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第十五章 惨劇の舞台は獣人の国

閉鎖的な村

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ミーア達が住む村を出て、山の頂上を過ぎてからもう何時間歩いただろう。もう足も限界に近い。
同じ距離を歩いているというのにアルは平然としている。
……乗せて欲しいな、なんて言ってみようか?  どうせ運動不足だとか言われるだけだろうけれど。

『ヘル、もうすぐ村に着くぞ』

「なんっにも見えないけど」

『声が聞こえるだろう?  向こうも私達に気づいて警戒しているらしい』

「……ホントにさ、どういう耳してんの」

僕が耳を澄ませて聞こえるのは木の葉の擦れる音と僕達の足音だけだ。
アルだけではなく、あちらも聞こえているなんて、獣の耳というのは全く不可解な代物だ。少し羨ましい。


村の入口が視認できる距離まで近づいたが、人々の話し声など聞こえない。だがアルには聞こえているようで、不機嫌そうな顔をしている。何を話しているのだろうか、何が聞こえているのだろうか、僕には何も分からない。アルが不機嫌になるような話、聞こえない方が幸運なのかもしれない。

「………ここ、だよね?」

小さな家々がぽつりぽつりと建ち並ぶ、異常なまでに静かな村。家に近づくと、鍵を閉める音やら雨戸を閉じる音やらが聞こえた。

「なんか、全然歓迎されてないね」

『どうでも良いだろう、観光に来た訳でもあるまい』

「そうなんだけどさぁ……」

十字路で遊んでいた子供達が一目散に逃げていく。ここまで警戒されると不愉快だ。一日しか滞在しないつもりだから別に構わない、そう自分に言い聞かせて機嫌を直す。
酷く閉鎖的な村のため、宿屋などはない。だから誰かの家に泊まらせてもらいたいのだが、誰の姿も見えない。この調子では野宿になってしまう。

『この村では私は交渉に向かん。貴方が行ったほうがいい』

「えー……僕、人と話すの苦手」

『人と話すのと野宿するの、どちらがより良いか考えてからものを言え』

「分かったよ、ここで待ってて」

アルが交渉に向かないのは当たり前だ。恐ろしい見た目の魔獣なのだから。それなのに何故「この村では」と限定したのだろう。


泊めてくれそうな家を探す。大きめで部屋があって……一人暮らしの家は避けた方がいいだろうか、だが何人住んでいるかなど傍目には分からない。

「すみませーん」

トントントン、と軽い音が響く。木の扉はささくれ立っていて、手の甲に小さな擦り傷ができた。

「……何」

中途半端に開いた扉から顔を半分ほど出して、黄色の瞳が僕を見下ろした。彼の低い声は小さくともよく聞こえた。

「えっと……僕、神降の国に行くつもりなんですけど、一晩じゃ山を越えられないんです。だから……その、一晩だけ泊めてくれませんか?  お礼はしますから」

「…………嫌」

そう言って扉は閉められ……ないように、爪先を隙間に突っ込んだ。
アルは「まず断られるだろうから粘り強くやれ」と言っていた、あまり得意ではないが頑張るしかない。執拗くいこう。

「待ってください。僕本当に泊まる場所がないんです、お願いします」

「知らないよ……そんなの、俺に関係ない」

「……僕が家の前で魔獣に食い散らかされてもいいんですか?  あなたが泊めてくれなかったら、僕死んじゃうかもしれないんですよ」

「嫌な言い方するなよ」

片方だけ見える眉が顰められる。僕は確かな手応えを感じた。

「泊めてください。一晩だけ、ご飯もいりませんし、寝るのは床でいいです」

「………お前、一人?」

「へ?  えっと……」

魔獣も、そう言ったら断られるのだろうか。だが噓を吐く訳にもいかない。
僕が答えを返せないでいると、青年は僕の手を取り、鼻先に引っ張り上げた。彼はとても背が高く、少しかかとを上げなければならなかった。

「肉食野郎の匂いがする」

長い、焦げ茶の前髪が手の甲をくすぐる。彼はその髪の隙間から僕を見下した。

「……な、何ですかそれ」

「隣の村も通ったのか?」

「通りました……けど」

「……そう」

肉食の匂いだって?  彼が何を気にしているのかは分からない。アルのことを話すタイミングを逃してしまった。青年は黙ったまま僕を家に引き入れる。

「あ、あの。僕、一人じゃ……」

『ヘル、上手くいったのか?』

「一人じゃない」と言いかけたところでアルがやって来た、丁度良い。そう思った瞬間、青年は僕を家の中に放り投げて素早く扉を閉めた。

「結界構築……カセギの角」

青年がそう呟くと扉に奇妙な模様が浮かび上がる。
草をモチーフとしたような、奇妙でありながら美しい模様だった。なんて考えている場合ではない。アルと引き離されてしまった。

「……何あの化物」

覗き窓を覗く青年、その頭には立派な角が生えていた。まるで鹿のような。

「……お前の知り合い?」

「そ、そうです」

「あんなのいるなら野宿しろよ。死なないだろ」

「それは、そうかも知れませんけど。あの、アルは危なくないんです、噛んだりしませんから、アルも入れてくれませんか?」

いつものアルなら扉を破ってでも入ってきそうなものだが、今日は静かだ。あの模様が関係あるのだろう、結界なんて言っていたが、アルを弾けるなんて大したものだ。

「……嫌。お前一人ならいいけど、アレは嫌。どうしても一緒でってなら野宿しろ」

「そ、そんな……本当に、大人しいんです、怪我させたりしませんから」

「嫌、無理、絶対嫌」

「……分かりました。じゃあ、他当たります」

扉を開ける……が、アルにつっかえて外に出られない。アルは扉の前で寝そべっていた。

「アル?  ちょっと下がってよ、開けらんない」

『一人で泊めてもらえ。私は外で構わん』

「え?  でも……」

『人喰いの怪物が出ると言っただろう。この結界なら其奴も入れまい、私も近くには居るからここに泊めてもらえ』

「…………分かっ……た」

アルの真剣な眼差しに押されて、扉を閉める。

「あの、やっぱり……僕、一人でお願いできますか?」

「勝手にしろ」

「ありがとうございます」

深く頭を下げたが、青年は見ていなかった。魔獣を嫌う理由はいくらでもあるし、青年の対応はおかしくはないのだろう。
だが、今までこれだけ邪険に扱われたことはなかった。今までは運が良かっただけだ、これが普通だ。そう自分に言い聞かせて、青年に的外れな憎悪を向けないように努めた。
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