6 / 9
第六章
しおりを挟む
だが遠智は、そのような腹立ち紛れの春川の脅しをまったく意に介する様子もなく、
「そういや、ちょうどいい具合に、御祓のできるところがありますよ。」
と、なおも呑気に言った。春川は、いよいよばかばかしくなり、いささか乱暴に返した。
「そりゃ、有難いこった。この島に神社なんかあるのですか?人口わずか27名の島に?」
「ありますよ。」
遠智は、少し胸を張り、不思議なことだが少し目を輝かせて、誇らしげにそう言った。
「貴君が訝しむとおり、島の人口は27人。尾口辰造氏が死去して現在26名。これしか居ない。しかも就労可能人口11名のうち半数以上の6名があの斎場に勤め、残り5名のうち1名は漁業、2名は農業。さらに残る2名のうちの1名は私だ。」
突然、どこかよそよそしく前時代的な、もって廻った言い方になった。そして、春川の目をまっすぐ見つめると、両方の口角をはっきり上げてまるで俳優のようにニッコリ笑い、
「そして、最後に残る一人が神官だ。」
と言った。
この気の良さそうな歳上の役人の気分を害してしまったかと思い、少し反省した春川が、
「なるほど。それでは島に神社があるのですね?」
と丁寧な口調で問うと、遠智は表情を変えず、はっきりと首を横に振った。
「いえ。それは違います。」
「はい?しかし、神職は神社があってこその職掌でしょう?」
春川は、なおも問うた。その際さりげなく「神官」を「神職」と言い換えた。日本国憲法においては、戦前の国家神道を否定する立場から、神道の祭祀を執り行う者に「官」は付けない。
国家公務員らしい、その配慮とこだわりを、しかし遠智はあからさまに冷笑した。
「神社だって?馬鹿馬鹿しい。この島には、元からさらに神々しき真の神がおわす。私の言う神官は、その神にお仕えしておられるのだ。行くと良い。行くと良いぞ。ぜひ、お行きなさい。」
「行くとは・・・どこへ?神社ではないのですね?」
話に全くついていけなくなった春川が途方に暮れて尋ねると、遠智はやや口調を和らげて、言った。
「そのとおりです。外からやって来た人には、いささかわかりにくい話かもしれませんね。申し訳ありません。」
そう言って素直に詫び、軽く頭を下げた。そしてこの島に古来より伝わる神事や伝承について、要点を春川に説明した。
「いまから30年くらい昔、ここから遠く離れた沖縄の与那国島の沖合に、海底遺跡があると評判になったことがあったでしょう?」
「あ、もちろん覚えています。当時まだ僕は生まれていませんでしたが、子どもの頃に雑誌やテレビで何度も見たことが。巨大な階段状の、あの遺跡ですよね。」
「その通り。当時はかなりセンセーショナルに扱われ、これは今から1万年以上も昔の巨石文明の遺物だとか、古のムー大陸の痕跡に違いないとか、さまざまに喧伝され有名になりました。しかし、その後なぜかこの話題はトーン・ダウンし、既存の学会からさまざまな反論がなされ、その幾何学的な形状はおそらく、層状節理という現象によりできた、あくまで天然の地形であると説明されて来ました。」
「たしか現場付近に、同じような層状節理によってできた別の岩が露頂してるんでしたよね?」
春川は、当時目にしたさまざまな記事や番組の記憶を必死に手繰り寄せ、遠智に話を合わせた。
「サンニヌ台のことですね。その通りです。あれは確かに自然地形ですが、海底遺跡のほうは違います。あれは完全に人工物です。我々は、そのことを知っている。そして、この島にもそれがある。」
・・・どうも、話が思わぬ方向に波及しはじめている。
やや焦りを感じた春川だったが、同時にこの話にはどこか、彼の心をその奥底から拘て放さぬ魅力のようなものがある。たったいま遠智は「我々は」と言った。 我々は知っている、と。我々、とは誰と誰のことか。そしていったんは人工物であることを否定された巨石遺跡が、やはり人工物であることを知っていると断言する、その根拠は何か?
