魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第二十三章 不定形との家族ごっこを人形の国で

望んでいた最期の仮初

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僕達は地下に連れられ、格子で区切られた狭い牢屋に一人一人入れられた。端からアル、僕、フェル、兄、トールの順番だ。

「……何をする気なの?」
「……痛いのは嫌だよ?」

僕が双子を睨むと、その隣でフェルが怯えた目で同情を誘う。

「今度書く童話のシーンの参考にしたいんだ」
「意地悪な姉が末っ子を虐めるシーンだよ」

ウィルが僕の牢屋に原稿用紙を投げ入れる。僕はそれをフェルにも見えるように傾けて読んだ。


''姉は皮剥きを手に取り、それを末っ子の──にあてがいます''


皮剥き、というのは野菜の皮を剥く時に使う調理器具の事でいいのだろう。ジェイが持っているし、僕が想像している残酷なことも起こるのだろう。

「い、痛いの嫌だって言ったじゃないか!  僕はやだよ、僕は嫌!  別の人にして!」

フェルは格子を掴み、ガシャガシャと揺らし、身勝手に懇願した。
僕はカリカリと床を引っ掻き首を傾げるアルを一瞥して、格子の隙間から腕を伸ばした。

「僕にやって」

「……おや、双子のようなのに真逆の反応だ。興味深いね」
「それとも、やれと言ったら逆にやられないとでも思ったのかな」

「お願いがあるんだ」

「お願い?」
「どんな?」

交渉材料は無い。彼らは僕達の全てを思うがままに出来るのだから、見返りなんて与えられない。
だからあくまでも『お願い』だ。

「僕に何やってもいいから、アルは逃がして。本を書いてるんでしょ?  狼に用なんてないよね?  僕、自分で言うのもなんだけど、痛みには弱いし自分さえ良ければいい最低な人間だから、僕で遊ぶのは楽しいと思う。僕が居れば十分だよ、きっと……だから、アルだけは」

「うぅん、君は本を読まないね?」
「童話の悪役は長子に継母、そして狼と相場が決まっているんだよ」

「お願い!  お願いだよ、僕に何したっていいから、アルだけは……!」

「そういうお願いの仕方、インスピレーション湧いてくるよ」
「兄さん?  聞いてやる気?  ぁ……あぁそうだ、いい使い道がある!  その事だね!」

ジェイはウィルと目を合わせてニッコリと笑う、それに返すようにウィルも同じ笑みを作る。

「よぅし、決めたぞ。僕はピーラーの方をやるよ。双子の片割れ君はそのワンちゃんを連れてこっちにおいで。ウィル、この子達を外で観察しておいで」

僕とアルの牢屋の扉が開く。ウィルは僕達を先導する。どうやら僕への責め苦は別室で行うようだ。
枷などは無いが、ここで逃げても意味は無い。どうせすぐに捕まって、僕もアルも時間をかけて殺されてしまう。

「こっちだよ」

先程下りてきた階段を今度は上がっていく。扉を何枚か越えて、僕とアルは数分ぶりに太陽を拝んだ。

「…………逃がしてくれるんですか?」

「そのワンちゃんはね」

信用していいのだろうか。僕は疑念を残しながらも機械的に「ありがとうございます」と頭を下げた。
魔力も知性も無くしたアルを逃がしても助けを呼ぶことは出来ない、ただの狼を野に放つだけだ。けれど、それはきっとアルにとって新たな幸せになるだろう。

「……アル、おいで」

僕にはやらなければならない事がある。人間と魔物の架け橋とならなければならない。けれどそれは存在意義を見出したいだけの身勝手で、善でも正義でも何でもない。
存在価値が無ければ生きていてはいけないと思っている、だから夢だと騙っただけ。僕が本当にやりたいのはアルを幸せにする事だけ。
『黒』との約束も守りたいけれど、彼女にもう一度指輪を渡したいけれど、一番は何かと聞かれたらそれはアルの幸福だ。

「大好きだよ、アル。愛してる……」

アルは真っ直ぐに僕を見つめ、不思議そうに首を傾げる。

「…………行って」

街の外を指差す。けれどアルは首を反対に傾げ、それから僕の足に擦り寄った。
僕は地面に膝をつき、アルの前足を太腿に乗せる。そうするとアルは嬉しそうに僕の頬を舐めた。
ダメだ、僕の言うことを聞く知性すらない。まぁこれはこれで──

