上 下
374 / 909
第二十二章 鬼の義肢と襲いくる災難

浄化作戦

しおりを挟む
僕の視界は奪われたままだったが、天井から飛び込んだ者が馬鹿正直にも名乗ってくれたおかげで、それが誰だか、何故来たのかが全て分かった。

『魔物が侵入したとの報告を受け、事態収拾に参ったカマエルだ!  力量差を理解し投降せよ!』

この国の監視の目の数は恐ろしく多く、情報伝達の速さも他に類を見ない。
神の使いを騙って警察の捜査を妨害させることは出来ても、それ以前に送られた天使への報告は撤回させられなかったし、僕は天使に伝わっているかなど考えもしなかった。
カマエルは国に侵入した魔物、つまり鬼達への対処を求められたのだろう。けれど、僕を見つけた彼女が求められた事以外の仕事をするかどうかは分かり切っている。

『貴様も名乗りを上げんか!  天使たるもの真正面から捩じ伏せなくては神の威光を示せん!』

『お前、それやって何回撃退されたんだよ』

『うるさい!  名乗れ!』

カマエルはもう一人の天使に向かって怒鳴っている。声からして男性型の天使らしい。

『はいはい…………あー、魔物共!  面倒臭いから早く投降してくれ、俺は今日休暇だったんだよ……なのにお前らのせいで……』

『名乗れと言っている!  誰が弱音を吐けと言った!  貴様にはやはり再教育が……』

『あー、もう、ザフィエルだザフィエル!  これでいいんだろ?』

ザフィエル……希少鉱石の国で出会った天使だ。レインコートを着ていて、傘を武器にしていて、雨を降らせる力を持っていた。そう記憶している。
カマエルには恩赦を期待出来ないが、彼になら期待してもいいかもしれない。

『酒呑様!  指示を!』

『さっきの光線小出しにして牽制せぇ!』

機械音が響き、幾度となく小さな光が煙の向こうに瞬いた。

『ふむ、まずは様子見……という訳か。悪くない。魔物使い?  貴様の指示は?  無いのか?  この程度の戦は傍観を決め込むほどに尊大になっていたのか?』

「え……指示?  僕が?」

『貴様は魔物を統べる者だ、魔物に指示を出さなくてどうする』

指示を出せ、なんて、そんな。
前線で戦うことも後方支援も出来ない僕に出来る事と言えば、確かにそれなのかもしれないけれど。
戦いの勘なんてないし、頭の回転は遅いし、魔物や天使の特徴は把握していないし、そんな僕が指示を出すより個々の判断で戦った方が断然良い。

「……あなた、は、僕の指示に従ってくれるんですか?」

『ここに居る余は分身、人間並みの力しかない。余のことは兵ではなく、参謀と思え』

「さ、さんぼー……?」

『知恵を出してやる。これは訓練だ。さぁ、天使にどう対抗する?  今は天使の出方が分からない鬼共が牽制を続けているが……いつまでもそうしている訳にもいかないし、天使もいつまでも牽制されてはいないだろう。相手が手を整える前に手を打つのだ』

僕の様子を見に来た、というのはそういう事か。僕がどれだけ役に立つのか、それを見極めに来たのか。
約立たずだとバレてはいけない。悪魔にまで命を狙われるようになったら身が持たない。

『まず戦力を教えよう。貴様の兵は鬼二匹にキマイラ一匹、それに呪物が一つ。そこな只人は……囮にでもするか?  いや、相手は天使だ、只の人間は良い人質になるやもしれん』

煙が少しずつ収まっていく、天使達の姿が見えた。

『敵は天使二匹。毒蠍と驟雨だ。カマエルの戦闘力はかなりのものだが、猪突猛進だ。ザフィエルは戦闘力そのものは低いが搦手から来るぞ』

ザフィが傘を差す。工場の中に急速に黒雲が発生し、視界を遮る雨を降らした。

『……っ!?  急に狙いが……』

茨木が撃ち出した小さな光の玉はあらぬ方向へ飛んでいく。

『…………リン、雨に軽銀片が混じっているようだ』

「えっ……イバラキさん!  チャフだ!  レーダーに頼らないで!」

『無茶言いなや!』

白銀の甲冑と黒いレインコート、天使達の服装はこの工場によく溶け込む。その上滝のような雨が降っているのだ、天使達を肉眼で捉えることは難しい。

『ほう……そんな雨も降らせるとはな。さぁ、どうする魔物使い。貴様の兵達は天使の位置を把握出来ない。魔物というのは魔力には敏感だが神力には今一つ……近くに居る、という気配しか掴めないものだからな。無論、余のような上級悪魔はそれには当てはまらんがな』

