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第十三章 異界にて神々を讃えよ

真の解決策なんて存在しない

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何故、アルを愛しているのに遠ざけようとしてしまうのか。どうせ引き戻そうとするくせに、どうして。

自分でも納得のいく理由は見つかっていないのだ、アルが納得する理由など答えられるはずもない。

「アルにはきっと分からないよ、僕にもよく分からないし、分かりたくもない。この世で一番嫌いな人の心なんて……知りたく、ないよ」

『……ああ、分からない。私には分からない、貴方が何故そこまで自分を卑下するのか、私には理解できない。私にとって貴方は何よりも素晴らしい人なのだ』

卑下、か。
刷り込みみたいなものなのだろう、幼い頃からずっと言われてきたことを事実と認識しているだけだ、それ以外に理由なんてない。
魔法の国で魔法が使えないのだから、こんな性格になったって仕方がないだろう。
……なんて、開き直った事を言ったらアルはどう答えるだろう。

「僕だって、アルと離れたくなんてないよ。ヘルヘイムに行っちゃった時も、ずっとアルに会いたくて仕方なかった」

『……なら、何故』

「僕がいなかったら、さぁ。君は……きっと幸せなんだろうなって、考えちゃって」

『そんな訳ないだろう!  貴方がいなければ、私は……!』

「そんなこと言ってもさぁ、仕方ないじゃん。考えちゃうんだよ、アルが何を言ってくれたって、何をしてくれたって、きっとずっと思っちゃうんだよ」

この考えはいつから始まったのだろうか、出会った時からあったものだっただろうか。
明確に思い始めたのはきっとあの時だ。牢獄の国での一件、アルが目の前で死んでしまった時。
アルが殺された時、僕は二度とも何も出来なくて、それから考えが悪化したのだろう。
僕じゃなかったら、僕がいなかったら、殺されたのが僕だったなら。考えても仕方ない馬鹿みたいな妄想をするようになったのだ。

「……ごめんね、面倒臭くて」

『貴方のことを面倒などと思ったことはない』

「アルは僕がアルから離れようとするって言ってたけどさ、多分……離れたら離れたでまた呼び戻しちゃうよ。何度も何度も、きっとそれの繰り返しだよ」

『結果、隣に置いてくれるのなら過程がどうなろうとどうでもいい』

「面倒だよね、気持ち悪いよね。あぁ……本当に、嫌いだなぁ」

僕以上に僕が嫌う人間は──いや、生き物はいないだろう。
僕ほど価値もないモノは無いし、僕ほど迷惑なモノもない。

『私の主をそんなふうに言わないでもらいたいな』

アルは少し冗談めかした声で言った、落ち着かせようとしたのか落ち着いてきたと悟ったのか。

「あはは……ごめんね、本当に…………ごめん」

面倒をかけているからなのか、遠ざけたことへの遅い謝罪なのか、はたまた形だけのものなのか。
反射的に出た言葉だ、大した意味もない。僕が僕を嫌っている理由はこういうところが大きい。

「ごめんね、アル。また約束してくれるかな、ずっと一緒にいてくれるって」

『ああ、勿論だ。全て貴方の望みのままに』

「面倒臭くて最低な僕に付き合ってくれる?」

『ああ、勿論。その身が朽ち果てるまで共に居ると誓おう』

僕でなければ良かった、いっその事生まれて来なければ……そんな考えは消えない。
だとしても、今のように腕の中に他者の体温があるのなら、少しくらいの慰めにはなる。
大切な人の大切な人になりたい、けれどなってしまったらなってしまったで、罪悪感と不安で押しつぶされそうになる。
生まれた時からずっと愛されて大切にされて、そうされることが当然になっていたならば、そんな考えには至らないだろう。

「僕ってホント、どうしようもないよ」

大きく息を吐いて、開き直ったふりをしてアルを抱き締めた。
細やかな銀の毛も、その温かさも、何もかもが素晴らしく愛おしい。
幸せな時間のはずなのに、心の奥底から湧き出てきては騒ぎ立てるモノがある。
「そんな幸せを得る権利なんてお前にはない」と。



