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第六章 意地
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「狂疾、のう・・・。」
秀吉が、感慨深げに繰り返した。そして何度か頷き、なにごとか思い返しているようだったが、やがて目元を皺だらけにし、にっこり笑ってこう言った。
「たしかに、お館様にゃあ、狂疾とも思えるような一面があったのう。せっかちで、唐突で、我儘で。ただでさえ愚鈍な儂にゃあ、いっつも、思いもよらぬところから思いもよらぬ命が降ってくるけ、お聞きするたび右往左往よ。それもこれも、ある種の狂疾の病からくるものだと思えば、なるほど合点がいくわい。」
あまりに直截な物言いに、又助と、そして先ほどその言葉を発した張本人である弥三郎自身が、目を見交わした。秀吉は、笑顔のまま続けた。
「なに、儂らの仲でよ。なんも気にせず、ただ思うがまま語ろうがや。もう亡くなられたお館様への気遣いや忖度はいっさい、無しじゃ。後ろに控えおる佐吉以外、この話を聞いてる者はにゃあで。佐吉は儂が長浜で見出した子飼いでよ。信頼が置け、口も固い。だから使うちょる。ちょうど、昔の弥三郎さんみたいなもんよ。もっとも、弥三郎さんと違うて無粋者での。計数は得手じゃが、舞も歌もまるっきり駄目だがよ。」
そう言って、背後を振り返った。才槌頭が、やや顔を赤らめながら頭を下げ、その事実を認めた。
「計数が得手とは。それは羨ましい限り。拙者は逆に、そうしたことには疎うござる。街道沿いの宿場など預かり、そこに住する者のほとんどは商人であるにも関わらず、拙者、算盤勘定は大いに苦手で。」
今度は弥三郎が苦笑いし、朽木のように痩せ細った腕でぼりぼりと半白の頭をかいた。
「なに、弓働きにしか能のない儂だって、同じようなもんじゃい。」
又助が、彼を肘で小突いて言った。だが弥三郎は、
「その代わり、又助さんは物覚えがよい。昔から、みんな驚いちょった。算用は、ただその場限りのこと。じゃが、佐吉どのが弾いたその数を、おそらくいちばん後まで覚えちょるのは、きっと弥三郎さんじゃい。」
と、やり返した。
「そうじゃ、そうじゃ。又助さんは、もの覚えがとっても良かったのう。もう誰も覚えちょらん遥か昔のことなんぞ、昨日見てたかのように細々と覚えちょる。又助さんの前じゃ誰も、なにも悪いことはできないて。かつて、清洲の御城ン中で儂がしちょったことのあれこれ、もしお館様にあとから告げ口でもされちょったら、この藤吉郎、首から上がもう無かったわい。殿のお側におったのが、弥三郎さんのほうで良かったがよ!」
秀吉が言い、豪快に笑った。
「清洲の御城で・・・ひょっとして、厨の女中にちょっかい出しちょった、あのときの件かよ?」
又助が朋輩言葉で聞くと、
「あほ!そりゃあ、お館様じゃのうて、おねに告げ口されちゃ困る話だがよ!」
秀吉は、ひどく慌てた風に言った。
またひとしきり笑ったあと、又助は虚空を見上げ、考えるような仕草をした。
「はて。なんの話をしちょったかいの?」
「乳の話よ。大御乳様の。」
「ああ、そうじゃ。そうじゃ。勝三郎殿のお討死にで、どれだけ大御乳がお力落しか、と気遣ったところで、気がついたらこんな話になっちょった。」
「まったく、とんだ罰当たりじゃ!儂らはな。昔と、なんも変わらん。」
秀吉は言い、はっと思い出したように扇を前に差し、弥三郎のほうを見ながら続けた。
「弥三郎さん。なんか、わからんかいの?昔、お館様のおそば近くに控えて、勝入入道とも仲良うしてたあんたなら、長久手で入道がなんであんなに足止め喰ったか、その理由についてよ、なにか思い当たる節でもにゃあか、それを聞きてえでよ。」
「足止め喰った理由でござるか?なぜそれを拙者に?拙者は戦事にはとんと疎く、みずから刀槍振るって戦うたことなどありませぬ。戦場での軍将のお考えなど、全くわからぬことで。」
弥三郎は、きょとんとした顔で答えた。
だが、秀吉は畳み掛けた。
「いや、よ。別にそんときの入道の気持ちをそのまま教えろたあ、言うちょらん。ただ、昔の池田勝三郎を知っとるなら、あんな危ねえところ、敵中深くで歴戦の名将がまごまごしちょった理由について、なんか思い当たる理由はねえか聞きたいんじゃい。実は臆病だったとか、なんとかよ。」
「勝入入道は、臆病者ではござらぬ。また卑怯者でもござらぬ。」
弥三郎は、断言した。
「おそらくは、織田家中きっての勇士にて名将。その世俗の評価は、まったく正しいものと信じまする。ただ。」
「ただ?」
秀吉は眉を上げ、興味津々に尋ねた。
「ただ・・・何じゃな?」
