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第十三章 異界にて神々を讃えよ

貴方を愛せるのは私だけ

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部屋に戻るとアルはすっかり拗ねた様子でベッドに寝転がっていた。
僕は薄く皮膚の裂けた腕を隠してベッドに腰掛ける。
何も言わずに着いてきた魔物は僕に倣ってベッドに乗ってきた。

『ん……ヘル、帰ったのか』

「うん、さっきはごめんね」

『構わな……貴様、何故ここにいる』

振り返ったアルは魔物を見て威嚇を始め、警戒態勢をとった。

「アル?  どうしたのさ、落ち着いてよ。この子はさっき知り合った子で悪い子じゃないから」

『ヘル、此奴は……いや、何でもない。そうか、さっき知り合った……なら、良い』

「アル、この子のこと知ってるの?」

『人違い……いや魔物違いだ、気にするな』

そっぽを向きながらの言葉、アルはまた嘘をついている。
やはりこの魔物には何かあるのではないか、そう勘ぐった僕は探りを入れることにした。

「あ、そうだアル。見てよこの子の目、にいさまに似てない?」

『あ、ああ、そうか?  貴方の兄の目はよく知らないが……そうなのか』

「ちょっと気難しいとこも似てるっていうか……あ、ねぇアル、この子の名前なに?  分かる?」

『い、いや、知らん。適当に呼べばいいだろう』

たどたどしい、怪しい。
アルへの不信感が大きくなっていく。
嘘をついているアルも、そう疑っている僕も、何もかも嫌いになる。
兄に関係はないかもしれない、アルは嘘をついていないかもしれない、全ては僕の妄想に過ぎないのかもしれない。
可能性だけが募っていく。

「……じゃあ、エアでいいかな」

『それ……は、貴方の兄の名だろう?  やめておけ』

「いいじゃん、僕はにいさまのこと名前で呼んでないし……君もいいよね?」

魔物にも探りを入れるか、そう思って少し目付きを鋭くした。
だが魔物は僕の肩に頬を擦り寄せて嬉しそうに鳴いていた、毒気を抜かれてしまうな。

「気に入ったんだね。じゃあエア、よろしく」

『……魔物に自分の名をつけたと知ったら、貴方の兄はどう思うだろうな』

脅すような口調だ、僕が兄を恐れていると知っていながらこんなことを言ってくる。
アルにも僕と似た思いがある、それを不信感と言っていいのかは分からないが、良い感情ではないということは確かだ。

「にいさまは……きっと、喜ぶよ。こんなに綺麗な子に自分の名前をつけたんだって」

魔物はさらに機嫌を良くして僕の胸に頭を寄せた。
アルを見る魔物の目はどこか嘲っているようにも思えた。

『ヘル……其奴から離れろ、早く!』

「どうしたのさいきなり、この子は大人しいよ、危ないことなんてない。アルも見習ったら?」

ああ、また、嫌なことを言う。
自分が自分で嫌になる、元々僕は自分が嫌いだったが、今回は本当に愛想を尽かしてしまう勢いだ。

『……もう、いい。強硬手段だ』

その言葉に嫌な未来を思い描き、翼を広げたアルの前に手を出した。
だがその行動は全くの無意味で、僕の視界は赤く染まった。
血塗れの手で、目を擦る。
何とか元通りに見えるようになった僕の目に飛び込んできたのは、予想通りの赤い光景。

魔物はアルに飛びかかられ、本来の巨大な口でアルの前足を食いちぎった。
アルはすれ違いに魔物の首と胴を爪で切り裂き、尾の黒蛇で片目を潰した。
再生も終わらぬままに二体は再び爪と牙を振りかざす。

「やめて、やめてってば!  聞いてよ……ねぇ、やめてっ!」

魔物使いとして命令すれば止められるだろうに、僕は焦りと混乱で力を上手く使えずにいた。
兄の言っていた通りだ、僕は出来損ないのダメな奴だ。
どうにもできずにただ泣き喚いて……赤子よりも弱々しい。

『ああ、済まない。ヘル、泣かないでくれ』

アルは争いを中断し、僕に駆け寄る。
再生途中の傷が目に入る、それがまた僕を泣き止ませてくれない。
柔らかい銀色の毛は赤く汚れている、たとえ傷が治ったとしても流れた血が消えることはないからだ。
アルは前よりも傷の治りが早くなった気がする、本物の賢者の石の力だろうか。
魔物の方は……あちらも酷い怪我だ、再生し始めているとはいえ痛々しい。

「……僕も、さぁ、嫌なこと言っちゃったけど、そんなケンカすることないじゃないか。なんで……こんなに、酷い怪我するのさ」

『私が悪かった、だからもう泣かないでくれないか。頼むから、ヘル』

「……仲良くしてくれる?」

アルは僕に擦り寄りながら、目線だけを魔物に向けた。
再生を終えた魔物はじっと僕を見つめている、その瞳は恍惚に歪んでいた。

『それは……向こう次第だ』

「そっ……か。僕は、二人には仲良くして欲しいんだけどな」

『貴方が言うのなら善処はしよう、だが向こうにその気がないのなら実現は不可能だ』

「その気は……ない、のかな」

『そうだな、皆無だ』

ようやく涙も引いて、そっとアルを抱き締めた。
優しい温度は僕を落ち着かせてくれる。
深い呼吸を繰り返して目を閉じる、そうすると自然に体の力が抜けていく。
ゆっくりと気分も落ち着き、冷静さを取り戻す。

アルを抱き締めたまま魔物を呼んだ、ケガが全て癒えたか見るため、仲良くするように頼むため、理由はいくつかある。
何度か呼んだが、魔物は冷たい目を返すだけだった。
そのうちに魔物は器用に尾で扉をひらき、部屋を出ていった。
僕に向けられた瞳も、出ていく時の仕草も、どちらも僕を見捨てていた。

「……行っちゃった、ね」

『ああ』

「気に入らなかったのかな、僕のこと」

『さぁな』

「寂しい、なぁ」

気がつけば、僕はまた泣いていた。
はらはらと静かに落ちる涙はズボンにシミを作っていく。

『私が居るだろう?』

「そう、だけどさ」

『私では不満か』

「違う!  違う……よ、そうじゃなくて、ただ……誰かに置いていかれるのが、嫌で、怖くて、たまらないんだよ」

置いていかれた、見捨てられた。
『黒』にも、兄にも、あの魔物にも。
気まぐれで優しくしては、また気まぐれに手酷く捨てる。
いつだったか兄は言っていた、僕を愛する奴は皆ペット気分だと。
僕はそうは思わない。
ペットなら最期まで愛してもらえるはずだろう、飽きたら捨てるなど生き物の扱いには程遠い。
いや、息すらしない物ですら、僕よりも良い扱いを受けるだろう。

「……ねぇ、アル、僕ってそんなに要らないの?」

『いきなり何を言い出すんだヘル、そんな訳ないだろう』

「そう言うのはアルだけだよ」

それはそれで幸せか、本心であるならば。
疑惑は晴れない。
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