魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第十一章 混沌と遊ぶ希少鉱石の国

『普通』の家族

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アルテミスが黙り込んでから数分、シャルンが深く冷たいため息をつく。

『人間、いい加減にしろ。今までで一番簡単だ』

「う、うるさい!  この歳であんなセリフ言う恥ずかしさ分かんないくせに!」

『ああ、分からんな。兄なら嫌ってもいないだろ?  結婚はともかくとして好きくらい言ってやれ。しかもこれは人形、偽物なんだぞ?』

「う、うぅ……お、お兄ちゃん……だ、だ……無理!  絶対無理!  他のにしなさいよ馬鹿にぃ!」

羞恥の感情などない天使達はアルテミスを急き立てる。メイラは興味がないと沈黙を決め込んでいた。

『ぜーったいに変えん!  さぁ、子供の頃のように!  さぁ!』

人形に肩を掴まれ、アルテミスにもう逃げ場はない。そもそも言わない限り部屋から出られないのだが。

「お、お兄ちゃん……だ、だだ……大好きー!  お兄ちゃんと……けっ、結婚、する…………こ、これで満足!?  さっさと鍵を寄越しなさい!」

『あぁすまん、聞こえなかった。もう一回』

「あからさまな嘘ついてんじゃないこの馬鹿!」

『んー、聞こえなかったなぁー』

「それ何回もする気でしょ!?  もう絶対言わない、大っ嫌い!」

『だ、大っ嫌い!?  わ、分かった、やる!  鍵をやるからそれは取り消してくれ!』

人形は焦りながら鍵を差し出し、アルテミスはそれをメイラに投げた。せっかく渡した鍵を即刻他人に投げ渡され、人形は落ち込んだような素振りを見せた。
だが、次の瞬間にそれは消えた。人形は物真似をやめ、つまらなさそうにアルテミスを睨んだ。

『……何、今の。つまらないにも程がある。もっともっと苦痛に歪む顔が見たいんだけど?  最初のは良かったのに……まぁ、次が面白そうだからそっちに期待するしかないね』

豹変に唖然とするアルテミスを放って、人形は僕を見つめ嘲るように微笑んだ。色が抜けて白に戻り、カランと音を立てて倒れる人形。
アルテミスはしばらくそれを見つめていたが、視線に気がついて僕の方へ目を向けた。だから僕は丁度いいとばかりにアルテミスに疑問をぶつけた。

「……何で、そんなに愛してもらえるの?」

「はぁ!?  い、いきなり何言ってんのよ!  あんな馬鹿に……あ、愛されたって鬱陶しいだけ!  迷惑なのよ!  こ、子供の頃だってあんなこと言ってないんだから!」

明らかな照れ隠しで、早口でまくし立てる。だが僕はアルテミスが隠した感情に気がつかず、言葉の意味をそのままに受け取った。

「……鬱陶しい?  迷惑?  何でそんなこと言えるの?  まさか……家族になら無条件で愛されるって、甘やかされるって思ってるの?」

「な、何よ急に……当たり前でしょ。家族なら普通……あの馬鹿にぃはちょっと異常よね、だから嫌なんだけど」

「…………そう、良かったね」

「何なのよアンタ……って、次アンタの番じゃない、訳分かんないこと言ってる暇あるなら心の準備でもしておきなさいよ」

家族に愛されるのは当たり前、普通。なら普通って何?

『この人形だったよな、動かないぞ?  ちゃんと触ったか?』

僕はぼうっとした思考のまま、ザフィの話を聞いていなかったのに頷いた。どうやら僕が触れたはずの人形が動かないらしく、僕以外の皆が困惑しているようだった。
だがしばらくして最後の人形も起き上がる、姿を変える直前の僅かなノイズは気になったが、人形が化けた姿を見てその疑念は吹っ飛んだ。
綺麗に整えられた艶のある黒髪に、赤い魔法陣の浮かぶ黒い双眸。太陽を知らない白い肌に入れられた墨は難解な魔法陣を描き、長く床に引きずったローブにも同じような模様が描かれている。

その瞬間、僕の脳裏に蘇るのは幼い頃の思い出。


僕が生まれた時、彼は六歳だった。その年にして学校で教えられる全ての課程を修了したと聞いていたが、詳しくは知らない。
だから彼はずっと家にいた。
学校に行く必要もなく、本を読み漁って魔法の勉強を続けていた。十歳になる頃には古代魔法を操った、王宮お抱えの魔法使いでも扱えない魔法を、失われたはずの魔法を。

まさに神童。

それを知った時、僕はまだ四歳だった。彼の素晴らしさを全く理解していなかった。
だけど大好きな兄だった。いつも僕を可愛がっていてくれていた。
生まれた時から異質で異常な量の魔力を持っていると言われた僕は兄と同じ天才だと思われていた。
兄もそう思って僕を可愛がっていたのだろう、だから何の魔法も扱えないと知った時は、あの時の兄の顔は……失望だとか、蔑みだとか、そんな言葉で表せるものではなかった。

「ありえない……ありえない、僕の弟なのに。魔力だってこんなにあるのに」

兄はしばらく研究をやめ、僕に魔法をかけ続けた。
魔力を引き出せるように、魔法を使えるように。

その行為に意味はなかった。

魔力に質があるなんて、魔法の国では知られていなかった。魔法に向いた魔力、呪術に向いた魔力、神具の扱いに向いた魔力、悪魔との契約に向いた魔力……その種類は多岐にわたる。
他の、そう、魔法以外のものに向いた魔力というだけなら彼も気がついただろう。魔法以外の術も勉強していたから、賢い人だから、僕をしっかり見ていてくれたのだから。
だが、いくら天才でも魔物使いの魔力だとは分からなかった。それもそうだ、前例は一万年以上前なのだから。そもそも人間が知り得たモノではないのだから。

仕方ない、彼は悪くない。悪いのは僕だ。
そう思い込むことにした。そうでなければ耐えられなかった、優しい兄の豹変に。数日前まで撫でていてくれた手の暴力に。
僕は身ではなく心を守るために、彼の思うままに振る舞った。そうしていればいつか、また、愛してくれると信じていたから。

次々にフラッシュバックする忌まわしき過去。苦痛の日々。
それに耐えることが出来たのは兄の優しい笑顔があったから。戯れに気紛れに、思い出したように僕を可愛がった、優しく撫でてくれた。
だから逃げられなくて、逃げたくなくて、兄を嫌いになりきれなくて、自分だけがどんどん嫌いになっていった。


目の前に立っているのは兄だ、最後に見た時よりも背が高くなっていた。そして、入れ墨も増えている。
つまり僕が知っている兄よりも、ずっとずっと魔法の扱いが上手くなっているということ。僕を痛めつけるのが上手くなっているということ。

だが、偽物だ。ただ人形が化けているだけだ、怖がるな。そう自分に言い聞かせ、震える手を止めるために強く握って、一歩踏み出した。

「……か、鍵……鍵を、ください」

震えて裏返った不自然な声。僕は兄の顔を見ないようにと頭を下げた。
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