「ただ、いささか人に対し情誼に厚いところがお有りでした。一軍を預かる将ならば、戦に勝つため、ときに私情を棄て、冷徹なるご決心を為すことも必要となりますが、そこで少しばかり情に流され過ぎる面が。これは、かつて口惜しげにお館様もしきりと言われていたことです。」
弥三郎は、正面から秀吉を見つめ、まじめな顔で言った。
「情に、流され過ぎる。」
秀吉は繰り返し、そしてさらに尋ねた。
「じゃあよ、ひょっとしてあの首狭間で、入道は誰か助けちゃろうとか、しちょっとかよ?」
「いえ。拙者の見立てでは、その逆にて。」
「逆?」
秀吉は、狐につままれたような顔をした。又助も意外そうに弥三郎を見た。
弥三郎は、自分に向けられた両者の視線を感じ、少し首を傾げながら答えた。
「いや、歴戦の藤吉郎さんや又助さんと違い、あくまで戦事にはずぶの素人が申すこと。もしかしたらとんだ見当違いかも知れませぬが。なにとはなしに、拙者には、あのときの勝入入道の御気持ちが、わかるような気がするのです。」
「どういうこつじゃい?」
秀吉が目を輝かせ、膝を前に進めて先を促した。弥三郎は言った。
「それは、情に流された勝入入道が、助けようとしたのではなく、むしろ敢えて、敵に死に場所を与えてやろうとされたのではないかと。」
「敵って、誰かよ?」
秀吉が聞くと、弥三郎は答えた。
「そのとき岩崎城を守っていた、丹羽氏でござる。」
傍らで、又助がわずかに身動ぎした。だが弥三郎は、秀吉のほうを見ながら説明した。
「又助さんは既によくご承知のとおり、あのとき岩崎山に居ったは、同じ丹羽でも惟住 (丹羽長秀)様の御家とはまったく、血筋が違います。もとは九州探題であった一色氏の裔。」
「そのこと、儂もよく承知してるでよ。そして、岩崎の丹羽一党はみなみな儂に反し三河方に組した。たしか、当主の勘助 (氏次)はそのとき城を留守にし、小牧の家康のもとへ詰めておったそうな。」
「さよう。斯様な後詰めの城に用はなし、と、当主みずから最前線に出ておりました。手柄が欲しかったのでござろうな。そのかん、留守居を任されたは、弟の次郎氏重殿。まだ十六歳の若武者でございます。重い疱瘡の病に罹ったあとで、その眼すらよくは見えぬ有様であったとか。」
「弥三郎さん、なんだか、敵方の城の事情に、えろう、詳しいのう。」
秀吉が感じ入ったような、またふと疑念を生じているかのような口調で言ったが、弥三郎は落ち着いて手を振り、それを早々に払拭した。
「拙者の預かる稲葉宿には、この戦の時分にも多少の人の行き来がございます。荷が動き、人が動き、そしてそれとはなしに敵方の領分で交わされている人の噂なども、一緒にわが耳に入って参ります。」
「なるほど。」
「次郎殿勇戦の話は、一色の意地を見せた忠烈の鑑として、いまや日ノ本の遠近に聞こえておるとのこと。漏れ聞くところによれば、そのとき城兵わずか三百足らず。これで数万にもなろうかという池田・森の中入り軍を迎え撃つなど、どだい無理というものでございます。」
「そのとおりじゃ。そのまま城に籠もっておれば、たぶん勝入入道も鬼武蔵も手出しせず、そのまま城下を通り過ぎた筈じゃ。」
秀吉は、苦々しげに言った。
「ところが次郎殿は、城を出て街道上に陣を敷き、抗戦の意欲を示しました。そして、池田勢はこれに突っかかっていったのでございます。」
「相手にせず、ただ押し通ればよかった。それなのに、あれだけの手練がよ。」
「戦場では、ときに思いもよらぬことが起き申す。そのときも、つい、はずみで敵味方がもみ合い、途中で引込つかず、そのまま本戦になってしまったものではなかろうか?」
こうした最前線での戦闘経験を豊富に持っている又助が口を挟んだ。しかし、弥三郎は黙って首を振った。
「おそらく、違いまする。そのとき布陣した丹羽軍に、勝入入道は、初めからはっきり意図して、攻めの采を振り申した。」
「なぜじゃ?部下にまず血の匂いを嗅がせ、小城を血祭りにあげて気勢を上げるための・・・景気づけか?」
又助には、そうした最前線でのいわば慣習となっている士気高揚の方法について言ったが、それには上座から秀吉が疑義を呈した。
「いや、そんな余裕のある戦ではにゃあで。なにせ、あんな敵中奥深くじゃ。足を止めてる暇は無え。それがわからぬ勝入入道じゃ無えはず。だから不思議なんだで。」
又助も、苦しげに頷いた。たしかに、そのとおりである。
そして、弥三郎がとうとう彼らの疑問に対する、解を示した。
「それはおそらく・・・丹羽の意地。そして、それに応えた池田の情。」
秀吉と又助は、驚いて弥三郎を見つめた。
* * * *
香流川の畔からここまで、黒い森林に覆われた丘陵と深く落ち窪んだ低地とが錯綜し、東の空からまだ低い夏の太陽に照らされて、まるで数匹の大蛇が絡み合うかのような闇を造り出している。「首狭間」と呼ばれるその谷は、この城の北面手前で途切れ、いままさに谷の出口から、万余の大軍が続々と吐き出されつつあるところであった。
