灯台守

早川隆

文字の大きさ
上 下
2 / 9

第二章

しおりを挟む
通常、こうした任務は最低でも二人1組で行われる。離島に泊まりがけという内容から当然のことだ。しかし昨今の厳しい就労状況や予算の削減、さらに隣接する第十一管区が抱える巨大な隣国との領土問題 (例の尖閣諸島のことだ)への後方支援対応に人手を割かれ、誠に遺憾ながら前記の原則についても、このところはしばしば、例外を黙認しないといけないことも多い。

今回の春川の任務も、まさにそれだった。内容は、ごくありきたりな光波標識施設の保守管理業務。ある程度の不具合が予想されることから、国内に幾つかしかない専門メーカーに競争入札させるための仕様書作りが、言って仕舞えば今回の彼の仕事の全てである。本来は報告書作成までが任務の範囲なのだが、管区司令部の事務要員の不足は目を覆うばかりだ。経験豊かな「電燈屋」として、報告書と同時に仕様書の原型をまとめることくらいは、俸給相当の付帯任務として、まあ妥当なところだ。



春川は口笛を吹きながらひび割れた一車線の舗装道路を島の南端まで歩き、無人の灯台の鍵を開け、要領よく施設の現状を点検してから、夕暮れまでには大体の問題点を把握した。

この灯台の投光器に採用されている旧式のフレネルレンズは、直径が1メートルを越える。その、何枚もの屈折レンズと反射レンズを組み合わせた化物の鎧のような重量物をスムースに回転させるため、下部は水銀を充填した巨大な槽構造となっており、レンズはいわば、その水銀の上に半分浮いた状態のまま、省電力電動機の作用でぐるぐると廻る。

まず、レンズの磨き上げ方がなっていなかった。灯塔の四周に頑丈な強化ガラスの玻璃板はりはんめてあるにもかかわらず、まるで巨大な海鳥が丸ごと糞尿をぶっかけたような汚れがレンズのあちこちに付着し、投光性能を大きく低下させている。また、水銀槽の周囲にも何やら不気味な汚物が付着し、そのスムースな動作を損ねているようだ。また、詳細はきちんと調べ直さないとわからないが、配線もぐちゃぐちゃに乱れて、おそらくは電気系統にも何らかの悪影響を与えているように思われた。

まったく、前回の定時点検を担当した奴ら、いったい何をやってたんだ。これじゃ、この灯台がまだなんとか動いてるだけでも幸運だよ!

春川は少し怒りながら、この為体ていたらくをなんと報告したら良いか考えた。いや、しかし、まだ時間はたっぷりある。なにしろ「さかなみ」が巡視航路の帰りに自分を拾い上げに来るまで、あと二日ほどある。それまで彼はずっと灯台の維持管理に任じているという建前だが、実は定の良い「甲羅干し」をして、ただ船を待てば良い。誰も来ない離島任務における「役得」といえた。

報告書の記載作業を明日に廻そうと決めた春川は、灯台に併設された旧官舎の古びた壁を見上げた。以前、ここがまだ有人の灯台だった頃に灯台守として赴任していた夫婦の住居で、もちろん今はもう誰も住んでいない。だが内部に置かれた大型の金庫の中に糧食や燃料、電池やその他必需品は常備されており、こうした任務の際に夜を明かすには、もちろんなんの不具合もない。

離島ゆえ、まともに通じるのは短波ラジオのみ。通信の進歩から取り残された老人ばかりのこの島には基地局が設置されておらず、海底ケーブルも敷設されていないため、インターネットや携帯電話は、まあ利用できないものと覚悟しておいた方が良い。しかしそれでも、基本的に孤独を愛する体質の春川にとっては大して苦ではない。このくらいの寂しさに耐えきれない者に、そもそもこの仕事は務まらないのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百物語 厄災

嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。 小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

ルッキズムデスゲーム

はの
ホラー
『ただいまから、ルッキズムデスゲームを行います』 とある高校で唐突に始まったのは、容姿の良い人間から殺されるルッキズムデスゲーム。 知力も運も役に立たない、無慈悲なゲームが幕を開けた。

実体験したオカルト話する

鳳月 眠人
ホラー
夏なのでちょっとしたオカルト話。 どれも、脚色なしの実話です。 ※期間限定再公開

鬼手紙一古代編一

ぶるまど
ホラー
一『今から話すのは…千年前の私達の《過去》についてだ』一 一あらすじ一 今明かされる《鬼灯六人衆》結成の物語。 物語の舞台は千年前へと遡る。千年前…かつて妖怪と神と人間の距離が近いとされた時代であった。 五十嵐家の初代当主である五十嵐家 秋声は鬼巫女である双葉 氷見子と和華を守るため《鬼灯六人衆》を結成することを決意する。鬼神の予言により3人が選び出された。秋声は氷雨と辰三郎と共に予言された3人の元へと向かい、仲間になるように交渉するのだが…?

人形の輪舞曲(ロンド)

美汐
ホラー
オカルト研究同好会の誠二は、ドSだけど美人の幼なじみーーミナミとともに動く人形の噂を調査することになった。 その調査の最中、ある中学生の女の子の異常な様子に遭遇することに。そして真相を探っていくうちに、出会った美少女。彼女と人形はなにか関係があるのか。 やがて誠二にも人形の魔の手が迫り来る――。 ※第1回ホラー・ミステリー小説大賞読者賞受賞作品

182年の人生

山碕田鶴
ホラー
1913年。軍の諜報活動を支援する貿易商シキは暗殺されたはずだった。他人の肉体を乗っ取り魂を存続させる能力に目覚めたシキは、死神に追われながら永遠を生き始める。 人間としてこの世に生まれ来る死神カイと、アンドロイド・イオンを「魂の器」とすべく開発するシキ。 二人の幾度もの人生が交差する、シキ182年の記録。 (表紙絵/山碕田鶴)  ※2024年11月〜 加筆修正の改稿工事中です。本日「66」まで済。

オカルト嫌いJKと言霊使いの先輩書店員

眼鏡猫
ホラー
書店でアルバイトをする女子高生、如月弥生(きさらぎやよい)は大のオカルト嫌い。そんな彼女と同じ職場で働く大学生、琴乃葉紬玖(ことのはつぐむ)は自称霊感体質だそうで、弥生が発する言霊により悪いモノに覆われていると言う。一笑に付す弥生だったが、実は彼女には誰にも言えないトラウマを抱えていた。

二人称・短編ホラー小説集 『あなた』

シルヴァ・レイシオン
ホラー
普通の小説に読み飽きたそこの『あなた』 そんな『あなた』にオススメします、二人称と言う「没入感」+ホラーの旋律にて、是非、戦慄してみて下さい・・・・・・ ※このシリーズ、短編ホラー・二人称小説『あなた』は、色んな"視点"のホラーを書きます。  様々な「死」「痛み」「苦しみ」「悲しみ」「因果」などを描きますので本当に苦手な方、なんらかのトラウマ、偏見などがある人はご遠慮下さい。  小説としては珍しい「二人称」視点をベースにしていきますので、例えば洗脳されやすいような方もご観覧注意、願います。

処理中です...