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第二章 ネオン輝く娯楽の国

遭遇と受難

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ぼうっと朝日を眺めていたら、いつの間にか太陽が沈んでいた。そんな事は良くある話だ、特に僕には。

『ヘル……? 大丈夫か? そろそろ仕事だぞ』

「あ、うん。大丈夫だよ」

『休むか?』

「ダメだよ、始めたばっかりなのに」

心配してか足下を忙しなく走り回るアルを撫でながら遅過ぎる朝食をとる。覚束無い足でなんとか仕事場に辿り着いた。

「うわぁ、顔色わっるぅ……何かあったの?」

制服に着替えていると先輩に顔を覗き込まれた。子供っぽい表情を作る彼とは話しやすい。

『闘技場に行ってな』

「ボロ負けしたの? それは悲惨。ご飯代は残して賭けなよ」

『いや違う、ご主人様は血が苦手なのだ』

「……なんで行ったの?」

「格闘技とか、剣舞とかだと、思って……」

哀れな者を見るようなその翠の目を向けられると途端に恥ずかしさがこみ上げてきた。

「まぁ今日は仕事ないから座ってなよ。あ、でもチーフがうるさいから適当にコップでも磨いといて」

『仕事があるかどうかは分からんだろう』

警備員という名目で雇われているが、実際のところの仕事は迷惑な客の追い出し、用心棒と呼んだ方が正しいだろう。仕事があるかないかなど分かるわけがない。

「いやいや今日はないよ。だって俺、そっちに貯金箱かけたもん」

『そんな賭けまであるのか? 大体の日は仕事は有るだろうに』

「確率低い方を当ててこそ賭けだよ! 俺のぶたさん貯金箱は無事でいられるのか! 割られてしまうのか!」

『成程、ただの馬鹿か』

先輩は一蹴するアルの言葉など気にせず、持参した櫛でアルの毛をとかし始めた。満更でもないといった表情で大人しくしているところを見るに、アルは先輩にある程度心を許しているのだろう。微笑ましく思うが、同時に嫉妬心も顔を出す。

「おっ、開店だね! さぁさぁ賭けの始まりだ!」

『あぁ……耳が痛いな』

開店から数時間、未だに僕の仕事はない。取り敢えずコップを磨いているが、もう三週目に入る。
座るとチーフがうるさいらしいので僕はこっそりとアルに腰掛けた。翼で隠れて見えないはずだ。

