上 下
53 / 909
第五章 淫靡なるは酒食の国

断罪の杭

しおりを挟む
出血は止めることが出来たが、意識は戻らない。魔力の反応も薄い、減っていくようにも感じる。
レリエルは焦っていた。
完璧な手当を施そうとセネカは目を覚まさない。
天使の自分が無闇に下級悪魔の魔力に手を出せば壊しかねない。
本来であれば近づく事もよろしくない、天使がそばに居るというそれだけで下級悪魔の魔力は不安定になる。

『キルシェ、宿まで運ぶ。それまで耐えて』

レリエルはそっとセネカを抱きかかえると、闇に紛れて消えた。
それこそがレリエルの能力だった。
闇に溶け込み、姿を消し、影を移る。その力を最大限に発揮出来るのは夜だ。

レリエルは前日の事を思い出していた。
魔物使いに近づければ魔力は安定する。ならば今回も彼はの近くに移動させれば目を覚ますはずだ、と。
夜を司る天使はそう考えた。



目が覚めて一番初めに目に入ったモノ。それは一日の運勢を決めると思っている。
ならば今日は?  最悪だろう。銀狼の体の下に庇われ、無数のコウモリに襲われているなんて。

「アル!  平気なの?」

『コウモリ共は問題無い。問題はあの吸血鬼共だ。今は見ているだけだが、いつどんな手を使ってくるか分からん』

アルの体の隙間から見えるのは無数の黒い影だけだ、あの二人がどこにいるかは全く分からない。

『ヘル、確か銀の弓を持っていたな?  あれで女の方を狙え、彼奴が真祖だ』

「で、でも……どこにいるか分かんないよ」

『いいから引け。適当に放て』

アルの足の隙間から手を伸ばし、カバンを引き寄せる。コウモリに少し掠られたが、大した傷はつかない。銀の弓を取り出し、矢の生成を待って放った。
銀の矢はコウモリの群れを引き裂いて進む。その先に吸血鬼はいなかったが、無数のコウモリの膜に穴が空いた。アルはその隙を逃さず僕を咥えて穴に突っ込み、コウモリの包囲を脱す。

「あっ、逃げやがっ……あっいや、逃げましたよ」

『とっとと追え!  あの魔獣は殺せ!』

「へいへいっと」

『……役立たずが』

「…………てめぇの息子ですからねー」

アルは空を飛ぶが、コウモリに掠られ続けた翼では長く持たない。屋根を足場に跳ねるように空を駆けた。
その時だ。闇の中から真っ白な手が現れ、引きずり込むようにその場から僕達の姿を消した。

