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序章

第19話

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ああ、なんて甘くてふわふわで暖かい気持ちなんだろう。
私は装備を見てもらうと皆と…仲間と別れて王城へ帰っていた。


あの後、私達は迷々亭に移動して昼食をとった。歓迎パーティと題して、リーナさんやギャリーの作ったたくさんのご馳走を食べ、デザートには特製パンケーキまで出してもらったのだ。ふわふわのパンケーキなんて生まれて初めてで、あまりの美味しさにほっぺが落ちてしまうかと思ったくらいだ。


不思議とこの世界には前世のものと似ているものが多い。

醤油や味噌もあるらしいし、クリームソーダやパンケーキなどもそうだ。
それらは、“異世界人”と呼ばれた、異世界から来た人物が生み出したそうだ。異世界人は優れた能力の持ち主が多く、また子供の頃から才能に溢れていた人も実は異世界の記憶があったり…なんてこともあるらしい。


「このギルドカードもそうなんだよ、昔の異世界人が作ったんだ。“冒険者ギルドには夢とロマンがなきゃ!”って言って本当に作っちゃって、他にも様々な研究で冒険者ギルドの発展に貢献したの。」


ヘルはそう教えてくれた。なるほど、確かにとんでもなく高性能である。色々と無駄に機能もついているらしいが、それもまたロマンなのだろう。


彼らは私の疑問になんでも答えてくれた。

まず、彼らについて。
想像通り、彼らはギルドのトップ格の集まりだったらしい。冒険者ランクは下から順に蟻、蜂、狐、鷲、虎、熊、竜となる。


レディを除く7人は世界中のギルドの最高ランクである「竜」で、アルとギャリーはその中でもずば抜けて強く、「金剛竜」と言うランクを新しく作られる事が決まっているとか。

レディは防御は堅いものの、一人で戦うことは厳しく、純粋な戦闘力は普通の子供より弱いくらいだ。私は、先程の鬼退治の依頼を完了したことで鷲クラスに上がった。レディと同クラスである。それでもこの歳で鷲クラスになれた人は少ないらしい。


「いや、化け物が増えたなぁ!ライラはこれからもっと強くなるだろ?将来が楽しみだ!レディも同い年で話せる奴が出来て嬉しそうで良かった、良かった!」


ジャックはエールを飲みながら、楽しそうに大笑いする。何でも屋としての活動をしているジャックは、薬草や薬についても詳しいらしい。本を読むだけでは詳しくわからないことも、今度会った時に色々と教えて貰いたいと言えば快く承諾してくれた。


どんちゃん騒ぎは夕方まで続き、外は日が傾き始めていた。私は一人一人にお礼を言うと、足早に店をあとにした。


一歩ずつ店から離れていくうちに、静かな優しさが拡がっていく。寂しい気持ちもあるけれど、決して不快な気持ちではなく、ゆったりとした、穏やかな布に包まれているようだった。


怪我をした足を引きずりながら王城へ戻り、さっさと着替えを済ませる。

部屋の中で一息ついた私は、テーブルの上に置いてある水差しを見てふとした違和感を覚えた。


(あれ……また、水が無くなってる……朝入れたはずなのに、どうしてだろう。そう言えば最近、水を貰いに行く回数が多いな。忌み子の私だから部屋を掃除してくれるメイドに入れてもらえることは少ないけれど、これはちょっとおかしい。まあ水飲んでないけど。)


私は呪文を唱えて水差しを浄化する。

そして、水差しを持って厨房に向かい、水を入れてもらうことにした。


厨房が見えてくると、中にメイドがいるのか誰かが喋っている声が聞こえる。


私は声をかけようとしたが、会話が聞こえてくると途端に足を止めた。


「あんたさぁ、第二王子殿下に嫌がらせするのそろそろやめたらどうなの?」


今日の朝、厨房で話したメイドの声だ。


「第二王子だなんて!私は認めないわよ、あんなのが王子だなんて。黒髪に金目?冗談じゃないわよ、水差しの水を捨てるくらいいいでしょうよ。」


そっと厨房の中を覗くと、2人のメイドが休憩をしているらしい様子が見えた。


「そりゃね、ずっと暴行を受けてたのは可哀想だけどしょうがないじゃない。だって王族じゃないんですもの。第一王子殿下が早く王太子になってくださらないかしら、そしたら陛下もあの黒髪もまとめて追い出してくれるのに。」


「ちょっと、本当に不敬だからやめなさいよ。…あ、そう言えば第二王子殿下、最近仕事も勉強もさせて貰えなくなったらしいわね。書庫にいるのか全く会わないけど、まあ夜までそこに居てくれるのなら私もありがたいわ。」


「仕事も勉強もさせてもらえないなんて、やっぱり王妃様は追い出すつもりなのね!よかったわ、あの子少し気味悪いじゃない、何考えてるのかわからないし。なまじ出来がいいぶん、殿下に何かあったら大変だと思っていたの。」


「ほんと、ソレイユ様はまだ教育もしっかり受けていたし、天才と言えども可愛らしかったわ。たまに転んだりしていて。ただ、ライラ様はずっと虐待されてたじゃない。あの後すんなり生活されていてちょっと恐ろしかったわ。祝福も勉強も運動もなんでも出来るし、聞き分けもとてもいい。普通じゃないというか、観察されているみたいな気もしたの。正直……才能がありすぎて、王家では扱いに困るのでしょうね……」


