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第十四章 倒錯した悪魔達との狂宴

蒐集家

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鼻歌を歌いながら、ヴェーンは皮膚の上から血管をなぞる。肌越しに感じる血の温度、脈動、そういったものに高ぶるらしい。
すぐに喰らいつかれなかったのと、口を塞がれなかったのは僕にとって唯一の幸運だった。

「僕 を 離 せ !」

右眼に針を刺したような短い痛みが走る、力は上手く発動してくれた。
ヴェーンは僕の腕と頭から手を離した。

「……っんだよ、急に、耳鳴り……?」

頭を抱え、苦しそうに顔を歪めた。

「あと……あ、僕 に 危 害 を 加 え る な !」

これを言っておけば大丈夫だろう、よく思いついたと自分を褒めたい。
頭痛を訴えるヴェーンの下を抜け出し、ベッドから這い降りて部屋を出る。
どうせなら家から出せだとか、解放しろだとか言えば良かっただろうか。
やはり要領が悪い、自分を蔑む。

豪奢な内装でなんとなく分かっていたことだが、やはり巨大な豪邸だ。
視界を占拠する長い廊下に大きな窓、窓は僕には割れそうにない。外に出る扉を探さなければ。

「待ちやがれ!  ……っんのクソガキがぁ!」

燭台が飛んでくる、狙いは外れて僕の後ろの窓に当たる。
だが窓は割れない、僕の手のひらほどもない小さなヒビが入るだけだ。

「思い出したぁ……魔物使いのガキ、ちょっと前にこの国に来てたよな、お前」

「な、なんで、効いてない……!?」

「効いてるよぉ……ちゃーんとな、頭が痛くて仕方ねぇ」

ヴェーンは壁に飾られている模造刀を引き剥がす、留め具が鈍い音を立てて壊れ、壁が僅かに抉れた。

「ま、お前が思ってるほどは効いてねぇんじゃね?  だって俺、純血じゃねぇもん」

逃げ出そうと頭はその経路を考えている、だが足は地面に縫いつけられたように動かない。
怯えて震え、勝手に力が抜ける。
座り込んだ僕の眼前に刃先が揺れた。

「ダンピールっての、分かる?  吸血鬼と人間の間の子ってわけ。それで俺と兄貴はババア……あ、母親ね。そう、ババアに嫌われてたんだよな、自分で産んどいて嫌うとか、勝手だよなぁ……ホント」

ヴェーンが手首を小さく動かす度に、刃先が大きく振れる。先端が前髪に触れると僕の恐怖が倍以上に膨らんだ。

「で、だよ。そのババアがこないだ死んだんだよ、兄貴も。俺はとっくに絶縁してたからどうでもいいっちゃいいんだけど、やっぱ気になるじゃん?  調べさせたのよ、そしたらなんと!  魔物使いが関連してると!  実際殺したのは違う奴みてぇだけどよ、関係者には違いねぇ。つまり、だ、お前は仇なんだよな」

母親は吸血鬼、その息子はダンピール。
まさかあの二人か?  酒食の国の……ここは、酒食の国?  そしてヴェーンはあの二人の家族、と。
そこまで考えた時、ヴェーンが模造刀を振り上げたのが見えた。
咄嗟に頭を腕で庇う、振り下ろされ、鈍い音が響き渡った。
庇った腕が痺れる、打撃による痛みは僕の腕の動きを麻痺させた。

「あー……クソ、面倒臭ぇな、やめろよそーいうの、鬱陶しい。まだ殺しゃしねぇんだから大人しくしろよ」

その言葉に大人しくなる者がいるとは思えない、ようやく震えの止まった足を動かし、必死に逃げる。
魔物使いの能力が全く通じない訳ではない、少しの間ならヴェーンの動きを止められる。
問題は僕が力の使い過ぎで動けなくなることだ、そうなる前にこの館から脱出しなくては。


長い廊下を走り、広場らしき場所に出る。本来なら客を招いて舞踏会でも開くのだろうか、なんて余計な事を考えた。
広場を抜けて一際大きな扉を見つけた、きっとこれが外に出る扉だ。
僕は取っ手に飛びつき、そして絶望した。扉には薄っぺらい板が打ち付けられ、取っ手には鎖が巻かれていた。

「逃がす訳ねーじゃんよぉ、対策済みだっつーの。俺、ルートと違って慎重派だからよ」

「ひっ……く、来 る な !」

背後からの声に体は勝手に跳ね上がる。怯えを隠すことは出来ず、無理矢理絞り出した声もまた震えていた。

「チッ………面倒臭ぇな、本っ当に」

ヴェーンの横をすり抜け、頭と目の痛みや腕の痛みを堪えて必死に走る。
先程走ってきた廊下とは反対側にあった廊下は太陽の位置の関係で薄暗い。片っ端からドアノブを捻り、開いたのは一番奥の部屋だった。