彼らは、陰鬱な谷間の暗闇から解放され、陽光の降り注ぐ平地に出てくると、浮き立つような足取りで真横に散開し、そのまま数段の横列を作って、まるで数十条もの畑の畝のように前進して来た。ぶお、ぶおと空気を震わす法螺貝の低い音がその音圧で彼らの背を推し、どん、どん、どんと間歇的に響く戦鼓の拍子が、彼らの歩速と進軍速度を整えている。
幾百幾千ものさまざまな文様を描いた旗指物が風にたゆたい、さらに数の多い槍穂の先が陽光に照らされてキラキラと輝いた。そしてその各列のあいだを、大きな母衣を背負った騎馬武者どもが駆け回り、進軍の統制を行っていた。誰の眼にも、眼前に突如出現したこの整然たる大軍が、おそるべき練度と技倆を持った最精鋭の戦闘部隊であることがわかる。
やがて谷間からのっそりと、ひときわ大きな馬印が現れ、数十の綺羅びやかな親衛隊に護衛された主将の騎馬が、そのすらりと高い優美な姿を表した。その周囲には、幾旒もの背の高い旌旗がたなびき、さまざまに彩色されたそれらには一様に、物言わぬ地獄の使いにも見える複雑な備前蝶の文様が染め抜かれていた。
大軍は悠然と行進し、城の北面、街道上に設けられた臨時の阻塞から数丁離れて停止した。戦鼓の音が熄み、そしてそのままこちらの出方を窺うかのようにしばし沈黙した。風にはためく旗布と柄のこすれる耳障りな音だけが、しばらくあたりの野を覆った。
岩崎山の北側斜面の頂部に築かれた櫓の上から、この城の主将・丹羽次郎氏重とその側近たちが、この大波のような敵の見事な進軍ぶりを見下ろしていた。次郎は、元服してから数年を経たばかりの少年で、これが初陣であった。
しかし、見下ろしていたといっても、肝心の次郎氏重の網膜には、いま眼下に展開するなにものも映されてはいない。彼は、戦の直前に罹患した疱瘡(天然痘)の後遺症により、このとき完全に視力を喪っていた。さらに全身に瘢痕が残り、脚は細って立つのがやっと。
今も、本来の城将である兄より託された家伝の宝刀を収めた鞘を床に突いて、やっと、ふらつきながらも身を支えているといった塩梅である。彼はただ、横で彼の腕に手を添えながら敵勢の数や装備、陣形などを告げる年嵩の家老の言葉を聞きつつ、眼前の暗闇のなか、近づく相手の気配だけを、自らの膚や毛穴を通して感じているばかりである。
厳重な小牧の城砦線の背後深く。後背の安全地帯として、兄はこの障碍を持つ若い身内に後図を託し、前線へと出ていってしまった。僅かな留守居の兵力は、警戒用の老兵、弱兵のみ二百五十ばかり。
このみじめな小勢で、現れた大軍にわずかでも抵抗を試みるということは、別に眼が開いていようといまいと、ただの犬死になるのが明らかであった。
「池田かよ。」
次郎氏重は、役に立たぬ眼を瞑ったまま、誰に言うともなく呟いた。
「さよう。勝入斎の本軍でございます。その後ろ、首狭間の内にはまだ後続が。おそらくは・・・身内の森勢でござろう。そしてさらにその後ろに堀勢がおり、後尾はまだ川を渉りきっておらぬとのこと。」
傍らで誰かがそう答えた。先ほど駆け戻ってきた諜者の報で、おそらく多少の時間差はあろうが、その隊列の長大さからして、現在でも状況にさほどの差はなかろうと思われた。
「とてつもない、大軍でござる。」
また別の誰かが言った。言外に、触れずにそのまま通せ、という意を含ませた付けたりであった。
実のところ、あまりに急なことで、次郎は城内重臣たちの声が誰の声か個別に識別することができていない。彼がこの城に入ってから、まだ一週間も経過していなかった。だが、次郎は消極策を唱えるその声に、毅然と反応した。
「いや、迎え撃つでよ。おめえら、悪いが死んでくれい。」
見えないが、次郎には、空気の動きで周囲の者どもがたじろぐのがわかった。彼は、構わずに言葉を続けた。
「奴らを、足止めすんのよ。幸い、真下の街道沿いには厳重な柵をこしらえてあらあ。奴らも、そのままじゃ通れねえ。必ず、いちどは寄せてくる。」
「柵には、たかだか四十やそこらの弱兵しか配しておりませぬぞ!」
誰かが言った。この年若い城将の短慮を諌めるというより、なにか柵の兵らを救う手立てはないか思案しながらといった風の声音であった。次郎は、嬉しそうにこう言った。
「そん為の、大馬出じゃい。あそこから、兵の百でも突出させて高所からひっかき廻しゃあ、敵勢もいささか手を焼くじゃろ。」
岩崎城の北東斜面には、幅数十間にはなろうかという長大な二の丸が設えられており、本丸に至る狭い通路を眼下から覆い隠している。周囲を囲む土塁と柵以外に施設は置かずただ平らに均されており、宏大な大馬出として機能するようになっていた。
次郎の指示した作戦は、ここに城の主力を配し、高い機動力を持った打撃部隊として進退させ、敵勢がこれを追って寄せてくれば、柵間で待ち構えた、なけなしの数十丁の鉄砲で一斉射撃を加え損害を与えるというものである。
