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第六章 砂漠の国の地下遺跡

最も優れた地上の生き物

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クリューソスは僕を観察し、匂いを嗅ぎ、ため息をついた。そして僕の前に足を揃えて座り、恭しくお辞儀をする。

『下等生物、名は?』

頭を下げたところで尊大な態度は変わらない。

「ヘルシャフト、ですけど」

『その弓はどこで手に入れた?』

「人に……貰った?  物、です」

この弓を手に入れた経緯は今思い出しても訳が分からない。先程言っていた神具とはこの弓の事なのだろうか。

『真価は発揮しているのか?  しているのならあの獣も楽に大人しくさせられるんだがな』

「真価……って?」

『その無知では発揮していないな?  この弓は『アルテミスの弓』だ、射ったモノを即死させる。神々が或る国の下等生物に授けたとされるモノ、通称十二神具……何故知らずに持っている』

そんな質問には答える事も出来ず、僕はただ弓を見つめた。真価だとか、神具だとか、分からない事だらけだ。
クリューソスが再び深いため息をつき、何かを言いかけた時だ。遺跡が在った筈の穴から砂が吹き出す。その砂埃の向こうに巨大な影……河馬、いや、象のようなナニカが居る。

「おい!  何だよあのでけぇの!」

『地上で最も優れた生物、ベヒモスだ。対が倒れたせいか知らんが随分とご機嫌斜めだな』

『クリューソス、貴様は何故アレの存在を知っている。これから何をする気だ』

『知り合いの天使に頼まれたんだよ、ベヒモスが起きたら倒して欲しいとな。アイツも相棒が石にされたとか馬鹿な事を言って、どうせ仕事をサボりたいだけだ』

段々と声が小さくなり、聞こえない程の声で愚痴を言い始めた。そして大きく翼を広げると、光り輝く魔法陣のようなモノが現れる。
クリューソスの咆哮と共に翼が輝き、そこから無数の光の槍が撃ち出される。だが、ベヒモスに効いた様子はない。

「接近戦はやめといたほーがいいな、アタシはおっさん守ってるぜ」

「わ、私は遠距離でも戦えますよ!」

「さっきのが効かなかったんだから氷なんか効かねぇだろ」

「アル、どうするの?  近づかない方が良いみたいだけど」

『知った事か……と言いたい所だがあの巨体は牙や爪が通るとも思えんのでな。今回は私も防御に回らせてもらおう』

「…………頑張れよ、トラ!」

雄叫びをあげ、ベヒモスは僕達めがけて突進する。
クリューソスは遺跡脱出時と同じ光の球を作り出し、猛スピードで高度をあげた。
アルの支えを借り、僕はなんとか矢を放つ。だがベヒモスの皮膚には髪の毛程の傷もつかない。

『あの馬鹿天使め……無茶を言いよって』

『クリューソス!  策は無いのか!  貴様らしくもない』

『黙れ雌犬!  俺はあれ程とは聞いていなかった!  獅子を鎮めるよりも容易いと聞いたんだ!』

言い争う獣達を尻目に僕は再び矢を番えた。眉間を狙い、放つ。
反応はない。矢が通らないのはあの毛皮のせいか?  それなら──

「……セネカさん、考えがあります」

きゅう?  と頭の上から可愛らしい声が聞こえる、コウモリは翼を僕の頬に添えてしがみついていた。

「ねぇ、アル。ちょっといいかな」

コウモリを頭に乗せたまま、そっとアルに作戦を伝えた。僕に思いつくのはこの程度の事だ。
危険で、それでいて可能性の低い仮定と穴だらけの作戦。でも僕達にはそれしかない。
誰の攻撃も通じないのだから。

