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第十四章 倒錯した悪魔達との狂宴

仕組まれた約束

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アルはアシュに挨拶をすると言っていたが、長すぎるのではないか。僕はもう何時間も待っている気分だ、そもそも何故挨拶に僕がついて行ってはいけないのかも疑問だ。
僕はアルが入っていった部屋の隣、上等なソファの上で不貞腐れていた。

「はぁ……おっそいなぁ、退屈だよ」

『ホントだよね、退屈』

背後から少女の声。この部屋には僕以外に人はいないはずだ。唯一の入口は僕の目の前だし、窓ははめ殺しで開かない。

「誰………あ」

『やぁ、久しぶり。元気だった?』

「………『黒』、なんでここに」

『君の様子を見に来た、って言ったら信じる?』

相変わらずの嘲りが混ざった微笑みを貼り付けて、『黒』は僕の隣に座った。

『痛そうだね、視界は良好?』

「……まぁ、前から髪で見にくかったし。変わらないかな」

『そっか、なら良かった』

「全然良くないよ」

正直なところ、『黒』には会いたくなかった。
何も言わずに置いて行かれたのだ、嫌いになっても仕方ないだろう?  まぁ僕は『黒』のことを完全には嫌いになりきれてはいないのだが。

「……ねぇ、『黒』、コレ」

『ん?  ああ、羽根?  持ってたんだ』

「……コレ、どうすればいいの?」

『まぁ天使の羽根だからね、お守りにはなるよ?』

「効果あるならこんな怪我しないよ、ポケットに入れてたから血で汚れちゃったし」

黒と白の柔らかく美しい羽根だったはずなのに、僕の手の中にあるのは赤黒く細長い塊だ。

『あはは、まぁお守りってそんなものだよ。良いことがあったらお守りのおかげで、悪いことがあったらお守りは関係ない』

「勝手だね」

君と同じ、なんて言ったらどんな顔をするだろう。

「ねぇ『黒』、どうして僕を置いて行ったの?」

『あの狼が戻ったなら、僕の役目は終わりだろ』

「僕のこと、嫌いなの?」

『……嫌いだって言ったら、どうする?』

『どうもしないよ、泣くだけ』

そう、今まで何度も泣いた。
『黒』は少しくらい僕を愛してくれていると思っていた、それが僕の勝手な思い込みだと知った時のことを思い出して、今までも何度も何度も泣いていた。

『……ねぇ、そのままでいなよ。目、治さないでおきなよ』

「何で?」

『その方が幸せだ』

「君に言われて頷くと思う?」

『天使は君を狙ってる。隊長様が号令を出したからね、魔物使いを殺せって』

「だから目はこのままにしておけって?」

『それだけが理由じゃないけどね』

僕の頬を撫でて、『黒』は寂しそうに微笑んだ。その仕草には何故か覚えがある。

『……ねぇ、ヘル。僕の名前……分かる?』

「何急に、分からないよ。教えてもらってないし。『黒』じゃない名前なんて知らない」

『そうだよね。ううん、気にしないで。ヘル』

『黒』は僕の名前を優しく呼んで、優しく頭を撫でる。そんなことをされては、嫌いになれない。やめてくれと言うほどにも嫌いになれない、もっとしてと言えるほど素直にもなれない。

『ねぇ、ヘル。僕はね、君のことが嫌いな訳じゃないんだよ、ホントだよ?』

小さな子に諭すように、ゆっくりと言葉は紡がれる。

『ねぇ、ヘル。好きだよ。ずっと前からね、ずっと愛してる』

「…………嘘」

『嘘だって思うならそう思ってくれていいよ』

「傍に居てくれないならそんなこと言わないでよ!」

『……ごめんね』

「謝らないでよ……ねぇ、また僕と一緒に居てよ、隣に居て、傍に居て、離れないで!」

『………ねぇ、ヘル』

「やだ、やだ!  聞きたくない……傍に居るって、それ以外聞きたくない!」

『黒』を突き飛ばして、耳を塞ぐ。
目も固く閉じて口も噤んで、目を開けた頃にはいなくなっているだろうと思いながら。

『ねぇヘル、君はさ、人間のままで幸せになれるの?』

腕を開かされて、『黒』の声が明瞭に聞こえた。
思わず開けた目にはまだ『黒』が映っている。
『黒』の手が頬を撫でて、そのまま下に向かう。
『黒』の両手が首に添えられた。

『……このままずっと不幸なら、ここで終わらせてあげようか。そうしたら僕は君と──』

何も答えられない、嫌だと言いたいのに口は動かない。狭い視界が涙で歪む、『黒』の顔がぼやけて見えない。

『…………冗談だよ、怖かった? ごめんね』

『黒』はそう言って微笑んだ、ように感じた。
首から手は上に動いて、耳の後ろ辺りを支えた。
柔らかいものが唇に押し当てられる。

『……またね、ヘル。僕……待ってるから』

涙を拭って目を開けると、『黒』の姿は消えていた。唇に残った感触を確かめようと、指でなぞる。
だがその行為は無駄に終わった。

『待たせたな、ヘル……ん?  何かあったか?』

『黒』が消えた直後、目前の扉を開けてアルが入ってくる。

「……何も、ない」

『そうか、なら早く行こう』

やっとアシュへの挨拶を終えたアルはソファの隣に伏せる。僕を乗せるための体勢だ。

「ねぇアル、アルは僕の傍に居てくれるよね」

『ああ、勿論だ』

アルの言葉も信用できない。事実二回ほど僕を置いて死んでいるから。

「ねぇアル、人の嘘を見破る方法知らない?  嫌いなくせに愛してるって言う人とかの」

『……いや、悪いが分からない』

「そっか、分かれば便利なんだけどな」

『やはり何かあったな?  何があった』

「んーん、なんにもない」

嘘が分かれば楽になるとも思えない、だけど悩みは一つ減ると思う。その代わりにいくつか増えそうだとも思う。

『黒』の言葉が嘘だと分かったとしたら、『黒』を嫌いだと僕は言えるだろうか。いや、きっと言えないだろう。口だけで好きだと言ってくれるだけで僕は人を嫌いになれなのかもしれない。

『黒』の言葉が本当だと分かったとしたら、『黒』を嫌いなフリすら出来なくなる、それは嫌だった。
傍に居てくれないくせに好きだなんて、蔑ろにさせてくれない分嫌いよりも酷い。

「好きだって言ってくれて傍に居てくれるなら、それが一番良いよね」

『何があったか知らないが、私は貴方から離れないからな』

「うん、約束ね」

僕は過去に破られた約束をもう一度結んだ。
誰かとの果たせていない約束を忘れたまま。
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