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第五章 淫靡なるは酒食の国

食い違い

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酒色の国、酒色に溺れる者の住まう国。国の収入の殆どが酒店、風俗店によるもの。
そして悪魔が己の角や羽根を隠さずに住める唯一の国。


そこら中から酒の匂いがしてくる、まだ陽も高いうちから道端に酔いつぶれた人々が転がっている。いつも道の端を歩いている僕も仕方なく真ん中を通る。

『娯楽の国よりも酷いな。ああそうだ、この国の店は貴方にはまだ早いぞ』

「両方とも年が足りないよね、別に行く気ないけどさ。取り敢えず宿に行こうよ」

『まともな所なのだろうな』

「メルが予約をとってくれたところだし、普通の宿だと思うよ?」

『あの小娘はいまいち信用ならん』

温泉の国の空港でどこに行くかを決めかねていた時のこと。僕が今も腕にはめている真っ赤なハートの角飾りが光り、メルが現れた。

『だーりん!  久しぶり、会いたかった!』

「メル!  久しぶり……って、どこから出てくるの!」

『そういう仕掛けなの。ねぇねぇだーりん、次の行き先決まったの?』

赤いドレスに真っ赤な髪と目。角や羽は隠していたがその見た目は人を惹きつける。

「まだ、だけど」

周囲に集まる人を気にしながら、メルの目を見る。縦長の瞳孔が二つ、僕を見つめる。

『なら、この国行ってみて!  ワタシの知り合いがいるの、色々とサービスしてくれるから!  とっても可愛い娘だけど、浮気しちゃやーよ!』

「浮気って……」

そう言って走り書きのメモを渡された。
飛行機の出発までの時間、メルと腕を組んでたっぷりと話し込んだ。


そんな事があって酒色の国にやって来ているわけだ。
不安な走り書きのメモをなんとか読み解き、宿に向かっている。
この国の宿は全て''サービス付き''で、メルに予約された所には知り合いが勤めているという。
その知り合いにも話を通して置くから、と言っていた。

『まぁ、何かあったとしても淫魔には負けん。心配するな』

「うん、アルのその好戦的な性格が心配かな」

何かあればアルを止めなければ、と心に決めつつ宿に入る。
宿屋の主人は怪訝な顔をして鍵を渡した。予約を取ったメルと何か話したのか、アルのような魔獣を僕のような子供が連れているのがおかしく見えるのか。まぁ、どっちでもいいけれど。
通された部屋は二階の角。この部屋をとってくれるなんてメルはよく分かっている。また会った時に何か渡そうかなんて考えながら、扉を開いた。

『初めまして、お嬢さん』

恭しく礼をする青年。
反射的に部屋番号を確認する、間違えてはいない。

『ぼ、ぼく……いや俺と、ひ、一晩の……あ、あ、何だっけ』

青年は顔を上げ、僕を見て目を見開いた。

『お、男!?』

「……初めまして、男ですよ」

おそらくもう二度と言わないであろう挨拶を終え、僕は青年を観察する。
淡いピンク色のふわっとした髪に、羊のような角、メルと同じような羽と尻尾。つぶらな青い瞳は困惑に満ちている。
メルから聞いた''知り合い''の見た目とは一致するが、性別は一致しない。

『貴様がセネカか?  メルの話は聞いているな?』

『あ、うん。セネカだよ。友達が二人来るからたっぷりサービスしてやれって言われてる』

顔の前で指を組み、怯えた目で僕をチラチラと見る。

『友達って言ってたから、女のコだと思ってて……ごめんね』

『だからあの小娘は信用ならんと言うんだ、連絡も満足に出来んとはな』

ぶつぶつと文句を言うアルを諫める、アルにはメルの話との食い違いは気にならないらしい。
セネカは変わらず怯えている、僕は何も悪くないはずなのに罪悪感が湧いて出てくる。

「あの、セネカさん?」

『ひゃい!  にゃんでしょうか!?』

「落ち着いてくださいよ……僕何かしました?」

『し、してないです。ごめんなさい……』

腰のあたりに生えた二対の羽はパタパタと落ち着きない。驚いて張り上がったり、萎縮して下に垂れたり。顔よりも表情豊かだ。分かりやすくて助かる。

「メルからは女の人だって聞いてたんですけど」

『あ、ああ……キミたちが女のコだと思ってたから男になっておいたんだよ』

「なっておいた……?  どういう意味ですか?」

『えっ!?  そっ、それは……えっと、あはは』

顔を背けるセネカに何かを察したらしいアルが歩み寄る。

『インキュバスか、貴様』

『……正解、メルちゃん説明してくれてないみたいだね』

『インキュバス、そしてサキュバスは同一の悪魔だ。時と場合によって性別を変えられる。そして女の姿と男の姿で呼び方が違う、此奴は今インキュバスだな。あの小娘と会った時はサキュバスだったのだろう』

「へぇ……そうなんだ」

『あはは……たまには本来の仕事しようと思ってね、姿変えておいたんだけど、意味なかったね』

羽と尻尾はようやく落ち着く、セネカの顔も先程までと変わって穏やかだ。

「本来の仕事って?」

『えっと、それは……ほら、あの。うん』

『聞いてやるな、未経験だ。淫魔のくせにな』

『うぅぅぅ……なんで分かるのさぁ。さ、さてはメルちゃん、バラしたの!?』

『貴様の振る舞いを見ていて分からん者はおらん』

何故か泣きそうになっているセネカを見かねてアルを止める。その直後にセネカは時計を見て、慌てて部屋を出ていった。
しばらくして帰って来ると手に大きなトレイを二つ持っている。夕飯だというそれは非常に豪華だ。

『あ、アーンとか……しませんよね。すいません』

『本来の仕事はせんでいいと言ったろう』

セネカは部屋の隅でうずくまり、ハムを挟んだパンを食べている。何故あんなに悲壮感を出せるのだろう。
食事を終えた頃、アルが風呂に入りたいと言い出した。

「あの、セネカさん」

『な、何?  気が変わったから仕事しろとか言わないよね?  サキュバスになれとか言わないよね?』

「言いませんよ、アルがお風呂に入りたいって言ってるので、それを」

『あ、そうなんだ。お湯ははってあるよ、ただちょっと……その、催淫系のが色々あるから片付けてくるね』

風呂場でガタガタと不安になるような音を立てた後、セネカは戻ってきた。入れ替わりにアルが風呂に入る。沈黙が気まずくなって、僕はセネカに質問をする事にした。

「セネカさんは何でそんなにお仕事嫌いなんですか?」

『えっ……いや、嫌いっていうか苦手っていうか。ほら、その……性的なサービスなんだよね。だからちょっと、嫌っていうか苦手でさ、まともに仕事した事ないし。体質のせいで人とマトモに接した事ないのにこんな仕事無理だよ。それで魔力もどんどん無くなるし、もう空も飛べないかもしれない……このまま消えていくのかも……う、うぅ……やだなぁ』

頭を抱え込むようにうずくまり、泣き出してしまった。
悪いことをしてしまった気になる、取り敢えず慰めておこうか。

『そろそろクビになりそう……あははっ。当然だよね、っていうか何でまだ雇われてるのかな。
店長さんに申し訳ない……お客さんに申し訳ない……生まれてきてごめんなさい』

……これは、慰めるなんて僕には出来ない。早々に言葉を掛ける事を諦めた僕は、そっとセネカの背を撫でた。
何故か体よりも心が疲れて、この国初めての夜は更けていく。
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