転がり込んですぐに内側から鍵をかける、これでしばらくは大丈夫だろう。
自分の手も見えない暗闇の中壁を探ると、スイッチらしきものを見つけた。カチリと音がして、部屋の明かりがつく。

明滅する青白い光。ここは僕が最初に寝ていた部屋とは違った電灯を使っているようだ。
電灯に眩んだ目が慣れた頃、落ち着いて辺りを見回す。
正方形の部屋、壁を隠す鉄製の棚、そこに並ぶ瓶。僕の頭ほどの大きさの瓶には何かが浮かんでいる。手近な物を手に取り、光の下へ。

「玉……?  なにこ…………うわぁっ!?」

液体の中に浮かんだ玉、その正体を理解した僕は瓶を放り投げてしまった。
ガシャーン!  と大きな音を立てて割れる瓶、床を汚す液体、転がる、そして容易くこじ開けられるドア。

「よぉ、ここに居た………あ?  お前、割りやがったな!?  なんってことしてくれんだよ!  んのクソガキがぁ!」

ヴェーンは僕の胸ぐらを掴む……が、何もせずに離した。
棚の物が落ちるのを避けたかったのだろう、ヴェーンは僕を無視して割れた瓶を確認する。

「……中身は無事か」

床に転がっていたを二つとも拾い上げ、ヴェーンは奥の棚へ向かう、下の段には液体だけが入った瓶がいくつか並んでいた。

「ったく、人のコレクションルーム荒らしやがって。お前、楽に死ねると思うなよ」

蓋は丁寧に閉め直され、僕が投げた瓶があった場所に同じ中身の新たな瓶が置かれた。

「………なっ、なん……何なんだよ、それ!」

「あ?  見りゃ分かんだろ」

「何でそんなもの……!」

「はぁ……これだから嫌なんだよ、眼の美しさが分かんねぇ馬鹿は」

瓶の中身は目玉だ。作り物ではなく本当に人間からくり抜かれた眼球。僕がさっき落としたのは青い瞳をしていた。

「なぁ、思ったことねぇか?  綺麗な目ぇしてるって。誰にでも経験あるよなぁ?」

「……それは、あるかもしれないけど、それは目単体じゃ成り立たないよ!」

少しでも話を長引かせれば助かる可能性も増えるかと、僕は精神を削る覚悟を決めた。

「あー……埋まってるからいいって?  馬鹿だな、そりゃ逆だ。球体なんだから取っちまった方がいいに決まってる、ずっと目ぇかっ開いてる奴もいねぇしな。それに目が充血したりシミができたりで綺麗なまま保っちゃくれねぇ、出してちゃーんと保存液に漬けといた方がいいんだよ」

男は棚から一つの瓶を手に取り、僕に見せた。水色の瞳と黄色の瞳が一つずつ浮かんでいる。その光景は吐き気を催すには十分過ぎる。

「これは確か、獣人の女だったかな?  生意気な奴でよ、俺の顔引っ掻きやがった。でもほら、こうして目だけになってみりゃ可愛いもんじゃねぇか」

ぐい、と瓶を僕の顔に押し付ける。瓶の中と目が合った気がして、呼吸が乱れた。

「オッドアイってのは珍しいし綺麗だけど、こうなると二人混ぜてんのか一人なのか分かんねぇってのが玉に瑕だよな」

ヴェーンは瓶を磨きながら棚に戻し、また違う瓶を僕に見せた。

「こっちは亜種人類のだ、知ってるか? ほら、虫っぽい奴らだよ」

瓶に浮かんでいるのは黒い玉だ、目のようには見えない。
よく見ると網のような模様が入っているような気がする。

「複眼って知ってるか?  気持ち悪いって言う奴も多いけど、俺は結構好きだぜ」

複眼でなくともこの部屋にある物は全て気持ち悪いと思うのだが。

「どうだ?  分かるか?  綺麗だろ?」

男は初めて純粋な笑顔を見せた、子供のように無邪気に輝く目には空恐ろしさを感じずにいられない。
僕に自分のを分からせようとしているのだろうが、無駄な行為だ。
僕には全く分からないし、分かりたくもない。
だが、ここはどう答えるべきだろうか。
同意して男を喜ばせた方がいいのか?  見逃されるかもしれないが、それなら目をくれとも言われそうだ。だが反対すれば間違いなく逆上する、あの伝言とやらを無視して殺されるだろう。

「僕……は、い、生きている人に、ちゃんと、ついてる方が……綺麗、だと思います」

「…………あぁ、そ。まぁそうだろうな、そう言うと思ってた」

予想に反してヴェーンは落ち着いていた。
瓶を磨いているヴェーンは僕の方を見もしない、今なら逃げ出せるかもしれない。
僕は音を立てないように細心の注意を払いつつ、ドアに向かった。
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