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第十八章 美食家な地獄の帝王

外から来たの

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様子のおかしい兄の肩を揺さぶり、顔を叩き、必死に呼びかける。だが兄の体は僕が触れる程に崩れてしまう。どろどろどろどろと、スライムのように。

「にいさま!  にいさま!  しっかりして、どうしたの!?」

『ちょっとボクの頭の中を見せただけ。失礼な子だよ、よく出来た作品を思い浮かべたっていうのに』

ナイは両の手のひらを空に向け、肩を竦めてため息を吐いた。

「……ナイ君、君は……何?」

『ボクを信じてくれないの?  なら、ボクはキミのこと嫌いになっちゃうよ』

「…………もう、いいよ。君は何?」

兄とのやり取りで確信した、ナイは人間でなければ善良なモノでもない。
兄が怯えるほどのバケモノだ。そんなモノに依存したってどうせ裏切られるだけ、それならこっちから断ち切ってやる。

『…………え?  いいの?  へぇ……魔法使いの血を引いてるくせに、ボクに媚びへつらわないなんて、本っ当に……面白い兄弟だねぇ。前は殺し合ったくせにさ』

「何だって聞いてるんだよ!  悪魔か、神か、にいさまとどういう関係なのか!  全部答えろ!」

『別に教えてあげてもいいけどね、キミには理解出来ないと思うな。全部聞く前に壊れちゃうよ?』

「……どういう意味?」

『体じゃないよ?  心さ、そこの魔法使いみたいに壊れちゃう』

兄は半透明で歪な腕を成形し、僕を抱き締めた。その腕からは震えが伝わり、兄は今計り知れない恐怖の中にいるのだと理解出来た。

『ボクはキミたちが言うところでの神性だよ、分類するなら属性は土かな?  まぁ属性なんてこの星のの神や悪魔ですら分類しきれないんだし、それは気にしなくていいよ』

「……神様って、どこの?」

創造主、アース神族、神降の国の十二神。僕が知っているのはその三つだけ。後は山などに居ると言われる自然神の類い。会ったこともなければ名も知らないが、居るという話だけは聞いたことがある。

『キミの国の』

「……は?  僕のって、魔法の国?  魔法の国の神様は……神、様は」

どんな神だった?  創造主ではなかった事だけは確かだ。人の形は……していたか?

『土地神じゃないよ、人を創った訳でもない。ただ魔法を教えただけ。キミ達が勝手に祀りだしたから、ちょっとノってあげただけ』

僕はずっと家にこもりきりだった、神の像が飾られているであろう王宮やらには行ったことがない。家にあった本には神のことなど乗っていなかった、兄に聞く話には神のことなど一言もなかった。
……魔法の国を出る直前、門の脇には神の像が飾られていたような──あぁ、けれど、どんな形をしていたかは全く思い出せない。

『そうなると……キミの質問の意図を考えると、答えはになるのかな?  お外だよ、ボクは外から来た』

「外……?」

『この星の、外』

「星……」

『人界が物理的に存在する物体のことだよ、神や悪魔も住んでいるけど、界をズラしてるからキミたちには分からないみたいだね。観測も出来ない、残念だったねぇ。あ……そもそもキミには星の概念すら無かったかな?  科学の国にでも行って勉強するといいよ、身も心も無事だったら、の話だけど』

その通りだ、僕の頭では理解出来ない。星というのは夜空に浮かぶ美しい点の事だろう。

「……何で、来たの?」

『そもそもこの星の支配者は──まぁそれはいい、星辰が正しく揃うのにはまだまだ時間がかかるから今話しても仕方ない。ここに来た理由かぁ。そうだねぇ、仕事兼趣味だよ。愉しくて愉しくて、ホントもう最高の毎日だよ』

「趣味って……何、人を壊すこと?」

殺すというのも少し違う。心を殺すというのも違う。疑心を煽って楽しむ、人間を別の生き物へと変貌させる、依存させて裏切る──そんなナイの遊戯にピッタリの言葉は「壊す」だ。人格を、関係を、暮らしを、人間らしさを壊すことだ。

