魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

文字の大きさ
235 / 909
第十八章 美食家な地獄の帝王

外から来たの

しおりを挟む
様子のおかしい兄の肩を揺さぶり、顔を叩き、必死に呼びかける。だが兄の体は僕が触れる程に崩れてしまう。どろどろどろどろと、スライムのように。

「にいさま!  にいさま!  しっかりして、どうしたの!?」

『ちょっとボクの頭の中を見せただけ。失礼な子だよ、よく出来た作品を思い浮かべたっていうのに』

ナイは両の手のひらを空に向け、肩を竦めてため息を吐いた。

「……ナイ君、君は……何?」

『ボクを信じてくれないの?  なら、ボクはキミのこと嫌いになっちゃうよ』

「…………もう、いいよ。君は何?」

兄とのやり取りで確信した、ナイは人間でなければ善良なモノでもない。
兄が怯えるほどのバケモノだ。そんなモノに依存したってどうせ裏切られるだけ、それならこっちから断ち切ってやる。

『…………え?  いいの?  へぇ……魔法使いの血を引いてるくせに、ボクに媚びへつらわないなんて、本っ当に……面白い兄弟だねぇ。前は殺し合ったくせにさ』

「何だって聞いてるんだよ!  悪魔か、神か、にいさまとどういう関係なのか!  全部答えろ!」

『別に教えてあげてもいいけどね、キミには理解出来ないと思うな。全部聞く前に壊れちゃうよ?』

「……どういう意味?」

『体じゃないよ?  心さ、そこの魔法使いみたいに壊れちゃう』

兄は半透明で歪な腕を成形し、僕を抱き締めた。その腕からは震えが伝わり、兄は今計り知れない恐怖の中にいるのだと理解出来た。

『ボクはキミたちが言うところでの神性だよ、分類するなら属性は土かな?  まぁ属性なんてこの星のの神や悪魔ですら分類しきれないんだし、それは気にしなくていいよ』

「……神様って、どこの?」

創造主、アース神族、神降の国の十二神。僕が知っているのはその三つだけ。後は山などに居ると言われる自然神の類い。会ったこともなければ名も知らないが、居るという話だけは聞いたことがある。

『キミの国の』

「……は?  僕のって、魔法の国?  魔法の国の神様は……神、様は」

どんな神だった?  創造主ではなかった事だけは確かだ。人の形は……していたか?

『土地神じゃないよ、人を創った訳でもない。ただ魔法を教えただけ。キミ達が勝手に祀りだしたから、ちょっとノってあげただけ』

僕はずっと家にこもりきりだった、神の像が飾られているであろう王宮やらには行ったことがない。家にあった本には神のことなど乗っていなかった、兄に聞く話には神のことなど一言もなかった。
……魔法の国を出る直前、門の脇には神の像が飾られていたような──あぁ、けれど、どんな形をしていたかは全く思い出せない。

『そうなると……キミの質問の意図を考えると、答えはになるのかな?  お外だよ、ボクは外から来た』

「外……?」

『この星の、外』

「星……」

『人界が物理的に存在する物体のことだよ、神や悪魔も住んでいるけど、界をズラしてるからキミたちには分からないみたいだね。観測も出来ない、残念だったねぇ。あ……そもそもキミには星の概念すら無かったかな?  科学の国にでも行って勉強するといいよ、身も心も無事だったら、の話だけど』

その通りだ、僕の頭では理解出来ない。星というのは夜空に浮かぶ美しい点の事だろう。

「……何で、来たの?」

『そもそもこの星の支配者は──まぁそれはいい、星辰が正しく揃うのにはまだまだ時間がかかるから今話しても仕方ない。ここに来た理由かぁ。そうだねぇ、仕事兼趣味だよ。愉しくて愉しくて、ホントもう最高の毎日だよ』

「趣味って……何、人を壊すこと?」

殺すというのも少し違う。心を殺すというのも違う。疑心を煽って楽しむ、人間を別の生き物へと変貌させる、依存させて裏切る──そんなナイの遊戯にピッタリの言葉は「壊す」だ。人格を、関係を、暮らしを、人間らしさを壊すことだ。

『あっははは、まぁ違わないけど。そんな言われ方は傷つくよ?  ほら、アース神族の……何だったか、火属性の…………ロキだっけ?  彼も似たようなことしてるだろ?  アレだよ、アレ。ちょっとした悪戯』

ロキは確かに『勝手に崖を消して砂浜を作る』なんてはた迷惑で意味の分からない悪戯をしていたが、兵器の国やアスガルドでは僕に協力してくれていたし、兄をも怯えさせたナイと比べればずっとマシに思える。少なくとも僕には。

