魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

文字の大きさ
上 下
62 / 909
第六章 砂漠の国の地下遺跡

吸血による悦び

しおりを挟む
生命の存在を許さない美しい氷の中に閉じ込められた、無限の時に清められた白い骨。残酷で不気味なそれは、どこか幻想的な美しさを秘めている。

『全く、何故私がこんな真似を……』

アルが愚痴を漏らしながら氷塊の上を飛ぶ。氷塊の上に僅かに空いた隙間を一人ずつアルに運んでもらおう、という事になったのだ。

「ありがとよ、アル」

「ありがとうございます、アルさん」

二人の少女に礼を言われ、アルはふいとそっぽを向く。大剣を背負い直し、セレナは先頭を行く。
アルはその後に続き、次に雪華がヴィッセンの手を引いた。僕が最後尾だ、次へと進む為に狭い道に足を踏み入れた。
一歩、また一歩と足を動かす。それに合わせて体も揺れる、頭の上ともなればその揺れは中々のものだろう。
そのせいなのか、道の途中でコウモリが頭から転げ落ちた。

「わ、っと、セネカさん?  ちゃんとしがみついててくださいよ」

きゅぅ……と、コウモリは力ない鳴き声を返す。

「セネカさん?  眠いんですか?」

翼にも足にも力は入っていない、そんな状態で頭や肩に乗せる訳にもいかず、仕方なくコウモリを抱いて歩く事にした。

次に現れた広場には、場違いにも豪華な椅子が中央に置かれていた。先程の広場と同じようにひとりでに灯った蝋燭にはもう誰も驚かない。
だが、椅子に座っていたモノにはヴィッセンが悲鳴をあげた。
鰐の頭をした獅子──いや、下半身は河馬のような、奇妙な魔獣が鎮座している。

「おい、何だよありゃ。合成魔獣か?」

『いいや、彼女は幻獣だ。アメミットという名のな』

「彼女ぉ?  あのナリで雌かよ。見た目じゃ分かんねぇもんだな。ま、アルは態度からして雄だよな」

『貴様…………自分を客観視したらどうだ』

アメミット、そう呼ばれた幻獣は瞬きもせずにじっとこちらを見つめている。

「襲ってこないみたいだけど?」

『彼女は罪人を貪る、だが私達は裁判を受けてはいないのでな。たとえ彼女が許さない罪を私達が犯していたとしても、彼女はまだ何もしないさ』

「まだ、ね。じゃあ、隣歩いても大丈夫か?」

『切りかからないのならな』

背の大剣の位置を直し、セレナは戦いの意思はないことを幻獣に示す。そのままゆっくりと幻獣の横を通り、向かいの壁に手をついた。
セレナはこちらを振り返り、僕らを招く。アルは幻獣を全く気にせずに進み、雪華はヴィッセンの手を引いて早足で通り抜けた。
幻獣は瞬き一つせず僕を見つめている。

『ヘル、大丈夫だ。おいで』

アルの言葉に引っ張られるように足が動く。幻獣の息がかかる程に近づく、生暖かい空気に恐怖を煽られながら、そっと横を通り過ぎる……つもりだった。
幻獣が椅子を降りた。

