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第十章 眠りに落ちた植物の国
惰眠を貪る島
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植物の国。小さな島国であるこの国はその国土の九割以上が森である。人々は木の上に家を作り自然と共に生きている。
そう『黒』に聞かされただけだ、僕は今の今まで植物の国の存在すら知らなかった。
妖鬼の国から植物の国への船は出ていなかったが、親切な青年に船で送ってもらいどうにか入国はできた、だが人探しは困難を極める。
人探しと言っても個人ではない、この国の人ならば誰でもいい。
『はぁ……景色変わんないし、つっまんないなー』
右を見ても左を見ても、巨木ばかり。飽き性な『黒』はもううんざりだと言わんばかりに声を上げる。
「まぁまぁ、とにかく人探してよ」
人影どころか動物も見当たらない、あるのは植物だけだ。樹齢は千を優に超えるであろう大木、それには苔が生えており元の茶色は見えない。
「ねぇ、人いないの?」
『木霊なら居るみたいだよ?』
ほら、と『黒』が指差した先に居たのは半透明の小人。手のひらほどの大きさのそれはじっと僕達を見つめていた。
「木霊って何?」
『木霊って何?』
「うわっ、喋った!?」
『うわっ、喋った!?』
頭よりも大きな耳が揺れ、どこから出ているのかも分からない声が響く。いつの間にか木霊は僕の足元にも居る、肩にも居る、頭の上にも居る。
その大きな耳から遠目には兎に見えない事もなく、可愛いとは思えるが……多過ぎると鬱陶しい。
『緑の豊かな土地に住んでいて、話しかけると同じ言葉を返すんだよ。鬱陶しがる人多いんだよね。結構人懐っこくて一度話しかけると群がられるよ』
「先に言ってよ!」
『先に言ってよ!』 『先に言ってよ!』 『先に言ってよ!』
「君達に言ったんじゃない!」
『君達に言ったんじゃない!』 『君達に言ったんじゃない!』 『君達に言ったんじゃない!』
どんどんと増えてくる、その上木霊達は一人一人バラバラに僕の言葉を繰り返すのだ。木の葉が風に揺らされるようなその声は可愛らしいが鬱陶しい。
『木霊ですかー?』
『木霊ですかー?』 『木霊ですかー?』 『木霊ですかー?』
『木霊ですねー』
『木霊ですねー』 『木霊ですねー』 『木霊ですねー』
『黒』は面白がって僕に集る木霊達に話しかけているが、『黒』には一人も引っ付いていない。
「なんで『黒』の方には行かないの?」
『僕がそれを望んでないから』
「……便利でいいよね。精霊には僕の能力通じないし、僕にはどうしようもないよ」
『精霊は魔性っていうより神性だからねー、あははっ』
視界まで奪われるわけにはいかない、顔に張りついた木霊を剥ぎ取る。思ったよりも柔らかく冷たい、ベタつかないゼリーと言えば分かり易いだろうか。
夏場には重宝しそうだが、とにかく鬱陶しい。
『ん、あれ人じゃない?』
頭の上に乗った木霊達がどんどん顔の前に降りてくる、『黒』の言う人など見えやしない。
『寝てるのかな?』
木霊が足にまでまとわりついた、地面に縫い付けられたかのように足が少しも浮かない。『黒』は僕を放って行ってしまった。
『早く来なよー、この人様子おかしいよ』
「木霊剥がすの手伝ってよ!」
『木霊剥がすの手伝ってよ!』 『木霊剥がすの手伝ってよ!』 『木霊剥がすの手伝ってよ!』
木霊が一斉に喋り出す。木の葉の擦れ合うような声が体を覆う。
「あぁ! うるさい! 」
『あぁ! うるさい!』 『あぁ! うるさい!』 『あぁ! うるさい!』
『もー、手のかかる子だなぁ』
ようやく『黒』が手伝ってくれて木霊達はパラパラと地に落ちて地面に吸い込まれていった。その不思議な光景を『黒』に尋ねると、木霊はそういうものだと言われた。
木霊は木の精霊、地中には木の根がある。つまりはそういうことなのだと……いや、よく分からない。巣に帰った、なんて認識でいいのだろうか。
『これでいい? この子はどうしても離れたくないみたいだよ』
「痛い痛い痛い!」
軽く叩けばすぐに落ちるはずなのだが、一体だけ残っている。その木霊は特別往生際が悪い、僕の髪を握り締めている。
『痛い痛い痛い!』
そして僕の言葉を繰り返す。『黒』は僕の髪を掴んでぶら下がる木霊を頭の上に戻し、見つけた人のところへと案内した。
カチャ、カチャ、とメトロノームのような音がする。
木霊が僕の頭の上で踊っているのだ。まぁ一人くらいは構わないか、機嫌は良さそうだし好かれているのなら悪い気はしない。