「僕をどうするの?」

『どうする、かぁ。それは言えないな、でもキミはお気に入りだからそう簡単には終わらせないよ、安心して?』

ついさっきまでは癒されたナイの無邪気な笑顔、それが今は不気味で仕方ない。
ずっと僕に向けられていたナイの視線が横に揺れた。

『やぁブブ、盗み聞きなんて趣味が悪いね』

僕の隣にはいつの間にかベルゼブブが立っていた、虫の大群が壁のように僕を閉じ込めている。

『お下がりくださいヘルシャフト様、貴方様は後でたっぷりと味あわせていただきますので、今はどうか不祥事の後始末をさせて頂きたく……』

そう言うとベルゼブブは僕の前に立ち、ナイを見下した。ナイは無邪気な笑顔のままベルゼブブを見上げている。

『愛し子よ、ヘルシャフト様を逃がさず離脱しなさい』

虫は螺旋状に飛び回り、僕を閉じ込めるように柱を作った。

『お前の手の内は理解しているつもりだ。弱い人間の体で行動し、相手を油断させ、人間程度と侮って殺せば本性を現す』

『……ふふっ、ははは、本当になんだね。全然違う……はははっ!  別に殺されようとは思ってないし、アレは本性でもないよぉ?  あっははははは!』

帝王だとか呼ばれている悪魔を前にしても、ナイはそのふざけた態度を改めない。それどころか彼女の怒りを煽り立てた。

『あの姿のお前はそう長くは留まらない、だから殺す時には暴れ回られてもいいように対応しなくてはならない。壊されたくないものを別の場所に移し、愛着のある別荘を捨てる覚悟を持たなくてはならない。私の面子を取り戻す価値はその覚悟を遥かに上回るだろう』

ベルゼブブの姿が歪む。無数の眼が集まった巨大な赤い双眸に、二対の翅、気持ちの悪い蛇腹に、六対の足。どこか獣に似た巨大な蠅がそこに居た。

『真の姿を出し惜しみしないその姿勢、好きだよ。いいよ、好きに喰らうといい。あぁそうだヘル君、しっかり見ていてね』

ナイは僕に笑いかけ、ベルゼブブの脚に腹を貫かれた。
溢れ出るのは血ではなく、泡立つ粘着質の液体。兵器の国で見た──あの科学者がアルに殺された時に零したものと同じ。ごぽりと一際大きな泡音が鳴り響くと、液体から触手が伸びた。

『…………へル』

「にいさま!?  良かった気がついて……ううん、タイミング悪かったね」

『ヘルは僕のもの。僕だけの、大事な弟。だから……あんなもの、見せないからね。大丈夫だよ、お兄ちゃんもう失敗しないからね』

僕達の体を包み込むように魔法陣が光り輝く。虫を叩き落として僕に迫った触腕からは瞬きの差で逃げ切った。だが、転移の瞬間に耳にした咆哮はいつまでも耳にこびりついて離れないだろう。


僕達が転移したのはベッドの上だった、グミの感触と甘い匂いには覚えがある。
隣を見れば桃色の髪の少女が眠っている。ベッドから降りればメルの姿を見つけることが出来た。
お菓子の国の城、王女の部屋。
過去に来た経験もある、メルの部屋だった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

ゴミスキル【生態鑑定】で追放された俺、実は動物や神獣の心が分かる最強能力だったので、もふもふ達と辺境で幸せなスローライフを送る

黒崎隼人
ファンタジー
勇者パーティの一員だったカイは、魔物の名前しか分からない【生態鑑定】スキルが原因で「役立たず」の烙印を押され、仲間から追放されてしまう。全てを失い、絶望の中でたどり着いた辺境の森。そこで彼は、自身のスキルが動物や魔物の「心」と意思疎通できる、唯一無二の能力であることに気づく。 森ウサギに衣食住を学び、神獣フェンリルやエンシェントドラゴンと友となり、もふもふな仲間たちに囲まれて、カイの穏やかなスローライフが始まった。彼が作る料理は魔物さえも惹きつけ、何気なく作った道具は「聖者の遺物」として王都を揺るがす。 一方、カイを失った勇者パーティは凋落の一途をたどっていた。自分たちの過ちに気づき、カイを連れ戻そうとする彼ら。しかし、カイの居場所は、もはやそこにはなかった。 これは、一人の心優しき青年が、大切な仲間たちと穏やかな日常を守るため、やがて伝説の「森の聖者」となる、心温まるスローライフファンタジー。

屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。 対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。 剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。 よろしくお願いします! (7/15追記  一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!  (9/9追記  三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン (11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。 追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~

テツみン
ファンタジー
『掘削士』エリオットは、ダンジョンの鉱脈から鉱石を掘り出すのが仕事。 しかし、非戦闘職の彼は冒険者仲間から不遇な扱いを受けていた。 ある日、ダンジョンに入ると天災級モンスター、イフリートに遭遇。エリオットは仲間が逃げ出すための囮(おとり)にされてしまう。 「生きて帰るんだ――妹が待つ家へ!」 彼は岩の割れ目につるはしを打ち込み、崩落を誘発させ―― 目が覚めると未知の洞窟にいた。 貴重な鉱脈ばかりに興奮するエリオットだったが、特に不思議な形をしたクリスタルが気になり、それを掘り出す。 その中から現れたモノは…… 「えっ? 女の子???」 これは、不遇な扱いを受けていた少年が大陸一の大富豪へと成り上がっていく――そんな物語である。

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

処理中です...