たしかに、時宜をわきまえ、適切に指揮すれば、いったんは大きな戦果が期待できる作戦である。しかしその代り、次に来る必然的な破滅は避けられない。なにしろ、兵力が違いすぎるのである。「死んでくれ。」というこの年若い臨時城将の言葉は、まさにその言葉通りの運命となって、そのあとすぐにこの城の全将兵を襲うことになる。
要は、玉砕の命令であった。
次郎は、部下に一切の議論を赦さなかった。ただ彼の一存で玉砕することを決し、それを部下に指示し従うことを強いた。彼らは全員がその生命を差し出し、ただ数刻の時間稼ぎを行うのである。
次郎は、余計な説明を加えなかった。配下の将兵は全員無言で、身を固くした。しかしこの外部からやって来た若武者の一方的な決定に抗議する者は、誰一人としていなかった。
彼らには、わかっていた。彼らの稼ぐその刻が、この決戦を左右する重要な一刻になる。そして。
もう数十年の昔から連綿と続く、一色丹羽氏の伝統的な意地を、あらためて満天下に知らしめる好機となるのだ。
次郎氏重は、数日前、ここに大軍が殺到する可能性について警告を受けた。しかしそれは、何らかの対処を勧告する本来の意味での警告というより、避け得ない破滅をあらかじめ予告するだけの、ただの知らせのようなものだった。
その凶報をもたらした使者は、さらに、こうも告げた。
「おそらくは雲霞の如き敵勢を、通すも塞ぐもご随意に。ただし、数刻でも足止めすることできれば、戦勢に大いなる利を齎し、ひいてはお味方を大いに助けることにもなりましょうな。」
すでに視力を喪った次郎の網膜に、その使者の賢しら顔が映ずることはない。しかし、次郎は心中ひそかに舌打ちした。此奴は、笑顔で我らに死ねと命じている。ただ死することを求めに、わざわざこんな彼方までやって来たのだ。道中、さまざまな危険があったにも関わらず。
此奴は、危険を知らせ、そしてそれに身を捨てて立ち向かうことで得られる栄誉のことを仄めかせば、この儂がどのように反応するか、あらかじめすべて織り込んでいるのだ。このように言えば、この儂が、そして岩崎城の全将兵が、一命を抛ってやがて現れる敵の大軍に向かい徹底抗戦することを、完璧なまでに予期しているのだ。
儂らは、此奴の書いた筋書どおりにただ死し、そして栄誉を得ることになるのだ。それは、天然自然のものではなく、意図的に用意された、いわば偽物の栄誉である。しかしそれが、得難い無上の栄誉であることには変わりない。そして、この次郎氏重が、ひいては一色丹羽氏全体が、その栄誉を棄てる選択肢を採ることなど、全く、あり得ない。
此奴は、すべてを知っている。
瞬間、どこか心の暗がりから澱んだ殺意が沸騰し、次郎は腰のものを抜いて、この忌々しい地獄の使いを無言で斬ってしまおうかとすら思った。しかし、自分に決してそれができないことも、同時に理解していた。
なぜなら、眼前に居るこの賢しらな地獄の使いは、次郎にそれができないことをも、あらかじめ織り込んでいるに違いないのだ。だから、 (自分に見えはしないが)きっと朗らかな笑顔でも浮かべて、ただゆったりとそこに座っているのに違いないのだ。
自分は、この世界の光を再び見ることもないまま、ただ十六歳で死するしかない。まあ、それは、よい。儂は、盲の役立たずとはいえ、歴とした武家の棟梁の弟だ。しかし、供奉する幾百もの部下たちをも死なせ、彼らの霊とともに、勇士としての無常の栄誉が授けられるのを、遥か彼方の黄泉の国から無言のまま、ただ目撃することになるのである。
このまま、この使者の齎した運命に殉ずることが良いことなのか悪いことなのか、まだ十六歳の若武者には、どうにも判断のつきかねる、重い重い事柄であった。そして、眼前に座るこの地獄の使者が、笑ってはおらず、せめて神妙な面持ちでも浮かべていないか、眉根に皺を寄せ、閉じた目蓋を意志の力で押し上げ、かすれた視神経で確認しようと、さいごに試してみた。
だがそこには、茫っとした人らしき影が映るばかり。どこの誰ともわからず、もちろん表情など、覗い知れるはずもない。そしてその縁の滲むのっぺらぼうが、次郎がこの世で眼に見た最後の人間の姿であった。
やがて、遥か眼下に展開する、雄大な池田軍に動きが出てきた。数列の横隊となって伏していた彼らがまた槍を突いて立ち上がり、本陣から発した数騎の母衣武者が各列をあちこち駆け回って、なにごとか手筈を伝達している。この大軍による、恐るべき攻勢の発起は間近いことと思われた。
大馬出への兵の派出を、急がねば。
丹羽次郎氏重は、どこまでも彼について行く決意を固めた忠良なる部下たちとともに、身を起こして櫓を降りはじめた。
