魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第十五章 惨劇の舞台は獣人の国

人の価値は魔力に宿る

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独りになるだとか自分には価値が無いだとか、僕は僕自身の思考回路が嫌になる。悪い方悪い方へと向かうこの頭、かち割ってしまいたい。そう出来たらどんなに楽か。

「にゃ?  どうしたのにゃ、いきなり」

無理に作った笑顔のせいで、途端に表情を失った僕はミーアの目に不自然に映った。ミーアが不躾に質問したせいだ、なんて思わないようにまた笑顔を作る。慣れない作り笑いはどんな出来だろうか。

「なんでもない」

「そうにゃ?  にゃー……もう一つだけいいにゃ?」

「いいよ、何?」

「ヘルさんのお兄さんも、死んじゃったのにゃ?」

「いや、三年くらい前に国を出てたから」

よりによって兄の事とは、勝手に震え出す手が憎らしい。
どうして嫌なところばかりを的確に突いてくるんだ。そうミーアに腹を立ててしまう。

「一緒にいた時は、ずっと思ってたな。死ねばいいのにって」

感情を読まれないようにと気を使ったのは震えと表情だけだった。だから零れてしまった、誰にも教えていない、自分でも無視していた当時の感情が。

「………え?  にゃ、にゃに言ってるにゃ、もう二人きりの家族にゃのに」

どう誤魔化そうか。もう無理かな。
家族か、その言葉を聞くと憧憬と嫌悪で頭がどうにかなってしまいそうになる。

「今は思ってないよ、会いたいし」

「にゃ、にゃら良かったにゃ」

「普通に愛して欲しかっただけだよ。昔も今もずっとね。死ねばいいとは思ってたけど、それは二番目の願いごとなんだ」

「にゃ……?」

どうして「もう話すな」と言ってくれないんだろう、アルならそう言ってくれるのに。
どうして好奇心を抑えてくれないんだろう、アルなら好奇心の危険性をよく分かっているのに。
どうして、この女は、アルじゃないんだろう。
……もう、何もかもどうでもいいや。全部吐き出してやろう。それでこの女が気味悪がって逃げてくれれば御の字だ。

「別に期待するなって訳じゃない、期待して欲しくないけどそれを強要したい訳じゃない、ただそれを全面に押し出して欲しくなかった。勝手に期待したくせに裏切られたからって僕に当たらないで欲しかった。
愛して欲しい一心でずっと服従してたのに一度も愛してくれなかった。見捨てられたくない一心でずっとしがみついてたのに、あっさりいなくなった。
また会えたって思ったら魔物使いの能力が目当てだった。今度は愛してくれるって思ったのに、騙された。
僕に向ける言葉は全部嘘で、飽きたら捨てるんだ。利用できなかったら壊すんだ。全部分かってる、でも、それでも、嫌いになれなかった。
死ねって思ってても嫌いじゃなかったんだよ、変だよね、おかしいよ。家族だからなんて言いたくないし言われたくもない。
小さい頃の刷り込みが消えないだけだって思いたいんだよ、僕を騙したアイツが全部悪いんだって思いたいんだ。きっとまた騙されるから、会いたくない。でもまた騙して欲しくて、会いたいんだ。
ねぇ……どうすればいいの。何が正解なのか分かんないよ、何がしたいのかもよく分かんない。だからさ、君が決めてよ。外から見れば分かるでしょ?  何がおかしいのか、誰が悪いのか、全部、分かるよね?  ねぇ、教えて…………壊してよ、僕を」

全部……とまではいかなかったか。昔を思い出して、今までの負の感情が溢れ出して、僕の首を締め上げた。
呼吸の仕方を忘れてしまった。声の出し方も分からない。僕の喉が鳴らすのは笛のような音で、その醜い音は僕によく似合っていた。

「にゃ、にゃー!?  ヘルさん、落ち着くにゃ、大丈夫にゃ!?」

目の前に立っている人が誰か、もう分からない。分かりたくもない、アル以外の姿を見たくないし、アル以外の声を聞きたくない。
僕を傷付けるような奴、僕を追い詰めるような奴、僕みたいな奴、みんな死んでしまえばいい。そうすればもう何にも怯えずに済む。

