上 下
25 / 909
第二章 ネオン輝く娯楽の国

出立

しおりを挟む
娯楽の国では珍しい、ネオン看板のない店。
開放的な店内には健康的で優しい明かりが灯る。木の匂い漂うこの店は喫茶店だ。店先の素朴な看板には『ラビ』の文字がある。そう、あの天使が経営者。
喫茶店、風呂屋、その他にも店を開いているらしい。金貸しもやっているという噂を聞いたが、詳しくは知らない。
柔らかな音楽の流れる店内、蒼いグラデーションのかかった髪の青年は向かいに、アルは机の横に行儀よく座っていた、

「もう行くの?  さみしーなぁ」

「次に行きたい国も決まりましたから。それにこの国に長居するのはちょっと危ないかなって」

サンドイッチを頬張りつつ、先輩は頼んだメロンソーダが来ないと文句を言った。

「僕もそろそろ実家に顔出さないとなぁ、兄弟がうるさいかもだけど。あぁーやっぱやめ、帰んない!」

「ヘルさんってこの国出身じゃないんですか?」

「違うよ、この国で人はまず生まれないって。ここに居るのは移住者と不法入国者or労働者、後は旅行者くらいのもんだね」

最後に「俺のメロンソーダまだ?」と付け加えて先輩は店の奥を覗く。

「不法……なんですか」

「俺はちゃーんとした手続き踏んだもん、ほぼ強制だけど」

「強制って?」

「にぃ……兄と仲悪いんだよね。だからって弟を国から追い出すとか酷いよねぇ」

図らずして先輩の家族関係を聞くことになった。
それにしても、国を追われるほど兄に嫌われる事などあるのだろうか。
……僕も兄には嫌われていたな。追い出されはしなかったが、家から出してもらえなくなった。出たくはなかったから丁度良かったと言えばそうなのだが。

「何したら追い出されるんですか?」

「これといったきっかけは無いんだよね、子供の時から仲悪くてさ、そもそも血ぃ繋がってないし……ああ、あれが原因かな」

サンドイッチの最後の一口を飲み込み、真剣な顔をして話した。

「俺がにぃのお気に入りのぬいぐるみを盗った」

「へぇ……いや、は?」

「輸入品でね、可愛かったんだよ。『牛頭ぬい』、当時アニメとかやってたしさ。中々売ってないから俺の分がなくて、でもどうしても欲しかったんだよ」

「それで追い出されるんですか」

「いや、それが直接の原因じゃないよ、未だに根に持ってはいるみたいだけど」

メロンソーダが来ないと最後に付け加え、先輩はカバンを探り出した。小さな青いカバンは相当年季の入ったものらしく、ところどころ塗装が剥がれて白くなっている。

「あ、あったあった。コレだよ『牛頭ぬい』、可愛いだろ?」

カバンから出てきたのはかなり古いぬいぐるみだ。ちぎれたらしい手足は雑に縫い付けられ、おそらく本来の形ではない。
だが、筋肉質な体に牛の頭が引っ付いたようなそのぬいぐるみは可愛いという言葉とは無縁に思える。
新品であろうと可愛くはないだろう。

「可愛い……?」

「知ってる?  『ぷりてぃまっする牛頭馬頭!』っていうアニメ、僕の国では放送してたけど。ヘル君とこは?」

「多分やってないと思いますけど」

「そうなんだ、大人気魔法少女アニメなのに。まぁ、そのぬいぐるみをいつまでも持ってるってのはちょっと恥ずかしいんだけど」

魔法の国にはテレビはなかった。
絵や写真が動いて喋るので、そんな物が必要なかったのだ。
そもそも電気があったかすら怪しい。
本の挿絵が動かないという事は国を出てから一番驚いた事かもしれない。

