魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第十八章 美食家な地獄の帝王

美しい子供

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兄は城の一階で地下への入口を探している、メルは自室にセネカを運んで行った。なら僕が探すべきなのは、その真ん中の二階だろう。
探すものもよく分からず、適当に部屋を覗く。壁や床に残る歯形は何度見ても慣れない。

一階に繋がる階段の前でぼうっと突き当たりの窓を眺めていた。甘い匂いに混じった鉄臭さを感じ、発生源を探して階段に目をやると醜く太った男がふらふらと上ってきていた。
城門は閉じていたが、人の力で開けられないとほどの重さでもない。男は時折グミの壁に舌を這わせては、鈍重な動きで階段を上る。

「にいさ……いや、大丈夫……かな」

兄を呼ぼうとして、止める。
フードを鼻の頭が隠れるまで引っ張って、男に近付く。男は僕を見もせず横を通った、兄の魔法の効力は確かだ。
胸を撫で下ろし、改めて男を観察する。口の周りはお菓子のカスと血で汚れ、服も同様の汚れが付着している。
鉄臭いのはやはりと言うべきか、血だ。男は人を喰ったのだろう。呪いがなければ、あったとしても強くなるなんて異常事態にならなければ、平和に暮らしていただろうに。顔も知らぬ被害者に胸を痛め、名も知らぬ男に同情した。

「血の匂いでセネカさん起きたりしないかな、さっきも僕に向かってきたし……メルには言っておこうかな」

部屋まで行って、少しの間だけローブを脱げばいいか。なんて考えていた。
男がドアをこじ開けて階段横の部屋の中に入って行く。あの部屋は僕がさっき見回った中で、唯一鍵がかかっていた部屋だ。開かないからと無視していたのだ。その中から、子供の声が聞こえた。

『にゃにゃんにゃー……ん?  だぁれ?』

楽しげな歌、男に対してであろう純粋な疑問の声。それを聞いた僕は気が付くと走っていて、そのまま部屋に飛び込んだ。
僕がぶつかっても微動だにしない男に恐怖する。きょとんと男を見上げる子供の手を引く。廊下に転がり出て階段を駆け下りる、一階にいるはずの兄に助けを求めるつもりだった。

だが、兄はどこにもいない。きっともう地下への入口を見つけたのだろう、そもそも地下への入口が城に存在するのかすら分からない僕に兄を追うことは出来ない。

とりあえずと逃げ込んだのは調理室。息が切れて座り込み、子供の手を離す。
子供は走り出すことはなく、不思議そうな顔で部屋を見回している。突然見えない何かに手を引っ張られて怖かっただろう、顔を見せてやろうか。
そう思ってフードに手を伸ばす。だが、子供の顔を見てその手は止まった。

見覚えがあった訳ではない、見ていたら忘れるはずもない。
こんなにも美しい子供を。
人形のように、いや、人間にこんな美しい物は作れない。黒檀のような艶やかな髪、透き通ったつぶらな瞳、きめ細やかな黒い肌……その全てに完璧が似合った。

小児性愛の趣味はない。ただ純粋に、芸術作品を見るような気分で美を語りたい。
また歌を歌い出した子供はふらふらと手を所在なく揺らしている。
その仕草に、美しさに、何故か気が狂うような恐怖を覚えた。完璧過ぎて、人とは思えなくて、でも天使や悪魔の範囲にも収まらない。美し過ぎるものは時に恐怖を覚えさせる。
恐ろしくて仕方ないのに、この美しいものから目を離すことなど許されない。本来なら可愛らしいと表現されるべき子供、それが美しいというのもまた恐怖と好奇心を煽るのだ。