『ヘル、早くおいで。彼女は判決を受けた罪人しか喰らわない。貴方が襲われる事は無い、怯える必要は無い』

アルの言葉とは反対に、幻獣は僕に突進した。壁に叩きつけられ、肺の空気が追い出されて頭がくらくらした。

『ヘル!?  アメミット、貴様何を!』

アルの絶叫が響いた。幻獣は僕を一瞥したが、興味など初めからないと後ろを向く。
アルは幻獣に飛びかかることなく僕に擦り寄った。

『ヘル、ヘル、平気か?  大丈夫か?』

「へ、平気だよ、多分」

心配そうに僕の顔を舐める。少女達も僕に駆け寄り、手を差し出した。

「アル、どうなってんだよ。襲わねぇって言ってただろ」

『アメミット……?  おい、こちらを向け』

幻獣はアルの言葉を無視し、歩き出す。その大きな体躯を揺らし、向かう先はコウモリだ。
僕が壁に叩きつけられた衝撃で飛んでいったのだ。

『チッ、そういう事か!』

「どういう事だよ!  アタシらにはさっぱり分かんねぇぜ、ちゃんと説明しろ!」

『セネカ!  起きろ、貴様は悪魔だ!  彼女にとって悪魔は等しく罪深きモノ、無差別に攻撃されるぞ!』

幻獣はコウモリに噛みつき、また壁に叩きつける。壁に叩きつけられたコウモリは微かに輝き、青年の姿へと変わる。

「人になった!?  つーか悪魔だったのかよ!」

セレナは大剣を構え、もう一人の雪華はロザリオを握りしめる。僕も弓に手を伸ばしたが、アルに遮られる。

『やめろ!  アメミットは今セネカだけを狙っている。こちらには何の興味もない、わざわざ気を引くな』

「はぁ!?  見捨てんのかよ!」

『黙って見ていろ、助けなどいらん』

セネカの翼と羽は垂れ下がり、尻尾も同じように地に付いている。向かってくる幻獣をぼうっと眺め、腕に喰らいつく様をも眺めていた。

「お、おい。本当に平気なのか?」

『……様子がおかしいな。ヘル?』

「僕に聞かないでよ……セネカさん!  反撃してください!」

喰いちぎられた腕は即座に霧と化し、セネカの腕へと戻る。

「なんだ、効いてねぇのかよ」

『再生しただけだ、消耗はしている』

「ならなんで反撃しねぇんだよ」

セレナの発した疑問はおそらくこの場にいる全員が抱いている。先程、頭から転げ落ちた事と何か関係があるのだろうか。
幻獣は今度はセネカの足に喰いつき、そのまま僕らの方へ投げた。

「セネカさん!  大丈夫ですか?  立てますか?」

走り寄ろうとした僕の体に黒蛇が絡みつく。アルは黙って首を振り、僕を後に庇う。
幻獣はセネカの頭を喰らわんと大口を開いた。

『お腹……空いた』

セネカが、ぽつりと呟いた。

『お腹空いた。ねぇ、喉渇いた』

幻獣の鰐の頭を掴み、顎を裂く。雪華の叫び声が聞こえて、同じように叫びかけた僕は冷静さを取り戻す。

『全部食べていいよね?』

吹き出した血は霧と化し、セネカに吸い込まれる。青い瞳の奥に飢えの赤が煌めき、小さなコウモリは捕食者へ姿を変えた。
裂けた顎をぶら下げて幻獣がセネカに突進するが、単純なそれは簡単に躱される。頭を壁に刺した幻獣はもがき、雄叫びをあげる。

布を裂くような悲鳴を上げているのは雪華だ。修道女である彼女にはこの光景は残酷で、冒涜的なものなのだろう。それとは対照的にセレナは悪魔と幻獣の戦いに歓声をあげた。

大口を開けて飛びかかる幻獣の喉に腕を突き刺し、そのまま肩まで突っ込んでいく。暴れ狂う幻獣を押さえ込み、セネカは僅かに恍惚とした笑みを浮かべた。
セネカが腕を引き抜く頃には幻獣はピクリとも動かなくなっていた。引き抜いた腕には一滴の血も付着せず、また床や壁にも血は見えない。
宣言通り''全て喰った''のだろう。

「セネカさん、大丈夫ですか?」

今度はアルも僕を止めなかった。僕の言葉に応えず、セネカは虚ろな目で呟く。

『お腹、空いた』

細い指が、そっと僕の首をなぞる。ただ撫でている訳ではない、頚動脈の位置を確かめるような手つきだ。

『……お願い』

その願いの意味が僕には理解出来た。僕と同じく意味を理解し唸り始めたアルを片手で制し、僕は頭を傾け首を差し出した。

「いいですよ、どうぞ」

一瞬の間の後、首に微かな痛みが走る。痛みは一瞬だ、次の瞬間からは全くの苦痛がない。
いや、これは寧ろ。
もっと牙を突き立てて、もっと血を飲んで。なんて思わず口から漏れそうになる。
それを押さえ込んで、代わりにと漏れた吐息は甘い。

『おい、もういいだろう。ヘルを離せ』

セネカはアルの言う通りに僕を離した、それを名残惜しく思う。少し、目眩がする。

『ヘル?  大丈夫か?』

しゃがみ込んだ僕を心配するアルが愛しい、だが微かな憎しみも感じた。
あのまま放っておいて欲しかった。
死んでしまったって良かったのに。
そんな考えが浮かぶ自分自身に吐き気を催す程の嫌悪感を抱いた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】蓬莱の鏡〜若返ったおっさんが異世界転移して狐人に救われてから色々とありまして〜

月城 亜希人
ファンタジー
二〇二一年初夏六月末早朝。 蝉の声で目覚めたカガミ・ユーゴは加齢で衰えた体の痛みに苦しみながら瞼を上げる。待っていたのは虚構のような現実。 呼吸をする度にコポコポとまるで水中にいるかのような泡が生じ、天井へと向かっていく。 泡を追って視線を上げた先には水面らしきものがあった。 ユーゴは逡巡しながらも水面に手を伸ばすのだが――。 おっさん若返り異世界ファンタジーです。

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

捨て子の僕が公爵家の跡取り⁉~喋る聖剣とモフモフに助けられて波乱の人生を生きてます~

伽羅
ファンタジー
 物心がついた頃から孤児院で育った僕は高熱を出して寝込んだ後で自分が転生者だと思い出した。そして10歳の時に孤児院で火事に遭遇する。もう駄目だ! と思った時に助けてくれたのは、不思議な聖剣だった。その聖剣が言うにはどうやら僕は公爵家の跡取りらしい。孤児院を逃げ出した僕は聖剣とモフモフに助けられながら生家を目指す。

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!

仁徳
ファンタジー
あらすじ リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。 彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。 ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。 途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。 ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。 彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。 リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。 一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。 そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。 これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

処理中です...