「やっぱり要らない子だったのよ。ソフィア様はあんなに素晴らしい方だったのに、全く、泥を塗ってどういうつもりかしら。……生まれてきたのがまちがいだったのよ。」



『あんたなんか、産まなきゃよかった!』



心臓がドクンと音を立てた。


死と隣り合わせだった鬼退治の時は音を立てなかった心臓が、メイドの言葉ひとつでこんなにも揺れ動く。

真っ白になって動けない私の腕から誰かがすっと水差しを抜き取り、横を通って厨房へ入っていった。


「すみません、水をもらえますか。」


突然厨房に入ってきた、にこやかに話しかける男性に目を奪われたようなメイド達は、はっと我に返ったように水を入れ始めた。


「あ、ああ!はい!ヨシュア様、どうぞ……あの、私達の話、聞かれていました?」


「……いいえ?ただ、聞かれては不味い内容の話ならこんなところで話すべきではない、とは思いますね。」


そう言うと、気まずそうに顔を歪めるメイド達に目を向けることも無く廊下へ戻ってきた。


ヨシュア、と呼ばれたクリーム色に薄い青緑の目をした男は、私が昔廊下でぶつかり、マリア達の仕事を手伝うきっかけになった人だ。


彼は私に水差しを手渡すと、先程聞こえていたであろう話には触れず、優しく微笑んだ。


「お久しぶりですね、ライラ様。」


「ヨシュアさん……ありがとう、ございます。」


私は情けなくて、少し苦笑いでお礼を言った。

ヨシュアは少し話したいことがあるらしく、部屋に行ってもいいか尋ねた。


「王妃様から言伝を頼まれておりまして。……ああ、悪い話ではないので安心してください。」


私は部屋のテーブルに水差しを置き、ヨシュアとソファに腰かけた。


「ええっとですね、突然で申し訳ないのですが、明日、予定がはいりました。王城の庭でお茶会です。側近…という程でもありませんが、まあ要するにお友達を作りましょう、ということらしいですね。お茶会のマナーは大変よろしいとマナー講師が言っておりました、まあ大丈夫でしょう。」


お茶会。貴族の子供がいっぱい来る集まり。


……ああ……もうなんと言えばいいのかわからないけど……とりあえず……


「友達…作れると、思っているのですね。あなた方は。」


私が苦々しくそう言うと、ヨシュアは苦笑して足を組みかえた。


「……まあ、口さがないことを言う輩がほとんどでしょうね。貴族は高位になればなるど血を大切にする傾向がありますから。ただ、そう身構えなくても大丈夫です。私が公爵家の次男だということはご存じですか?」


初耳ですね。


「…兄は王の侍従だったのですが、数年前に死にまして。殿下の想像通りですよ。まあそれはいいのです。そう、私の弟が殿下と同い年でして、明日のお茶会に参加するのですよ。私としてはあの子と仲良くしていただけると大変嬉しく思います。きっと合いますよ、私と似た顔立ちをしているのですが、少しキツめの顔立ちですね。美人系です。」


ほわほわと嬉しそうに笑うヨシュアは色気のあるお兄さんという感じだが、なるほど、キツめの顔立ちだとどうなるのだろうか。


兄という男のことを考えないように、私は明日のお茶会を楽しみにする、とヨシュアに伝えた。


それでは明日迎えに参ります、と言うと、ヨシュアは部屋から出ていった。



一人部屋にいると、後から後から嫌な感情が浮かび上がり、苦しさに息が詰まりそうになる。私はそれを振り払うように頭を振るが、消しきることはできずに体を鎖に縛りつけられたような心地になった。

私はそれを押し流すように、グラスに水を入れ一息に飲み干した。


いつもの様に薬草を束にしたあと、いい香りのハーブを袋に詰めて、枕元に置いた。


大丈夫、大丈夫、大丈夫

大丈夫だ。今度こそ、私は。


私は鏡に映る黒髪と、金色の目の少女のような姿を見ないように、夕食をおざなりに食べるとすぐにベッドに横になった。


────────────────────


「そう言えばさぁ、あの子何を諦めてるんだい?」


カッツェはエールをぐびぐび飲みながら、同じようにぐびぐび飲むヘヴンに話しかけた。


「あー、カッツェもそう思った?やっぱり商人の目で見てもそう思うんだぁ。でもね、ライラ全然自分のこと話さないんだよねぇ。ま、ワケありみたいだし、自分から言うまで待つしかないよねー。」


ヘヴンがそう言うと、すっかり酔いの回ったヴェレナがテーブルをバンバンと叩き、ギャリーに絡む。


「そうよ、ライラの目と黒髪、なんて綺麗なのかしらね!!金色の目……あの諦めたような眼差し……ああ、6歳であんな色気を出すなんて、きっと辛い思いをしてきたに違いないわ!ライラーーー!!私が守ってあげるからねーーー!!!」


飲みすぎだよぉ、と水を差し出すヘルに抱きつくヴェレナはギャリーに酒を取り上げられてまた喚く。


それを笑って見ているカッツェは、少し考え事をしながらゆっくりと爪楊枝でタコわさをつまむとポイと口に放り込んだ。


爪楊枝をクルクルといじりながら、カッツェはうーん、と傍に置いてあるカバンから出した、今回の旅で出会った数々の品物を眺める。


奥に置いてある美しいガラス細工に入っている小瓶は異国のもので、ラベルに書いてある効能は“色変え薬”。髪の色や瞳の色、肌の色を変えることの出来る珍しいものだ。


(あの子、じっとこれ見てたんだよなぁ……それに、6歳の黒髪の金目。まあ十中八九……)


はーあ、とため息をつくとぎゃあぎゃあと騒ぐ仲間の姿を呆れたように見て笑った。


(絶対気づいてないだろうなぁ……まあ、いいか。)


小瓶をカバンにしまい込むと、テーブルに飛び散ったエールの水滴をさっと拭き、喧嘩に発展しそうな酔っ払いを諌めに立ち上がった。


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