魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

文字の大きさ
上 下
84 / 909
第八章 堕した明星

月色の独占欲

しおりを挟む
三体の魔獣が丘に降り立った時よりも前、とある天使は書物の国を訪れていた。いや、天使というのは正しくないかもしれない。
真っ黒い髪を揺らし、同じ色の瞳を前髪の隙間から覗かせる。黒い服に黒い靴、それに引き立てられる真っ白い肌。
その姿は人の庇護欲と加虐性を掻き立てる。この者を飼い殺すことが出来るのならばどんな対価も払うだろう。

『大図書の隣の邸宅……見つけた』

だがこの国の人々は皆、本に視線を落としている。
この者を見る者はいない。

『屋敷の主人は留守だね。今のうち今のうち……』

ぶつぶつと確認するようにその儚い声を発したところで、この国の人は反応しない。
『黒』はとある悪魔の家の庭に忍び込み、とある物を探していた。

「石像……いや、違う」

天使の石像だ。精巧な作りのそれは見るものを魅了する。

「やっと見つけたよ、カマエル」

実はそれは石像ではない、屋敷の主人に石に変えられた天使だ。『黒』はその術を解く為にこの国へ来たのだ。
石に変えられた天使は神への反逆者を裁く者にして、十万以上の天使の指揮官。起こして堕天使について説明すれば十万以上の兵が動かせる。
『黒』はそれを狙っていた。自分の体内に潜んだものの悪戯の尻拭いは自分がしなければならない、けれど『黒』に戦闘能力は皆無だ。だから『黒』は戦力を集める。

『……誰もいない、帰ってこない』

用心深く辺りを警戒し、そっと像に触れた。この術を解く為には天使の力を使わなければならない。
解除の為の反対術をかけている最中は自分は無防備だ、もし屋敷の主人が帰ってくれば自分も石に変えられてしまうだろう。
そう考えて『黒』はいつもとは全く違って警戒しているのだ。いつもならば自らの能力であらゆるモノからの干渉を切ることが出来るが、今からはそうはいかない。
『黒』は周囲に誰もいないことを確認してから反対術をかけ始めた。
だがそれは失敗だった、もう少し大胆になるべきだった。反対術がもう少しで終わるというその時に邪魔が入ったのだ。

天から落ちてきた首枷、しかも天使の力を封じ込める術式の彫られた物。確実に『黒』を捕らえる為だけに作られた月永石の首枷だった。
『黒』は全身の力が抜け、石像の前に倒れ込む。

『見つけた、ようやく捕まえたよ』

『……オファニエル!』

『ああ、そうだよ、オファニエルだ』

同じく月永石で作られた封印術式の彫られた手枷と足枷を指でくるくると回し、月のような美しさの天使は微笑んだ。

『な、に……してる』

『分かってるよ、君がやろうとしている事は理解している。私が引き継ぐよ、カマエルの呪いはすぐに解くから。ルシフェルが出てきてしまったんだろう?  君をずっと見ていたから知っているよ』

手枷をはめて、優しく『黒』の頬を撫でる。

『……ごめんね、私が君に出来る事はない。すぐに君の心を殺してしまうだろう。だからずっと衝動を抑えていたんだ、だけどもうやめだ。決めたんだ、自分に正直になるって、我慢しないって。君がどれだけ私を嫌っていても、どれだけ不幸になろうとも、君が傍に居るだけで私は幸せになれる』

足枷をはめて、そっと『黒』を抱き締めた。

『ああ、動けない君はとても美しいよ。私を力なく睨むその目が愛おしい。微かにしか紡ぐことの出来ない言の葉で、私を罵倒しておくれ。君の心を私への憎悪で埋めておくれ、私の事だけを考えて……ね、ずっと、永遠に』

『ふっ……ざ、ける、な』

『……もう二度と逃がさないよ、たぁちゃん』

五つの枷につながれた鎖を握り、オファニエルは右腕で『黒』を抱きかかえる。左手は石像に触れ、一言だけ反対術を唱えた。
途切れた術は完成し石像は天使へと戻る。カマエルは不思議そうに辺りを見回し、目の前に微笑むオファニエルと抱かれた『黒』を見つけた。