「待ちなよ。まだ逃がしていいって言ってないよ」

「…………何をすればいいんですか?」

「はい、これ」

ウィルは僕に大きな包丁を手渡す。

「……アルを刺せって言うの?」

「違う違う。刺すのは君自身。自分のお腹だよ」

「自分の……腹?」

それなら、いいか。魔物使いの力を失ったなら僕は本当に無価値な人間なのだから、僕は死ぬべきだしそれでアルを救えるなら御の字だ。
僕はウィルの説明を聞く前に自分の腹に包丁を突き立てた。

「……っ、ぅ、あ……」

冷たいものが中に入ってくる。けれどその冷たさは一瞬で、次の瞬間には熱さが襲ってきた。ウィルは僕の行動の早さに驚きながらも本を開き、スラスラと物語を綴った。

「狼は悪役だと言ったね。そして狼は肉食。なら、人間を食べるシーンがあると思わないかい?  僕はそれを書きたい」

アルは腹を押さえて丸まった僕の頬をまだ舐めている。
僕の腹に刺さったのは包丁の先端だけで、身体を丸めて患部を手で押さえているから、そこまでの出血は無い。だが、アルはその血の匂いに反応した。

「さぁ、見せておくれ。狼に食べられる人間の姿を。愛する者に食われる感情を」

ウィルが再び一文を記すと、僕の身体は勝手に動く。仰向けになって、手足を伸ばした。止血されなくなった腹からはどんどんと血が溢れてくる。

「ほら、ほら、美味しそうだろう?  食べてご覧、君のことが大好きな、君が大好きなご主人様のはらわたを!」

僕は達観したつもりでいながらも、その実状況を楽観視していた。心のどこかで助けが来ると思っていた、アルが僕を喰らうはずがないと考えていた。だから腹に刺さった包丁も手の支えがなくなって倒れる程度の刺さり方だった。
包丁が石畳にカランと音を立てる。アルは鼻を鳴らしながら僕に前足を乗せた。

「……アル?」

分かっている。僕を食べたくないんだろ?
大丈夫。きっと誰か来てくれるから。
また二人で色んな景色を見よう。
大丈夫、助かる。この傷だって治してもらえる。だから、ねぇ……僕をそんな眼で見ないで。僕に牙を見せないで。

「……っ、ぅあぁああぁあっ!?   アル!?  やめっ、痛いっ!  いやぁぁぁああぁっ!」

細長い傷口を押し広げ、皮を破り、内臓を一直線に目指す。

「あれ、愛してる仔に食べられてるのに、そんなものなの?  もっと、こう……愛おしそうに見守るのかと、腹に潜る頭を撫でるのかと、思っていたけれど……」

アルに喰われるのは望んでいた死に方の第一候補だ。けれど、こんなに痛いなんて予想していなかった。

「やめろっ!  やめろよアル!  僕っ……が、分からないの!?  アっ……ル、やめろって……」

「…………覚悟は出来ていなかったみたいだね。失望だよ。でも、そうか……そう食べるんだ。よしよし、いい作品になるぞ……」

アルは鼻先を振って僕の腹の中に潜っていく。何かを見つけて引き摺りだし、美味しそうに噛みちぎろうと首を振る。

「っああぁあぁぁ!  ぃ、たいっ!  痛い、ゃ、アル!  痛いよっ!」

「んー……腸、かな。そう引っ張るとそうやって出てくるのか…………挿絵も描けそうだな」

「ふっ、ぅ……ころ、す…………殺してやる、殺してやる、絶対に……殺してやるっ!」

「……さっきまで大好きだとか愛してるとか言ってたくせに。はぁ、君はただの人間だね、つまらない……けど、普通じゃなきゃ読者の共感を得にくいし…………まぁ、及第点か」

勝手に石畳を引っ掻いた爪は剥がれてしまった。靴が脱げても気にせずに叩きつけ続けた踵は砕けてしまった。
それでも僕はウィルに怨みをぶつけ続けた。

「殺してやる、殺してやる……僕と同じに、その腹、引き裂いて…………中身、引き摺り出して、殺す。殺してやる……殺してやる殺してやる殺してやるっ!」

喰いちぎった僕の一部を飲み込み、再び僕の腹を抉ろうとしたアルは何故か後ろに飛び退いた。その理由はすぐに分かった。
アルが食んでいた部分より少し上、胃の下あたりから蔓が伸びていた。

「…………は?」

ウィルは僕の腹から伸びた不気味な蔓に放心する。細く長く伸びた蔓に打たれたウィルは隣の家まで吹っ飛び、塀に叩きつけられ気絶した。
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