上 下
59 / 909
第六章 砂漠の国の地下遺跡

振るうは大剣

しおりを挟む
朝、目を覚ますと横にはアルもコウモリもいなかった。
その代わりなのか、ベッドの横に美しい女性が座っている。薄桃色の巻き毛の妙に露出の多い服装の女性だ。

『どう?  起きたらセクシーなお姉さんがいるって、嬉しい?』

「どちら様ですか」

『やだなぁ、セネカだよ』

無邪気な笑みを浮かべる女性の顔は、確かにあの青年とよく似ている。困惑しているとアルが肉を飲み込みながら僕の目の前に座った。

『力が強くなったおかげかな、ある程度見た目も変えられるようになったんだ。君はどんな見た目の女のコが好きかな?  まぁ力が強くなっても異性が苦手なのは変わらないから、特別なコトはしてあげられないけど』

『姿変われどポンコツ治らず、か』

セネカは膝を抱いて分かりやすく落ち込む。この仕草にも見覚えがある。僕は目のやり場に困りつつも朝食をとることにした。
窓から外を眺めるが、昨晩ほどの活気はない。昼間は人が全く出歩かないらしい。
刺すような日差しと暑い日中を避けて涼しい夜に店を出す、という訳だ。昼も開いている店もあるにはあるが、店員にやる気は見られない。

『ヘルシャフト君。憂い気な顔で何を見ているのかな?』

「別に憂いてないですよ……って、あの、あんまりその格好でひっつかないでくださいよ」

『なんで?』

「いや、その……胸、とか、色々」

無理矢理に視線を窓へやり、微かな敗北感を噛み締める。昨日まで男だった相手に照れるハメになるなんて。

『体を使った誘惑は淫魔の習性だな』

アルが僕の足の間から頭を覗かせる、そして呆れた目でセネカを見やった。

『まぁ、アレはただの馬鹿だが』

セネカは真っ赤にした顔を両手で隠し、いつの間にか大きなコートを着ている。

『姿を変えると同時に苦手な性別まで変えるとは器用な奴だ』

『見た目に引っ張られるんだよ……もうヘルシャフト君の顔見れない』

「もうコウモリに戻ってくださいよ。もふもふしたい」

『ヘル、ヘル、私も十分もふもふしているぞ』

「わぁ……もふもふぅ……アル最高」

『当然だ』

真ん丸なコウモリを肩に乗せて、アルを連れて一階に下りる。まばらに机の並んだ広場には誰も居ない。
窓際の席に座り、備え付けのパンフレットを眺める。適当な仕事を探さなければ、そろそろ生活に困る。

「あ、これどうかな」

『遺跡調査の護衛募集?』

「定員三名だけど、アル連れていったら絶対受かるよ。三日間でこの給料は最高だと思うんだけど」

『危険な場には行かないで欲しいのだがな』

暑さのせいかアルにあまり元気はない。
向かいの席に座って机に頭を乗せて、だらんと翼と尾を垂らしている。
溶けている、と例えるのが最適か。

「セネカさんはどう思います?」

頭の上のコウモリを机に座らせて求人広告を見せる。コウモリはきゅーと可愛らしい鳴き声をあげて僕を見上げる。

「きゅーじゃなくて何か言ってくださいよ」

きゅう?  と不思議そうに首を傾げる。

「可愛い……じゃなくて、アルを説得して欲しいんですよ。遺跡って言ってもそう危なくないだろうし、アルも着いてくるんだから安心ですよね?」

こんなパンフレットにまで広告を出す程だ、ミイラが襲ってくるだとか、古の魔獣が眠っているだなんてあるわけがない。
コウモリはアルに可愛らしい鳴き声を聞かせている。机の上を進むコウモリの歩き方には見覚えがあった。
歩き方というか跳び方だろうか?  雀のそれによく似ている。