彼が、舅の応援に駆けつけた森勝蔵勢の鉄砲射撃に遭ってその若き生命を散らすのは、わずかにこの二刻 (約四時間)あとのことである。
秀吉が、感慨深げに繰り返した。そして何度か頷き、なにごとか思い返しているようだったが、やがて目元を皺だらけにし、にっこり笑ってこう言った。
「たしかに、お館様にゃあ、狂疾とも思えるような一面があったのう。せっかちで、唐突で、我儘で。ただでさえ愚鈍な儂にゃあ、いっつも、思いもよらぬところから思いもよらぬ命が降ってくるけ、お聞きするたび右往左往よ。それもこれも、ある種の狂疾の病からくるものだと思えば、なるほど合点がいくわい。」
あまりに直截な物言いに、又助と、そして先ほどその言葉を発した張本人である弥三郎自身が、目を見交わした。秀吉は、笑顔のまま続けた。
「なに、儂らの仲でよ。なんも気にせず、ただ思うがまま語ろうがや。もう亡くなられたお館様への気遣いや忖度はいっさい、無しじゃ。後ろに控えおる佐吉以外、この話を聞いてる者はにゃあで。佐吉は儂が長浜で見出した子飼いでよ。信頼が置け、口も固い。だから使うちょる。ちょうど、昔の弥三郎さんみたいなもんよ。もっとも、弥三郎さんと違うて無粋者での。計数は得手じゃが、舞も歌もまるっきり駄目だがよ。」
そう言って、背後を振り返った。才槌頭が、やや顔を赤らめながら頭を下げ、その事実を認めた。
「計数が得手とは。それは羨ましい限り。拙者は逆に、そうしたことには疎うござる。街道沿いの宿場など預かり、そこに住する者のほとんどは商人であるにも関わらず、拙者、算盤勘定は大いに苦手で。」
今度は弥三郎が苦笑いし、朽木のように痩せ細った腕でぼりぼりと半白の頭をかいた。
「なに、弓働きにしか能のない儂だって、同じようなもんじゃい。」
又助が、彼を肘で小突いて言った。だが弥三郎は、
「その代わり、又助さんは物覚えがよい。昔から、みんな驚いちょった。算用は、ただその場限りのこと。じゃが、佐吉どのが弾いたその数を、おそらくいちばん後まで覚えちょるのは、きっと弥三郎さんじゃい。」
と、やり返した。
「そうじゃ、そうじゃ。又助さんは、もの覚えがとっても良かったのう。もう誰も覚えちょらん遥か昔のことなんぞ、昨日見てたかのように細々と覚えちょる。又助さんの前じゃ誰も、なにも悪いことはできないて。かつて、清洲の御城ン中で儂がしちょったことのあれこれ、もしお館様にあとから告げ口でもされちょったら、この藤吉郎、首から上がもう無かったわい。殿のお側におったのが、弥三郎さんのほうで良かったがよ!」
秀吉が言い、豪快に笑った。
「清洲の御城で・・・ひょっとして、厨の女中にちょっかい出しちょった、あのときの件かよ?」
又助が朋輩言葉で聞くと、
「あほ!そりゃあ、お館様じゃのうて、おねに告げ口されちゃ困る話だがよ!」
秀吉は、ひどく慌てた風に言った。
またひとしきり笑ったあと、又助は虚空を見上げ、考えるような仕草をした。
「はて。なんの話をしちょったかいの?」
「乳の話よ。大御乳様の。」
「ああ、そうじゃ。そうじゃ。勝三郎殿のお討死にで、どれだけ大御乳がお力落しか、と気遣ったところで、気がついたらこんな話になっちょった。」
「まったく、とんだ罰当たりじゃ!儂らはな。昔と、なんも変わらん。」
秀吉は言い、はっと思い出したように扇を前に差し、弥三郎のほうを見ながら続けた。
「弥三郎さん。なんか、わからんかいの?昔、お館様のおそば近くに控えて、勝入入道とも仲良うしてたあんたなら、長久手で入道がなんであんなに足止め喰ったか、その理由についてよ、なにか思い当たる節でもにゃあか、それを聞きてえでよ。」
「足止め喰った理由でござるか?なぜそれを拙者に?拙者は戦事にはとんと疎く、みずから刀槍振るって戦うたことなどありませぬ。戦場での軍将のお考えなど、全くわからぬことで。」
弥三郎は、きょとんとした顔で答えた。
だが、秀吉は畳み掛けた。
「いや、よ。別にそんときの入道の気持ちをそのまま教えろたあ、言うちょらん。ただ、昔の池田勝三郎を知っとるなら、あんな危ねえところ、敵中深くで歴戦の名将がまごまごしちょった理由について、なんか思い当たる理由はねえか聞きたいんじゃい。実は臆病だったとか、なんとかよ。」
「勝入入道は、臆病者ではござらぬ。また卑怯者でもござらぬ。」
弥三郎は、断言した。
「おそらくは、織田家中きっての勇士にて名将。その世俗の評価は、まったく正しいものと信じまする。ただ。」
「ただ?」
秀吉は眉を上げ、興味津々に尋ねた。
「ただ・・・何じゃな?」
「ただ、いささか人に対し情誼に厚いところがお有りでした。一軍を預かる将ならば、戦に勝つため、ときに私情を棄て、冷徹なるご決心を為すことも必要となりますが、そこで少しばかり情に流され過ぎる面が。これは、かつて口惜しげにお館様もしきりと言われていたことです。」