「うわっ……もう来たよ」

『必ずどこかに現れる!  眷属共を全て起こせ!』

「分かってますよ……いちいちうるせぇな」

影を移り、路地に現れる。目の前に立っているのは見覚えのある天使だ、この人が僕達を連れてきたらしい。

『少年、キルシェを』

レリエルはそう言うと抱きかかえていたセネカを僕に渡す。酷い怪我だ、羽が一つ無くなっている。手当はされているようだが……随分と下手だ。

「この傷は?」

『知らない。少年のそばなら安定するはず』

『おい天使、あの吸血鬼共はあのままでいいのか?』

『吸血鬼?  グルナティエ?』

『名は知らん。私達を襲ってきている、一方的にな』

『よくない。取り締まる』

闇の中から光り輝く剣が現れ、レリエルはそれを握りゆっくりと空へ舞い上がる。闇色の髪に星の輝きが増していく、真っ白な翼は大きく広がり夜を抱く。

『……誘き出しているらしいな、素直な奴だ。天使らしい』

「ねぇアル、セネカさんの……この怪我どうすればいいの?  治せないの?」

『もう無理だろうな』

アルは冷たく吐き捨てると落ちてきた影に飛びついた。

「クソっ……この、邪魔だっ!」

アンテールはアルを壁に叩きつけ、アルはその腕に噛み付く。もぎ取った腕は地に落ちると霧と化し消えた。アンテールはそれを気にする様子もなくアルを蹴り飛ばす。

『ヘル!  逃げていろ!  後から追う!』

僕を捕まえようとしたアンテールの腕に黒蛇が絡む。アルの言葉通りにセネカを背負い、路地を抜けるため走り出した。


空に眩い閃光が走る、レリエルがグルナティエに剣を振り下ろしたのだ。霧となって逃げ回る吸血鬼を闇に溶けた天使が追う。
人間の目ではとても追えない。

『グルナティエ。他国との人身売買、旅行者への襲撃、以上二つは重罪だ』

『だったら……なんだ!』

グルナティエが剣を躱し、レリエルの腕を引きちぎる。レリエルは闇に紛れ、グルナティエの真後ろに現れる、腕は元に戻っていた。天使の再生速度は吸血鬼を遥かに上回っている。

『裁く』

無表情のままに剣を振り下ろす。
グルナティエは霧と変わり、腕だけを実体化させてレリエルの首を絞める。

『人の血を飲まないと飢え死にしてしまうんだよ、私達は!  天使とは違う、人とは違う、貴様らの勝手な法を押し付けるな!』

突き立てられた爪は皮膚を裂き、夜の街に鮮血が降り注いだ。

『天使の血も赤いとは知らなかった、味はどうだ?  きっと不味いのだろうな』

そう言いながらも天使の血を飲むような真似はしない、当然だ。そんなことをすれば身が滅びかねない。
周囲の家々の屋根を赤く染め、グルナティエはレリエルの首をもぎ取った。

『……ふん!  大した事ないじゃないか、あの犬の方がよっぽど手強い。こんな事ならビクビクしてないでとっとと殺せば良かったな』

別々になった首と体を投げ捨て、屋根に降り立つ。
グルナティエは深呼吸し、ヘルを探し始めた。

『……裁く』

グルナティエの首に鎖が巻きつく。巻きついているのはロザリオのものだ。それも鎖の輪、一つ一つに細かな十字が刻まれている。神聖なる十字架を前に、霧となって逃げることなど出来ない。

『レリエル!?  貴様……確かに首を落としたぞ!』

『勉強不足』

レリエルの体に傷はない。
悪魔などの魔力は捕食等をする事により生成される生命エネルギーだ。人間の魔力と違う点は、魔力だけが悪魔の生命である事。
人間の魔力はオマケのようなもので、使い切ったり吸い取られたりで無くなっても死ぬわけではない。だが悪魔は魔力が無くなれば消滅する、逆に言えば魔力が尽きない限りは不死身という事だ。吸血鬼のように別の''殺す方法''がない種族ならば。
ならば天使は?  天使は何を生命エネルギーとしているのか。魔力ではない、干渉も使役もするが、魔力は天使に元々存在しない力だ。
天使はほぼ不死身だ、''特殊な方法''で殺さない限りは消滅しない。神より供給される力は最大出力は決まっていようと尽きることはない。
体がいくら壊されようと簡単に修復される。その点では悪魔よりも厄介な存在と言えるだろう。

『グルナティエ、貴女はこの国の国民だ。だからこの国の法は守らなくてはならない。人を殺さなくては生きられないなど理由にならない。他の吸血鬼は人と共生できている』

『あんなボケた奴らと同じにするな、私は真祖だぞ!  この私がそんな真似が出来るか!』

『……更生不可能と判断、処分作業開始。残念だ、グルナティエ。さよなら』

闇の中から現れたのは白木の杭。
レリエルはそれを優しくグルナティエの胸に打ち込んだ。叫ぶこともできず、怨み言を吐く暇もなく、グルナティエは灰となった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

異世界に転生した俺は農業指導員だった知識と魔法を使い弱小貴族から気が付けば大陸1の農業王国を興していた。

黒ハット
ファンタジー
 前世では日本で農業指導員として暮らしていたが国際協力員として後進国で農業の指導をしている時に、反政府の武装組織に拳銃で撃たれて35歳で殺されたが、魔法のある異世界に転生し、15歳の時に記憶がよみがえり、前世の農業指導員の知識と魔法を使い弱小貴族から成りあがり、乱世の世を戦い抜き大陸1の農業王国を興す。

処理中です...