魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

文字の大きさ
上 下
102 / 909
第十章 眠りに落ちた植物の国

御白様

しおりを挟む
その白は生贄の印。

だからあの娘の親は子供が流れたと嘘をついた。あの娘の親は成人するまで子供を外に出さないと決めた。成人してしまえば生贄には出来ないと。

隣に住んでいた私はあの娘の親とも仲が良かった。
家に遊びに行った時にあの娘と会ったが、絶対に口外するなと言われた。だけど幼かった私は両親に話してしまった。

「パパ、ママ、お隣さんの赤ちゃんすっごく可愛いの!  肌も髪も真っ白なの!」

両親はそれを族長に報告した。
程なくしてあの娘の両親は事故で亡くなり、私の家には大量の報酬が与えられた。
族長に引き取られたあの娘に私は毎日会いに行った。それは償いに近かった。
あの娘の両親が殺されたのは私のせいなのだから。あの娘の両親を事故に見せかけて殺したのは私の両親なのだから。

「ねぇロージー、外が見たいわ」

「……窓からだけよ。アナタを外には出せない」

あの娘は体がとても弱かった。生贄として大切に育てられているからなのか、成人する必要がないからなのかは分からない。魔獣を退けることは出来ない、縄梯子を掴む力もない。族長は私に外に出たがるあの娘の見張りを命じた。


カラカラ、カラカラ、頭の上に乗った木霊はずっと揺れている。
言葉を繰り返さなくなったのはいいが、これはこれでうるさいのだ。
涙ながらの彼女の話がよく聞こえないではないか。

『それで、族長さんも寝てるの?』

「ええ、今の族長は代替わりしたばかりでまだ若いんだけど……叩いても起きないのよ」

『ふぅん?  歳関係ないと思うけど。で?  どうして君は無事なのかな』

「無事って訳でもないわよ、さっきまで眠っていたもの。姫子が心配で頑張って起きてるの」

『頑張りで悪魔の呪いを防げるとはねぇ……ま、耐性が異常に高いのはたまに居るから、不自然って程でもないけどさ』

頭の上の木霊を掴む。涙混じりになり細くなっていくロージーの声が聞き取れないからだ。それに木霊に気を取られては道に迷ってしまうかもしれない。この木の密度なら前を行く二人を簡単に見失うだろう。

『で?  その娘は死んだの?』

「なっ!?  ち、違う、違うわ!  姫子は生きてる!  そうじゃなきゃ……私はもう、生きていけない」

『仲のよろしいことで。希望的観測は大事だけどね』

ロージーは俯き、それきり何も話さなくなった。心の底ではもう生きてはいないと思っているのだろう。
重苦しい沈黙に包まれた、その時だ。ロージーは突然歩みを止めた。

「ロージーさん?  どうかしましたか」

「……ここ、アイツらの縄張りよ」

「アイツら?」

前に回り込み顔を覗く、女の顔は真っ青だ。大きな目は恐怖に満ちている。

「ホルニッセ族よ!  ここならまだ間に合うわ、引き返して違う道から行きましょ」

『寝てるんじゃないの?』

「……分からない」

『ま、僕はどっちでもいいけどさ。君の友達は大丈夫なのかな』

意地の悪い笑みを浮かべながら挑発するように両手を広げる。『黒』の悪い所が出ている。僕は彼女達のやり取りから目を背けることにした。決定権は僕にはない、嫌味の言い合いに発展しないように祈った。

「姫子!  でも、アイツらに見つかったら……でも、姫子が……でも!」

『迷ってる間にも時は進む──なんてね』

「……アンタ、天使なのよね」

『でもある、って感じかな。正確には違うし』

「人間如きに遅れは取らない、そうよね」

ロージーは縋るような、脅すような目をしていた。

''人間''

僕にはどうしても彼女が人には見えない、魔物やその類に見えてしまう。頭では分かっていてもどうしようもないのだ。ホルニッセ族とかいうのも彼女と同じ亜種人類なのだろう。異形……なのだろう。

『どうかな』

不敵な笑みを浮かべる『黒』だが、戦闘となれば人間に劣る。『黒』の能力は自分だけに作用するもの、その気になれば僕の方が強いかもしれない。
だがロージーは『黒』を強いと勘違いした、『黒』の思惑通りだ。

「大丈夫ね?  なら早く最奥に行くわよ」

『止まったのは君なんだけどね』

再び歩み始めたロージーには聞こえない程度の声でそう呟く。全く……性格が悪い。

「姫子、私の姫子、待ってて」

森を行くうちに小走りなるロージー、気持ちは分かるが体力の温存は必要だ。置いていかれても困る、僕は歩くように声をかける。苛立ち気味に振り返ったロージーは足を何かに引っ掛けて尻餅をついた。

