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第二十三章 不定形との家族ごっこを人形の国で

月の光を受ける者達

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白と黒の月永兎リュヌラパン。十六夜は「気に入ったのなら……」と抱かせてくれようとしたが、フェルはすっかり怯えて僕の後ろに隠れてしまった。

「ところでヘルさん、どうしてこちらに?」

「んー……にいさまがここに家買ったから……十六夜さんは?」

悪魔と天使の戦いから逃げてきた、と説明すれば長くなる。僕は適当に事実を抽出して誤魔化した。

「この国、色彩の国という名前だったのですが、最近は人形の国という名前に変わったのはご存知ですか?  それは国民が人形の姿に変わったからだとか……!  悪魔の仕業に違いありません!  ということで、調査に来たのです。満月前ですが調査だけなら問題ありません!」

十六夜は加護受者でオファニエルと悪魔狩りの旅をしている。僕が悪魔と関わっていることは説明するべきだろうか、雪華の時のように仲違いしなければいいのだが──

「でも…………人形、見当たらないので。ガセ情報だったのかなーっと、思ってた頃なんです。天使様が来るまでショッピングでも楽しもうとしたのですが、ウサちゃん達が急に走り出してしまい……」

「そっか……あー、その事についてちょっと聞いて欲しいんだけど」

僕は人形の件が悪魔ではなく人間の仕業だという事と、それはもう解決したとの旨を伝えた。
それを聞いた十六夜は目を丸くして僕の手を両手で握り、ぶんぶんと上下に振った。

「すごいですすごいです!  さっすがヘルさん!  頼りになります……!」

「どうも……」

「では、もうこの国には問題は無いと?」

「無いんじゃないかなぁ、知らないけど」

ウィルの死体はどうしようか。十六夜の位置からは見えていないが、少し動けば物陰に移動させた彼の死体が見つかってしまう。暗くなって人通りは減ったが、街の人間に見つかる可能性だってある。そうなれば魔獣であるアルに疑いがかかる。
十六夜に見つけさせて、犠牲者は出てしまったと嘘をついておこうか。いや、犯人だから殺したと正直に伝えようか、どうせ服は汚れているのだし。迷っていると後ろに隠れたフェルが僕の背をつついた。

『……モテるねー』

「…………そんなんじゃないから」

『そうなの?  好みのタイプでしょ?  髪が長くておっとり系、胸大きいし、背も君よりは高い。歳上みたいだし……ぴったりじゃん。アホっぽいけど』

流石は僕の複製、僕の好みを熟知している。だから鬱陶しい。

「……そこまで分かってるなら分かるだろ?」

『うん、抜け過ぎてて甘えにくいんだよね?  残念残念、しっかりしたお姉さんが好きだもんねー』

「あの……ヘルさんフェルさん、何のお話を?  内緒話は嫌です!  混ぜてください!」

『ひっ……』

フェルは歩み寄った十六夜から逃れるように僕を盾にする。

「フェルさん……?」

「あー……ウサギ怖いのかな」

出会ってすぐに殴られたのだ、僕と同じ精神構造ならトラウマにもなるだろう。

「だ、大丈夫ですよ!  良い子達です!  ちょっと喧嘩っ早くて乱暴なだけで、ちょっと手が早いだけで……本当は良い子達なんです!  ほら、抱いてみてください!」

『嫌だ嫌だ嫌だ!  そういう「本当は~」とかって前置きが必要な奴は良い奴じゃない!  実はとか良いところもあるとか、そういうのも良い奴じゃない!  八割くらいは悪い奴なんだろ!?  二割で良い奴ぶるなよ!』

ウサギを近付けられ、フェルはアルまで盾にして泣き喚く。コレが僕の複製だと思うと恥ずかしいが、初対面で蹴り倒されたら僕もああなるのだろう。

『普段酷い奴がたまに優しくしたら好感持てるのっておかしいだろ!』

「なんか別の話してない?」

『助けてお兄ちゃん!』

「面白がってる?」

『生粋のいじめられっ子なんだよ。僕は君と違って丈夫だからちょっと面白がってるとこもあるけど、やっぱり乱暴者は怖い』

コロッと表情を変え、アルの背に座り直す。僕の複製の割に演技が上手いというか、感情の切り替えが上手いというか、先の怯えが本心かどうかは分からないので判断のしようがない。

