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第二章 ネオン輝く娯楽の国

緑煙

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最初は気がつかなかった。だが、違和感はあった。そしてそれを確信したのは、この国を納めるものを見た時だ。
この国は呪われている。あのお菓子の国と同じように。


大通りの先に城がある。娯楽施設に囲まれたそれは、下品ともとれる程に豪奢だ。
そして、王の演説。それは至って普通であったが、王の様子は普通ではなかった。
食堂にいた男達と同じ目をしている。虚ろで、生理的嫌悪を感じるあの目。

「アル、あの人……なんか、変じゃない?」

『ああ、なんらかの呪いだな』

他人に聞かれないようにしゃがみ込んでアルに耳打ちする。柔らかい羽毛が僕を包み、人目から隠した。

「呪い……ねぇ、まさか、さ。お菓子の国とかと一緒なのかな」

『悪魔や神との契約で成り立つ国は多い。王権神授……と言うヤツだな。時が経つにつれそれは歪み、契約は破られ、呪いに変わる。まぁこれはお菓子の国には当てはまらん事だが、この国はそうなのかもな』

「この国に、呪いをかけたのって……誰?」

『さぁな、私は呪いに詳しくはない』

城下の雰囲気は何よりも異質だ。ネオン街の方がよほど健康的。僕とアルの意見は一致し、大通りを引き返していった。

このまま宿に帰り、呪いについて調べる。僕には隠しているようだが、あの禁書をアルが持っている事は分かっている。この国の歴史が載っているかどうかは分からないが、呪いをかけられていると聞いた以上は放っておけない。
何か僕に出来ることを探したい。そんな時だ、大通りを歩く僕達に声をかける人がいた。

『おっひさ、元気?』

『ゼルク!  貴様……何用だ!』

『そんなカッカすんなよ犬公。ラビにも色々と言われたし、なーんもしねぇから』

刺々しい金髪に、赤紫色の瞳。レンズのない眼鏡は前に見た時よりも歪んでいる。

「ゼルク……さん?  天使、なんですよね」

『あ?  言ったっけ?  まぁいいわ、それが何?』

背を曲げて僕と視線を合わせる。それは気遣いなのか威圧の為なのか、僕には後者としか感じられなかった。

「この国の呪いについて、何か分かりますか?」

『呪いぃ?  何でンな事知ってんだよてめぇ。教えてやってもいいけど、条件付きだ』

「条件……僕に、出来ることなら」

『てめぇ、ただの人間じゃねぇよな?  ナニモンだ?  闘えたぁもう言わねぇからそれだけ教えな』

犬歯の目立つ口が、裂けるように笑う。

「……魔物使いです」

『魔物使いぃ?  へーぇ、ナルホド。そんでかぁ、色々解けたわ』

『ならこっちの質問に答えてもらおうか』

ゲラゲラ笑うゼルクを睨みつけて、アルは唸り声を上げながら言った。

『あぁん?  あぁ……呪いね、あれは確か悪魔の……何かエラい奴』

眉間に皺を寄せ、頭を掻き毟る。眼鏡の位置を意味もなく直し、そのままのポーズで止まる。

『マ……何だっけ、いっつもまーくんって呼んでるから思い出せねぇな』

『ほう?  悪魔と関わりが深いのだなぁ。いい事を聞いたよ、天使様』

『あぁ!  性格ワリーなてめぇはよぉ!   はぁ……確か『貪欲の呪』、マなんちゃらがかけた、これでいいか?』

「解く方法とかは?」

『知らね、ってかねぇだろ。かからない方法ならあるぜ?  この国の烟草が呪いの道具だから……煙を吸わなきゃいい』

ゼルクが指を指す方向には煙管を揺らす男。くすんだ緑色の煙が揺らめき、大気に溶けていく。

「吸っちゃってるよ、多分。どうしよう」

『む……おい、ゼルク』

『大したモンじゃねぇよ、『貪欲の呪』ってのはちょっと理性のタガが外れて、この国の娯楽に溺れちまうってヤツだからよ』

「それ、大丈夫じゃ無いよね、僕」

『何故呪いをかけた?』

『国の経営の為?  ま、ただの趣味だろうな。人を弄ぶっつー趣味があんのよ、アイツ。で、監視的な意味で俺らが来てんの』

「うわぁ……嫌な悪魔」

『監視、しているのか?』

『……ハハハハッ』

大袈裟に腕を広げ、大口を開けて笑う。その仕草は彼が誤魔化しているのだと直感させる。
そして、大きく手を叩いて僕に顔を寄せた。

『まぁ、この世界でなーんもされてねぇ国なんかねぇよ。大体国に一人二人は悪魔や天使が来てる。オマエら旅してんだよな?  他の天使と会ったら俺が真面目に働いてるって言っといてくれや』

そう言って大口を開けて笑うと、ゼルクは引き返して雑踏の中に消えていった。

『……出来ることなら悪魔とも天使とも関わりたくはない』

「でも……色々聞きたい事が出来るだろうし、知り合いは作っておきたいよ」

アルは深い深いため息をつき、僕を縋るような目で見つめた。

『貴方の血に混じる魔力は強力だ。悪魔はそれを欲しがるだろう、魔性の物を従えられるのだからな。そうすれば必然的に神々とのバランスが崩れる、今も崩れかけているんだ。それを阻止する為に天使が貴方を狙うとも考えられるだろう?』

ゆっくりと、子供に言い聞かせるように話す。僕は理由もなくアルから目を逸らした、自分の考えの甘さを思い知らされたからなのかもしれない。

『貴方にとっては、悪魔も天使も神も等しく敵になりうるモノ。私では……それらから守りきれないかもしれない』

慈愛に満ちた声だ。そっと尾を絡ませ、翼で包み込む。
寄せられた体は温かい。

宿に戻る、食堂からは相変わらず緑の煙が燻らせられている。気休め程度に息を止めて、階段を上る。
部屋中に焚き染められた甘い香りにも、もうすっかり慣れた。隣に横たわるアルの体を撫でながら、国境の兵士に貰った旅行雑誌を眺める。

次はどこの国へ行こうか。
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