「ふわぁ……眠いよ。寝ていいかな?」

『やめておけ』

仕事を始めてから何度目かの欠伸を終え、目を擦っているとスロットの台にある人を見つけた。

「アルっ……アルっ、ねぇあれっ……!」

『あぁ、寝るなよ。ん? 違うのか。どうした?』

僕の眠気が移ってきたらしいアルは欠伸をしながら僕の指差す方向を見て、僕の足に黒蛇を絡めた。少し姿勢を低くし、様子を伺うように僅かに唸る。

『あの男、昨日の奴か』

「なになにー! 何の話? 俺も混ぜて!」

「あ、ヘルさん。その……昨日闘技場で見た人が来てて」

「どれどれ? 気になる」

客に悟られないようにそっと指差す。先輩は悪戯っ子のような笑みを浮かべ、両手でOKマークを作った。

「あれは有名人だよ、サイン貰っとく?」

「い、いらない……です」

「あ、そう?」

先輩は僕の隣、つまりアルの背に無遠慮に腰掛けた。翠の瞳が激しい照明を受けキラキラと輝く。

「ゼルク君、愛称はZERO。負けた事がない、負けがゼロ回だからZERO、そのまんまだね。でも賭け事は苦手みたいでね、こっちは勝ちなしだよ」

「へぇ、そうなんですか、仲良いんですか?」

「え? いや、話した事もないけど」

カウンターの酒で勝手にカクテルを作りながら先輩は無邪気に笑う。僕はそのカクテルがどんどん薄暗い色になっていくのを黙って見ている事しか出来なかった。

『……ヘル』

「何? アル」

『ああ、いや。貴方ではなく』

「俺?」

『ああ、貴様だ。聞きたい事がある。あのゼルクとかいう男は……人間か?』

「唐突だね、確かにバケモンじみてると思うけどさ。人間だと思うよ? じゃなきゃ何だっていうの?」

ぐる……と軽く唸る、黒蛇が落ち着きなく揺れた。対する翠の視線は珍しく真剣だ。

「人に化けてるって? そんな魔物がいるのかな」

『だとしたら上級……それも人喰いだが、魔の気配は感じん』

怪訝な瞳でゼルクを見つめる。アルはかなり苛立っているようだ。先輩はまた明るい笑顔に変わると、僕の肩を軽く叩いた。

「気にしない気にしない! 魔物だろうが人間だろうが彼はいいカモ……おっと、お客様だからね! あっほら、また負けるよ、見ててごらん」

先輩はそう言ってスロット台の影に隠れたかと思えば、ずっと先のポーカーの机に移動していた。
ゼルクがスロット台を叩く音がした、どうやらまた負けたらしい。

『……ヘル、か。彼奴も人かどうか怪しいな』

「疑い過ぎだよアル、失礼だよ」

先輩の勘は良く当たる、特に金を賭けている時は。あの博才は確かに異常と言ってもいいのかもしれない、働く必要はあるのか? それにあの神出鬼没っぷりも気になる。
コップ磨きも四週目に入る頃、ゼルクは酷く落ち込んで店を出て行った。金が尽きたのだろう。ふとゼルクが座っていたスロット台を見れば、十字架のネックレスが置かれていた。

「ねぇアル、これあの人のだよね」

『ああ、五回目に負けた時に外していたな』

「よく見てるね」

美しい彫刻の施されたシルバーアクセサリーは高価な物のように見える、届けるべきだろう。

「僕ちょっと行ってくるよ」

『待て、私も行く』

「すぐ戻るから待ってて、この仕事はアルが大事なんだからさ」

『だが、あの男は!』

「大丈夫だって、忘れ物を渡すだけだから」

嫌がるアルを無理矢理置いていき、店を出る。
この時間は人通りが多い……見つけられるだろうか?
ふと、昨日の闘技場を思い出す。

ゼルクは危険だ。今すぐ店に戻れ。

そんな声が聞こえた気がした。けれど今日は大人しかった、負けたからって暴れたりはしなかった。
大丈夫、怖くはない。昨日は闘技だったから、残虐なのはきっと仕事用のキャラだ。プライベートではきっと大人しくて優しい人だ。そう自分に言い聞かせて人波をかき分けていく。
そして、見つけた。人混みの中でも背の高い彼はよく目立つ。あの明るい金髪はよく目立つ。

「すみません! あの……待ってください!」

黒っぽいシャツの裾を掴むとゼルクは冷たい目で僕を見下ろした。赤紫の瞳を向けられるだけで悪寒がする。

『あ? 何? 誰お前』

「あ……えっと、これ」

低い声に気圧されて、鋭い目に睨まれて、言葉に詰まった。せめてあの赤い眼鏡にレンズが入っていればマシだったろうに。

『あぁ、さんきゅ』

ネックレスを受け取ったゼルクは仏頂面のままに僕に礼を言った。
ほらやっぱり、少し怖いけれど優しい人だ。

「あの……それじゃ、僕はこれで」

『おう、ばいば……いや、待て』

「へ……?」

道の端に押され、背中がレンガの塀に当たる。ゼルクは背を曲げて僕を舐め回すように見た。赤紫の目が奥底の方から光っているような気さえする。

『人間……か。いや、でも』

ぶつぶつと何かを呟き、僕の顔を撫で回す。髪をかき上げられて隠していた右眼が露出した。乱暴な手が肩を掴み、もう片方の手が首をゴシゴシとなぞる。珍しい動物を調べるようなその手つきは不愉快なことこの上ない。

「あ、あの……もう、いいですか?」

『イイな、面白ぇ』

ゼルクの手が離れ、やっと解放されたかと胸を撫で下ろしたその瞬間。ゼルクは腕を大きく振り上げた。
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