わからぬことだらけであるが、春川には、遠智が決して出鱈目を並べている訳ではないことが理解できた。彼は、何かそう確信する強固な理由を持っている。そして今や、春川はその理由が何か猛然と知りたくなって来ているのであった。
「遠智さん、あなたは、僕にその神職の人に会いに行けと言いたいのですね?そして彼に御祓を受けろと。」
遠智は目を輝かせて、頷いた。しかし同時にこう言った。
「彼、ではなく彼女、です。波瑠巳さまは、島の西側、擬斗の断崖のたもとで、貴方を待っておられます。」
「そういや、ちょうどいい具合に、御祓のできるところがありますよ。」
と、なおも呑気に言った。春川は、いよいよばかばかしくなり、いささか乱暴に返した。
「そりゃ、有難いこった。この島に神社なんかあるのですか?人口わずか27名の島に?」
「ありますよ。」
遠智は、少し胸を張り、不思議なことだが少し目を輝かせて、誇らしげにそう言った。
「貴君が訝しむとおり、島の人口は27人。尾口辰造氏が死去して現在26名。これしか居ない。しかも就労可能人口11名のうち半数以上の6名があの斎場に勤め、残り5名のうち1名は漁業、2名は農業。さらに残る2名のうちの1名は私だ。」
突然、どこかよそよそしく前時代的な、もって廻った言い方になった。そして、春川の目をまっすぐ見つめると、両方の口角をはっきり上げてまるで俳優のようにニッコリ笑い、
「そして、最後に残る一人が神官だ。」
と言った。
この気の良さそうな歳上の役人の気分を害してしまったかと思い、少し反省した春川が、
「なるほど。それでは島に神社があるのですね?」
と丁寧な口調で問うと、遠智は表情を変えず、はっきりと首を横に振った。
「いえ。それは違います。」
「はい?しかし、神職は神社があってこその職掌でしょう?」
春川は、なおも問うた。その際さりげなく「神官」を「神職」と言い換えた。日本国憲法においては、戦前の国家神道を否定する立場から、神道の祭祀を執り行う者に「官」は付けない。
国家公務員らしい、その配慮とこだわりを、しかし遠智はあからさまに冷笑した。
「神社だって?馬鹿馬鹿しい。この島には、元からさらに神々しき真の神がおわす。私の言う神官は、その神にお仕えしておられるのだ。行くと良い。行くと良いぞ。ぜひ、お行きなさい。」
「行くとは・・・どこへ?神社ではないのですね?」
話に全くついていけなくなった春川が途方に暮れて尋ねると、遠智はやや口調を和らげて、言った。
「そのとおりです。外からやって来た人には、いささかわかりにくい話かもしれませんね。申し訳ありません。」
そう言って素直に詫び、軽く頭を下げた。そしてこの島に古来より伝わる神事や伝承について、要点を春川に説明した。
「いまから30年くらい昔、ここから遠く離れた沖縄の与那国島の沖合に、海底遺跡があると評判になったことがあったでしょう?」
「あ、もちろん覚えています。当時まだ僕は生まれていませんでしたが、子どもの頃に雑誌やテレビで何度も見たことが。巨大な階段状の、あの遺跡ですよね。」
「その通り。当時はかなりセンセーショナルに扱われ、これは今から1万年以上も昔の巨石文明の遺物だとか、古のムー大陸の痕跡に違いないとか、さまざまに喧伝され有名になりました。しかし、その後なぜかこの話題はトーン・ダウンし、既存の学会からさまざまな反論がなされ、その幾何学的な形状はおそらく、層状節理という現象によりできた、あくまで天然の地形であると説明されて来ました。」
「たしか現場付近に、同じような層状節理によってできた別の岩が露頂してるんでしたよね?」
春川は、当時目にしたさまざまな記事や番組の記憶を必死に手繰り寄せ、遠智に話を合わせた。
「サンニヌ台のことですね。その通りです。あれは確かに自然地形ですが、海底遺跡のほうは違います。あれは完全に人工物です。我々は、そのことを知っている。そして、この島にもそれがある。」
・・・どうも、話が思わぬ方向に波及しはじめている。
やや焦りを感じた春川だったが、同時にこの話にはどこか、彼の心をその奥底から拘て放さぬ魅力のようなものがある。たったいま遠智は「我々は」と言った。 我々は知っている、と。我々、とは誰と誰のことか。そしていったんは人工物であることを否定された巨石遺跡が、やはり人工物であることを知っていると断言する、その根拠は何か?