「えっ……と、ウサギは怖いんだよね?  ごめんね十六夜さん、慣れるまで離しておいてくれないかな」

「ぅ……し、仕方ありません。でも!  フェルさんに分からせてみせますよ、ウサちゃん達の可愛さを!」

『可愛さは分かるよ、乱暴過ぎて可愛さじゃ取り返せないってだけ』

「君は怖がるか面白がるか嫌味言うかどれかに絞りなよ」

下ろされたウサギ達は十六夜の足元をぐるぐると回って遊んでいたが、そのうちに飽きたのか道端の雑草を食み始めた。

『じゃあ……怖いのに乗じてお兄ちゃんとの絆を深める、に絞る』

「…………っ、よし!  来い!」

『お兄ちゃーん!』

腕を広げれば飛び込んでくる。弟というのは良いものだ。

『…………人の上で茶番をするのは止めてもらえないか』

「ごめんごめん。なんか面白くて」

アルは心底迷惑そうに僕を見上げる。石畳に顎を置き、眠たそうに欠伸をした。

「きゃー!  ウサちゃんそんなの食べちゃダメー!」

『うわぁこっち来た!  ヘル!  何とかして!』

雑草を食んでいたことに気が付いた十六夜がウサギを追いかけ、逃げ回るウサギがこちらに来る。それに怯えたフェルが僕に抱き着く。

『喧しい!』

「……眠いから機嫌悪い感じ?  うーん…………暗くなってきたし、でもにいさままだだしなぁ、でもお腹空いた……」

前髪を耳にかけ、露出した右眼でウサギ達を睨む。ウサギはぴたりと動きを止めて大人しく十六夜に抱き上げられた。

「ほら、落ち着いたよ」

『流石はお兄ちゃん、頼りになる』

「……なんか、嘘くさい」

『そりゃ君には僕のおべっか見破れるだろうさ、同じことやってるんだから』

僕はそんな雑な媚を売った覚えはない。そう反論しつつ、あの双子の家の近くの喫茶店に皆を誘導した。風や寒さを凌げる場所と体を温め腹を膨らませる食事が目的だ。

『…………魔獣連れのお客様はテラス席にー、って。あっはは、目論見が外れた気分はどう?』

「寒い……」

「仕方ありません……とにかく温かいものを頼みましょう」

家に帰った方が良かっただろうか。いや、勝手に十六夜を家に上げれば兄が不機嫌になるだろうし、オファニエルまで来たらさらに拗れる。これで良かったのだ、そう自分に言い聞かせる。


温かい飲み物に軽食、それに生肉を注文する。食べながら話しているうちに陽が落ち、月が昇った。兄もオファニエルも現れない。

「ここはもう解決したけどさ、十六夜はまた別のとこに行くの?」

「ええ、牢獄の国から依頼が来ています。あの国は天使様達が手を出せない場所でしたが、この間ようやく手を出せるようになったので。あの国では初仕事ですね」

牢獄の国にはルシフェルが封印されていた。その封印の効果はあの島全土にあり、天使達は近寄ることすら出来なかった。けれどルシフェルは別の場所に封印し直され、牢獄の国にも天使が派遣されるようになった……と。

「どんな依頼?」

「悪魔が子供を置いていったようで、その子供が暴れて大変なので退治してください……という内容でしたね」

「子供…………ねぇ、僕も行っていい?」

「へ?  それはもちろん大助かりですが……よろしいんですか?」

天使やその加護受者は殺す事でしか問題を解決出来ないが、僕が行けば退治する必要が無くなるかもしれない。ベルゼブブと落ち合うのはその後だ、約束もしていないし用があるなら向こうが勝手に見つけるだろう。

『鳴神、ここに居たか。ん……魔の気配が濃いな』

ガチャガチャと音を鳴らし、光り輝く鎧を着た天使が降りてくる。月の光を受け、彼女の髪も鎧も瞳も肌すらも輝いているようだった。

「天使様!  遅いですよ」

『あぁすまない、それで……ぅわっ!?  魔物使いが分裂してる!』

「あなたもですか?  双子です双子」

『…………そ、そうか?  そういえば兄弟が居るという情報があったような……』

その兄弟はおそらく兄の事だろう。天界には神が創造した全てを記したものがあるらしい、オファニエルがそれをしっかり確認していなかったのは幸運と言える。
……天使には何度も殺されかけた。彼女は抜けているところもあるし、他の天使のように魔物を目の敵にしていないが、警戒は必要だ。

『しかし、情報と違うな。人形なんてどこにも見当たらない』

「それなんですよ天使様、実はヘルさんが……」

十六夜は僕が問題を解決したと何故か自慢げに話した。

『…………すごいな。死神兄弟を仕留めたのか』

「……あなたは悪魔の仕業じゃないって分かってたんですか?  ならなんで……伝えてなかったんですか、それに一人で先に行かせるなんて、危険ですよ」

「心配ご無用ですヘルさん!  私はこれでも月の光を受けた戦士、強いんですよ!  びっしぃ!」

オファニエルは目を逸らして誤魔化そうとする。僕は十六夜の惚けた言動を無視し、オファニエルを睨み続ける。彼女は簡単に折れて、その不手際の弁明を始めた。
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