弥三郎は、正面から秀吉を見つめ、まじめな顔で言った。
「情に、流され過ぎる。」
秀吉は繰り返し、そしてさらに尋ねた。
「じゃあよ、ひょっとしてあの首狭間で、入道は誰か助けちゃろうとか、しちょっとかよ?」
「いえ。拙者の見立てでは、その逆にて。」
「逆?」
秀吉は、狐につままれたような顔をした。又助も意外そうに弥三郎を見た。
弥三郎は、自分に向けられた両者の視線を感じ、少し首を傾げながら答えた。
「いや、歴戦の藤吉郎さんや又助さんと違い、あくまで戦事にはずぶの素人が申すこと。もしかしたらとんだ見当違いかも知れませぬが。なにとはなしに、拙者には、あのときの勝入入道の御気持ちが、わかるような気がするのです。」
「どういうこつじゃい?」
秀吉が目を輝かせ、膝を前に進めて先を促した。弥三郎は言った。
「それは、情に流された勝入入道が、助けようとしたのではなく、むしろ敢えて、敵に死に場所を与えてやろうとされたのではないかと。」
「敵って、誰かよ?」
秀吉が聞くと、弥三郎は答えた。
「そのとき岩崎城を守っていた、丹羽氏でござる。」
傍らで、又助がわずかに身動ぎした。だが弥三郎は、秀吉のほうを見ながら説明した。
「又助さんは既によくご承知のとおり、あのとき岩崎山に居ったは、同じ丹羽でも惟住 (丹羽長秀)様の御家とはまったく、血筋が違います。もとは九州探題であった一色氏の裔。」
「そのこと、儂もよく承知してるでよ。そして、岩崎の丹羽一党はみなみな儂に反し三河方に組した。たしか、当主の勘助 (氏次)はそのとき城を留守にし、小牧の家康のもとへ詰めておったそうな。」
「さよう。斯様な後詰めの城に用はなし、と、当主みずから最前線に出ておりました。手柄が欲しかったのでござろうな。そのかん、留守居を任されたは、弟の次郎氏重殿。まだ十六歳の若武者でございます。重い疱瘡の病に罹ったあとで、その眼すらよくは見えぬ有様であったとか。」
「弥三郎さん、なんだか、敵方の城の事情に、えろう、詳しいのう。」
秀吉が感じ入ったような、またふと疑念を生じているかのような口調で言ったが、弥三郎は落ち着いて手を振り、それを早々に払拭した。
「拙者の預かる稲葉宿には、この戦の時分にも多少の人の行き来がございます。荷が動き、人が動き、そしてそれとはなしに敵方の領分で交わされている人の噂なども、一緒にわが耳に入って参ります。」
「なるほど。」
「次郎殿勇戦の話は、一色の意地を見せた忠烈の鑑として、いまや日ノ本の遠近に聞こえておるとのこと。漏れ聞くところによれば、そのとき城兵わずか三百足らず。これで数万にもなろうかという池田・森の中入り軍を迎え撃つなど、どだい無理というものでございます。」
「そのとおりじゃ。そのまま城に籠もっておれば、たぶん勝入入道も鬼武蔵も手出しせず、そのまま城下を通り過ぎた筈じゃ。」
秀吉は、苦々しげに言った。
「ところが次郎殿は、城を出て街道上に陣を敷き、抗戦の意欲を示しました。そして、池田勢はこれに突っかかっていったのでございます。」
「相手にせず、ただ押し通ればよかった。それなのに、あれだけの手練がよ。」
「戦場では、ときに思いもよらぬことが起き申す。そのときも、つい、はずみで敵味方がもみ合い、途中で引込つかず、そのまま本戦になってしまったものではなかろうか?」
こうした最前線での戦闘経験を豊富に持っている又助が口を挟んだ。しかし、弥三郎は黙って首を振った。
「おそらく、違いまする。そのとき布陣した丹羽軍に、勝入入道は、初めからはっきり意図して、攻めの采を振り申した。」
「なぜじゃ?部下にまず血の匂いを嗅がせ、小城を血祭りにあげて気勢を上げるための・・・景気づけか?」
又助には、そうした最前線でのいわば慣習となっている士気高揚の方法について言ったが、それには上座から秀吉が疑義を呈した。
「いや、そんな余裕のある戦ではにゃあで。なにせ、あんな敵中奥深くじゃ。足を止めてる暇は無え。それがわからぬ勝入入道じゃ無えはず。だから不思議なんだで。」
又助も、苦しげに頷いた。たしかに、そのとおりである。
そして、弥三郎がとうとう彼らの疑問に対する、解を示した。
「それはおそらく・・・丹羽の意地。そして、それに応えた池田の情。」
秀吉と又助は、驚いて弥三郎を見つめた。
* * * *
香流川の畔からここまで、黒い森林に覆われた丘陵と深く落ち窪んだ低地とが錯綜し、東の空からまだ低い夏の太陽に照らされて、まるで数匹の大蛇が絡み合うかのような闇を造り出している。「首狭間」と呼ばれるその谷は、この城の北面手前で途切れ、いままさに谷の出口から、万余の大軍が続々と吐き出されつつあるところであった。