『にゃんにゃにゃ……あ、さっきのおじさん』

歌声が止まり、子供の目線が僕の背後に、少し上に移る。真ん丸で真っ黒な瞳に映るのは醜く太った男。
振り返り、男の膝に思い切り額を打ち付けた。男が怯んだ隙に逃げようと立ち上がる……が、視界が歪み膝をついた。頭突きなんて止めておけば良かった、なんて後悔も意味はない。僕は咄嗟に子供を抱き寄せ、ローブの中に隠した。
男の様子は見えないが、その大きな手が背に触れたのが分かった。感触も消してあるとの兄の言葉を信じ、背を這い回る嫌な感触に耐えながら男が去るのを待つ。

「……どこ、だ。腹減った。ちくしょう、どこに……」

呂律の回らない言葉を単調に繰り返し、男は足を引きずりながら去っていった。
部屋を出ていっただけでまだ安心は出来ない。痛む額を押さえながら立ち上がり、子供の手を引いて奥の奥の扉を開いた。食料庫らしきその部屋にはまだ食用のお菓子が多く残っている、頭を打った影響か甘い匂いが気持ち悪くなってきた。

「君、大丈夫?  怪我はしてない?」

フードを脱ぎ、子供に問いかける。

『大丈夫だよ、君は?』

フードを脱ぐだけで不可視化の魔法の効力が消えるのか、なんて杞憂はあったが、やはり繊細な術らしい。

「え……ぁ、ああ、ちょっと頭痛いかな。でも大丈夫」

僕は子供の冷静な対応に面食らいつつも、怯えさせないように笑顔を作った。

『そっかー』

無邪気に笑い、クッキーで作られた箱に腰掛ける。

「えっと、色々聞きたいんだ。まず名前と、どうしてここにいるのか。あとは……おと、いや、お家はどこかとか」

お父さんとお母さんは?  なんて質問はするべきではない。無事であるとは思えないし、両親の共食いを見てしまった可能性だってある。

『ボクの名前は、××××××××だよ。散歩してたらここに来たんだ。お家は……ここじゃないよ、もっと遠く』

「……え?  あ、ごめん。聞き取れなかった。名前もう一回言ってくれる?」

聞き取れなかった。何となくは分かるものの、詳細が分からない。 発音が分からない。

『ところでヘル君、何探してるの?』

「何、って言われても……あれ?」

ヘル君、と言ったか。僕は名乗ったか?  いや、僕が言ったのは怪我の有無と質問だけだ。

「……僕、名前言ったっけ?」

『さっきね、見てたんだ。君より背が高い人、男の人と女の人と話してたの、見てたんだ』

「そ、そう……なの?  それで僕の名前分かったの?」

『ボク、記憶力良いんだ』

「そう……そっか」

『嘘はついてないよ?』

「べ、別に疑ってはないよ。そう思ったよね、ごめんね。僕の言葉選びが悪かったよね……ごめん」

子供相手にも、いや、子供を相手にしているからこそ上手く話せない。特にこの美しい子供の前では。

「あ、あともう一個ごめん。名前よく聞き取れなくて……もう一回お願いできるかな」

『えー?  ああ、そっか、君には発音出来ないのか、仕方ないなぁ』

発音出来ない?  どこか遠くの国の出身なのだろうか。排外的な国は方言が強く話が通じにくいなんてことはよくある。妖鬼の国はその特徴が顕著だ。
魔法の国も排外的ではあったが、言語に関しては他国とそう違いはない。それは旅をする上で助かった点だと言えるだろう。

『じゃあねー、んー、ナイでいいよ』
 
「ご、ごめんね?」

『別にー』

ナイ……ナイか、少し嫌な思い出がある名だ。兵器の国で僕に怪物化する薬を渡した男もナイと名乗った。
そういえばあの男はアルが殺したのか。あの時一瞬見えた化物は何だったのだろう。今思い出しても気味が悪い、恐怖で震えてしまう。

『どうかした?』

「え、あ、ううん。なんでもない」

名前もそうだが、こんな小さな子供に気を遣わせるなんて。気遣いなんて要らない、そう言ってやりたい。
僕のように気にしてばかりで何も言えなくなるよりは、図々しい方がマシだ。小さな丸い頭を撫でながら、下手くそな微笑みを見せた。
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