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第十一章 混沌と遊ぶ希少鉱石の国

番外編 忌まわしく美しい過去

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今から四百年以上前に、俺は牢獄の国に生まれた。


両親が悪疫で死に、孤児となった俺を拾ったのは錬金術師の少女だった。
少女と言っても見た目だけだ。不老不死の彼女の実年齢は知らない、本人だって分からないだろう。
俺はその少女を師とし、錬金術を学んだ。
その頃の俺は知らなかった、錬金術は神に刃向かうものだなんて。彼女は知っていたのだ、だから人前では使うなと、人には話すなと言っていたのだ。

十六歳になったある日、俺は賢者の石の製作に成功した。
紛い物や失敗作などではない、本物の賢者の石だ。
敬愛なる師とずっと一緒にいるために、俺は賢者の石から染み出した赤い液体を飲み干した。
それを飲めば不老不死……それを確認するために、俺は手の甲を浅くナイフで切った。
その傷はすぐに塞がる、気を良くした俺は喉にナイフを突き立てた。

そして後悔した。
いくら不老不死であろうとも、痛覚までなくなる訳ではない。再生するまで激痛と呼吸困難に喘ぎ苦しみ、俺は出来る限り怪我をしないようにと心に決めた。
俺が後悔したのは何も痛みだけの問題ではない。俺が不老不死を試すのを師に見られてしまったのだ。

「メイラ!?  何してるの、なに……え?」

とにかく止血しようと駆け寄った師は尋常ではない速度で再生していく俺の傷を見て目を丸くした。
俺は誇らしくなって賢者の石を作り出したのだと自慢した。
師は一瞬動きを止めたが、すぐに俺の頭を撫でて褒めた。自傷行為は感心できないとの注意も忘れなかった。

師の思いはその時の俺には分からなかった、だが今は分かる。
レシピがあったとはいえ錬金術を学んで数年で賢者の石を作り出したこと、彼女はそれを褒めた。
だが俺が不老不死になったことは悲しんでいた。
何があっても死ねない辛さを一番よく分かっているだろうから、俺にはそんな思いをさせたくなかったのだろう。


まぁ、とにかく俺は師と同じく不老不死になって錬金術を究めていった。
師は錬金術師ということを隠すために常に仮面をつけ、医者として働いていた。
数十年ごとに名乗る名を変え、代替わりしたと周囲に思わせた。
俺も仮面をつけて生活していた、助手だと言って名を変えて。

そんな暮らしがざっと百年ほど続いただろうか。
ある転機が訪れる。

牢獄の国に魔獣が訪れた。家ほどの大きさで、鳥のような翼を生やした魔獣だった。
俺は珍しい魔獣に夢中になって、深夜に家を抜け出しサンプル採取を行った。
魔獣が眠るのを確認して、硬い皮に太い注射を刺して、気づかれた。
図体の割に繊細な奴だったらしく、大げさなまでの雄叫びを上げて襲いかかってきた。
喰われる!  そう思って反射的に目を閉じた時、凛とした少女の声が響いた。

彼女は錬金術を使い、魔獣を追い払った。抜け出したのはバレていたらしい、彼女は後をつけてきていたのだ。

情けない話だが、俺はその間何もせずに震えていた。魔獣の姿が見えなくなって、彼女の手を取って立ち上がる。
深い溜息を吐いて小言を言おうとその可愛らしい口を開いた瞬間。彼女の小さな体に無数の矢が突き刺さった。

錬金術師は神への叛逆者、発見次第処刑せよ。神に従う国ならどこにでもある法だ。神に言われた訳でもないくせに。
様々な呪術で彼女は拘束され、俺は証人として裁判に喚ばれた。
王宮の者達はもう一人の仮面を探していた、そいつも錬金術師の関係者だと睨んで。
俺がここで錬金術師だと名乗り出れば師が受けているような拷問を受けるのだろう。呪術によって再生を止められた彼女の体には無数の傷があった。手と足の爪を全て剥がされて、真っ赤に熱した鉄を身体中に押し付けられて、飲まされて。

おそらく王宮の者達は俺が関係者ではないかと疑っていたのだろう、だから彼女を俺の前に連れてきたのだ。
俺は証人席から師らしきものを見た、かろうじて人の原型を保つ肉の塊を。