サタンはそう言いながら背広を脱ぎ、僕に頭から被せた。

「あなたには……見えるんですか?」

『本体なら、の話だ。今の余は人と同じ、兵力にはならんと言ったろう』

僕達は今、圧倒的に不利だ。天使達も雨の影響を受けると都合よく仮定しても、最初からほとんど動いていない僕達の位置は把握されている。
ザフィは知らないがカマエルは毒針を飛ばす遠距離攻撃が可能だ。狙撃されれば反撃すら狙えない。

『相も変わらず小賢しい手を使う奴だ!』

『あーうるさい、なら一人で突っ込めよ。カウンターくらって死ねばいい。それが嫌だから俺連れて来たんだろ、自分も毒使うくせに他人にあんまり鬱陶しい事言うな。っていうか早く針撃てよ』

天使達の結束が弱いのは幸運だ。
僕は天使達が普遍的な人間の味方であることに望みをかけ、一つの作戦を実行する。

「すいませんリンさん、こっちに……」

「なになに?」

「酒呑、ちょっと腕を……」

『あぁ?』

リンの服の裾を引っ張り、酒呑の横に移動させる。酒呑の腕をリンの首に回せば準備完了だ。

「二人とも、そのまま動かないでね…………聞け天使!  君達が攻撃をやめなかったら、この人間を殺す!」

息を大きく吸って、叫んだ。

「えっ……へ、ヘル君?」

「すいません、大人しくしててください」

「…………え、演技?  だよね?  じゃなきゃ泣くよ?  泣き叫ぶよ?  三十路手前の男がみっともなく泣きわめくよ?」

困惑するリンを宥め、茨木の袖を引く。

「お願いがあるんだ。勝敗は君にかかってる。あのね……」

茨木にのみ作戦を伝え、天使達の反応を待つ。
狙い通り雨は次第に弱まり、やがて雲も消えた。天使達は僕達のそばの巨大な機械の上に立って、僕を睨んでいた。

『あれただの人間だぞ。この工場の職員か?  ともかく、俺達があの脅迫を聞かない訳にはいかない、あの人間を解放させないと……』

ザフィの反応は理想通りのものだ。やる気のないザフィであれなら、やる気に満ち溢れたカマエルは完璧に僕の作戦に乗ってくれるだろう。

『…………人間!  貴様、神を信じているか!』

解放を迫るでもなく、そう叫んだ。想定外ではあったが、意図は察する事が出来る。神を信じていない者なら人間でも助けなくていい、それがカマエルの考え方なのだろう。

「……リンさん、はいって言ってください」

カマエルに聞かれないよう、小声でリンに伝える。

「なんなの…………は、はい!  信じてます!  週七で教会に通ってますぅ!」

作戦を伝えていないにも関わらず、リンは僕の作戦通りに動いてくれる。

『ほら、カマエル。熱心な教徒みたいだしあの人間は助けないと。さっき撃ってきてた銃っぽいのも持ってないし、多分交渉を狙ってるんだと思う。ひとまずそれに乗ろう』

カマエルは背後に現していた魔法陣らしきものを消し、毒針を収める。
そして──

『そうか、ならば分かるな?  殉教は名誉ある事だ。天国行きが決定された、おめでとう』

『はっ!?  おい、カマエル!』

腰に下げた剣を抜き、高さを利用した突撃を行う。

「ちょっ……天使様!?」

『おい頭領、人質効いてへんぞ!』

リンと酒呑は焦り、アルは翼で僕を庇う。そして僕の作戦通り、茨木がカマエルの着地点に仁王立つ。右腕が素早く変形し、カマエルの剣先が銃口に触れる直前に発射された。
眩い光がアルの翼の隙間から見える、それが収まってから、僕は翼をかき分け作戦の成否を見た。

『……っふー、無茶なこと言いよって。ギリギリの接射せぇとか……』

不満を漏らす茨木の足元には蠢く手足が散らばっていた。偽の人質での時間稼ぎが上手く行き、最大蓄電での近距離射撃が実行出来た。僕の作戦は成功と言えるだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

処理中です...