘蛛の子を散らすように、子供達は四方八方に逃げていった。

『あ、トールさん』

フェルが詠唱を中断すると、紅い輝きを見せ始めていた魔法陣が光を失う。

『弟達、進捗はどうだ』

「あんまり……あ、助けてくれてありがとうございます」
『微妙だね。ちょっとした話は聞けたけど、核心はまだかな』

『そうか』

素っ気ない返事をして、槌を腰に下げる。
僕はその背の向こうに走ってくる兄を見た。
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