「……君に一つ聞きたいことがある」

裁判官が嫌らしい笑みで俺に詰め寄った。

「この女が錬金術師だね?」

返事はしなかった、いや、出来なかった。
敬愛なる師の無惨な姿を見て言葉を紡げるはずがない。

「君は、あの時……そう、あの魔獣とこの女の戦いの時だ。君は偶然あそこにいて、巻き込まれた。そうだね?  この女の仲間ではないのだね」

偶然?  あんな人っ子一人いない場所に誰が何の用で行くというのか。
質問の意図が分からず、ただ突っ立っていた。

「もし君も錬金術師だというのなら、ここで言いなさい。そうしたら君達二人のうち……一人だけは生かしてやってもいい」

ああ、これが狙いか。
俺が彼女を救おうとしたならば、錬金術師を二人とも消せると。
一人だけ生かすなんて真っ赤な嘘だ、二人とも殺されるに決まっている。まぁ、俺達を殺すことなど不可能だ。永い苦しみを与えることは出来るけれど。

「違うならあの女の首はここで刎ねよう、いもしない仲間を待っていても仕方がないのでね。君は家に返すよ、長い間ここにいてもらっても悪いからね」

本当に帰されるのか?  疑わしい限りだ。
だが証拠がないままに殺されることもないだろう、この国はそこまで腐ってはいない。
今俺はあくまでも巻き込まれただけの一般人なのだから。

「どうなんだね、君は、関係者か?  違うのか?」

ここで関係者だと言えば彼女は助かるのだろうか、こいつが本当のことを言っている可能性はゼロではない。
少なくとも今ここで死ぬのは彼女ではない。
俺は……俺の、答えは。

「違い……ます、俺は、こんな人、知りません」

「……本当かね」

「は、い。あの、あの日は……山、そう、山に登ろうとしてて、あそこを通りかかっただけで」

「ああ、あの時は花が咲く時期だったね。満開ではなかったと思うが」

「……そう、なんですか。どれだけ咲いているか分からなくて」

「まぁ、その事はいい。君は錬金術師じゃないんだね」

「違います、俺は……ずっと、そんなの、おとぎ話だと思ってました」

震える声で紡いだ嘘は誰にでも見破られるほどにお粗末なものだ。
男は俺の顔を覗き込み、胡散臭い笑みを浮かべた。
歪な瞳には俺の顔が映っていた、酷く怯えた…情けない俺の顔が。

「私もそう思っていたよ。疑って悪かったね」

ゴツゴツとした木のような手が握手を求める。もう片方の手は処刑人に合図を送った。

「あっ……」

「なんだね」

「い、いえ」

「まぁ人のカタチをしたものが壊れるのは気分が悪いだろう、だが気に病むことはない、アレは神に逆らった大罪人だ」

斧が振り下ろされ、鈍い音を立てて首が飛んだ。
軽くコロコロと転がって、俺のつま先に当たって止まる。
彼女が見た俺の顔はどんなものだっただろう。
師を裏切った顔は酷く醜いものたろう。
そう考えて彼女の顔を見下げた。
目の位置にあるのは黒い窪みだけで、俺が何よりも美しいと思ったあの瞳はどこにもなかった。



裁判の後、俺はすんなりと解放された。
後日捕まえるつもりだろうか?  それとも疑いが本当に晴れたのか?  どちらにせよ早くこの国を離れた方がいい。
何故、何故離れる?  命が惜しいから、拷問を受けたくないから。

自責と痛みへの恐怖でいっぱいになった頭は行き先を決めずに足を動かさせた。ふらふらと漂った先、突如として地面が消え、立ち止まる。
闇に紛れていたのは大穴だ、罪人の死体を捨てるためのものだったか。

酷い屍臭と五月蝿い蟲。今の俺の気分にピッタリの場所だった。穴の手前に座り込んで、ボロ雑巾のような屍体達を眺めた。

ガチャん、と音が聞こえる。馬車の扉が開いた音だった、大柄な男が穴に屍体を捨てている。
今日か、昨日かに出た分だろう。
カラカラと車輪の音が遠ざかる。俺は吸い寄せられるように新しい屍体の元へ落ちた。

「…………先生」

ぐちゃりと柔らかい肉の感触、服に染み込む腐った血。
体の下にあるのは知らない屍体、顔の前にあるのは見知った頭。
目を抉られ舌を抜かれ、それでもまだ彼女は生きていた。今も。
言葉を紡ぐには至らずとも、再生は始まっている。
切り落とされて時間が経っているはずの首はまだ温かい。屍体の上に膝を折って、あどけなさの残る少女の首を抱き締めた。