『オファニエル……か?  その娘は?』

『私の愛し子だよ、すぐに天界に帰って檻に入れないとね』

『そ、そうか、私はここで何を?』

『さぁ?  何か呪いにでもかかってたみたいだけど。それよりもルシフェルの封印が解けたみたいだから早く行った方がいいよ』

『な、何!?  それを早く言わんか!  月が出たら貴様もすぐに来いよ!』

『はいはい、ばいばーい、頑張ってねカマエル』

雑な見送りを終えて、オファニエルは『黒』の髪を撫でる。そしてその変化に気がついた。
『黒』は烏の濡れ羽色の美しい髪をしていたはずだ、それなのに腕の中にいるのは何だ。
色が抜け落ちたように透けた髪、『黒』以上に青白い肌。そして額には短い角が髪をかき分けて生えてた。

『だ、誰だ!』

見覚えのない女に焦り、オファニエルは腕を緩めた。その隙を逃さず女はオファニエルの腕に噛みつき、その尖った歯で肉を喰いちぎった。

『まさか、姿を変えたのか?  君なのか!?』

『何言ってんのか分かんないけど、『黒』にはあんたから逃げろって言われたのよね』

『ど、どういう意味だ』

『そんなの、あんたは知らなくてもいいわ』

体勢を崩したオファニエルの首に飛びつき、噛みちぎる。半分程の太さになってしまった首を押さえ、オファニエルは鎖を引く。
倒れ込む『白』に向かって剣を抜いた。

『少しだけ眠っていてもらうよ!』

オファニエルの右腕はもう再生している、首もすぐに治るだろう。
枷のせいで上手く立ち上がれない『白』はただオファニエルを睨みつける。振り下ろされる剣は『白』の喉元を正確に捉えていた。だが、その剣は腕ごと切り飛ばされた。

『女の子いじめちゃダメだよ、天使さん。いや君も女の子寄りなのかな?  剥けばわかるかなぁ』

腕を即座に再生させ、オファニエルは飛ばされた剣を拾い上げる。腕を飛ばしたスーツ姿の女は『白』を立ち上がらせ、怪我の有無を確認する。

『……石像なくなっちゃったみたいだし、新しく作ろうかな?』

『カマエルの事か?  貴様がやったのか!』

『名前は覚えてないけどさ、そっちが悪いんだよ?  確か』

『黙れ悪魔め!  この月光の使者オファニエルが滅してくれる!』

『熱くなっちゃって……嫌いじゃないよ、僕も自己紹介しておこうかな?』

悪魔の言葉を待たずオファニエルは剣を振るう。
悪魔は嫌味な笑いを浮かべたままその剣を躱し、オファニエルを蹴り倒す。

『七十二柱が一柱、マルコシアス。これでも元天使でね、君達との戦い方はバッチリだよ』

七色の炎が美しい庭の一角を石の彫刻へと変えていく。

『こんな昼間から月の天使が地上に降りちゃダメだよ?  満月狙わないとさぁ!』

天使を踏みつけ、嘲笑う悪魔。

『アガリアレプト!  暴け!』

足下のオファニエルを石像へと変える為に、もう一人の悪魔を呼ぶ。狙いを察したのかオファニエルはマルコシアスの足下から消えた。

『呼びましたかマルコシアス、何か用ですか』

『いや、逃げられちゃった。まぁいいよ、その娘の枷解いてあげて』

不思議そうな顔をしつつ、アガリアレプトは明るい紫色のメガネを押し上げて枷を観察する。
その指先が触れた瞬間、枷は開き『白』は自由になった。

『君、隣の国の娘?  早く帰った方がいいよ。魔物のよしみで報酬は安くしとくから』

マルコシアスは『白』の腕に口付け、擦り傷から血を舐めとる。にぃと笑って『白』を庭から追い出すと、アガリアレプトに問いかける。

『天使の力を封じる枷か、いいもの手に入れ……あれ?  どこやったの?』

『外すと同時に消えてしまいました』

アガリアレプトは訳が分からないままに答えを返し、図書館へと戻る。
面白そうな物が手に入らなかったマルコシアスは不貞腐れて石と化した木を蹴り崩した。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

巻き込まれ体質の俺は魔王の娘の世話係になりました

亜瑠真白
恋愛
工藤日生は巻き込まれ体質だ。そのため高校入学初日の今日も、薄暗い空き教室でパンツ一丁の見知らぬ男に腕を掴まれている。日生は男に「自分の制服を剥ぎ取った女をここに連れ戻す」よう頼まれた。日生が言われた女の子を見つけて声をかけると、その子は「魔界第二十四代王、ルゼリフ・ドリースの一人娘、ラフェだ!」と名乗った。重度の中二病かとも思ったが、どうやら本当らしい。 魔界から家出してきた魔王の娘と、魔界に帰らせたい日生の攻防が始まる。 完結まで書き終わっているので、毎日12時と19時に公開していきます(6万字程度)

処理中です...