『あーあ、大丈夫かな?  ちゃんと前見て歩かないと』

「誰のせいだと思っ、て……」

ロージーの反論はそこで止まる、足を引っ掛けたのは木の根でも石でもない。
人だ。
彼女と同じ亜種の者。

『眠ってるみたいだね』

「ソイツがホルニッセ族よ、コイツらも眠っているなら安心して森を抜けられるわね」

黄と黒の警戒色の薄い鎧に鋭い槍。透き通る四枚の翅、頭から生えた二本の触覚。ホルニッセという名前通りの見た目だ。

『雀蜂って凶暴なんだってね、あんまり知らないけど』

「私達を虫と同じにしないで欲しいわ。確かに生態はほとんど同じだけど……一応人間なの」

『あぁ、悪いね。ところでさ、長いツノいっぱいあるカブト虫とかいないの?』

「……虫と同じにしないで」

『これは失礼、気になったもので』

わざとらしく気取ったように言う『黒』には、謝罪の意は感じられない。ロージーは更に機嫌を悪くし、黙ったまま森を早足で抜けた。


しばらく歩くと目に映る景色から植物が消えた。後ろを振り返ればまだ緑は目に入るが、なんとも国名に反した地だ。

「ここが島の最奥部。一応国をまとめてる王様がいるはずなんだけど」

『王様居るの?  城とかないみたいだけど』

「何年か前に急に現れたのよ、武術の国からって言ってたかしら。その人がバラバラに暮らしてた島の住人をまとめあげたのよ。昔は色々あったみたいだけど、今ここでなら私達みたいな亜種人類も安心して暮らせるの」

『安心、ね。その対価が生贄ってわけ?』

「……行きましょ。穴はもうすぐよ」

意地悪な質問には答えず、ロージーは再び歩み始めた。穴はもう見えてはいるが、まだまだ遠い。相当大きな穴らしい。

『穴って何か住んでるの?』

「言い伝えには名は記されていないわ、他の種族の言い伝えも似たようなものよ。意図的に隠されてるって感じもするのよね」

ロージーが他の部族達の言い伝えを思い出しながら話した。生贄を捧げるのはナハトファルターの一族だけで、ほとんどの部族の言い伝えがそれに言及しているらしい。押し付けられているという訳だ。


果ての見えない大きな穴、底の見えない深い穴。ここに、年端もいかぬ少女を落とすと?
怖くて覗き込むことすら出来ない、離れているというのに身震いがした。

『なーんにも見えないけど』

恐れずに穴を覗き込む『黒』、自力で空を飛べるというのは羨ましい。ロージーは少女の名を叫びながら穴の淵を歩き回っている、彼女の翅は飛ぶことは出来るのだろうか。

『降りてみる?』

「絶対やだ」

『そう言うと思った』

僕もロージーにならって姫子を探すとしよう、呪いをかけた悪魔探しはまた後で。『黒』から離れ、ロージーと反対方向に歩く。
姫子、と名を叫ぼうとしたその時。
何者かに足首を掴まれた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

俺だけ入れる悪☆魔道具店無双〜お店の通貨は「不幸」です~

葉月
ファンタジー
一学期の終わり、体育館で終業式の最中に突然――全校生徒と共に異世界に飛ばされてしまった俺。 みんなが優秀なステータスの中、俺だけ最弱っ!! こんなステータスでどうやって生き抜けと言うのか……!? 唯一の可能性は固有スキル【他人の不幸は蜜の味】だ。 このスキルで便利道具屋へ行けると喜ぶも、通貨は『不幸』だと!? 「不幸」で買い物しながら異世界サバイバルする最弱の俺の物語が今、始まる。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~

ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。 コイツは何かがおかしい。 本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。 目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

【完結】魔女を求めて今日も彼らはやって来る。

まるねこ
ファンタジー
私の名前はエイシャ。私の腰から下は滑らかな青緑の鱗に覆われた蛇のような形をしており、人間たちの目には化け物のように映るようだ。神話に出てくるエキドナは私の祖母だ。 私が住むのは魔女エキドナが住む森と呼ばれている森の中。 昼間でも薄暗い森には多くの魔物が闊歩している。細い一本道を辿って歩いていくと、森の中心は小高い丘になっており、小さな木の家を見つけることが出来る。 魔女に会いたいと思わない限り森に入ることが出来ないし、無理にでも入ってしまえば、道は消え、迷いの森と化してしまう素敵な仕様になっている。 そんな危険を犯してまで森にやって来る人たちは魔女に頼り、願いを抱いてやってくる。 見目麗しい化け物に逢いに来るほどの願いを持つ人間たち。 さて、今回はどんな人間がくるのかしら? ※グロ表現も含まれています。読む方はご注意ください。 ダークファンタジーかも知れません…。 10/30ファンタジーにカテゴリ移動しました。 今流行りAIアプリで絵を作ってみました。 なろう小説、カクヨムにも投稿しています。 Copyright©︎2021-まるねこ

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-

ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。 困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。 はい、ご注文は? 調味料、それとも武器ですか? カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。 村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。 いずれは世界へ通じる道を繋げるために。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

処理中です...