わからぬことだらけであるが、春川には、遠智が決して出鱈目を並べている訳ではないことが理解できた。彼は、何かそう確信する強固な理由を持っている。そして今や、春川はその理由が何か猛然と知りたくなって来ているのであった。
「遠智さん、あなたは、僕にその神職の人に会いに行けと言いたいのですね?そして彼に御祓を受けろと。」
遠智は目を輝かせて、頷いた。しかし同時にこう言った。
「彼、ではなく彼女、です。波瑠巳さまは、島の西側、擬斗の断崖のたもとで、貴方を待っておられます。」
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
バベル病院の怪
中岡 始
ホラー
地方都市の市街地に、70年前に建設された円柱形の奇妙な廃病院がある。かつては最先端のモダンなデザインとして話題になったが、今では心霊スポットとして知られ、地元の若者が肝試しに訪れる場所となっていた。
大学生の 森川悠斗 は都市伝説をテーマにした卒業研究のため、この病院の調査を始める。そして、彼はX(旧Twitter)アカウント @babel_report を開設し、廃病院での探索をリアルタイムで投稿しながらフォロワーと情報を共有していった。
最初は何の変哲もない探索だったが、次第に不審な現象が彼の投稿に現れ始める。「背景に知らない人が写っている」「投稿の時間が巻き戻っている」「彼が知らないはずの情報を、誰かが先に投稿している」。フォロワーたちは不安を募らせるが、悠斗本人は気づかない。
そして、ある日を境に @babel_report の投稿が途絶える。
その後、彼のフォロワーの元に、不気味なメッセージが届き始める——
「次は、君の番だよ」
逢魔ヶ刻の迷い子3
naomikoryo
ホラー
——それは、閉ざされた異世界からのSOS。
夏休みのある夜、中学3年生になった陽介・隼人・大輝・美咲・紗奈・由香の6人は、受験勉強のために訪れた図書館で再び“恐怖”に巻き込まれる。
「図書館に大事な物を忘れたから取りに行ってくる。」
陽介の何気ないメッセージから始まった異変。
深夜の図書館に響く正体不明の足音、消えていくメッセージ、そして——
「ここから出られない」と助けを求める陽介の声。
彼は、次元の違う同じ場所にいる。
現実世界と並行して存在する“もう一つの図書館”。
六人は、陽介を救うためにその謎を解き明かしていくが、やがてこの場所が“異世界と繋がる境界”であることに気付く。
七不思議の夜を乗り越えた彼らが挑む、シリーズ第3作目。
恐怖と謎が交錯する、戦慄のホラー・ミステリー。
「境界が開かれた時、もう戻れない——。」

迷い家と麗しき怪画〜雨宮健の心霊事件簿〜②
蒼琉璃
ホラー
――――今度の依頼人は幽霊?
行方不明になった高校教師の有村克明を追って、健と梨子の前に現れたのは美しい女性が描かれた絵画だった。そして15年前に島で起こった残酷な未解決事件。点と線を結ぶ時、新たな恐怖の幕開けとなる。
健と梨子、そして強力な守護霊の楓ばぁちゃんと共に心霊事件に挑む!
※雨宮健の心霊事件簿第二弾!
※毎回、2000〜3000前後の文字数で更新します。
※残酷なシーンが入る場合があります。
※Illustration Suico様(@SuiCo_0)
【1分読書】意味が分かると怖いおとぎばなし
響ぴあの
ホラー
【1分読書】
意味が分かるとこわいおとぎ話。
意外な事実や知らなかった裏話。
浦島太郎は神になった。桃太郎の闇。本当に怖いかちかち山。かぐや姫は宇宙人。白雪姫の王子の誤算。舌切りすずめは三角関係の話。早く人間になりたい人魚姫。本当は怖い眠り姫、シンデレラ、さるかに合戦、はなさかじいさん、犬の呪いなどなど面白い雑学と創作短編をお楽しみください。
どこから読んでも大丈夫です。1話完結ショートショート。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる