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かぐや姫伝説は疫病とともに

第29話

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喉元に鉛を詰め込まれたような重い気持ちで、私は陛下のいる小部屋へ向かう。朝早く、まだ少し寒い空気の中、震えそうな足を必死に動かして前を歩く王からの使いを追った。


薄暗い廊下を進み、使いが小部屋の扉を開く。講師から教えてもらった礼をしながら、私は小部屋にいる陛下の前に臨んだ。



ソファに座る金髪に緑色の目の男。凛々しいような顔立ちには、どことなく高慢そうな雰囲気がある。

陛下は私の顔を見ると驚いたように目を見張ったが、直ぐに忌々しそうな顔つきに変わった。道路にいる潰れた虫を見るような目で私を見ると、吐き捨てるように言った。


「しぶとい。さっさと死ねばいいものを……あの女がようやく居なくなったと思えば、置き土産にこんな忌み子を残していく。ああ、忌々しい。色こそ違えど、あの女にそっくりだ。……いや、違うなぁ。」


陛下はにやぁとへばりつくような目で私を眺めた。


「あの女は誰彼構わず人を誑かしておったがゆえに周りに人が大勢いた。忌み子のお前には……いないなぁ!?マリアもソレイユもお前を疎ましく思っておる!顔も見にこないだろう?言っておったぞ、『面倒くさい』と。お前がいるから、物事の調整が複雑になるんだと!」


陛下は朝が早いと言うのにワインを傾けながら笑った。


すると、何かを思いついたような顔をした陛下はソファから立ち上がり、邪悪な笑みを浮かべ私にワインをかけて髪を引っ張った。


「あの女よりお綺麗な顔立ちだなぁ?赤い傷や黒い痣がよく似合いそうだ。……なんで手当なんかしてるんだよ、ゴミのくせに。」


そう言うと、陛下は私の腹を靴で蹴りあげた。このくらいの痛みなら我慢できる。逃げては行けない、陛下の前で逆らってはいけない決まりがあるのだ。


「……どうしようか、、好色オヤジに売り飛ばそうか?顔のいい男を痛めつけるのが趣味の貴族がいたな、そういえば。それともこっそり奴隷に落とそうか、ああ、うちが奴隷禁止なのが問題だな。隣国はまだ奴隷制度が残っていたか。はたまた、西国の蛮族に姫と偽って売り飛ばそうか?選ばせてやろう、どこに行っても可愛がられるぞ。」


陛下は靴で私の頭を床に押さえつける。


グリグリと踏み付けると、高笑いのような邪悪な声が聞こえる。


「ああ、いい考えを思いついた!俺専用のサンドバッグにしてやろう!そうだな、どこかの部屋に縛り付けておいて、好きなときに殴れるようにしようか。ああ、俺は優しいからな、たまに鎖に繋いで畜生のように散歩もしてやる。下々の者にもたまには殴らせてやるとしようか。」


そう言うと、大きな音を立てて陛下の拳が私の顔に入った。


ぬる、とした感触が鼻から口に伝う。


錆びた鉄のような味がして、息をつく間もなくまた殴られる。
馬乗りになって私を殴り続ける陛下は、興奮を抑えきれないように目がギラギラと光っていて、まるで発情した獣のようだった。


「忌み子のお前がぁ、なんで今まで生かされていたのかわかるかぁ?スペアだよ、ソレイユのスペアだからだよ!お前が存在してなくても誰も気にしない、スペアは必要になったときしか見向きされないからなぁ!まあ、ソレイユは優秀だからお前がいなくても良かったんだ。……お前は別に、必要じゃないんだよ。いや、むしろ生まれてきたことで迷惑かけてるな。」


陛下は私の頭を掴み床にぶつけ、言い聞かせるようにそう言った。


痛みはただの衝撃のようになり、朦朧とした意識の中で陛下の声が反響するように頭の中に響く。



生きてるだけで迷惑?



ぼやけた頭に、邪魔そうに私を見るマリアとソレイユが映る。



『邪魔だよ、いなければいいって何度も思った』




違う、違う。私は今度こそ……私は……




だんだん意識が遠くなり、視界が薄赤のベールがかかったように見えづらくなる。




扉が開いて、複数の人の声が入ってくるのを聞きながら、私の意識は途切れた。







『人の役になんて立つわけないでしょ、賎しいお前が。』



────────────────────




「……何やってるんですか、あんた!」


おぞましい笑い声が部屋の中から大きく聞こえたので、何事かとヨシュアは王とライラのいる部屋を覗き込んだ。


王は狂ったようにライラを痛めつけていて、辺りには鮮血が飛び散っている。ライラは小さな体を更に小さくして、ぐったりと床に倒れ込んでいた。


数人の使用人が、王がライラを殴りつけるただならぬ音に気づき、心配そうに険しい顔のヨシュアを見つめている。


ヨシュアは扉をノックすることも忘れて中に踏み込んだ。


部屋の中は酷い有様で、テーブルに置かれていたはずのガラスの瓶も粉々に砕けてライラに降り注いでいる。


ヨシュアは急いでライラに近づき、ガラスの破片をそっと取り除いた。


血塗れではあるが、ひゅう、ひゅうとか細い息が聞こえることに少しの安堵を覚えながら、ヨシュアはライラを抱き上げた。


「……なんだ、ヨシュア。せっかくいい所だったんだぞ。」


不満そうに口を尖らせる王は、返り血を浴びた顔をぐいと拭った。


「あーあ、血塗れじゃないか。この服、気に入ってたんだが。」


ヨシュアは王が何を考えているのかわからず、不気味なものを見るように王から距離をとった。


ふと中を覗き込んだらしい使用人が惨状に悲鳴をあげ、辺りに集まってきているらしい人の声がざわざわと聞こえてくる。


「陛下、あなた一体何を考えて……」


キョトン、とした顔をすると、王は子供のように無邪気に言った。


「何を言っているんだ、あの女の子供だぞ?それに忌み子だ。理由なんてなくたっていいだろう。マリアやソレイユだって、最近はそれに構わなくなった。なら終わりってことだろう。それになヨシュア、頭の良くない俺だって知ってるんだぞ。化け物を退治するのは、王の仕事だろう?」


唖然として何も言えないでいたが、苦しそうなライラを早く手当しなければ行けないと、ヨシュアは急いで部屋を出た。


すれ違うメイドや貴族が、酷い怪我をしているライラを見て驚いたように道を譲る。


いや、普段柔和なヨシュアが怒りを滲ませた険しい顔で走っているからだろうか。


ヨシュアは医務室へ向かって走っていった。


「……この方は、いつも酷い怪我をしているね。まだ新しい傷も多い。……この方の運命に、幸せがあることを祈るばかりだ。」


悲しそうにそう言う医者は、意識の戻らないライラにつきそうヨシュアに紅茶を渡すと共に座った。


「早死にしそうだね、このままでは。庭にいるのを見たことがあるけど、いつも諦めたような寂しい顔をしている。」


紅茶を手に持ったまま、絞り出すようにヨシュアは言った。


「……どうして、もっと早く部屋に入らなかったのか……ここまで酷く扱われるなんてっ……なぜ、自分の子をここまで追い詰められるんだ!ライラ様はっ……なぜ、なぜ何も言わない!」


ヨシュアの泣き声のような叫びで、ライラが苦しそうに息をする。


医者とヨシュアはそれきり黙ってしまい、辺りにはライラの苦しそうな寝息だけが響いていた。




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