「別にいいんじゃないですか?  好きなら」

「あ、そう言ってくれるタイプ?  君」

「僕も怪人とか応援しちゃうんですよね、結局負けちゃって悲しくなるんですけど」

幼い頃に兄に読んでもらったヒーローものの絵本を思い出す。
あの頃の兄はまだ優しかった、僕が魔法を使えないなんて知らなかったから。

「へぇ……あ、『牛頭』は主人公だよ?」

「え?  でも魔法少女って」

「魔法少女なんだよ、『ぷりてぃまっする』な」

「……そうでしたか」

懐かしさでこみ上げた涙が一気に引っ込んでいく。
熱くなった目頭が一気に冷め、空になった皿を見て虚しくなる。

「ところで俺のメロンソーダは?」

先輩の言葉を掻き消すように、アルが骨付き肉の骨を噛み砕く音が店内に響く。

「アル、骨は食べなくていいよ」

『そうか?』

「メロンソーダ……来ない」

『だが骨髄が美味いのだ』

「なら好きにしていいけど、大丈夫?」

皿に散らばった骨の欠片は黒っぽく、内側にはドロっとした液体が付着している。

「大丈夫じゃないよ、喉乾いた」

『平気だ、骨は喰うものだ』

「ならいいけど」

「よくないよ、俺のメロンソーダが来てないよ」

店内に流れていた爽やかな音楽はすっかり骨の砕ける音に取って代わった。
何故か悲しそうな顔をする先輩を尻目に、僕はオレンジジュースを飲み干した。

会計を済ませたのは太陽が中天に到達する頃だった。
店を出た後でアルの口が汚れているのに気がつき、濡らしたタオルで拭う。

「ねぇアル、もう少し汚さないように出来ない?」

『………済まない』

「出来ないんだね」

「喫茶店行ったのになんで俺喉カラカラなの?」

自販機を探す先輩の姿はどことない悲壮感を醸し出している。
アルの口が綺麗になる頃には乗車予定の定期便が来た。

「じゃあねヘル君、またどこかで!」

「はい、絶対ですよ」

先輩に頭を撫でられるのにも慣れた、僕よりも大きな手はとても優しい。

『よぉ、魔物使い。天使に会ったらヨロシクな?』

「うわっ……はい、かしこまりました」

先輩を押しのけ、ゼルクは僕に脅しをかけるように睨んだ。その後、ゼルクは先輩と肩を組む。

『てめぇ俺を蹴ったヤツだろ、いい蹴りだったぜ。今度闘技来いよ』

「嫌だよ……ちょっと、馴れ馴れしい、離せ。っていうかお前呼んでないし、なんで来たんだよ」

組んだ肩を払わられ不機嫌になったゼルクが先輩の胸ぐらを掴む、と同時にゼルクは宙を舞った。

「ラビエルさん?  来てくれたんですか」

『あなたは大事なお客様だから。また来てちょうだいね?』

今日は羽と光輪は見えない、普通の人間としか思えない姿だ。淡い桃色の髪を揺らして、先日よりは露出の少ないドレスで、見惚れるほどの美女だった。ゼルクを足蹴にしていなければ。

『あなたもね?』

「は、はい!  通います!」

先輩は顔を耳まで真っ赤にして、勢いよく頭を下げた。
足下のゼルクも相まって借金の取立てのように見えてきた。

『いつまでも踏んでんじゃねぇぞクソ女!  俺の方が強いんだからな!?  分かってんのか!』

『力しか取り柄のない馬鹿に何が出来るの?  馬鹿言う暇があるならお金返してくれる?』

『……好きなだけ踏めや』

本当に借りていたのか。金銭面の反面教師を見つけた気がする。

「また今度!」
「バイバイ!」

出発ギリギリにやって来たラビエルの店で働いていた少女達に手を振る。
車窓から見た娯楽の国は、初めて来た時よりも輝いて見えた。

「そう悪いとこでもなかったよね」

『ふん、匂いも明かりも気に入らん事に変わりはない。人は……良い者も居たがな』

名残惜しそうに外を眺めるアルの背を撫でながら、僕は次の国に着くまで眠る事にした。
体勢はあまり良くないが、夢見はきっと良いだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!

夜間救急事務受付
ファンタジー
仕事中、気がつくと知らない世界にいた 佐藤 惣一郎(サトウ ソウイチロウ) 安く買った、視力の悪い奴隷の少女に、瓶の底の様な分厚いメガネを与えると めちゃめちゃ強かった! 気軽に読めるので、暇つぶしに是非! 涙あり、笑いあり シリアスなおとぼけ冒険譚! 異世界ラブ冒険ファンタジー!

処理中です...