魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第七章 牢獄の国に封じられし明星

深淵に落ちる

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繰り返されるノックに「はい」と取り繕いもしない媚もしない可愛げのない返事をした。
ノブが下がり、扉が僅かに開く。

『ヘル、調子はどうだ?  傷は?』

入ってきたのはアルだった、ベッドの縁に顎を乗せて心配そうに僕を見上げる。

「大丈夫、なんともないよ」

『倒れる前に何か言っていたが……本当に大丈夫か?』

「平気だってば、心配性だね」

銀色の毛を撫でながら黒い翼に目をやった。溶けた跡などなく、変わらない美しさがそこにはあった。

『ヘル……私の名は?』

「何言ってるの、アルだろ?  アルギュロス、僕の……僕だけの優しくて美しい狼だよ」

『……大丈夫、か』

アルはしばらく訝しげな顔をしていたが、ベッドに前足を乗せて僕の膝に頭を置いた。安心しきって耳を垂れ、瞳を閉じて甘えたような声をあげる。

「ねぇ、アル。僕を独りにしないでね、ずっと一緒に居てね。僕を庇って死んじゃうようなこと、絶対にしないでね」

『ああ、分かっている。独りにはしない、私はいつまでも貴方の傍に。貴方を置いて死ぬような真似はしない』

「うん……約束、だからね」

『ああ、約束だ』

する、とアルの尾に手を這わせる。醜い刻印を指でなぞり、笑みを零した。
絶対に反故にされる事ない約束、その証拠。醜く彫られた僕の名前が僕に安心を与えてくれる。
撫でられて眠くなったのか、アルは静かになって僕に体を擦り寄せる。
僕ももう一度寝ようかと目を閉じたその瞬間、ノックもなく扉が開き、大剣を背負った少女が部屋に入ってくる。

「よっ、元気そうだな」

「セレナ?  ノックくらいしなよ」

「あぁもう細けぇなぁ。それより、起きたら大臣のとこ行けってさ、アタシらはもう貰ってきたぜ」

「何を?」

セレナは懐から筒状に巻かれた羊皮紙を取り出す。
丸められたそれを広げて僕に見せた。

「ジャーン!  感謝状だ!  これ持っときゃ今後の仕事楽になるぜ?  あと、他にも色々話したいから来て欲しいってよ」

「分かった」

「ああ、そうそう。その後で隣の部屋に来いよ。神父も雪華も会いたがってたぜ」

「神父様無事なの?」

「傷口凍らせてたみたいでな、出血は少なかったんだとよ。手当がめちゃくちゃ難しかったらしいけどな」

「そっか……良かった」

嬉しい知らせに胸を撫で下ろす。僕を守ってくれた優しい大人は無事だった。
セレナが部屋を出た後、アルを揺り起こして大臣の元へ向かった。スライムと対峙したあの部屋だ。
一瞬赤く染まる視界……嫌な幻覚を振り払うために頭を振る。

「おお、来てくれたか」

大臣は人の良さそうな笑みを浮かべ、感謝の言葉を述べる。どこかむず痒いそれが終わると、感謝状を渡された。
そしてスライムが倒れたことで散り散りになったオーク達の討伐を依頼された。報酬はかなり弾むと言うので、二つ返事で了承した。

アルはそんな僕と大臣の会話の間、ずっと玉座を睨みつけていた。そして、話の途切れを狙って声をあげる。

『大臣、玉座の下には何が?』

「し、下?  下には何も無いと思うのじゃが」

アルは僕の制止を無視し、玉座を調べる。魔獣に慣れていない……いや、少し前まで苦しめられていたせいか、大臣はアルに怯えていた。
アルは玉座を頭で押しのけると、その下に深い穴を見つけた。底が見えない不気味な穴だ。

「こんな物……いつの間に!」

『強い魔力を感じるな、何か居るぞ』

「ま、魔物か!?  なんとかしてくれ!  金なら出すから!」

縄梯子がかけられている事から誰かが出入りしていたと分かる。スライムが作ったのだろうか、縄梯子はボロボロで今にもちぎれそうだ。
アルは何も言わずにその穴に飛び込み、僕は反射的にアルを追って飛び込んだ。上から大臣の叫び声が聞こえて、飛んだことを後悔する。

落下。
内臓がひっくり返るような浮遊感と強い風を感じる。目が開けられず、必死に手を伸ばす。
柔らかい毛を指に感じて安堵し、翼を掴んで引き寄せる。
ようやくアルの体に辿り着き、腹に手を回した。

『もうすぐ終着だ、しっかり掴まれ』

そんな声が聞こえて、黒蛇が僕の体に巻きつく。アルは翼を広げて落下速度を落とし、そっと降り立った。
怯えながら目を開くと、巨大な機械が目に飛び込んできた。

「何、これ」

大きな音を立て、蛍光グリーンの光を放つそれは酷く不気味だ。魔法の国で生まれ育った僕は機械に慣れていない、それもこんな大きなものなんて、怖くて仕方ない。

『魔力変換装置だな、地脈から魔力を吸い上げでもしていたのかもな』

「地脈から……?  それでどうなるの?」

『ただの仮説だが、ただのスライムがあれだけの魔力を持つ事などまず有り得ない。地脈から吸い上げでもしているのなら納得だろう。魔力を吸われれば土地は痩せ細り、植物が枯れ水には毒が混じる』

「大変、だね?」

『理解しているのか?  しかし、地脈から吸っていれば地上はもっと酷い有様になるはずだが……ふむ』

アルは僕を小馬鹿にしたように鼻で笑うと、目線を外して巨大な機械を探る。機械はまだまだ下に続いており、螺旋階段がその機械に蛇のように巻きついていた。
僕達は不気味な雰囲気に気圧されて黙ったまま下に向かい、そこで機械のコントロールパネルを見つけた。

見たことのない記号に数字、妙な画面はパーセント表示で何かを示していた。アルはそれを眺め、ぶつぶつ何かを呟いていた。床に落ちていた紙の束をめくり、パネルと照らし合わせていく。
何も理解出来ていない僕はその行動を黙って眺めていた。

『ふむ、これか。ヘル、そこの赤いボタンを押せ』

「え、いいの?  爆発とかしないよね」

『機械を怖がりすぎだ、ただの電源ボタンだから大丈夫だ』

魔法の国には一切の機械が無かった、このように巨大な機械など見るのは初めてで、怖くて仕方ない。アルの言った通りに赤いボタンに手を添え、アルを見る。
早くしろとでも言いたげな目で見られ、僕は深呼吸をしてからボタンを沈めた。

無機質な機械音が轟き、蛍光グリーンの光が弱まっていく。順々にパネルの光も消えていき、巨大な機械は完全に停止した。
機械音も消え、安蛍光灯のブゥンという音だけが部屋に残る。

『……何か、強い力を感じるな』

「え?  でももう止めたよ?」

『残っていた魔力が逆流した訳でも無さそうだ、やはり何かが居る。更に下だな、地脈から吸い上げているという仮説は間違いらしい。魔物でも封印しているのかもな』

アルは床を探り、隠し階段を見つけた。光のないその正方形の穴は酷く暗く、入るのは躊躇われる。
アルは階段を見つめて固まった僕の横をすり抜け、穴の中へ。
躊躇している間にもアルとの距離は離れる。僕は意を決して階段に足を伸ばした。
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