『ダメだ!  危険過ぎる』

『いやそれしかない。小童、やれ』

『ダメだと言っているだろう!  ヘルにそんな危険な真似はさせん、あの獣が暴れたところで何だと言うんだ?  貴様が勝手に約束しただけだろう!』

『姦しく騒ぎ立てるな!  あの獣はそのうちに街まで進むぞ!』

ベヒモスは僕達の入った光の球を眺めている。何の感情も読み取れないその目は酷く冷たい。
ベヒモスの目はこちらに向いているが、体は街の方へ向いている。いつ僕達に興味を失くして街へ進むかは分からないが、その時は確実にやってくるだろう、それだけは分かる。

『だったらなんだ!  貴様は人間嫌いでは無かったのか!』

『あの街が破壊されると友人から仕事を引き受けた俺が叱責されるんだよ!  俺は下等生物なぞどうでもいい、お前こそいつもの人間贔屓はどうした!』

『私が贔屓するのはヘルだけだ、他の何がどれだけ死のうとどうでもいい!』

『一人の安全の為に数百を見捨てるか、相変わらず感情的で非論理的なものの考え方だな』

唸り声をあげて睨み合う、まさに一触即発……いつどちらが飛びかかってもおかしくない。だが、二人のそれは今の僕にとっては好機であった。

「セネカさん、今のうちに行ってください」

コウモリはその黒い翼を大きく広げ、細長い矢印型の尻尾を僕の体に巻きつける。クリューソスにもアルにも見つからないように、息を潜めて光の球を抜け出す。

「すいません、危ない役させちゃいますね」

獣の近くの岩山に着地すると、コウモリは人の形に変わる。今度は僕と同い年くらいの少女の姿だ。

『大丈夫、今なら何でも出来る気がするし。それよりもヘルシャフト君だよ、君は人間なんだからあんまり無理しちゃダメだよ』

ふわり、と飛び立つ。セネカに気がついたベヒモスは脇目も振らず岩山に突進する。
が、それは簡単に止められた。

『一応聞くね、ベヒモス』

その隙を逃さず僕は銀の矢を放つ。矢は獣の右目に命中し、獣は痛みに悶える。
思った通りだ、分厚い毛皮のない部分……粘膜が剥き出しになっている部分を狙えばいい。だが弓で届く範囲ならベヒモスは数秒で僕にたどり着くだろう、そこでセネカにベヒモスを止めていてもらうことにしたのだ。
囮役、盾役、聞こえのいい言葉に頼るのはよそう。

光の球の中でアルが何かを叫んでいるが、クリューソスに止められてこちらには来ない。どうかそのままアルを止めておいて、僕はそう願って再び矢を番えた。

『君を食べてもいいかな?』

ベヒモスの目に刺さった銀の矢が光へと溶ける。吹き出した血は霧となり、セネカへ集まる。もう一矢も左目に命中、矢が消え、血をセネカが吸い取る。

「セネカさん!  そのままお願いします!」

いくら完璧な生物といえど生物である以上、出血による死は絶対に回避出来ない。人には天使や悪魔は殺せないが、魔獣は殺せる。
それは生きた肉体を持っているからだ。血が流れているからだ。

ベヒモスはただ頭を振り、目の前にいるはずの敵を狙う。真っ暗な世界の中であとどれだけ耐えられるだろうか。
目からの出血が止まる。目を潰して与えられる損傷はこのあたりで限界か。
再び矢を放つが、硬い毛皮は矢を弾いてしまう。ダメだ、目のように柔らかい所を狙わなければ。

「セネカさん!  口を開けさせてください!」

『無茶言うなぁ……やってみるけどさ』

セネカは獣の頭の下へ滑り込み、顎に軽く触れる。ベヒモスは顎の下に居る何者かを喰らおうと大口を開けて地面に牙を突き立てる。

「ダメです!  もっと上を向かないと!」

『上って言っても、鼻とかに触ると突進するし……どうしようかな』

砂を喰らう獣の鼻先に飛んでいるセネカは、こちらを振り向いて困ったような顔をする。何かを言っているのかもしれないが、顔すらも曖昧になるこの距離では分からない。
その時に僕は見た。獣の鼻がピクピクと動き、何かを捉えたのを。
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