「ごめんなさい、先生。何も出来なくて……何も、しようとしないで」

謝罪の言葉を並べ立てながら、屍体に紋章を描いた。

「……魂失いし憐れな肉塊共よ、新たな生命を与えよう、我に従い我に尽くし、我の為に死ぬと誓え」

ぐちゃぐちゃと嫌な音を立てて屍体が積み重なっていく、骨が繋がり肉が潰れて絡み合って、鼻が曲がるほどの腐臭を漂わせる鳥が完成した。
歪な生命は俺に跪く。

「飛べ」

言葉通りに羽ばたき、腐肉を散らしながら空へと舞い上がる。
全く素晴らしくない空中散歩は数分で終焉を迎えた。
不十分な錬成で作った鳥は壊れて、俺は海に落とされた。
彼女の首を抱いたまま、何日も海を漂った。

辿り着いた浜は筆舌に尽くし難いほど美しいものだった。細かな宝石の混じった砂浜は月明かりの下で輝いている。俺はその砂浜の木陰に彼女の首を置いてこの地を調べた。


数日間の調査で分かった。ここは希少鉱石の国という場所で、その名の通り珍しい魔石が採れる国だった。
俺は錬金術を錬金術と悟られぬように働き、仮住まいを手に入れた。だがどうやらこの国は国連には加盟していない様子で、錬金術師だとバレれば即刻処刑……なんてことはないようだ。
むしろ盛ん、神経質になる必要などなかった。だが、錬金術師といっても俺達のように不老不死の者は居なかった。


彼女の首は少しずつだが再生を始めている。首から伸びた管、その先に臓器が作られていく。
動き出した心臓を見て俺は安堵し、彼女の体がもう二度と傷つかぬように努めた。
再生が進むようにと魔石を集め、臓器を守るために彼女の仮の体を作った。石の体に内臓を包み、紋章を彫った赤い石を目に嵌めて、そっとシーツを被せた。

「……メイラ?」

「先生! ああ、良かった、上手くいった!」

「…………何、これ」

「魔力を宿した特殊な石だってさ、一応体は作ったけど、その、見た目あんまり寄せられなくて」

石を繋ぎ合わせただけの体は少女とは言い難い。

「ふぅん……まぁ、いいや。それより皮膚作らないと」

「い、いいの?」

「一度捕まった以上、見た目は変えておいたほうがいい。髪ももう少し短くしようかな。鬱陶しいし」

そう言うと同時に髪の先が床に落ち、首元から真っ白い皮膚が作られていく。
皮膚を貼ると同時に魔石も削られ、歪なものではなくなった。
だが、その姿は俺の知っている少女とは違う部分があった。

「……せ、先生。胸は?」

「ん?  心臓はちゃんと動いてるよ」

「いや、そうじゃなくてさ。その……先生の自慢の豊満な胸は?」

「言っただろう、見た目は変えたほうがいいって。まぁ少しずつ肉に戻すから、最終的には元に戻るだろうけど。あと自慢した覚えはないよ、むしろ鬱陶しく思っていた」

「成形するなら、ほら、形だけでも作ろうよ」

服を羽織りながら非難の目を向ける。

「しつこいなぁ、そんなに好きなの?  どうせ君には触らせないし今は石だから硬いよ?」

「……理屈じゃないんだよ」

「ああ、そうそう。僕が首だけになった時、君は謝ってたよね」

「あ、ああ、まぁ」

突然の話題転換に思考が追いつかない。

「あれ、却下ね。僕は君を絶対赦さないから」

無邪気な笑顔で放たれた言葉が俺の胸に突き刺さる。
却下……とはどういうことだ、許さないとは、どうするつもりだ。

「罰として君を破門するよ」

「へ?  そ、そんな」

「だから君はもう僕の弟子じゃない。これからは……僕の友人を名乗るといい」

「………へ?」

つまり、どういうことだ。
師弟関係解消、からの友人認定。
全く訳が分からない。

「あと償いとして僕に一生ついてくること」

「………それ、今までと変わりある?」

「あるよ、君は僕の親友だ。もう弟子じゃない」

「それ、教えることが無くなったとかだろ?  許さないとか言ってさ」

「うるさいな、どっちでもいいだろ」

ふい、とそっぽを向く仕草は昔から変わらない。
俺と師の……いや、親友との関係もきっと変わらない。


昔から変わったことと言えば、研究が完全に独立したことぐらいか。
俺は俺の研究を、彼女は彼女の研究を、時々自慢し合う以外には干渉しない。そんな関係にはなった。
仕事も研究もしない日は友人として遊んで、そんな時間が永遠に続くのだろう。俺はそう願っている。
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