彼らは、陰鬱な谷間の暗闇から解放され、陽光の降り注ぐ平地に出てくると、浮き立つような足取りで真横に散開し、そのまま数段の横列を作って、まるで数十条もの畑の畝のように前進して来た。ぶお、ぶおと空気を震わす法螺貝の低い音がその音圧で彼らの背を推し、どん、どん、どんと間歇的に響く戦鼓の拍子が、彼らの歩速と進軍速度を整えている。
幾百幾千ものさまざまな文様を描いた旗指物が風にたゆたい、さらに数の多い槍穂の先が陽光に照らされてキラキラと輝いた。そしてその各列のあいだを、大きな母衣を背負った騎馬武者どもが駆け回り、進軍の統制を行っていた。誰の眼にも、眼前に突如出現したこの整然たる大軍が、おそるべき練度と技倆を持った最精鋭の戦闘部隊であることがわかる。
やがて谷間からのっそりと、ひときわ大きな馬印が現れ、数十の綺羅びやかな親衛隊に護衛された主将の騎馬が、そのすらりと高い優美な姿を表した。その周囲には、幾旒もの背の高い旌旗がたなびき、さまざまに彩色されたそれらには一様に、物言わぬ地獄の使いにも見える複雑な備前蝶の文様が染め抜かれていた。
大軍は悠然と行進し、城の北面、街道上に設けられた臨時の阻塞から数丁離れて停止した。戦鼓の音が熄み、そしてそのままこちらの出方を窺うかのようにしばし沈黙した。風にはためく旗布と柄のこすれる耳障りな音だけが、しばらくあたりの野を覆った。
岩崎山の北側斜面の頂部に築かれた櫓の上から、この城の主将・丹羽次郎氏重とその側近たちが、この大波のような敵の見事な進軍ぶりを見下ろしていた。次郎は、元服してから数年を経たばかりの少年で、これが初陣であった。
しかし、見下ろしていたといっても、肝心の次郎氏重の網膜には、いま眼下に展開するなにものも映されてはいない。彼は、戦の直前に罹患した疱瘡(天然痘)の後遺症により、このとき完全に視力を喪っていた。さらに全身に瘢痕が残り、脚は細って立つのがやっと。
今も、本来の城将である兄より託された家伝の宝刀を収めた鞘を床に突いて、やっと、ふらつきながらも身を支えているといった塩梅である。彼はただ、横で彼の腕に手を添えながら敵勢の数や装備、陣形などを告げる年嵩の家老の言葉を聞きつつ、眼前の暗闇のなか、近づく相手の気配だけを、自らの膚や毛穴を通して感じているばかりである。
厳重な小牧の城砦線の背後深く。後背の安全地帯として、兄はこの障碍を持つ若い身内に後図を託し、前線へと出ていってしまった。僅かな留守居の兵力は、警戒用の老兵、弱兵のみ二百五十ばかり。
このみじめな小勢で、現れた大軍にわずかでも抵抗を試みるということは、別に眼が開いていようといまいと、ただの犬死になるのが明らかであった。
「池田かよ。」
次郎氏重は、役に立たぬ眼を瞑ったまま、誰に言うともなく呟いた。
「さよう。勝入斎の本軍でございます。その後ろ、首狭間の内にはまだ後続が。おそらくは・・・身内の森勢でござろう。そしてさらにその後ろに堀勢がおり、後尾はまだ川を渉りきっておらぬとのこと。」
傍らで誰かがそう答えた。先ほど駆け戻ってきた諜者の報で、おそらく多少の時間差はあろうが、その隊列の長大さからして、現在でも状況にさほどの差はなかろうと思われた。
「とてつもない、大軍でござる。」
また別の誰かが言った。言外に、触れずにそのまま通せ、という意を含ませた付けたりであった。
実のところ、あまりに急なことで、次郎は城内重臣たちの声が誰の声か個別に識別することができていない。彼がこの城に入ってから、まだ一週間も経過していなかった。だが、次郎は消極策を唱えるその声に、毅然と反応した。
「いや、迎え撃つでよ。おめえら、悪いが死んでくれい。」
見えないが、次郎には、空気の動きで周囲の者どもがたじろぐのがわかった。彼は、構わずに言葉を続けた。
「奴らを、足止めすんのよ。幸い、真下の街道沿いには厳重な柵をこしらえてあらあ。奴らも、そのままじゃ通れねえ。必ず、いちどは寄せてくる。」
「柵には、たかだか四十やそこらの弱兵しか配しておりませぬぞ!」
誰かが言った。この年若い城将の短慮を諌めるというより、なにか柵の兵らを救う手立てはないか思案しながらといった風の声音であった。次郎は、嬉しそうにこう言った。
「そん為の、大馬出じゃい。あそこから、兵の百でも突出させて高所からひっかき廻しゃあ、敵勢もいささか手を焼くじゃろ。」
岩崎城の北東斜面には、幅数十間にはなろうかという長大な二の丸が設えられており、本丸に至る狭い通路を眼下から覆い隠している。周囲を囲む土塁と柵以外に施設は置かずただ平らに均されており、宏大な大馬出として機能するようになっていた。
次郎の指示した作戦は、ここに城の主力を配し、高い機動力を持った打撃部隊として進退させ、敵勢がこれを追って寄せてくれば、柵間で待ち構えた、なけなしの数十丁の鉄砲で一斉射撃を加え損害を与えるというものである。