『きゅうきゅう五月蝿い、黙れ毛玉』

羽を垂らし、分かりやすく落ち込むコウモリ。重い足取りで僕の手に擦り寄り、そっと目を閉じた。

「もしかして、その姿だと喋れないんですか?」

『大体のモノはそうだ、人と獣の両方に化けるモノは人の姿の時にしか喋らん』

「そうなんだ。でも宿で人になられるわけにはいかないし……アル通訳してよ」

『無茶を言うな』

コウモリはきゅう~、と悲しげに鳴く。その声も姿も、可愛らしいという感想しか出てこない。
指先を軽く動かして毛並みを楽しんでいると、背後から声がかけられた。

「お前、それ応募するのか?」

声をかけてきたのは大剣を背負った少女だ、急所を守る分厚い鎧に身を包んでいる。明るいオレンジの髪は後ろで一つにまとめられ、自信満々に揺れていた。

「そのつもりだけど」

「ならアタシと組まないか?  そんな魔獣連れてんだ、細っこくて弱そうに見えるけど実は……ってヤツだろ」

少女は僕のカバンを指差し、にっと笑う。

「そのハミ出てんのは弓だよな?  腕の立つ相棒、後ろから援護してくれる奴が欲しかったんだよ」

何か勘違いしているようにも思えるが、僕は気にしないよう努めた。二つ返事でその提案を引き受ける。
少女は隣の席から椅子を引っ張り、窓の向かいに腰掛けた。大剣が床を打って鈍い音を立てたが、少女は気にしていない。

「アタシはセレナーデ・シュナイデンだ、セレナでいいぜ」

「僕はヘルシャフト、ヘルでお願い」

「オッケー、ヘル。よろしく頼むぜ」

「うん、こちらこそよろしく。セレナ」

しっかりと握手を交わす。セレナの力は強く、離されたあと指がくっついてしまっていた。
セレナはアルを物珍しそうに見ている。

『なんだ小娘、ジロジロ見るな』

「うわ喋った。悪ぃな、こんな上級魔獣初めて見たからよ」

「アルはこんな態度だけど撫でられるの好きなんだよ」

「へぇー、こうか?」

『……悪くないな』

セレナに頭を撫でられ、暑さで垂れた耳を更に垂れさせる。尾がゆっくりと揺れているところを見るに、かなり機嫌は良くなっている。

「可愛げの無い喋り方すんなぁ」

『貴様に言われたくはないな、第一私に可愛げなどいらんだろう』

「その喋り方のお陰でギャップが出て可愛いけどね。擦り寄って来る時とか、眠そうにしてる時とか」

アルは僕を軽く睨みつける。
セレナはそれを見て楽しそうに笑った。

「なんつーか、息合ってんな。羨ましいぜ。えっと……アル、っていうのか?  この狼」

『アルギュロスだ、特別にアルでもいいぞ。喜ぶがいい』

「ほいほい、ウレシーウレシー。で、こいつは?」

セレナは手を伸ばし、窓の外を眺めていたコウモリを掴み取った。急に捕まえられたコウモリは翼をバタバタと羽ばたかせる。

「セネカさん!  あ、いや……落ち着いてください、大丈夫ですから」

丸い青の瞳には微かな恐怖が宿ったままだが、翼を動かすのはやめた。だが二対の羽はまだ落ち着きなく揺れている。

「セネカさん!?  何、こいつ、もしかして強いのかよ。さん付けの上で敬語って……そんなヤベぇ奴なのか?」

「あ、えっと……セネカさんは。まぁ、強いけど」

「見た目で判断するのは危険ってことだな。アタシの悪い癖だぜ、早いとこ治さねぇと」

そっと、壊れ物を扱うよりも慎重にコウモリを机に下ろす。

「すんませんでした、セネカさん。自分まだまだ未熟者っすけど、暫くの間よろしくお願いします!」

「いや、そんな事しなくても……いいと思うよ。セネカさんも怖がらないでくださいよ」

セレナの頭を上げさせ、何故か震え出すコウモリを止める。
仲間が出来たのは心強いが、不安なところも増えたように思える。面接のある明日の朝に再びここで会うことを約束し、セレナと別れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【しっかり書き換え版】『異世界でたった1人の日本人』~ 異世界で日本の神の加護を持つたった1人の男~

石のやっさん
ファンタジー
12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。 ありがとうございます 主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。 転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。 ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。 『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。 ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする 「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。

生活魔法は万能です

浜柔
ファンタジー
 生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。  それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。  ――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。

捨て子の僕が公爵家の跡取り⁉~喋る聖剣とモフモフに助けられて波乱の人生を生きてます~

伽羅
ファンタジー
 物心がついた頃から孤児院で育った僕は高熱を出して寝込んだ後で自分が転生者だと思い出した。そして10歳の時に孤児院で火事に遭遇する。もう駄目だ! と思った時に助けてくれたのは、不思議な聖剣だった。その聖剣が言うにはどうやら僕は公爵家の跡取りらしい。孤児院を逃げ出した僕は聖剣とモフモフに助けられながら生家を目指す。

処理中です...