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第二十三章 不定形との家族ごっこを人形の国で

先住者達

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兄は痛い目に遭って苛立っている。僕が煽ったせいなのだから、今回ばかりは本当に僕が悪い。けれど兄は魔法の全解除を提案したアルを恨んでいるようだった。

「にいさま、もうどこも痛くない?」

『あぁ……うん、平気』

「…………どうかしたの?」

兄は不安そうに周囲を気にしている。路地の入り口はアルが翼で塞いでしまっているから、人の視線どころか往来すらも僕には感じられないのに、兄はそれらを気にしている。

『いや……ね、ずっと魔法使ってたから、解除してみると…………かなり怖いね。今なら僕はヘルにも負けるかもしれない訳だし。凡人ってよくこんな状態で出歩けるよね……』

『自分がどんな生物か忘れたのか?』

『魔法で強化してるだけで、そのものは大した強さじゃないよ』

「魔法まだ使えないの?」

『…………細胞全部丈夫なのに作り直す。魔術も呪術も混ぜて、とにかく丈夫にする。もう人間と同じ作りじゃなくていい、見た目さえ同じなら中身違っててもいい』

『神経接続を弄る気か』

『よく考えたら魔封じとかに無力なままだしね、身体だけでも戦えるようにしないと。痛覚はそもそも無い生き物になろうかな』

兄はそれからしばらくの間黙ったまま俯いていた、にわかに立ち上がったかと思えば、指の先から黒い粘着質な液体を溶け出させた。

『よし、終わったよ。買い物行こうか』

「これは……?」

『死んだ細胞。動かないから放っておいて大丈夫だよ』

乾留液にも似た液体、その水溜まり。路地に微かに差し込む陽光を反射して虹色の輝きを見せている。
兄はぬいぐるみの頭を被り直し、付着した血を魔法で洗浄し、再び大通りを歩き出した。

『それで……えっと、家具だね。何が欲しい?』

「とりあえずベッド。あとは……あ!  部屋に小さい冷蔵庫欲しい!  あと、暇な時に本読めるように、ベッドの近くに本棚と、ふわふわの絨毯とかも欲しいかな」

『……籠る気か、ヘル』

「なんで分かったの……ぁ、いや、引きこもったりしないよ。どうせなら居心地良い部屋の方がいいでしょ?  それだけだよ」

すぐにまた旅に出る気ではあるが、時折身体を休めに来たり、最終的な住処にするなら完璧な部屋にしなくては。寝転がったまま全てを行える完璧な部屋に。

「……トイレとかお風呂まで一瞬で移動できる魔法陣も描いておいて欲しいな。あと、髪の毛乾かすのとか」

触れた時に発動するよう設定してもらえば、僕が魔法を扱えないのは関係無い。時折魔力を補充してもらえばいい。

『ふふ、机とか椅子とかは要らないんだ?』

「…………体を縦にする気はないから」

『不健康だぞ』

『魔法で健康に保ってあげる。病気でも怪我でも僕のヘルに勝手に苦痛を与えるなんて許されないよね?』

暴力さえ無くせば兄は超が付くほどの過保護。その上無茶なお願いでも叶える力を持っている、最高の兄だ。
フェルに全てを押し付けるのも気が引けるが、彼は兄とは違って最初から見た目を寄せているだけで人間とは全く違う作りをしているようだし、多少の暴力なら苦痛なんて感じないだろう。
僕はそんな勝手な結論を出し、兄に甘えた。

「ベッドこれがいい!  おっきいしふかふかだし、すっごい寝心地良さそう!」

寝具店にて。僕は店で一番高価なベッドを指差す。

『天蓋付き……値段は?  うわ、家買える』

「ダメ?」

『いいよ。アル君、店員さん呼んできて』

『…………大き過ぎるぞ。四人は寝れる。こんなものが必要とは思えんな、甘やかし過ぎだ』

兄は笑顔で了承してくれたが、アルはなかなか首を縦に振らない。まぁ、アルの承諾など必要無いのだが、小言や嫌味を言われ続けるのも嫌だ。

「……これならアルと一緒でもひろびろ寝れるでしょ?」

仕方ない、少し媚びておくか。
少し屈んで、無邪気を装って、遠慮がちに囁く。

『よし、買え。今すぐ買え』

『ヘルも成長したねぇ』

「……にいさまとも一緒に寝れるね!」

念の為に兄にも。
腕に無邪気に抱き着いて、期待を滲ませたような声を出す。

『……ねぇ、ねぇ、ちょっと、四足歩行。ヘル変なとこで変な奴引っ掛けて貢がせたりしてなかった?  その辺ちゃんと見張っててくれた?』

『貴様は弟を何だと思っているんだ』

その後回った店でも兄は僕の望むものを望むだけ買ってくれた。アルの説得は面倒臭い作業だったが、難しくはなかった。
僕に媚びの売り方を教えたのは兄だ、この出費はしっぺ返しと思ってもらいたい。

