シンデレラになりたい私の話

毬谷 朝一

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かぐや姫伝説は疫病とともに

第27話

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テーブルの上に薬を包んでいる布を置くと、彼らは首を傾げて私を見た。


「これは?開けるよ。」


ジャックはするすると布を解いた。
ジャックの肩越しに彼らはテーブルを覗き込む。


中にある星屑のような美しい粒を見ると、ヘヴンが不思議そうに声を上げた。


「すっごく綺麗な粒だけど、これ何?お菓子?僕こんな光の粒みたいなの、見たことないよ。」


ヘヴンの言葉に、他の面々も頷いて同調する。

私は怖気づきそうな体を奮い立たせ、彼らの目を見て、……やっぱり少し逸らして、恐る恐る告げた。


「……これは、流行病に効くと思われる薬です。あの、ええと……私が作りました。多分、国中に渡るくらいの量はあります。あの、どうですか……?」


落ち着かなくて、手が服裾を触ったり指をもじもじさせてしまう。彼らの反応を見るのが怖くて、私は下を向いていた。


「……材料はなんだ?作り方は?どこで見つけた、いつわかった?本当に効くのか?」


畳み掛けるようにアルが私に問う。


私は言葉をつまらせながら1つ1つ答えた。
緊張で上手く喋ることが出来ない私を、彼らは根気よく待った。


「あ、えっと、材料は2つで、“蓬莱の玉の枝の葉” “月色の瞳の月兎から受けとった海の実”。それを決められた手順で瓶に入れて、“金烏の羽”でかき混ぜます。えっと、そしたらこうなりました。あ…えっと、材料は私が見つけたわけじゃないんです。私のもとに集まるように、届けてくれたんです。」


「……作り方は、昨日の夜に分かりました。夢で、この材料の持ち主や、道具の持ち主が教えてくれたんです。あの、だから……効くか、と言われたら分からないんですけど……多分、効きます。」


そう言うと、俯いていた顔をさらに俯かせて、服の裾を握りしめた。


黙ったままの彼らの顔は見えない。本当は耳だって塞ぎたいくらいだ。


死刑宣告を待つ囚人のように、私は審判を待っていた。


こんな馬鹿げた話、誰が信じるんだ。子供の妄想だと笑われるか、はたまたタチの悪い嘘をつくなと怒鳴られるかもしれない。


というか、夢で見て作りましたってなんなんだ。もっと他にいいようは……


「ライラ」


びくっと体を震わせると、私は目を閉じてはい、と小さな声で答えた。ああ、嫌だ。聞きたくない。


「よくやった。」


え、と声を漏らした私は俯いた顔にかかる髪の隙間から彼らを覗いた。


興味津々に薬を見る彼らは、あれやこれやと話し始める。


「東洋のお菓子にこんなのがあったわね。美味しそうだわ、これなら子供も嫌がらずに飲んでくれそう。小さいから飲みやすいわね。……本当にかわいいわ。1個つまんでもいいかしら。」


「ヴェレナ、薬が足りなくなったら困るだろ。……ふむ、これは流石の僕でも見たことないねぇ。蓬莱の玉の枝って言ったっけ?そう言えば、異世界人が書いたおとぎ話に“カグヤ姫伝説”ってあったよね、確かあれに出てきたはずだよ。」


「カッツェ、それより配る方法を考えるのが先だ。後で商会に行くぞライラ、早く戦略を考えなきゃな。まずは……」


「ギャリー、暴れないで……薬がこぼれる。」


わいわいと騒ぐ彼らの様子は、私の言うことを全て信じているようだった。私はその様子を見て呆然と口を開けた。


信じている?いや、そんなことはありえない。


「ちょ、ちょっと待ってください。なんで?なんで皆、信じたんですか?私が嘘をついているかもしれないのに、こんなの子供の妄想みたいな馬鹿げた話なのに!なんで……」


薬を眺めていたアルが私を向いて、きょとんとした顔で言った。


「なんだ、嘘なのか?」


ヘヴンがにやーと笑い、アルの肩に腕を回して私を見る。


「こんな薬効くわけないだろ!って否定して欲しかったのかなー?」


ヘヴンの言葉に、私はぐっと息を詰まらせた。アルは、そんな私を見て出来の悪い子を見るように笑った。


「お前と出会ってまだ短いけどな、誠実な奴だってことはわかるさ。嘘をつくようなタイプじゃないだろ、…いや、多分ポーカーフェイスで息を吐くように嘘をつけるんだろうけど、こんな風に人に害を与える嘘はつかねえよ。」


ぽん、と頭に手を乗せてぐりぐりと撫でるアルの手は、とても暖かかった。氷のようにこわばっていた体が、陽だまりの中にいるようにじんわりと溶けていく。


「伝説の宝物で作った薬だ、効かないはずないだろ。お前も1人でよく頑張ったな。緊張しただろ。偉いぞ、褒めてやる。」


私の目線に合わせて腰をかがめたアルと目が合った。琥珀色の瞳が蜂蜜のように蕩けていて、私を甘やかすように見ている。


「あ、顔が赤い。……!」


茶化すように言ったヘヴンは、私の顔を見るとぎょっとしたように慌てだした。


なんでだろう、と頬に手を当てると、水滴がぽたりと手の甲に落ちた。


あれ、私、なんで泣いているんだろう。


暖かな心と裏腹に、涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。不思議で、心地のいい涙だった。


泣き続ける私を取り囲んで、皆は私をあやすように甘やかしはじめた。


子供のようにあやされるのはいつぶりだろう。恥ずかしいけれど、それ以上に嬉しかった。




そこからは超スピードで物事が進み始めた。


カッツェの実家、ヨエル商会は国相手でも対等に渡り合える、まさに世界を股に掛ける大商会だ。そこに薬を委託という形で置かせてもらう。


ただ、今回は“売る”のではなく、“配布”という形で薬を世に出す。その代わり、薬の包み紙をヨエル商会の印の入った特別な紙にする。ヨエル商会は今回の流行病で酷いダメージを負っている訳では無いので、今回は慈善事業的なこともするつもりだったらしい。


「薬を国民に無料配布。材料はもうないし、薬はうちしか持っていない。いや、これで国に恩も売れるなぁ。キタルファはうちに高圧的な態度が取れるほどの国という訳でもないし、うん。今回は好きにさせてもらおう。」


人の悪い笑みを浮かべ、カッツェは楽しそうに呟いた。物騒なことを言っているが、今回1番働いてもらうのはカッツェだ。見ないふりをさせてもらおう。


そして、試験的に家で寝込んでいるヘルに薬を飲ませてみた。みるみるうちに回復し、薬としての効果もバッチリだということがわかったので、安心して世に送り出すことが出来る。


「かぐや姫の月薬」という名前になった薬は、ヨエル商会の手によって瞬く間に国中に届けられた。街は華やぎ、活気が戻り始めるのを見ると、ああ、私は間違わなかったんだ、とほっとする。私は笑顔が見られる街を眺めていた。空は真っ青で、雲一つない。まるでこの国の心を現しているようだ。


「ライラ……ちょっといい……?ジャックとカッツェが、呼んでる。」


レディがちょいちょいと手招きして私を呼ぶ。なんだろう、と不思議に思いながらレディについていった。


ついて行った先には、ジャックとカッツェ、それに栗色の髪の見知らぬ女の子がいる。


「ああ、ライラ。この子がどうしてもお礼を言いたいんだって。ごめんね、ライラのこと喋ってるの聞かれちゃったんだ。」


ジャックは私の手を引いて、栗色の髪の女の子の前に連れていった。


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