『この人だよ、なんか変だろ?』
「ん……? すいませーん、あのー」
微かな重みが頭の上から消え、代わりに肩の上に乗った。僕の腕を滑り台のようにして滑り降り、木霊が手の甲の上で揺れる。
『寝てるみたいだろ? 全然起きないんだよ。ちょっとおかしいよね?』
「こんな森の中で寝るかなぁ」
『呼吸脈拍共に異常無し、魔の気配も今のところ感じないよ。この島全体ならそりゃあもう強力なのが居るみたいだけど』
眠ったままの中年男性、肩を揺さぶっても耳元で声を上げても呼吸すら乱れない。僕としては男の頭に生えた虫の触角のような何かが気になるのだが、『黒』の会話を優先した。きっと飾りか何かだ、そう自分に言い聞かせる。
「そうなの? 会いたくないね」
男に興味を示した木霊、眺めたそうにしていたので手の甲を男の顔の前に寄せる。『黒』とこの島の強い魔の気配について話しながら、木霊が飽きるのを待った。
「君は何か分かる?」
『君は何か分かる?』
手の甲の上で楽しげに揺れる木霊に話しかけるも、返ってくるのは同じ言葉。
「どうして寝てるのかな、この島には何がいるのかな」
『どうして寝てるのかな、この島には何がいるのかな』
独り言で考えをまとめるのならいいのかもしれないが、今はとにかく意見が欲しい。暫定約立たずの木霊を頭の上に戻し、とりあえず人を探すことにした。
眠ったままの人はとりあえず放置。
いや、ほら。怪我とか病気の兆候もないし、野生動物も居ないみたいだから、ね。
誰も居ないこの森に一人置いていくというのには罪悪感を覚える。『黒』は全く気にしていないようだが、僕は気になる。かといって運ぶ訳にもいかない、人里も見つからず大柄な男を背負って一日中歩き回るような真似は避けたいし、おそらく出来ない。
『村みたいなものが見つかればいいんだけど、木霊と話せないの?』
「僕は無理だよ」
『魔物操るほど魔力の扱い上手いくせに』
「木霊は精霊で魔物じゃない、だから無理。君もさっき言ってたろ」
『魔力ないからなぁ……ん? 君さ、魔力持ってる人は操れるの?』
「試したことないし、無理だと思うけど」
『ふーん……じゃあ今度試してみなよ』
「機会があればね」
眠り続ける男性を置いて数十分歩いたが、未だに人すら見つからない。野生動物や魔獣は何体か見かけたが、どれも眠りこけている。
「何か、おかしい」
『何か、おかしい』
木霊が肩の上でカラカラと踊る、木の葉の香りが鼻に届いた。
「もしかしてこの国って呪われてるの?」
『もしかしてこの国って呪われてるの?』
同じ言葉を二回も聞かされる『黒』は面倒臭そうな顔をして木霊が話し終えるのを待った。
『島中から感じる強い魔の気配はその呪いの主かもね』
「悪魔……なの?」
『悪魔……なの?』
『さぁ? 』
木霊の繰り返しに飽きた『黒』は僕の質問にもまともに答えない。仕方ない、自力でこの国の秘密を暴くとしよう。
そう『黒』に聞かされただけだ、僕は今の今まで植物の国の存在すら知らなかった。
妖鬼の国から植物の国への船は出ていなかったが、親切な青年に船で送ってもらいどうにか入国はできた、だが人探しは困難を極める。
人探しと言っても個人ではない、この国の人ならば誰でもいい。
『はぁ……景色変わんないし、つっまんないなー』
右を見ても左を見ても、巨木ばかり。飽き性な『黒』はもううんざりだと言わんばかりに声を上げる。
「まぁまぁ、とにかく人探してよ」
人影どころか動物も見当たらない、あるのは植物だけだ。樹齢は千を優に超えるであろう大木、それには苔が生えており元の茶色は見えない。
「ねぇ、人いないの?」
『木霊なら居るみたいだよ?』
ほら、と『黒』が指差した先に居たのは半透明の小人。手のひらほどの大きさのそれはじっと僕達を見つめていた。
「木霊って何?」
『木霊って何?』
「うわっ、喋った!?」
『うわっ、喋った!?』
頭よりも大きな耳が揺れ、どこから出ているのかも分からない声が響く。いつの間にか木霊は僕の足元にも居る、肩にも居る、頭の上にも居る。
その大きな耳から遠目には兎に見えない事もなく、可愛いとは思えるが……多過ぎると鬱陶しい。
『緑の豊かな土地に住んでいて、話しかけると同じ言葉を返すんだよ。鬱陶しがる人多いんだよね。結構人懐っこくて一度話しかけると群がられるよ』
「先に言ってよ!」
『先に言ってよ!』 『先に言ってよ!』 『先に言ってよ!』
「君達に言ったんじゃない!」
『君達に言ったんじゃない!』 『君達に言ったんじゃない!』 『君達に言ったんじゃない!』
どんどんと増えてくる、その上木霊達は一人一人バラバラに僕の言葉を繰り返すのだ。木の葉が風に揺らされるようなその声は可愛らしいが鬱陶しい。