『これで必要なのは全部買ったかな?  全部家に転移させたし、帰ってゆっくり模様替えしようか』

兄は買った家具をその場で空間転移魔法で家に飛ばしていた。この国の人間が人形の見た目をしていてよかったと思う、そうでなければ驚いた表情に一々気を遣わなければならなかった。

家を目の前にして僕達は足を止める。家の前に二人の男が立っていたから。
黒いスーツに白いシャツを着た男、白いスーツに黒いシャツを着た男。彩度の無い服と至って普通の人間をこの国で見るとは思わなかった。

「……やぁ、おはよう。移住者さん達」
「こんにちはじゃないかな、今は昼だよ」

その二人の顔はよく似ていて、髪型も同じで、服以外では全く見分けがつかない。

『こんにちは。君達……双子?』

「ああ、世界一仲の良い兄弟さ!」
「世界は広いんだよ」

『名前、聞いてもいいかな』

「もちろん。僕はジェイだよ。こっちは弟のウィル」
「自己紹介は自分でやるよ。僕はウィル、よろしく」

黒いスーツの方が兄のジェイで、白いスーツの方が弟のウィル。覚える必要があるかどうかは分からないけれど、声に出さず復唱した。

『…………何か用?』

この人形が住む国で、どうして人間の姿なのかはまだ聞かない。

「ここは僕らの国さ、移住者なら挨拶しなくちゃ」
「治めてるみたいな言い方はよくないよ」

『ふーん……そう、よろしく』

兄は怪訝な顔をしながらもジェイと握手を交わした。ウィルはジェイの背に隠れ、分厚い本を捲る。

『…………とりあえず家に入らせてくれないかな』

「ああ!  悪かったね。そうだね、中でお茶でもしようか」
「彼が言うならともかく。厚かまし過ぎるよ」

兄は双子を押しのけ、僕の手を引いて家の扉を開く。アルが入ったのを確認してすぐに扉を閉め、三つの鍵をかけた。

『人間、だったな』

『……僕達のこと移住者って言ってたよね?』

「言ってたけど……それがどうかしたの?」

『…………僕達は先住者に成りすまして家を買ったんだ。引越しだって言ってね。このぬいぐるみ、元々は動いてたんだよ』

兄は被っていたぬいぐるみの頭を脱ぎ捨て、安楽椅子に腰掛ける。僕を膝の上に乗せるとトールを呼び付けた。

『エア、何かあったか?』

『嗅ぎつけてきた、って言えばいいのかな。成りすましがバレてるみたい』

『そうか。どうする?』

『……何もしてこなかったのが不気味なんだよね。あいつらは人間のままだったし、なんでわざわざ話しかけてきたのか…………ねぇ神様、君は薪割り中に何か言われなかった?』

『何も話しかけてこなかったぞ』

僕は火かき棒を扱うフェルを呼び、アルを交えて今あったことを話す。

『外から来た訳でもないのに見た目は人間だったんだよね?  で、この国の人形達も魔力や習慣は人間そのもの。つまり彼らは人形に変えられていない人間ってこと』

フェルは薪を火にくべながら、僕と同じ脳をしているとは思えない推論を立てていく。

『にいさまも神様も狼さんも、誰も痕跡は見つけられなかった』

「……痕跡?」

『人間が人形の見た目になった痕跡。魔術とか、呪術とか、そういうの。だから、本当に人形の見た目の人間なんじゃないかって、そういう種族なんじゃないかって、そんなことすら思ってた』

フェルは火かき棒を持ったまま暖炉の火で手を温める。

『けど、人間の見た目の先住者がいるなら人形の見た目は後天的なもの。つまり──』

フェルが火かき棒を投擲する。火かき棒は僕の頭を越え、兄の頭を越え、部屋の扉に突き刺さる。

『──そいつらが一番怪しい』

暖炉の脇に立てかけられていた斧を手に取り、フェルはゆっくりと開く扉に走った。
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