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第九章 妖鬼の国にて奉公を

惜しむべきは命に非ず

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御簾の向こうに御前は居た。影から見るにいつも通りの崩れた座り方だ。

『どういうつもり?』

その御簾の前で『黒』は不機嫌を隠そうともしない。

『生きて帰ってくるとはの、酒は飲ませたか?』

『馬鹿みたいにぐびぐび飲んでたよ。で?  どういうつもりなのかって聞いてんだけど。随分と危険な真似をさせてくれたよねぇ』

僕は相変わらず『黒』に抱かれたままだ、下ろせと言う気力も暴れる気力もない。
通称お姫様抱っこ。恥ずかしいが、まぁ悪い気はしない。大切にされているように錯覚するから。

『この国を以前支配していた邪神が倒れ、倒した者もどこかへ消えた。邪神を切った刀……天羽々斬は盗み出したが、私に扱えそうもない。妖魔を統べ、人間をも統べ、この国を私のものとする、それが私の望み。その為には邪魔な鬼が二体もいる、それを片付けさせた迄よ』

痛む頭にも御前様の言葉はするりと入り込む。冷たい彼女の声は酔いを覚ましてくれるようだ。

『あの大酒飲みは簡単に落とせたようじゃな。鬼は騙されやすいからの。あの嫌味ったらしい女も腕を落とせば大人しくなったし……ふふ』

くすくすと御簾の向こうから楽しげな笑い声、企みをする意地の悪い笑いだ。

『騙しは十八番ってわけ?  流石は妖狐。人を巻き込まないでよね』

『私は非力なのじゃ、許せ』

『僕達は今日限りで仕事を辞めさせてもらうよ、退職金もらえる?』

『そうくると思うたわ。金はやらん、出ていくならさっさと出ていけ』

『あ、そ、冷たいね』

ぼんやりとした視界に『黒』の嘲るような笑みが映る。『黒』は僕を横抱きにしたまま、荷物も抱えて屋敷を出た。
適当な宿を取り今夜はそこで眠る、僕は布団に転がされた途端に眠ってしまった。


朝、いや昼か。
窓辺に小鳥が止まって可愛い歌を歌っている。
二日酔いのせいで胡乱だった世界が晴れていく。

『おっはよー、朝食兼昼食でもどう?』

「……食べたい、けど吐きそう」

まだ吐き気は収まらない、口を押さえながらそう答えた。

『上向いておけば出てこないよ、きても戻る』

「……喉詰まって死なない?  それ」

『寝てもないのにそうなったら……情けない死に方だね、葬式では笑ってあげるよ』

無責任な発言に怒りを通り越して呆れてしまう、いや諦めたと言った方が正しいか、『黒』はこういう奴なのだから。

『それよりも、見てよこれ。屋敷からの退職金代わり!』

細長い何かを見せる、僕が困惑していると『黒』は巻かれていた布を外し、僕の目の前に置いた。
刀だ。僕の腕よりも長い。『黒』は得意げに微笑んだまま刀を抜いた。
古びた鞘から現れたのは美しい鋼だ、まるで水に濡れたような輝きを放っている。

『どうせなら例の天羽々斬でも貰えれば良かったんだけどさ。アレはちょっと扱い難しいみたいだし、代わりに隣の蔵にあった刀を貰ってきたんだよ』

貰ってきた?  盗ってきたの間違いだろう。
そう言いかけた口を閉じ、吐き気に耐えた。

『小烏って刀らしいよ、なんか可愛い名前だろ?  僕にぴったり』

陽の光を反射していた刀は再び古びた鞘に納められた。刀の名に窓辺の小鳥を見る、『黒』にぴったりかどうかは置いておいて、本当に持っていく気なのだろうか。

『これなら僕も戦えると思うんだよね、いつもいつも逃げられるとは限らないだろ?』

「『黒』が……戦うのって、僕のため……?」

そうでないと分かっていつつも聞いてしまった。
何かと戦うのは僕を守るためなのだと言って欲しかった。
裏切られると知っていても期待してしまうのだ。
守られる価値もないくせに、誰かに守られたがっている。

『まぁそうだね、前も言ったけど僕は他のモノに干渉する力が極端に弱いからさ。こーいう武器は必須なんだよ』

「……え?」

今、なんて言った。

『力は人間以下だってこと、そりゃ翼や角出してやれば人間は超えるけどね?  人間に化けたままでも力出せないと意味無いからね』

「違う、その前」

『いつも逃げられるとは限らない?』

「違う!  僕のためかって聞いたあと!」

二回も言ってしまった、だがもう後戻りは出来ない。『黒』は確かに肯定していた。

「……僕のために、戦ってくれるの?  僕を守ってくれるの?」

『そりゃそうだよ、君は人間なんだからさ。しっかり守らないとすぐ死んじゃうからね』

違う、そうじゃない。
僕が欲しいのはその理由じゃない。僕が生きていなくてはならない理由が聞きたいんだ。

「なんで死んじゃったらダメなの?」

『何?  死にたいの?』

「違うよ!  違う……はずだ、アルにもう一度会うまでは死にたくない。『黒』は僕が死んだら困るんだよね?  そうじゃないと守ったりしないよね?」

このまま、このまま一言だけで肯定してくれればいい。愛しているなんて言わなくてもいい、抱き締めてくれなくてもいいから。僕が死んでしまったら悲しいとだけ言って欲しい。

『困るか困らないかで言ったら困らないけど、乗りかかった船って感じかな』

「僕が死んでも……『黒』は何とも思わないの?」

『思わないね、あーあ、くらいは言うかな?  言ったろ。百年も生きない人間に思い入れなんて無いんだよ』

「……そう、ごめんね。変なこと聞いて」

『…………君が生きてても、どうせ僕は消えるしね』

こんな淡い望みも叶わない、僕にはそんなに価値がないのか?
勝手に溢れてきた涙を見られないように後ろを向く。こちらからも拒絶するようにそっぽを向いていると、『黒』は買い物をしてくると出ていってしまった。

この部屋はこんなに広かったのか?  それにとても寒い。『黒』には何も期待出来ないのに、どうして居ないと寂しいのだろう。
独りに耐えきれず『黒』を追う……追おうとした。
勢いよく開いた扉の向こうに立っていたのはもちろん『黒』ではない。

『なんや久しぶりに会うたみたいやねぇ』

「ぇ、あ……鬼?  どうして。あの酒、毒だって……」

真っ赤な口紅の塗られた大きな口が耳まで裂けるように笑う。この鬼もあの酒を飲んでいたはずだ、なら何故ここに居る、立っている。

『酒呑様ほどは飲んでへんし、そもそも殺すような毒でもあれへん。せやかて妖気はごっそり持っていかれた、これで玉藻に挑むわけにもいけへん。そんなら憎い人間まず喰って、力養うて玉藻に復讐しよ言うてな』

「憎い?  僕が?」

『当たり前やろ?  毒盛られたんや、あんたの姉さんとこには酒呑様が行っとるわ。やっぱり女の方がええ言わはってな、ほんま好みの激しいお方やわぁ』

姉と言っているのは『黒』の事か、見た目の特徴から姉弟と判断されたのだろう。

「僕は知らなかったんです!  毒だなんて、ただ酒を届けろって言われただけで!」

『そんなん知らんわ、右腕落とされてからろくに喰えずでなぁ。腹減って腹減って仕方ないんや』

大きく開かれた口には鋭い牙が見えた、僕は咄嗟に『黒』の置いていった刀を掴み、抜いた。
振るうことなど出来ないくせに、持ち上げるので精一杯のくせに。
脅しにもならない構えで必死に鬼を睨みつけた。
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