『あっははは、まぁ違わないけど。そんな言われ方は傷つくよ?  ほら、アース神族の……何だったか、火属性の…………ロキだっけ?  彼も似たようなことしてるだろ?  アレだよ、アレ。ちょっとした悪戯』

ロキは確かに『勝手に崖を消して砂浜を作る』なんてはた迷惑で意味の分からない悪戯をしていたが、兵器の国やアスガルドでは僕に協力してくれていたし、兄をも怯えさせたナイと比べればずっとマシに思える。少なくとも僕には。

「僕をどうするの?」

『どうする、かぁ。それは言えないな、でもキミはお気に入りだからそう簡単には終わらせないよ、安心して?』

ついさっきまでは癒されたナイの無邪気な笑顔、それが今は不気味で仕方ない。
ずっと僕に向けられていたナイの視線が横に揺れた。

『やぁブブ、盗み聞きなんて趣味が悪いね』

僕の隣にはいつの間にかベルゼブブが立っていた、虫の大群が壁のように僕を閉じ込めている。

『お下がりくださいヘルシャフト様、貴方様は後でたっぷりと味あわせていただきますので、今はどうか不祥事の後始末をさせて頂きたく……』

そう言うとベルゼブブは僕の前に立ち、ナイを見下した。ナイは無邪気な笑顔のままベルゼブブを見上げている。

『愛し子よ、ヘルシャフト様を逃がさず離脱しなさい』

虫は螺旋状に飛び回り、僕を閉じ込めるように柱を作った。

『お前の手の内は理解しているつもりだ。弱い人間の体で行動し、相手を油断させ、人間程度と侮って殺せば本性を現す』

『……ふふっ、ははは、本当になんだね。全然違う……はははっ!  別に殺されようとは思ってないし、アレは本性でもないよぉ?  あっははははは!』

帝王だとか呼ばれている悪魔を前にしても、ナイはそのふざけた態度を改めない。それどころか彼女の怒りを煽り立てた。

『あの姿のお前はそう長くは留まらない、だから殺す時には暴れ回られてもいいように対応しなくてはならない。壊されたくないものを別の場所に移し、愛着のある別荘を捨てる覚悟を持たなくてはならない。私の面子を取り戻す価値はその覚悟を遥かに上回るだろう』

ベルゼブブの姿が歪む。無数の眼が集まった巨大な赤い双眸に、二対の翅、気持ちの悪い蛇腹に、六対の足。どこか獣に似た巨大な蠅がそこに居た。

『真の姿を出し惜しみしないその姿勢、好きだよ。いいよ、好きに喰らうといい。あぁそうだヘル君、しっかり見ていてね』

ナイは僕に笑いかけ、ベルゼブブの脚に腹を貫かれた。
溢れ出るのは血ではなく、泡立つ粘着質の液体。兵器の国で見た──あの科学者がアルに殺された時に零したものと同じ。ごぽりと一際大きな泡音が鳴り響くと、液体から触手が伸びた。

『…………へル』

「にいさま!?  良かった気がついて……ううん、タイミング悪かったね」

『ヘルは僕のもの。僕だけの、大事な弟。だから……あんなもの、見せないからね。大丈夫だよ、お兄ちゃんもう失敗しないからね』

僕達の体を包み込むように魔法陣が光り輝く。虫を叩き落として僕に迫った触腕からは瞬きの差で逃げ切った。だが、転移の瞬間に耳にした咆哮はいつまでも耳にこびりついて離れないだろう。


僕達が転移したのはベッドの上だった、グミの感触と甘い匂いには覚えがある。
隣を見れば桃色の髪の少女が眠っている。ベッドから降りればメルの姿を見つけることが出来た。
お菓子の国の城、王女の部屋。
過去に来た経験もある、メルの部屋だった。
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