「にゃに言ってるのかよく分かんにゃかったけど、聞いちゃいけにゃいことだって分かったにゃ!  ごめんにゃさいにゃ!」

頭の中が白く塗り潰されていく。ふわふわと酔ったような感覚と、ひりひりと摩擦のような痛みが混ざる。

「にゃー!?  にゃあ……ど、どうするにゃ……ヘルさん……」

無音の世界の中、突然明瞭に聞こえた鈴の音を最後に僕の意識は暗闇に落ちた。




目が覚めたのはベッドの上だった。
誰かが……ミーアか、もしくはアルが宿に連れて帰ってくれたのだろう。出かけた時の服のまま仰向けに寝かされている。

「………顔」

『ヘル! 起きたのか、具合はどうだ?』

「顔に、見える」

『何が……ああ、天井のシミか。昔雨漏りしたらしい、今は大丈夫から気にするな』

「顔………顔、怖い」

『なぁヘル、何があったんだ?  まだ具合が悪かったのか?  無理に外出させるべきではなかったのか?』

「…………四歳くらいの時、ベッドの真上にあった天井のシミが怖くてさ、にいさまに泣きついたんだ。そしたらにいさま天井燃やしちゃって……しばらく僕達の部屋には屋根がなかったんだ。でも、夜になると星が見えるから、僕は嬉しかったんだ」

『ヘル……?  何の話だ』

「にいさまが星座教えてくれたりしてさ、楽しかった。あの時のにいさまはとても優しかったから」

『………ヘル。昔話は後で聞くから、公園で何があったのか教えてくれないか』

「僕が無能だって知る前は、優しかった。とっても、とっても優しかったんだ。だから………だから余計諦めきれなくて、頑張って、でも無駄で、どうしようもなくって」

『ヘル!  こっちを見ろ、私の声を聞け!』

「…………ごめん、大丈夫。何もなかったから。ちょっと思い出話しただけで、眠くなって寝ちゃっただけ」

僕はうつ伏せになって目を閉じた。アルが何か言っていたが、聞こえないフリをした。
今は何も話したくないし、動きたくもない、何なら息もしたくない。
何もかもが面倒で、何もかもが憎かった。

『……ヘル、寝たのか』

ベッドが軋む。アルが乗ってきたらしい。隣に体温を感じて、僕の心は少しだけ癒される。

『………寝ているな』

反応せずに呼吸だけを繰り返していたら、アルは僕が眠っていると勘違いした。

『なぁヘル、今……私には貴方の声が聞こえないんだ。いや、面と向かえば話は出来る。遠くの方で貴方が叫んでも聞こえない、貴方が襲われていても気づけないんだ』

うなじに生暖かく湿った感触を感じる。ぬるぬるした弾力のある物体が押し付けられている。

『貴方の姿も見えない、貴方が人混みに紛れてしまえばもう私には見つけられない。前までは貴方だけが見えたというのに、今は有象無象の中に消えてしまう』

アルが舐めているのだと気がつくまでは少し時間がかかった。次に当てられた硬いものが牙だと分かるのにも同じくらいの時間がかかった。

『………私が貴方を主と認めたのは、魔物使いだからだ。だが、それだけでは無くなっていた筈なんだ。貴方の魔力以外の全てにも惹かれていた筈なんだ。
だが、何故だろうな。見えないんだ、貴方が……貴方の魅力が、感じられない。
私が惚れ込んだ貴方が何処にも居ないんだ。
貴方の全てを愛していた。その筈なのに……もう、貴方が見えない。私も所詮はただの魔物だ』

横に居るアルの体温は確かに感じるのに、体がどんどん冷えていく。何故か寒くて仕方ない、体が内側から……心から、冷やされている。

『貴方から離れる気はないが……今、貴方が私を拒めば、私は以前のように追いはしないだろうな。だが貴方が望む限りは傍に居る、貴方が果てるまで……ずっと』

それはとても嬉しいことのはずなのに、僕は怖くて寒くて震えてしまう。一度言ってしまったから仕方なく、ヤケクソで、惰性で、それで言われているなんてたまらなく嫌だ。
やはり、魔物使いでない僕には何の価値もない。
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