魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第十一章 混沌と遊ぶ希少鉱石の国

錬金術師の友人

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血の匂い、人の腕、鳥の死体。
落ち着いて行動しなければと自分に言い聞かせて、目眩が治まるのを待って辺りを見回した。壁も天井も赤一色で気が滅入る。

『ヘル君?  大丈夫か』

「なんなのここ……気持ち悪い」

僕が叫んだせいなのか、地下室に皆が下りてきた。
最後尾のシャルンが部屋に入ると同時に扉が勢いよく閉まる。
シャルンは即座に扉を開けようとする……が、鍵でもかけられているのか開かない。いや、鍵がかけられていたとしても天使の力ならば開くだろう。

奇妙な出来事に混乱しているとどこからともなく小さな紙が降ってきた。
その紙にはこう書かれている。

・住人の気分を害することを禁ず

『禁則事項』と題された紙だ。紙を裏返すと子供のような字で『楽しんでね! 』と書かれていた。

「なにこれ……」

「……まるでゲームよね。テーマパークでよくある脱出ゲーム。今のところ謎解きはないみたいだけど」

「……何?  そのゲーム」

『そんな趣味の悪いゲーム聞いたこともないが、確かに扉が開かない今の目的は脱出だな』

「……知らないなら気にしないで」

『ザフィ、これ』

シャルンは部屋の隅で倒れている少年を指差した。

『見覚えがない人間だな。あの家にいた者か?  それとなシャルン、人に向かって「これ」はやめろ』

「どっちにしてもぶっ倒れてるなら役に立たなさそうだけど」

アルテミスは扉に向かって矢を射るが、扉には傷一つつかない。古びた金属の扉はその見た目に反して強固だ。
僕はザフィに声をかけ、少年に近づいた。真っ赤な服を着た少年……いや、違う。服が赤く染まっているのだ、彼の腕が片方なかった。喰いちぎられたような跡が肘の少し上に残っている。

「……この人、さっきの腕って、まさか」

僕がさっき踏んだ腕は少年の腕?  そう考えると立ちくらみがした。ザフィは僕を支えつつ、少年を揺り起こした。

『おい、おい、大丈夫か?』

「…………う、ん?  誰、お前」

『ザフィエルだ、その腕はどうした?』

「……あー、確か、造ってた鳥が逃げて……う、何だっけ、頭痛い……ああ、噛まれたんだっけ」

『……お前があの鳥を造ったのか?  怪我をしているところ悪いが一発殴らせろ』

腕を振り上げるザフィを止める、全体重をかけてなんとか抑えきれたが、少年が余計なことを口にした。

「人の家に勝手に入ってきておいてよく言うね、盗人猛々しいって本当なんだね」

馬鹿にしたように笑う少年、腕を喰われているというのにこの落ち着きようは気味悪くもある。

「僕達は盗みに入ったんじゃないですよ」

「へぇ?  盗みに入る以外で人の家に勝手に入る理由ってあるの?」

「セツナさんに……その、友人を助けて欲しいって言われて、それで来たんです」

少年の顔から笑みが消えた。

「友人って、俺のこと?」

「知りませんよ、唯一の親友って言ってましたけど。自覚ないんですか?  すっごく心配してましたよ」

「セツナ……が、そう」

少年は僅かに嬉しそうな笑みを浮かべたが、すぐに元の不敵な笑みへと戻る。その表情はどこかセツナに似ていた、親友というのは似るものなのだろうか。

「まぁそうだよね。仕方ないよねぇ。セツナの奴は人見知り激しいし、人付き合い苦手だし、セツナの相手出来るのなんて俺くらいだからね」

わざとらしい大きな声でまくし立てる、その行為はどこか微笑ましい。一通り話し終えたあとで、誰にも聞こえないような小さな声で呟いていた。

「そっか……親友か、そっかぁ」

からかいそうになる悪戯心を抑え、聞いていないふりをした。
穏やかな時間は長くは続かない。全員が起きたことを感知したのか、入って来たのとは別の扉が勢いよく開く。

『……入れ、とでも言いたげだな』

「そ、その前に。腕の手当をしないと」

「腕?  ああ、大丈夫大丈夫。ほら……これで」

少年は床に散らばった小石を拾い集め、聞き覚えのない言葉で何かを呟いた。すると小石は光り、一つに寄り集まり、腕の形をとる。

「名付けて応急義手、ってね」

『……分かってはいたが錬金術師か、名前を教えてもらおうか?』

「名前? メイラだよ。不可説転フカセツテン謎羅メイラ

『そうか、ならメイラ。あの扉の奥には何がある?』

「……あんな扉なかったぞ」

「はぁ?  何よそれ、アンタ家主でしょ?」

「なかったったらなかった、地下研究室は一部屋だけ」

『ザフィ、調査の必要』

『ああ、あるな。よし、先に行け』

シャルンは動かない、じっとザフィを見つめている。押し付けあっているのだ。
誰だって一番最初は嫌だ、人柱にはなりたくない。出来ることならザフィには残ってもらいたい、守ってくれそうという情けない理由だ。
そして、そんな僕の願いは叶うことになる。

「じゃあ俺が行くよ面倒臭ぇ、ほらどけ」

天使達を押しのけ、メイラは開いたままの扉をくぐる。巨大な生物の口のようにぽっかりと空いた穴を見て、嫌な予感が治まらず僕は叫んだ。

「ま、待ってください!  危ないですよ!」

「うるせぇな、俺の家だっての。無いとは思うが俺が忘れてるだけかもしんねぇだろ。三百年ちょっと生きてんだから……ボケもするわな」

「三百年……!?」

「いや、四百だったかな……ま、セツナは俺の倍は生きてるぜ?  錬金術師舐めんなよな」

幼げな笑顔を浮かべ、メイラは扉の奥へ奥へと走っていく。天使達は顔を見合わせ、その後を追う。さらにその後を僕とアルテミスが追う。
気味の悪い扉に入りたくはないが、気味の悪い部屋に居たくもない。ましてや人間だけでなんて。
しばらく真っ直ぐに暗い廊下を進むと明るい部屋に着いた。急な明暗差は僕の目を狂わせる、痛む目をこらえて部屋を見回した。

部屋の壁には人形がもたれかかっていた。白木で作られたように見える人形はデッサン用のそれによく似ている。
顔もなく前後の差異もないそれは言いようのない不安を煽った。人形は全部で五体、僕達の人数分……と考えるのはやめておこう。ただの偶然だ。

「……俺こんなもん持ってねぇぞ。気持ち悪ぃ」

メイラは人形を不快そうに見つめている。まるで道路の端からにじり寄る青虫を見ているような目だ。そして無警戒にも人形を掴みあげた。

「……結構重いな。木に見えるけど金属っぽいな」

特に何も起きず、メイラは人形を揺さぶる。心配をして損をしたな、と僕も手近な人形に触れた。
予想よりも固く、一瞬で材質が普通の人形とは違うと分からせた。おそらく木ではない、冷たく硬い……鉄のような感触だ。中身の想像はイマイチつかない、気味悪さを感じつつ壁に戻した。

「……ん?  うわっ!?」

背後からメイラの声が聞こえて振り向く、メイラは人形を落としていた。落とした理由も声を上げた理由もすぐに分かった、人形が蠢いていたのだ。
中に無数の何かがいると思わせるその蠢きはだんだんと激しさを増していく。
天使達もアルテミスも、誰も声を出せずその光景を眺めていた。
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