『木霊ですかー?』
『木霊ですかー?』 『木霊ですかー?』 『木霊ですかー?』
『木霊ですねー』
『木霊ですねー』 『木霊ですねー』 『木霊ですねー』
『黒』は面白がって僕に集る木霊達に話しかけているが、『黒』には一人も引っ付いていない。
「なんで『黒』の方には行かないの?」
『僕がそれを望んでないから』
「……便利でいいよね。精霊には僕の能力通じないし、僕にはどうしようもないよ」
『精霊は魔性っていうより神性だからねー、あははっ』
視界まで奪われるわけにはいかない、顔に張りついた木霊を剥ぎ取る。思ったよりも柔らかく冷たい、ベタつかないゼリーと言えば分かり易いだろうか。
夏場には重宝しそうだが、とにかく鬱陶しい。
『ん、あれ人じゃない?』
頭の上に乗った木霊達がどんどん顔の前に降りてくる、『黒』の言う人など見えやしない。
『寝てるのかな?』
木霊が足にまでまとわりついた、地面に縫い付けられたかのように足が少しも浮かない。『黒』は僕を放って行ってしまった。
『早く来なよー、この人様子おかしいよ』
「木霊剥がすの手伝ってよ!」
『木霊剥がすの手伝ってよ!』 『木霊剥がすの手伝ってよ!』 『木霊剥がすの手伝ってよ!』
木霊が一斉に喋り出す。木の葉の擦れ合うような声が体を覆う。
「あぁ! うるさい! 」
『あぁ! うるさい!』 『あぁ! うるさい!』 『あぁ! うるさい!』
『もー、手のかかる子だなぁ』
ようやく『黒』が手伝ってくれて木霊達はパラパラと地に落ちて地面に吸い込まれていった。その不思議な光景を『黒』に尋ねると、木霊はそういうものだと言われた。
木霊は木の精霊、地中には木の根がある。つまりはそういうことなのだと……いや、よく分からない。巣に帰った、なんて認識でいいのだろうか。
『これでいい? この子はどうしても離れたくないみたいだよ』
「痛い痛い痛い!」
軽く叩けばすぐに落ちるはずなのだが、一体だけ残っている。その木霊は特別往生際が悪い、僕の髪を握り締めている。
『痛い痛い痛い!』
そして僕の言葉を繰り返す。『黒』は僕の髪を掴んでぶら下がる木霊を頭の上に戻し、見つけた人のところへと案内した。
カチャ、カチャ、とメトロノームのような音がする。
木霊が僕の頭の上で踊っているのだ。まぁ一人くらいは構わないか、機嫌は良さそうだし好かれているのなら悪い気はしない。
『この人だよ、なんか変だろ?』
「ん……? すいませーん、あのー」
微かな重みが頭の上から消え、代わりに肩の上に乗った。僕の腕を滑り台のようにして滑り降り、木霊が手の甲の上で揺れる。
『寝てるみたいだろ? 全然起きないんだよ。ちょっとおかしいよね?』
「こんな森の中で寝るかなぁ」
『呼吸脈拍共に異常無し、魔の気配も今のところ感じないよ。この島全体ならそりゃあもう強力なのが居るみたいだけど』
眠ったままの中年男性、肩を揺さぶっても耳元で声を上げても呼吸すら乱れない。僕としては男の頭に生えた虫の触角のような何かが気になるのだが、『黒』の会話を優先した。きっと飾りか何かだ、そう自分に言い聞かせる。
「そうなの? 会いたくないね」
男に興味を示した木霊、眺めたそうにしていたので手の甲を男の顔の前に寄せる。『黒』とこの島の強い魔の気配について話しながら、木霊が飽きるのを待った。
「君は何か分かる?」
『君は何か分かる?』
手の甲の上で楽しげに揺れる木霊に話しかけるも、返ってくるのは同じ言葉。
「どうして寝てるのかな、この島には何がいるのかな」
『どうして寝てるのかな、この島には何がいるのかな』
独り言で考えをまとめるのならいいのかもしれないが、今はとにかく意見が欲しい。暫定約立たずの木霊を頭の上に戻し、とりあえず人を探すことにした。
眠ったままの人はとりあえず放置。
いや、ほら。怪我とか病気の兆候もないし、野生動物も居ないみたいだから、ね。
誰も居ないこの森に一人置いていくというのには罪悪感を覚える。『黒』は全く気にしていないようだが、僕は気になる。かといって運ぶ訳にもいかない、人里も見つからず大柄な男を背負って一日中歩き回るような真似は避けたいし、おそらく出来ない。
『村みたいなものが見つかればいいんだけど、木霊と話せないの?』
「僕は無理だよ」
『魔物操るほど魔力の扱い上手いくせに』
「木霊は精霊で魔物じゃない、だから無理。君もさっき言ってたろ」
『魔力ないからなぁ……ん? 君さ、魔力持ってる人は操れるの?』
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