魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第五章 淫靡なるは酒食の国

透け羽

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腕にはめているハートを模した角飾りから元気な少女の声が響く。近頃更に力が強くなり、角飾りを通した念話が出来るようになったと話された。
その話を聞いて、僕はあることを思いつく。

「ねぇ、メルはセネカさんの体調の事知ってたの?」

『うん、昔っから体弱いの、彼女』

「そっちの……その、お菓子って、どうかな」

『お菓子?』

我ながら伝わりにくい質問をしたと後悔する。お菓子の国のお菓子は強い魔力が込められており、それを食べればメルのようにセネカも魔力を吸収出来るのでは、そう言いたかったのだ。

『セネカはワタシと種族が違うの、インキュバスは吸精以外で栄養摂取が出来ないのよ。でもセネカは生まれつき生気を吸い取れない体質なの、だから生まれ持った魔力を節約して、安定させて、何とか生きてるのよ』

メルは僕の下手な質問の意図を完璧に汲んでくれた。

「え?  そうだったの?  てっきり人が苦手すぎて吸精出来ないんだと思ってた」

『……そんな馬鹿みたいな理由で死にかける奴いるわけないじゃない。ボケないでよね、だーりん。確かにセネカはワタシと違って異性の目も見れないタイプだけど』

僕の思いつきは無知ゆえの馬鹿な提案に終わった。
その上にセネカの体質まで勘違いして、本当に恥ずかしい限りだ。

「っていうか種族が違うって?  メルは淫魔じゃないの?  アルがそう言ってたんだけど」

『ワタシの種族はリリム!  淫魔に分類されてるけどサキュバスとかとは違うの!  産まれ方が全っ然違うのよぉ!?』

角飾りの振動が増す、怒っているのだろうか。

『だーりんのばかぁ!  ワタシは人間と大して変わらないって言ったじゃない!  ワタシの話なんてだーりんは興味無いんだ!』

「ご、ごめん、ちょっと勘違いしてて」

『悪魔呼ばわりされるの嫌いって言った!』

「それは覚えてるよ……ごめんね」

『それはって何!?  他のコトは覚えてないの!?  だーりんはそんなにワタシの話に興味無いの!?』

間違いなくドツボにはまっている。僕の発する言葉は全てメルの逆鱗に触れる。
それを察した僕は、角飾りから聞こえてくる涙混じりの怒声に対してただただ謝った。
ようやくメルの気が収まり念話を終える、時計の長針は何周したのだろうか。
自分の無知と口下手さを責める。

精神の疲れからベッドに倒れ込むと、アルがニヤニヤと笑いながら僕の顔を覗き込んできた。

『随分と長かったな?』

「聞いてただろ」

『貴方はもう少し女心を理解する努力をした方がいい』

「そういう問題だったのかな……分かんないよ。そういえば、セネカさんは?  お風呂?」

部屋を見回すも青年の姿も少女の姿も見当たらない。水音も聞こえない。外は真っ暗で細い月だけが空に浮かんでいた。

『用事があると言っていたぞ、日付が変わるまでには戻ると』

「大丈夫かなぁ、道端で倒れたりしない?」

『心配し過ぎだ。今まで一人で外出してこなかったわけでもあるまい』

それよりも、とアルはベッドに飛び乗り顔を擦り寄せる。

『久しぶりに二人きりだな』

「そんなに久しぶりでもないだろ?  だからって何かあるわけじゃないし」

『つれないな、だがそこがいい』

「なんなのさもう、重いなぁ……」

アルは僕の胸の上に頭を置き、しばらくすると寝息を立て始めた。動くこともできず、話す相手もいないので僕も寝ることにした。



用事を済ませ、宿に戻る途中。
出来れば二度と会いたくないと思っていた人物が現れる。

「よぉ、セネカ。元気か?  あのガキは一緒じゃねぇな。今日は女か?  まぁどっちでもいいけどよ」

『アンテールさん……通してください』

ダン!  という音とともにアンテールの長い足が狭い路地を塞ぐ。足がついたコンクリートの壁にはヒビが入った。
自分とは比べものにならないその力に寒気を覚えつつ、それでも負けじとアンテールを睨む。

「相変わらずだなぁ……そんなに俺が嫌いか?  傷つくぜ」

『通してください』

「店にいた時もそうだったな?  俺が何言っても素っ気なくしてよ、酷いよなぁ。俺がずーっとお前の為に頑張ってた間、お前はぼーっと生きてたんだよなぁ」

ニヤニヤと笑っていたアンテールの眉間に皺が寄る。不機嫌そうに乱暴に羽を掴みあげる。

「あぁー……やっぱこれ欲しいわ」

アンテールは右手で羽を掴み左手で肩を掴む、恐ろしい力だ。

『痛い!  やだっ、やめて……ちぎれちゃう!』

「ちぎるんだよ、もう欲しいのコレだけだから」

みし、と骨の軋む音が響いた。
今この男は何と言った?  羽をちぎる?  そんなこと。流石に本気なわけがない。
そんな甘い考えは羽と繋がった骨とともに壊される。

「うおっ……何今の音、骨あんの?  この羽」

『うぁっ……痛い!  やめてよ、アンテールさん!  本当に……痛いんだよぉ……やめて……』

そう声をあげるとアンテールの力が緩んだ、分かってくれたのか…・そんなことを考えるボクはやはり甘い。
アンテールはボクを蹴り倒し、頭を踏みつけると羽の付け根に出来た裂け目に指をねじ込む。ぶちぶちと筋肉の繊維がちぎれていき、簡単に骨が露出する。
アンテールは花を植えるために地面に穴を掘っているかのように、鼻歌を歌いながら肉を裂いていく。

「へぇー……すげぇ、こうなってんだ」

アンテールの声は無邪気だ、知的好奇心を満たす子供のように。
そう、子供なのだ。
子供が悪戯に虫を殺し、解体していくのと同じ。
ボクは彼にとって虫と同じ。

「まぁいいや、別に骨いらねぇし」

そう言うとアンテールは立ち上がり、肩と頭を踏みつける。
両手で羽の付け根を掴み、引く。骨が折れ、肉がちぎれる音が体中を駆け回る。
一際大きな音が路地裏に響き、不意に背中にかかっていた重さが消え、アンテールの足もどかされる。

「よし!  綺麗に取れた。じゃあなセネカ!  残りはいいわ」

最後に軽く頭を蹴り、足音が遠のいていく。
今、何と言った? 綺麗に取れた? 何が?
激痛に耐えながら背中に腕を回す。
右側の羽は……二枚、ちゃんとある。左側の羽は……一枚? 上の方は?

羽の感覚がない、他の羽も上手く動かない。体の感覚も薄くなり、立つことも出来ない。寒気がしてきた、体の底から凍えている。
うつ伏せに倒れたままの景色は赤い。少し前まではコンクリートの灰色だったはずなのに。
ぬるいお湯に浸かっているような気分だ、それなのにどんどんと体は冷えていく。

『キルシェ?』

聞き覚えのある声だ。
ああ、そう、レリエルの声。優しい天使の声。

『レリエル……ボク、今、すごく寒いんだ。何とかしてくれないかな』

『キルシェ、その傷は、羽はどうした』

『寒い、寒いよ、ねぇ、そこに居るの?』

『キルシェ、羽はどうした』

何を言っているのかよく聞き取れない。
目も耳も曖昧になってきた、なんだかすごく……眠い。
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