灯台守

早川隆

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第六章

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だが遠智は、そのような腹立ち紛れの春川の脅しをまったく意に介する様子もなく、
「そういや、ちょうどいい具合に、御祓おはらいのできるところがありますよ。」
と、なおも呑気に言った。春川は、いよいよばかばかしくなり、いささか乱暴に返した。
「そりゃ、有難いこった。この島に神社なんかあるのですか?人口わずか27名の島に?」

「ありますよ。」
遠智は、少し胸を張り、不思議なことだが少し目を輝かせて、誇らしげにそう言った。
「貴君が訝しむとおり、島の人口は27人。尾口辰造氏が死去して現在26名。これしか居ない。しかも就労可能人口11名のうち半数以上の6名があの斎場に勤め、残り5名のうち1名は漁業、2名は農業。さらに残る2名のうちの1名は私だ。」

突然、どこかよそよそしく前時代的な、もって廻った言い方になった。そして、春川の目をまっすぐ見つめると、両方の口角をはっきり上げてまるで俳優のようにニッコリ笑い、
「そして、最後に残る一人が神官だ。」
と言った。



この気の良さそうな歳上の役人の気分を害してしまったかと思い、少し反省した春川が、
「なるほど。それでは島に神社があるのですね?」
と丁寧な口調で問うと、遠智は表情を変えず、はっきりと首を横に振った。
「いえ。それは違います。」

「はい?しかし、神職は神社があってこその職掌でしょう?」
春川は、なおも問うた。その際さりげなく「神官」を「神職」と言い換えた。日本国憲法においては、戦前の国家神道を否定する立場から、神道の祭祀を執り行う者に「官」は付けない。

国家公務員らしい、その配慮とこだわりを、しかし遠智はあからさまに冷笑した。
「神社だって?馬鹿馬鹿しい。この島には、元からさらに神々しき真の神がおわす。私の言う神官は、その神にお仕えしておられるのだ。行くと良い。行くと良いぞ。ぜひ、お行きなさい。」

「行くとは・・・どこへ?神社ではないのですね?」
話に全くついていけなくなった春川が途方に暮れて尋ねると、遠智はやや口調を和らげて、言った。
「そのとおりです。外からやって来た人には、いささかわかりにくい話かもしれませんね。申し訳ありません。」

そう言って素直に詫び、軽く頭を下げた。そしてこの島に古来より伝わる神事や伝承について、要点を春川に説明した。



「いまから30年くらい昔、ここから遠く離れた沖縄の与那国島の沖合に、海底遺跡があると評判になったことがあったでしょう?」
「あ、もちろん覚えています。当時まだ僕は生まれていませんでしたが、子どもの頃に雑誌やテレビで何度も見たことが。巨大な階段状の、あの遺跡ですよね。」

「その通り。当時はかなりセンセーショナルに扱われ、これは今から1万年以上も昔の巨石文明の遺物だとか、いにしえのムー大陸の痕跡に違いないとか、さまざまに喧伝され有名になりました。しかし、その後なぜかこの話題はトーン・ダウンし、既存の学会からさまざまな反論がなされ、その幾何学的な形状はおそらく、層状節理そうじょうせつりという現象によりできた、あくまで天然の地形であると説明されて来ました。」

「たしか現場付近に、同じような層状節理によってできた別の岩が露頂ろちょうしてるんでしたよね?」
春川は、当時目にしたさまざまな記事や番組の記憶を必死に手繰り寄せ、遠智に話を合わせた。
「サンニヌ台のことですね。その通りです。あれは確かに自然地形ですが、海底遺跡のほうは違います。あれは完全に人工物です。我々は、そのことを知っている。そして、この島にもそれ・・がある。」



・・・どうも、話が思わぬ方向に波及しはじめている。

やや焦りを感じた春川だったが、同時にこの話にはどこか、彼の心をその奥底からとらえて放さぬ魅力のようなものがある。たったいま遠智は「我々は」と言った。 我々は知っている、と。我々、とは誰と誰のことか。そしていったんは人工物であることを否定された巨石遺跡が、やはり人工物であることを知っていると断言する、その根拠は何か?

わからぬことだらけであるが、春川には、遠智が決して出鱈目でたらめを並べている訳ではないことが理解できた。彼は、何かそう確信する強固な理由を持っている。そして今や、春川はその理由が何か猛然と知りたくなって来ているのであった。

「遠智さん、あなたは、僕にその神職の人に会いに行けと言いたいのですね?そして彼に御祓おはらいを受けろと。」



遠智は目を輝かせて、うなずいた。しかし同時にこう言った。
「彼、ではなく彼女、です。波瑠巳はるみさまは、島の西側、擬斗ギトの断崖のたもとで、貴方を待っておられます。」
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