魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第十一章 混沌と遊ぶ希少鉱石の国

特技はご機嫌取り

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凍りついた街、その元凶。夏の浜辺でも歩いているような涼し気な格好の天使と、分厚いレインコートを着込んだ天使が話している、僕達を見つけた天使は蔑むような目つきで言った。

『で、どうするんだ。あの冒涜的なモノ共を作り出したのは人間だが、黒幕は違う。これは俺の仕事か?』

『収集は必要、学の管理はザフィの仕事』

『……全く、人間は。面倒な真似をしてくれる』

不機嫌な天使はどこからともなくレインコートを二着取り出し、僕達に投げ渡す。ぼうっとしているとさっさと着ろと言いたげな目で睨まれた。

「……あったかい」

『お前が冷気を制御できれば問題はないんだがな。俺のコートを人間共に貸す必要もなかった』

『これでも抑えてる』

感情なくそう答え、メモを片手に先を歩くシャルン。アルテミスと顔を見合わせついて行くことに決めた、セツナの頼みを聞くためだから仕方ないと。

『おい人間、絶対にそのコートを脱ぐなよ。フードもちゃんとかぶれ、前も止めろ、いいな?  理解出来たな?  出来たなら早くしろ』

そう言いながら天使はフードを脱ぐ、うねった黒髪にはところどころ氷の膜が張っていた。それを払い、再び顔を隠すようにフードを被った。

それにしてもこのレインコートはどういう仕組なのか、露出しているはずの顔も足首も冷気を感じない。肺を痛める冷たい空気もレインコートを着てからは感じなくなった。

「なんか嫌な感じね、このおっさん。態度悪ーい」

『おっさん!?  今おっさんと言ったかお前!  俺のどこがおっさんだ!  俺は天使だぞ!』

「おっさんにおっさんって言って何が悪いわけ?  もっと愛想良くしたらぁ?」

アルテミスは小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、天使を挑発する。そうやって立ち止まっている時間はないというのに。

「それに、天使って見た目よりも歳食ってんでしょ?  もうジジイねジジイ!」

「や、やめなよ……失礼だよ」

弱々しい制止は無視される。

『ジジイ……だと?  今ジジイと言ったか小娘!  この恩知らずが、コート返せ!』

口喧嘩は悪化していく、セツナの友人の家を記したメモを持ったシャルンとはぐれる訳にはいかない。シャルンはこちらを振り返ることなく進んでいるのだから、これ以上立ち止まれば確実に見失う。
止めなければ。
僕は天使のレインコートの袖を掴み、アルテミスの罵倒に負けない大きな声を出した。

「すみませんお兄さん!  アルテミスさんはちょっと口が悪くて、でもきっと悪気はないんです、本当にすみません!」

「ちょっと、邪魔しないでよ!  このジジイに分からせないと……」

アルテミスの口を塞ぎ、天使は僕を睨む。切れ長の三白眼はそれだけで僕を黙らせた。顔を近づけられ後ずさるも、肩を掴まれていて逃げられない。

『お兄さん……だと?』

低い声が鼓膜を震わせ、萎縮させる。名前が分からなかったのでそう呼んだのだが、気に入らなかったのか。だが否定することも出来ず恐る恐る頷いた。

『……お前は俺が運んでやろう。ほら、滑るだろ?  遠慮するな。喉は乾いていないか?  水ならいくらでもあるぞ。クッキーはいるか?』

「え、あの……えっと」

『軽いなお前、ちゃんと食ってるのか?』

「食べてます、けど」

『もっと食え。ほらチョコもあるぞ』

「……ありがとうございます」

抱き上げられ菓子を渡され……状況が分からない、何が起こった。アルテミスも呆然としていたが、歩き出した天使を追おうとして滑って転んだ。

「待ちなさいよこのクソジジイ!」

『うるさい!  お前はそこで凍ってろ!』

なんだかよく分からないが上手くいったらしい。機嫌を良くした天使は僕を抱いたまま歩いていく。
歩くと言ってもそれらしい揺れは感じない、滑るような浮くような、そんな気分だ。



天使達がセツナの友人宅へ向かってから、いやその少し前から『黒』は全く動かない。その瞳には確かな恐怖が滲んでいた。

「ねぇ、『黒』……だっけ?  あの子一人で行かせていいの?  僕が言うのもなんだけどさ」

ノートに書きなぐられた賢者の石の式は確かに正しい、だが上手くいかない。赤い光が灯ってもすぐに消えてしまう。

『あの鳥は……アレが、使ってた』

「アレ?  あの黒フードのこと?  だったら尚更一人で行かせるのは危ないよ」

『シャルンもザフィもいる。僕よりもずっと頼りになる。僕がいなくても平気だよ、どうせ僕はもうすぐいなくなるんだし』

セツナは手に埋め込んだ魔石を取り出し、磨き始める。繊細な作業をするために指先は精密な動きを求められる。

「いなくなるって?」

『あの子とは狼を復活させるまで、って約束だったからね。君が賢者の石を作ってくれたら僕はあの子から離れられる』

「……まるで一緒にいるのが嫌みたいな言い方だ」

セツナの目が僅かに細められる、怪訝そうな表情は一瞬で消えて元の笑みに変わるが、『黒』は虚空を見つけたまま動かない。

「仲良さそうに見えたけどね。ヘル君も君のこと好きみたいだったけど」

諭すように微笑みながら声を出さず失望したと言った。『黒』の右眼が禍々しい輝きを宿し、『黒』はふらりと座り込んだ。

「……君、さっきからどうしたの?」

訝しむように眉を歪ませ、セツナは『黒』の元へ。そしてセツナの表情は恐怖を帯びた驚愕へと変わる。

『黒』の首を一周する痣──腫れを伴ったそれはもはや痣とは言えない。口を持たない蛇のようなそれは気味の悪い動きを見せ、成長していた。

「まだ居る……っ、待て、冷静に……何、何が要る。どの石なら勝てる……?」

冷静になれる訳がない。セツナは魔石を入れた箱をひっくり返し、利き手の魔石を外していたことを思い出した。左手の暴投は『黒』から離れた壁に当たり爆炎をあげた。

「賢者の石……!  これならどうだ!」

箱を捨て、棚の最奥に手を入れる。赤く輝く石を掲げ、セツナは人の言語ではない言葉を紡ぐ。数百年前に生成に成功した賢者の石、その力は少しも衰えていない。

『……そんなもの効かないよ。理の範囲内の物がボクに効くわけがない』

「君は……いや、お前は誰だ」

上品に、下品に。貴族のように、浮浪者のように。
『黒』は笑い続ける。おかしくてたまらない、愉しくて仕方がない、抑えようのない嘲笑が溢れていた。

『ふふっ、ふっ……はははっ。君に言っても無駄だろ?  理解出来ないんだから……!』

荒い呼吸を繰り返しながら嘲る。その嘲笑を聞いていると多大なるストレスに晒された時と同じように心がすり減る──いや、削れていく。

『ふふっ、あははははっ!  ねぇ、計画が上手くいってる時ってさ、もう自分じゃ抑えきれない程の笑いがこみ上げてくるよね、ねぇ!』

警戒しつつ、怯えつつ、精神を削られつつ。セツナは『黒』を睨み続けた。首に巻きついた触腕は少しづつ伸びて先が割れて、再び首筋から『黒』の体内に潜り込んだ。

「計画……ろくな事じゃなさそうだな」

『ふふっ、色々あるよぉ?  教えてあげてもいいけど……やっぱやーめた!  あはははははっ!  愛しいこの子を取り返したんだ、魔物使いとか言ってる愚鈍な人間から。計画話してる場合じゃないよねぇ!  もっと楽しまなきゃ!』

「お前、あの黒フードだろ。一人の女に執着する奴だとは思わなかったな」

『……この子からは名前を貰ったからねぇ、面倒見てあげなきゃでしょ?  何より……それでも記憶が戻りそうってのが面白いよねぇ!  あの約束も思い出すかなぁ!?  ははははっ!  そうしたらもっともっと愉しいゲームが出来るよねぇ!』

体の外にはみ出た触腕が狂乱する、グネグネと生理的嫌悪を抱く動きで、人の精神を破壊する。
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