挑発し、冷静さを失わせて突進させる。それを続けて消耗させて、動きが鈍くなったら捕獲、そして強制送還。
そのつもりでロキは飛び交う肉塊やら吹き出す粘液やら叩きつけられる肉柱やらを避けていたのだ。
もう少しで捕まえられると相手に思わせるために、あえて掠らせたり風圧で飛ばされたふりをしたり。
だがそれらは全て徒労に終わる。
深淵より湧き出た腐肉は一瞬のうちに姿を消した、薙ぎ倒された木々やめくれ上がった地を残して。

『なっ……何だこれは!  今度は何をしでかしたんだ、ロキ!』

騒ぎを聞いて駆けつけたらしい包帯を巻いた男は場の惨状に叫ぶ。ロキに詰め寄るも、混乱と興奮で言葉は意味を持たない音となっている。

『いや、今回俺悪くねぇし』

『嘘をつけ!  君が悪くなかったことなど一度もないぞ!』

『じゃあこれが初めてだな。俺はなーんにもしてねぇぜ? 』

ロキは男の額を指で弾き、馬鹿にしたような笑顔を貼り付ける。男は傷に響くと睨みながらロキの手を払う。

『……本当になにもしてないのか?  本当だな』

『バルちゃんは疑り深いな、してねぇって』

『……そうか。疑って悪かった。じゃあこれは誰がやったんだ?』

『ヘルが出てきたんだよ、んで暴れた』

『へぇ……ヘルが』

男は振り返って再び惨状を眺めた。

『………待て、やっぱり君のせいじゃないか!?  君の娘だろ!』

『親の責任ってか?  んな人間みたいなこと言うなよ』

『いや、まぁ……そうだな。なぜ出てきたのかは分からないのか? 』

『俺様には大体分かるぜ?  俺とトールが忍び込んで、死者を取り返したからだ、多分』

『君のせいじゃないか!   死者を取り返しただって!?  どうしてそんな真似を、禁忌だぞ!』

声を張り上げてロキに掴みかかる。
ロキは鬱陶しそうに男を見下し、大きな溜息を吐いた。

『……んな決まりあんのか? 』

『え?  い、いや、あるだろ?』

『ヘルヘイムの門……あれが生と死の境目だ。それを開くか開かないか、誰を通すか通さないか、それはヘルヘイムの主が決めることだろ?  門を抜けてこっちに帰ってきたなら、そいつは生者でヘルが迎えに来ていいはずがない、だろ?』

『そっ、それは、ヘルが認めて門を通らせた者は生き返ってもいいと、そういう決まりだろう?  君が無理矢理通ったのならそれは違反だろ!』

『分かんねぇ野郎だなぁ、いいか?  決まりはことだけだ。ヘルが何言おうが通られたら負けだろ。返す気ないなら通さなきゃいいんだからよ』

ロキは呆れながら男を諭す、まるで何度も質問を繰り返す子供を黙らせる時のように。
胸元を掴んでいた手が落ちて、男は自分の頭に手を当てた。包帯を指でなぞり、微かに潤んだ目を青年に向ける。

『そんな……の、屁理屈だ!  実力行使じゃないか、そんな決まりがあってたまるか!』

『知らねぇよ、決めたのは俺じゃねぇし』

『そっ、そもそも、話がすりかわってるぞ!  私はこの破壊の責任は誰が取るべきかと言いたかったんだ!』

『はぁ?  俺は話変えてねぇぜ、答えてただけだから変えようもねぇしな。責任ってんなら……そうだな、ヘルはヘルヘイムから出らんねぇから取りようもねぇわな、親だからって俺がってのは思考停止だし、あの人間にってのも酷だ』

いつものロキからは想像もできないほど真面目に話をしている、と男は絶句した。

『だからま、ヘルを怒らせた張本人に取ってもらおうぜ』

『だ、誰だ? 』

『トール。アイツがぶん殴ったから怒って出てきたって言っとこうぜ。人間がどーとか説明すんのも面倒だし』

『………やはり、君は君だったな』

真面目な答えを期待した方が馬鹿だった、と男はその場に座り込んだ。
長く立っていたせいなのか、それとも頭を使ったせいなのか、はたまたロキと話した影響からか、傷の痛みは増していた。
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