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第四章 温泉の国の海底には

呪いの影響

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真っ暗な部屋、砂嵐のモニター。もう何年も見飽きた光景。
今日こそはこの国の料理を食べようと思っていたが、ある用事を片付けるために『灰』に譲った。
真っ白な私はこの部屋に拒絶されたように浮き彫りになる。
真っ黒な『黒』はこの部屋に完璧に受け入れられている。

『ねぇ『黒』、少しいい?』

『灰』のいない静かな部屋。砂嵐の音だけが響く会議室。

『呪いについて聞きたいの。貴方の口からは何も聞いていないけれど私には分かる、私は貴方だから。貴方はきっと呪いに詳しいわ』

返事はない。『黒』の目は本に張り付いている。だが本のページはずっと変わらない。

『私の事についても聞きたいわ、私はなんなの?  どうして角が私にだけあるの?  私達は一体何なの?  人なの?  違うの?』

『鬼、または守護神、若しくは精霊、あるいは天使。そしてそのどれでもないもの』

『黒』の口から曖昧な返事ではないものが初めて飛び出した。だがそれは意味のあるのかないのかすら分からないものだ。

『何よ、それ。ふざけないで真面目に答えて!』

『君は鬼、そして意志』

『……どういう意味よ』

『呪いは術者だけに解けるもの』

『黒』が立ち上がる、こんなのは初めてだ。
モニターの砂嵐が消える、真っ黒に塗り潰される。

『まだ自分でいたいのなら、この国は出た方がいい。君は感情なのだから、この国の呪いはよく効くだろう』

『この国の……呪い?』

真っ暗な部屋には何も無い。
ただ『黒』の声が響く。
上も下もなくぐるぐると回り出したように錯覚する。

『純真で馬鹿な子供には呪いは効かない』

『それ、『灰』の事?』

何も見えないはずなのに、『黒』の意地の悪い微笑みが見えた気がした。
扉が開き『灰』が帰るとモニターは砂嵐に戻り、『黒』もまた本を読み出した。
部屋は少し明るくなったのに、先程までと変わって『黒』の顔は見えない。

『……星が揃うのにはまだ時間がかかる、その時まではせいぜい楽しめ』

いつもとは全く違う、低い声。別人としか思えないその声は確かに『黒』から発せられている。

『それまでは愉しいゲームをしようよ、ボクの父上様の退屈を癒すためにさ。キミも参加してくれるよね?』

『……貴方、誰よ』

『ふふっ、はは、あっははは、自分が誰かも分からないくせに、人には誰だって聞くんだ?』

『貴方は私でしょ!?  いえ、違う。貴方は『黒』じゃない!  誰なのよ!』

『黒』の豹変に、私の怒声に怯えた『灰』が私の腕にしがみつく。私は幼い彼女を宥めながら、『黒』の姿をしたモノを睨む。

『勘がいいのは良いことだ、けど、気が付かなくてもいいことにまで気が付いたら、狂ってしまうよ。ボクとかね』

『……貴方、私は鬼だとか意志だとか言ったわね、なら『灰』は?  『黒』は?  貴方は?』

『『灰』は自由。『黒』はキミ達の残りカス、本来なら消えてしまうはずだった記憶の欠片。ボクは……混沌、本来ならここにはいないはずの、邪悪なもの……っふ、はは、はははは、あははははははは!』

おかしくてたまらない、そんなふうに笑い出す。恐ろしくて、気味が悪くて、それ以上何も聞けなかった。
笑い声がピタリと止まり、モニターの明かりが『黒』の顔を照らす。いつもと変わらない無表情な『黒』の顔。

『……『黒』?』

『何?』

『私達人格って、三人よね?』

『そうだけど』

なら、アレは何?  『黒』じゃない、本来存在しないはずのモノ、邪悪なもの。
何も知らない、気が付いてもいない様子の『黒』に話すかどうかは迷ったけれど、結局隠しておくことにした。詳しく分かるまでは話さない方がいいと考えて。



今日は宿から出る事にした。外を見て回ろうと思ったのだ。観光もあるが、それ以上に呪いについて調べたい。

「呪いとかってどこで調べたらいいのかな」

『ふむ、定番だが古書店か。この国の古い本は書物の国にも無いと言うしな』

「へぇ……でもそんなのパンフレットに載ってないよ」

薄っぺらなパンフレットを捲る。載っているのは観光名所ばかりで、そんな古書店などどこにも無い。

『ならここに行こう』

「温泉?  好きだね。別にいいけどさ、後で古書店も探してよ」

アルは温泉の挿絵を尾で指す、山の中腹あたりにあるようだ。ここからそう遠くもない、行ってみるのもいいだろう。途中で何かを見つけるかもしれない。

山を登っていくと、人影が増えてきた。その人波にならっていき、僕らは無事に温泉に辿り着いた。
思っていたよりも険しい道のりに僕は足はもう限界に近い。

「ちょっと山を登れば入れると思ってたのに、結構遠かったよ。なんだか疲れちゃった」

『まぁ、その分の価値はある』

宿のものとは違ってこの温泉は濁っている。成分が濃い、と言うやつなのだろう。僕の肩に顎を乗せて、蕩けた顔をするアルを可愛らしく思いながら山からの風景を楽しむ。
ぼうっと下を眺めていると、黒蛇が僕の顔を這う。アルは先程とまでは打って変わって不機嫌そうだ。

『景色ばかり眺めているな、もう少し私を見たらどうだ』

「どうしたのさ急に」

『貴方は最近私以外のものばかり見ている、貴方の一番近くに居るのは私だぞ、貴方を一番理解しているのも私だ』

「分かってるよ?  別に蔑ろになんてしてないじゃないか」

様子のおかしくなったアルを宥める為に頭を撫でる。不思議に思うと同時に、妬いているかのようなアルを可愛らしくも思う。だが嫌な予感は拭いきれない。

『ウサギや雀を可愛いと言ったり、少しぶつかっただけの女を探し回ったり』

「アル……ちょっとおかしいよ?  のぼせたの?」

『おかしい?  おかしいのは貴方だろう、私は貴方だけを想っているというのに、貴方は違う』

いつの間にか体に巻きついていた黒蛇が、だんだんとその力を強くする。アルの黒い瞳は微かに、だが確かに狂気を孕んでいる。

「アル……苦しいよ」

『そうか、ならもっと絞めようか?  そうすれば私を見る気になるだろう』

明らかにおかしい。いきなり何を言い出したんだ。
息苦しさに耐えながらこの国の呪いを思い出す、『嫉妬の呪』。
この異変は異変は呪いのせいではないのか。アルは呪いへの耐性が低かったはず、それにこの言動は嫉妬しているようにも思える。
なら、どう言えばいい?

「何言ってるの、僕はずっとアルを見てるよ。君が一番大切な友人だって思ってる」

『友人……まぁ、信用してやる』

黒蛇は僕の体を離れ、アルは湯を上がった。僕が必死に考えた台詞はお気に召したらしい。
翼や体を振り、水滴を飛ばしている。僕もその後を追いかける。


体にはくっきりと鱗の跡がついていた。
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