灯台守

早川隆

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第五章

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「ははーん、では、出たんですね。久しぶりに聞きましたよ。」
遠智おちというこの島唯一の役場の職員が、春川に言った。

春川は翌朝、明るい陽光のこぼれる部屋に一人で寝ていたことに気付き、昨夜感じた、あの添寝をしていたのが誰か確かめるすべもなく、そのまま役場に来て遠智にそのことを話したのだ。柱時計もちゃんとチェックしたが、それが昨夜に少しでも動いた形跡は、どこにもなかった。

「まあ、夢を見ただけなんだとは、思いますけれどもね。」
春川は恥ずかしそうに言った。
「ですが、いわゆる霊感豊かな体質じゃないし、あんな妙な、とても生々しい夢を見たのは、生まれて初めてなものだから。」

遠智は遠慮なく笑うと、
「なに、体質なんて関係ありませんよ。あそこじゃ、出る時は出るんです。昔、住み込みで働いていた灯台守の夫婦の霊らしいですけどね。でも何か悪さをするでもなく、なにを訴えるでもなく、いつの間にかいなくなるそうですよ。」

「そういえばその前、ランニングを着たお年寄りに警告されたんだった。そろそろ出る、って。」
春川は思い出し、そしてすぐに言い直した。
「いや、違います。出ると言ったんじゃない。お戻りになる、確かあのご老人はそのような表現をしました。」

「へえ?誰だろ、それは。」
遠智は驚き、
「どこで言われたんです?あの灯台の近くですか?」
「ええ、そうです。錆び付いた古い自転車を押して、麦わら帽を被った小柄なお年寄りでした。」

春川がそう言うと、遠智はギョッとしたような顔になった。
「まさか!それ、辰造さんじゃなかろうか?」
「タツゾウさん?」
「ええ。あのあたりに、そんな風態で自転車で通りがかるとしたら・・・辰造さんだ。家が坂のたもとにありましてね。今や、この島で二人しかいない漁師です。それで・・・。」


「それで?」
「二日ほど前に、亡くなりましたよ。ちょうどあなたが島に来る前日です。」
「なんだって!」
春川は、腰が抜けそうになるくらいに驚いた。

「そんな馬鹿な!会ったのは、きのうの夕方です。じゃ、私は、死人の霊と立ち話を交わしたと言いたいんですか?他人の空似でしょう?その人は、ぜったいに誰か違う人だ。」
しかし遠智は、なにやら真剣な顔をして眉根を寄せ、考え込みながら苦しそうにこう言った。

「いや、それは絶対に辰造さんですよ。この島の全人口は27人。私はこの島で生まれ育ち、もちろんその全員をよく知っている。あの場所で、そういう風態でそんな風に口をきくのは、絶対に辰造さんだけです。あなたは、夕暮れ前にも理解しがたい霊現象に遭遇したんですよ。どうやら、何かがいてるな。早めに御祓おはらいをしといた方がいいね。」



春川は、呆然としてこの島役場の役人を眺めた。彼がこうした理解しがたい超常現象をごく当たり前に受け入れていることにも驚いたが、これほど不審な事件が起こったにも関わらず、なにがしか調査してみようとか、あるいは島外の警察署に届け出るようなことすら勧めようとしない、公務員としての怠慢さに呆れてしまったのである。

もう、この男とこれ以上話していても仕方がない。春川は話を打ち切ると、JCGの属する国土交通省職員としてのかおに戻り、灯台の維持管理の酷さを報告書に載せる旨を伝えた。これはもちろん、灯台に責を負わぬ島の役場にはなんの関係もない話だが、もしあちこちに付着していた汚れが島民の誰かによる意図的な悪戯なのだとしたら、最悪の場合、あとで個別の訴訟の対象になり得る。

また、敷地への不法侵入と器物破損は、ある種の刑法案件だ。なにしろ沖合の航路の安全を担保するための重要なインフラである。それへの妨害行為は厳重に対処されるべきであった。今度この島に春川とともにやって来るのは、民間の修理委託会社の作業員たちと、最寄りの本土の警察署員とになるであろう。

それはおそらく、日頃、警察沙汰とは縁遠いこの島の住民たちにとって、大事件のはずである。
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