たしかに、時宜をわきまえ、適切に指揮すれば、いったんは大きな戦果が期待できる作戦である。しかしその代り、次に来る必然的な破滅は避けられない。なにしろ、兵力が違いすぎるのである。「死んでくれ。」というこの年若い臨時城将の言葉は、まさにその言葉通りの運命となって、そのあとすぐにこの城の全将兵を襲うことになる。
要は、玉砕の命令であった。
次郎は、部下に一切の議論を赦さなかった。ただ彼の一存で玉砕することを決し、それを部下に指示し従うことを強いた。彼らは全員がその生命を差し出し、ただ数刻の時間稼ぎを行うのである。
次郎は、余計な説明を加えなかった。配下の将兵は全員無言で、身を固くした。しかしこの外部からやって来た若武者の一方的な決定に抗議する者は、誰一人としていなかった。
彼らには、わかっていた。彼らの稼ぐその刻が、この決戦を左右する重要な一刻になる。そして。
もう数十年の昔から連綿と続く、一色丹羽氏の伝統的な意地を、あらためて満天下に知らしめる好機となるのだ。
次郎氏重は、数日前、ここに大軍が殺到する可能性について警告を受けた。しかしそれは、何らかの対処を勧告する本来の意味での警告というより、避け得ない破滅をあらかじめ予告するだけの、ただの知らせのようなものだった。
その凶報をもたらした使者は、さらに、こうも告げた。
「おそらくは雲霞の如き敵勢を、通すも塞ぐもご随意に。ただし、数刻でも足止めすることできれば、戦勢に大いなる利を齎し、ひいてはお味方を大いに助けることにもなりましょうな。」
すでに視力を喪った次郎の網膜に、その使者の賢しら顔が映ずることはない。しかし、次郎は心中ひそかに舌打ちした。此奴は、笑顔で我らに死ねと命じている。ただ死することを求めに、わざわざこんな彼方までやって来たのだ。道中、さまざまな危険があったにも関わらず。
此奴は、危険を知らせ、そしてそれに身を捨てて立ち向かうことで得られる栄誉のことを仄めかせば、この儂がどのように反応するか、あらかじめすべて織り込んでいるのだ。このように言えば、この儂が、そして岩崎城の全将兵が、一命を抛ってやがて現れる敵の大軍に向かい徹底抗戦することを、完璧なまでに予期しているのだ。
儂らは、此奴の書いた筋書どおりにただ死し、そして栄誉を得ることになるのだ。それは、天然自然のものではなく、意図的に用意された、いわば偽物の栄誉である。しかしそれが、得難い無上の栄誉であることには変わりない。そして、この次郎氏重が、ひいては一色丹羽氏全体が、その栄誉を棄てる選択肢を採ることなど、全く、あり得ない。
此奴は、すべてを知っている。
瞬間、どこか心の暗がりから澱んだ殺意が沸騰し、次郎は腰のものを抜いて、この忌々しい地獄の使いを無言で斬ってしまおうかとすら思った。しかし、自分に決してそれができないことも、同時に理解していた。
なぜなら、眼前に居るこの賢しらな地獄の使いは、次郎にそれができないことをも、あらかじめ織り込んでいるに違いないのだ。だから、 (自分に見えはしないが)きっと朗らかな笑顔でも浮かべて、ただゆったりとそこに座っているのに違いないのだ。
自分は、この世界の光を再び見ることもないまま、ただ十六歳で死するしかない。まあ、それは、よい。儂は、盲の役立たずとはいえ、歴とした武家の棟梁の弟だ。しかし、供奉する幾百もの部下たちをも死なせ、彼らの霊とともに、勇士としての無常の栄誉が授けられるのを、遥か彼方の黄泉の国から無言のまま、ただ目撃することになるのである。
このまま、この使者の齎した運命に殉ずることが良いことなのか悪いことなのか、まだ十六歳の若武者には、どうにも判断のつきかねる、重い重い事柄であった。そして、眼前に座るこの地獄の使者が、笑ってはおらず、せめて神妙な面持ちでも浮かべていないか、眉根に皺を寄せ、閉じた目蓋を意志の力で押し上げ、かすれた視神経で確認しようと、さいごに試してみた。
だがそこには、茫っとした人らしき影が映るばかり。どこの誰ともわからず、もちろん表情など、覗い知れるはずもない。そしてその縁の滲むのっぺらぼうが、次郎がこの世で眼に見た最後の人間の姿であった。
やがて、遥か眼下に展開する、雄大な池田軍に動きが出てきた。数列の横隊となって伏していた彼らがまた槍を突いて立ち上がり、本陣から発した数騎の母衣武者が各列をあちこち駆け回って、なにごとか手筈を伝達している。この大軍による、恐るべき攻勢の発起は間近いことと思われた。
大馬出への兵の派出を、急がねば。
丹羽次郎氏重は、どこまでも彼について行く決意を固めた忠良なる部下たちとともに、身を起こして櫓を降りはじめた。
彼が、舅の応援に駆けつけた森勝蔵勢の鉄砲射撃に遭ってその若き生命を散らすのは、わずかにこの二刻 (約四時間)あとのことである。
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